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廻る季節と眠り姫  作者: 夢色しあん
第一章 天才作家と本の虫
3/8

1-3 非日常は突然に。

 眼前に佇む少女を一言で表すなら、『未知』という他なかった。


 腰ほどまで伸びる美しい黒髪に、切長の目元と目鼻立ちの整った美しい顔立ち。

 クール系の見た目とは裏腹に、眠りウサギと呼ばれた愛らしいウサギを抱き抱える姿は、なんとも言えない、ただそこにいるだけで画になるような存在感を醸し出している。


 何を考えているか分からない、どちらかというとアホの子といった印象の睡花とはまた違う意味の何を考えているかが掴めないミステリアスさが、彼女にはあった。


 黒髪少女との微妙な距離感に言葉が詰まっていると、


「……綺麗な人」


 ポツリと静寂を切り開くように呟いたのは、隣にいる睡花だった。


 そして、気づくと睡花は初対面の少女に対しガバッと駆け寄り、物怖じなく話しかけていた。


「ねぇねぇ! その子って、あなたの飼っているウサギちゃんなの? とっても可愛いね!」


 すると黒髪少女は「ふむ」と、左腕で眠りウサギを抱き抱えたまま、右手で自分の顎に触れて熟考した。

 そして、表情を崩すことなく、堂々とした表情で応じた。


「そうだね、飼っているのかと言われたら——そうなるのかもしれないね。この子は、私のたくさんいるお友達の一人『眠りウサギ』。この子は——」


 彼女が言い終わるよりも前に、「お友達!」と一瞬で目を輝かせたのは、睡花だった。


 そして、一瞬にして初対面のはずの黒髪少女に睡花は詰め寄っていく。


 「あ、あぁ」と、流石の黒髪少女もいきなりの接近に動揺している様子だ。


 睡花がそこまでテンションが上がっているのに、僕は心当たりがあった。というか、確信しかなかった。


 何かというと、睡花は高校生になった今でも、根っからのいわゆる女児アニメ好きなのだ。


 日曜の朝早くから放送される、某魔法少女アニメ。小学生の時からリアルタイムで毎クール視聴し続け、録画したアニメを幾度となく見返し、挙げ句の果てに高校生になった今でも、おもちゃ屋さんの女児向けおもちゃコーナーやスーパーの食玩コーナーで、目を輝かせながら魔法のステッキやパレットを買う。


 そんな大きなお友達が、水面睡花という女の子なのだ。


「な、なぁ……そこのキミ。私を助けてくれないか? この子は、私でもなかなか距離感が掴めないんだ」


 さっきまでの余裕そうな悠然と佇んでいた顔がどこに行ったのかという感じに、黒髪少女は顔を引き攣らせて僕に助けを乞う。


「そいつは、そんな感じの奴なんで、諦めてくれ……」


 いつものことだと、僕は「はぁ」とため息をつきながら頭をかいた。


 なんだかんだで、限界オタクと化した睡花の暴走は、黒髪少女の腕から眠りウサギを強奪しもふもふを堪能するまで止まらなかった。



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 なんとかスキンシップの鬼と化した睡花を、最終的には力技で引き剥がした黒髪少女は、カバンから黒いレースのハンカチを取り出し額に当てる。


 意外とか細い見た目以上に力があるんだなと、遠巻きに眺めていた。


 「ふぅ」と一息、呼吸を整えたところで、改めて彼女は「さて」と僕を一瞥した。


 その瞬間だった。


 彼女の全てを見透かすような瞳に魅せられ、僕は一瞬にして金縛りにあったかのように硬直する。


 その場の空気が、完全に変わった。


 それほどまでに、先程までの困惑していた彼女の姿と今の凛々しい表情は相反するに値するほどの力があったのだ。


「私はもう行くとするよ。君たちにここで出会うという、最初の目的は達したからね」


「最初の目的?」と疑問に思う僕を尻目に、黒髪少女は背を向ける。


 すると、その背中を追うように後ろから呼び声が響いた。



「待って!」



 その透き通った声に、歩き出していた黒髪少女は立ち止まる。


 声の主は、睡花だった。


「私、あなたのこと、同級生だったのに全然知らなかった。お名前教えてくれる?」


 睡花の胸の前にある赤いリボンが揺れた。それは、黒髪少女の着ている制服のリボンの色と同じ、青山高校二年生であることを表す証だった。


 確かに、彼女の姿を誰とも気軽にスキンシップをとるようなコミュニケーションのプロである睡花含め、僕自身も知らなかったというのはおかしい。


 もし他のクラスだったとしても、入学式や廊下、学校行事のどこかで一度は遭遇していてもおかしくないはずだ。

 ましてやその圧倒的なカリスマ感と美貌。一度見たら忘れるはずもない。


「——名前、か。名乗るほどの名前は、私にはもうないよ」


 どこか悲しそうな表情で、黒髪少女は呟いた。まるで名乗るという行為自体が己の禁忌であるかのように、忘れてしまいたい過去であるかのように、彼女は目線を逸らし続けた。


 だが、黒髪少女は次の瞬間、「でも」とこちらを振り返った。


「——強いて名乗るというのなら、今は、ただのしがない『文学少女』とでも名乗っておくことにしようか。その方が、君たちにとっても——私にとっても、今は都合がいいからね」


 ふふっと、彼女は小さく微笑する。


 そうとだけ言い残すと、こちらに小さく手を振る眠りウサギを抱き抱えた彼女は、その場を静かに立ち去っていった。


 ゆっくりと遠ざかっていく後ろ姿をぼーっと眺めながら、二人はその場に佇む。


「……なんだあいつ。厨二病こじらせすぎだろ」


「綺麗な人だったねー」


 純粋無垢で何も考えていない睡花の感想は置いておくとして、僕から見た彼女の印象は、ミステリアスというより、ただただ痛い厨二病患者といった印象だった。


 自分に特殊な異能力があると錯覚し、自分は他の人間とは違うと信じきっている。


 そんな、自尊心の塊。普通の青春を歩みたいのなら絶対に関わってはいけないような人種だと思った。まぁ、僕には普通の青春なんて、既にないのだけど。


 そんな非日常なんてありえるはずがない。


 今見た光景も、眠りウサギという不思議な生き物も、全部きっと朝から母さんと喧嘩したことで疲れてたことによる幻覚だと、僕は首を振った。


 ……日常ですら壊れかけの自分にとって、そんなことありえないと自分自身で皮肉に浸っていると、



「……あ! ゆうくん! バス!」



 大きな緑色の公共バスが、バス停から出発するところだった。


 咄嗟に腕時計を確認すると、乗る予定だったバスの時刻はとっくに過ぎていた。


 無常にも遠ざかっていくバスを眺めたのち、はっと冷静になった。


「あ——は、走るぞ、睡花!」


「うん!」


 厨二病文学少女のおかげで、僕たちは初日の朝っぱらから学校まで持久走をするはめになった。


 まったく、朝から本当に僕はついてない。


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