1-6 天才とダメ人間は紙一重
型にはまった退屈な始業式が終わり、一学年時のおさらい程度の授業初日が終わった放課後午後四時の校舎。
弓道部に所属している宮城含めたクラスメイトが、それぞれ部活に行くなり遊びに行くなりしている中、僕と睡花は天音に先導されて校舎三階の西側一番奥に位置する教室を訪れていた。
図書室の一つ隣、『図書準備室』と天井プレートに書かれた教室である。
生徒が過ごす教室からは少し離れた位置にあるからか、騒がしい校舎の中では唯一無二の静寂に包まれた場所だった。
「さぁ、ついたよ。ここが私の仕事部屋だ」
先頭に立つ天音が鍵を開け、扉を開く。
すると、僕らを出迎えたのは壁面に置かれた一面の燻んだ木製書棚だった。
綺麗に並べられているとは決して言い難い横積みされたボロボロな本の数々は、何層にも埃をかぶっている。
きっと、僕たちが入学するその前からここに置いてあり、誰からも存在すら忘れ去られた本なのだと、無意識に僕は察した。
そして部屋の中央にあったのは、木製の長机と椅子のセット。
埃を全体的にかぶった部屋の中で唯一使用されている形跡があるだけに、その場所だけが暗闇から差し込んだ一筋の光のように目立っていた。
きっとそこが、天音のいつもいるスペースなのだろう。
机の周辺には丸まった原稿用紙がいくつも散乱し、足の踏み場がないくらいに散らかっている。
僕の本が積み上げられた部屋も大概言えた義理もないくらいに足の踏み場がないくらい汚いが、この部屋はそれすらも逸している。
一言で言えば廃墟・ゴミ屋敷に等しい。
「まぁ、少し散らかってはいるが、好きなところに荷物を置いてくつろいでくれたまえ。一応ソファもあるからね」
天音が視線をくべるソファを見てみると、なるほど確かに茶色のレザー製の二人掛けくらいのソファがある。
……だが、
「え、えっと……」
そのソファも本棚同様、埃まみれだった。
座ったらきっとお尻と背中が灰色に染まり、埃の中で気持ちよさそうに生息しているダニちゃんたちが僕たちの着込んだ衣服の繊維質の中で優雅に暴れ回ることになるだろう。
引きつった愛想笑いを浮かべながらどうしようか悩んでいると、隣にいた睡花が制服の袖をちょいちょいと引っ張り、アイコンタクトを交わしてくる。
「(ねえゆうくん。どこに荷物置けばいいと思う……?)」
こっちが聞きたいわ。
『くちゅん』と、睡花に抱き抱えられた眠りウサギこと、ねむちゃんが可愛らしいくしゃみをすると、大量の埃が空気中に舞う。
見ているだけでくしゃみが出そうになる光景に、二人は思わず「うっ」と息を止めた。
「お、おかまいなく……僕たちはここで……」
「そうか……遠慮しなくともいいというのに」
少しだけしょんぼりとした様子の天音。どうしてこの状況でしょんぼりできるんだ、このずぼら作家は。
たぶんこの作家とは、作品に関すること以外の物事に対する価値観自体が違うのかもしれない。
それか、天性のダメ人間かの二択。
「天音ちゃん」
「なんだい? 睡花」
「先にこの部屋、少しだけお掃除してもいい? 私、この部屋に一分もいれば死んじゃう」
真顔で淡々と、いつも輝いている目の瞳孔すら光を失った状態で告げる睡花に、いや正直すぎだろ……とツッコミを入れたくなるが、異論は天音には申し訳ないが——特にない。
完全に、同意である。
僕に埃アレルギーはないのだが、流石にここへしばらくいれば、新種のアレルギー症状が出そうな気がする。
そう思うくらい、この教室は忖度なしに汚かった。
もう少し言えば、はやくこの部屋から脱出したい。
さっきまでの彼女への狂ったような羨望と期待の眼差しを、利子を百万くらいつけて返してほしい。
「まいったな……。私はこのままでも別にいいんだが」
「よくない! ほらゆうくんも、掃除手伝うこと!」
「ぼ、僕も!?」
「当然! ほら、ホウキ持って!」
没原稿の山を足で無理やり開拓し、睡花は教室の隅にあるロッカーからホウキを取り出し、僕に全力でぶん投げてくる。
「っと。なんで僕まで……」
唐突に飛んできたホウキを危なげに掴み取った僕は、渋々掃除に強制参加することに。
憧れの作家の原稿を手伝う予定、とは一体なんだったのかと、僕は首を傾げるのだった。