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廻る季節と眠り姫  作者: 夢色しあん
第一章 天才作家と本の虫
7/8

1-7 父の夢と、才能への醜悪

 第一回、お掃除大会の役割分担はこうだ。


 天音が教室内にある不用品の選別。


 睡花がゴミ袋を持ってゴミを片っぱしから回収し、眠りウサギのねむちゃんが小さい手足で睡花のお手伝い。

 

 ちなみにねむちゃんの持つ愛用枕は、作業モードのため睡花の計らいにより背中に荷造り紐で括り付けられている。


 そして僕はというと、ホウキで教室内に散る埃をかき集める、といった感じ。


 カタカナ三文字のおじさんもびっくりの箒捌きで教室中を綺麗にしていく。

 僕は今日、ホウキ捌きの神となるのだ、と。




「……それにしても」




 ボソッと、僕は黙々と掃除する二人には聞こえないくらいの声で小さく呟く。


 ふと、辺りを一周見渡した。

 しばらく無心で掃除をしていると、気づいたことがあったのだ。



 それは、この教室が本当に使用感がないことである。



 窓も埃や虫の死骸だらけで開けられた形跡はまったくなかったし、ガラスは雨ざらしの影響で水垢だらけ。

 汚れたガラスを濡れた新聞紙で一撫でするだけで、拭き跡がピカピカになるくらいに。

 他の教室は基本、定期的に業者が出入りして清掃していると聞いたことがあったが、その定期清掃すらここではされた形跡がない。


 まるで、本当にこれまでこの学校にこの教室は存在していなかったのではないかと思えるくらいの汚さだった。


 僕も隣にある図書室はたまに利用していた。

 だが、この教室があったことはどうしてか知らなかった。少しくらい教室名のプレートくらい目にしていてもいいだろうに、僕には本当に見覚えがなかったのだ。


 まるでここは、現世から隔離された異空間のよう——。


 僕は頭を小さく横に振る。


 ——そんな妄想をするなんてSF小説の読みすぎだなと、僕は掃除に戻ることにした。




-----------------------------




 天音の作業机の天板を新品の雑巾で水拭きする。


 周囲に散った消しゴムのカスを払い落とし、シャー芯の色移りで黒く汚れた天板を綺麗にする繰り返し。その染み付いた汚れ具合に、どれだけの時間を彼女が費やしてきたかが窺える。


 発火寸前なくらいに埃をかぶった見るも危険なコンセントを見るに、パソコンを使っている形跡はない。

 普段から原稿用紙と愛用の木製シャーペンを持ち歩いている様子も鑑みるに、どうやら天音の基本的な執筆スタイルは、現代にはあまりそぐわない手書きスタイルのようだ。


「……ここで、柚月先生の作品が——」

 

 誰からも見向きされなかった教室の中で一人、今は睡花と共に不用品の選別作業をしている天音は、一人執筆をし続けていたのだ。


「……」


 想像する。


 孤独で忘却された教室の中で、黙々と一人机に突っ伏し、原稿に没頭する少女。

 ここが、作家・柚月天音としての成長と進展を見守ってきた場所。


 その事実が、まるで聖地巡礼を果たしたかのように、僕の心に感動を染み込ませると同時に、少しの劣等感と自分に対するおこがましさを僕に感じさせてしまうのだ。



 これは……。この気持ちは、一体、何なんだ?



 暗転する世界。






 ——どこからともなく、男性の優しい声が聞こえる。




『悠里。悠里ならきっと著名な小説家になれるよ。なにせ、僕の可愛い一人息子だからね。期待してるよ』




 そんな根拠も身も蓋も何もない、自分勝手な言葉を遺言に残して、本好きであり小説家を夢見続けた僕の父は、急病で志半ば、この世を去った。


 何の前触れもなく、唐突に、だ。


 心臓の病だった。





 ——どこからともなく、女性の悲痛な声が聞こえる。





『悠里。もうお願いだから、本を読むのを辞めて……。もう、私を苦しめないで……』





 脳裏に思い浮かぶのは、父が優しく微笑む遺影の前で膝を力なく落とし、もう死んでしまうんじゃないかってくらいに嗚咽を零して涙を流す母の姿。


 そして、父の遺品であり、彼の象徴ともいえる古ぼけた本を大事に抱き抱える幼い息子に対して、トラウマを掘り起こされたかの如く強く懇願し、苦しみから逃れようと必死にもがく様を見続けた少年。


 そこに、優しかった母の面影はどこにもなかった。




 こうして、父の叶えられなかった夢を叶えようとする僕と、最愛の人を彷彿とさせてしまう本を忌み嫌う母は、決別した。



 ……だが。



 僕は、一読書家なだけであり、作家にはなれない。

 永遠に、いつまでも、だ。


 何かを生み出すことはなく、永遠に部屋に閉じこもり、消費し続けるだけの消費者でしかない。

 本が好きな人は、きっと誰しもが一度は憧れを抱くだろう。

 自分自身で、自分だけの『物語』を生み出すことに。


 だが、その大半は、自身の描く物語の拙さや気恥ずかしさに嫌気がさし、完結することなく執筆をやめてしまう。

 僕もまた、その一人だった。



 圧倒的な才能を前にして、僕は"父の夢"を諦めたのだ。



 そんな逃げ出した僕なんかが、こうして読者を感動させ、僕たちの人生観ですら大きく変えてしまう、本物の作家がいる部屋に今、こうして一緒にいる。

 僕の前に、まるで運命のイタズラであるかのように現れた彼女は、何も知る由がないだろう。


 僕が彼女の作品と出会い、心から愛したことで人生観を変えられ、同時に、彼女の才能に対して"嫉妬"してしまったことに。


これは、自分勝手な僕の、ひどく濁った"醜悪"なのだ。




「……今更後悔するなんて、馬鹿みたいだな、僕って」




 赤く染まりゆく窓の外を見ながら、吐き捨てるように言葉を放棄した。





 所詮僕は、何かをゼロから生み出すことなんて、できやしないのだから、と。


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