1-5 宮城綾乃の独白
閉じかけの瞼から覗かせる赤い目は、僕たちをじっと見つめている。
この不思議な生き物と初めて出会った時、僕は可愛らしい見た目とは裏腹に、何を考えているのか分からないという未知性を感じていた。
全てを見透かしているような、監視されているような、そんな気味の悪い感覚。
「なぁ、お前は一体何者なんだ?」
『きゅ?』
問いかけに、眠りウサギは首を傾げる。
こちらの言葉が理解できないのか。はたまた、とぼけているのか。
……又は、こいつは本当に何も知らないのか。
歩き回っているクラスメイトからは見向きもされず、眠りウサギはたた一人、独立している。
まるで、この生物の存在だけ周囲に認知されておらず、世界の理から外れているかのようだった。
互いに睨み合いながら牽制を続けていた時。
「わぁ、眠りウサギちゃんだ! また会えたね!」
背後からひょいっと誰からも認知されていなかった眠りウサギの小さい体が、軽々と人の手によって持ち上げられる。
豊かな胸の中に収めて、白い毛並みを気持ちよさそうに頬擦りしているのは、睡花だった。
『きゅ!? きゅ、きゅ!』
突然浮いた自分の体にびっくりした様子の眠りウサギは、じたばたと暴れている。
露骨に嫌がっているご様子だ。
「えへへ〜、一緒に授業受けようね〜ねむちゃん!」
「ね、ねむちゃん?」
「この子の名前だよ。眠りウサギって長くて呼びにくいから、名前をつけてあげたの」
勝手に名前をつけられて、この生き物も災難だな……と慈悲深い目で見つめると、当事者の方はもう観念してしまったらしく、『きゅ……』という弱々しく鳴くだけだった。
睡花に出会ったのが運の尽きと、僕は心の中で合掌。
強く生きてくれ……眠りウサギ。
「ねぇ、悠里」
ふと、横から声がかかる。
そこには、神妙な面持ちで僕たちを見つめる宮城の姿があった。
「ん、あ、ごめんな、宮城。放って置いちゃって」
「いや、それは別にいつものことだからいいんだけどさ。その……」
もじもじと、宮城は何かを言うべきか悩んでいるような様子だった。
「どうした?」と宮城に声をかけようとしたその時、
「皆さぁん、遅れてごめんなさいなのですー。ホームルームはじめますよー」
ガラガラとスライドドアを開けて入ってきたのは、スラっとした男子生徒と引けを取らない長身とマイペースな言動が特徴的な担任教師・麻木先生だった。
「あ、麻木先生いつも来るの遅いのにもう来ちゃったか。ごめん、また後でな、宮城」
「え、あ、うん」
最後まで宮城を置いてけぼりにしてしまっていたことに悪気を感じつつも、僕は宮城に小さく手を振り、自分の席へと戻っていく。
こうして、一悶着のあったホームルーム前の不思議な時間が終わりを告げた。
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私、宮城綾乃の複雑な表情と視線は、にこにこと膝の上に”乗っているであろう”何かを撫で回しながら微笑む睡花と、窓際で原稿用紙にペンを走らせる少女、柚月天音の方を向いていた。
朝のバス停での出来事から始まり、私は朝から彼らに翻弄されっぱなしだった。
柚月天音という不思議な少女。それに、彼らが”見えている”という、眠りウサギと言う生き物。
おそらく生き物なんだと思う。
そう。つまりは、そういうこと。
私には、彼らが見えているという眠りウサギという生き物が、"見えていない"のだ。
きっとこれは、自分がおかしいだけなんだ、と。
私は自分にそう言い聞かせるしかなかった。