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異世剣聖  作者: 鷹武手譲介
第五章 大反乱
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急転する都政

 士会は、フェロンの正門をくぐった。


 凱旋である。それも、外敵を打ち払ってのものだ。見物に来た人々で、脇道が埋もれていた。どこか、ざらついたような空気を士会は感じた。その中身は、戦勝に喜ぶといった(たぐい)のものではなく、もっと異質な何かだ。


 もっとも、士会はその正体に見当がついていた。既に街の住人にも、西部で反乱軍が勢力を広げていることは伝わっているだろう。そのことに、不安、あるいは期待を抱えていることが、この空気を形作っている。


 フェロンから出した討伐軍は、見事に打ち払われていた。その上、勢いに乗ったまま、空城となっていた街を落とされている。これで反乱軍がフェロンへと向かう街道沿いには、一つの街を残すのみとなった。鷺という国が、喉元に剣を突き付けられたと言っていい。


「お帰り、会君」

「出迎えありがとう、フィナ」


 第二層まで出てきていたフィナと合流し、士会はまず自分の屋敷へと足を向けた。急ぐには、理由がある。


「私から言い含めてあるから、大丈夫だとは思うんだけど」

「俺も使者は出した。皇子と神使の庇護下にあるわけだし、他から干渉されることもないと思うんだが」

「ただ、あの子、勝手に思い込むところがあるから」


 帰路の途中に受け取った知らせで、反乱軍の首魁の名を知ることになった。バングル・アドルム。聞き覚えのある苗字の通りに、シュシュの実兄だった。歳は離れているらしく、随分前に家から縁を切られている。ただ、国家に反逆するようなことを言い出したという醜聞は避けられず、シュシュの父が隠居する事態になっていたようだ。


 そこらの詳しい背景は、鏡宵の手の者が知らせてくれた。そもそも都から伝えられた情報は、バングルの名だけで、戦の勝敗すら鏡宵の情報で知ったというありさまだった。都にいて勝敗をつかめないはずはないので、何らかの理由で意図的に知らせてきていないのだろう。ろくな理由じゃなさそうだな、と士会は思った。


 他に、見知った名として、ペリアスのことを鏡宵たちが知らせてきた。ビュートライドでの戦で一度は打ち払ったものの、西に落ち延びた将だった。そのまま次の反乱に加わり、将になっているらしい。


「しかし、フィナの従者は続けられたんだな」

「私が止めたの。シュシュは何にも関係ないって思ったし、かけがえのない何でも話せるような子だったし」

「なるほど。そういうことか」


 フィナがかばったことによって、シュシュが巻き込まれる事態は避けられたらしい。


 都から士会への知らせでも、遠回しに従者を罪に問うよう求めてきていた。もちろん、そんなことをするつもりは士会にはない。感情的にもそうだし、理屈の上でもそうだ。肉親が大罪を犯したことで連座するというのはままあることのようだが、そもそもアドルム家はバングルと縁を切っている。つまり赤の他人であり、罪に連なるいわれはなかった。


 シュシュやその家族を人質に使いたいのかもしれない、と士会は考えていた。


 屋敷に着くと、侍従たちが並んで出迎えてくれた。しかしその中に、シュシュの姿はない。そのままフィナともども、侍従たちの居室に向かう。


 扉を叩きながら、士会は問いかけた。


「シュシュ! いるのか?」

「……士会様」


 少し間があってから、シュシュの声が聞こえてきた。


「私もいるよ!」

「ええ!? フィリムレーナ様まで」

「入っていいか」

「……え、ええと……すみません、ちょっとだけ、お待ちください」


 何かがさごそと音がしてから、部屋の戸が内から開けられた。


 シュシュの部屋は片付けられていて、棚は空になっていた。そして大きな荷物と、まだ詰められていない服や小物が、床に広げられている。


(いとま)をいただかなくてはなりません」


 座ったまま、シュシュは丁寧に礼をして、そう言った。声が少し、震えている。


「いや、待て。早まるな。お前の兄貴のことなら心配しなくていい。お前とは何の関係もないし、俺たちも気にしない」

「かばっていただけるのは、とても嬉しいです。けど、私がいることが、士会様の弱みになるかもしれません。ご迷惑には、なりたくないのです」


 そう言いながらも涙ぐむシュシュからは、本当はどうしたいのかありありと伝わってきた。こちらが迷う必要はないらしい。


「それを言うなら、フィナと近しくて、向こうの世界の話ができる従者がいなくなるのも困る。単なる未来の可能性の一つより、こっちは確実に実害が出る」

「シュシュ! あの時もそうだったけど、引け目に感じる必要なんてないの! 私や会君がいいって言ってるんだから!」

「何より、俺もフィナも、お前のことは大事に思ってるんだ。頼むから、辞めないでくれ」


 畳みかけるように、士会とフィナはシュシュを説得していた。シュシュの目が泳ぐ。期待に満ちたまなざしをしてから、首を振ってうつむく。


「それは……でも……」

「でもじゃない。もう嫌だっていうんなら止めないけど、そうじゃないんだろう? なあ、建前ばかりじゃなく、お前の本心を、どうしたいかを、聞かせてくれ」

「………………私は……私は」


 うつむいたままのシュシュから、嗚咽(おえつ)が漏れてきた。ぽたり、ぽたりと床に雫が落ちる。


「……私は! このまま従者を続けたいです! 士会様とフィリムレーナ様のお傍に、ずっとずっと置いていただきたいです!」


 大きな泣き声をあげて、シュシュは士会の下へ飛び込んできた。抱きとめて、あやすように撫でてやる。


「でも……でも! 前の時は、父が責めを負うことになりました。今度私が罰されないとしたら、矢面に立つのは主人の士会様です! それが私には、どうしても耐え難く」

「そう言うな。縁を切っている以上、お前と兄とは無関係だ。どんな非難が来ようと突っぱねる」


 それに、と士会は続けた。


「反乱軍がこの地に迫った時、確実に俺も迎え撃つことになる。それが何よりの潔白の証になるさ。誰も、俺を糾弾できやしない」

「うう……」


 シュシュの泣き声は、うめきのようなものに変わっていた。少し収まってきたようだ。


「……主人に潔白を証明させるなんて、私は駄目な従者です」

「つまり、続けてくれるんだな」


 士会が念を押して聞くと、シュシュは泣き腫らした目で精一杯笑みを浮かべて、うなずいた。


「はい! これからも、よろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくな。さあ、部屋を戻さないといけないだろうから、俺は自分の部屋に行ってるよ」

「わかりました。荷物を戻し終えたら、一度顔を出しに行きますね」


 立ち去る時に一礼したシュシュは、とても晴れやかな顔をしていた。


 自室に帰ると、フィナがおずおずと切り出してきた。


「あ、あのさ。反乱……が起きてるのって西の方だよね。こっちまで来ることなんてあるの? 討伐軍も行ったみたいだし」

「いや、負けたぞ。討伐軍」

「えっ」


 フィナは心底意外という表情をしていた。どうやら、本当に知らなかったらしい。


「俺も独自の筋で知ったから、確認は取らないといけないけど」


 言いながら、なんとなく士会は何が起きたか勘づいていた。おそらくは、討伐軍が行ったから心配いらないなどとフィナに言ってしまい、誰も負けたと言い出せなくなったのだろう。こちらに勝敗が伝えてこないのも、フィナに伝わるのを恐れてのことか。


 敗走した軍が帰ってくれば、自然と露見するのにな、と士会は呆れていた。


「いや、でも……数で有利だし負けるはずない、って」

「数は大きな要素だけど、それだけで戦の趨勢が決まるわけじゃないからなあ」


 官軍と反乱軍とで決定的に違うのが、士気の差だ。ほぼ強制的に徴兵された官軍の兵に比べ、自発的に戦闘に参加している反乱軍の兵は、士気が高いことが予想される。しかも今は、勝利の波にも乗っていた。


 シュシュにまで伝わっていたところを見るに、反乱軍の指揮官の名は既に広まっているのだろう。討伐軍敗走の報は、どうだかわからない。


 部屋の扉が手で打ち鳴らされ、侍従から亮が訪問してきたことを告げられた。


「通してくれ」


 亮は見覚えのない着物を身にまとっていた。見るからに上等で、動きにくそうな服だ。


「あ、フィナもいるのか。ちょうどいいな。ちょっと隣の部屋借りていいかい。着替えるから」

「そりゃ、いいけど」


 数分後、再び部屋に入ってきた亮は、簡素な麻の着物に袖を通していた。


「いやあ、あの服、肌触りは良いんだけど暑くてねえ」

「なんでそんなもの着てたんだ」

「ちょっと高官たちから情報収集してて。正装にしてた方が、話が円滑に進むから。それにしたって、クールビズでも導入すべきだとは思うけど」


 あの服はスーツのようなものか、と士会は合点がいった。軍人として過ごしていた日々は、服装といえば具足に戦袍を着るくらいであり、考える必要はなかった。しかし文官の中であれこれやっている亮の場合は、そうはいかないらしい。


「情報収集ってことは、朝廷が何を考えてるかもわかったか」

「うん。とりあえず、エルヴィスが率いていった軍が大敗北したのは確認できた。聞いた時の感触から、僕たちに対して隠そうとしてたことも透けて見えたね」

「ああ、やっぱり」

鏡暮(きょうぼ)からあらかじめ知らされてなかったら、気づかなかったかもねえ」

「それって鏡宵(きょうしょう)鏡朔(きょうさく)の兄弟か?」

「そうそう。弟妹たちを君んとこの担当に回してもらったんだよ」


 元々鏡朔と鏡宵は、護衛兼情報収集担当として、亮から紹介されたのだった。以来、士会の裏の耳目となり、何度も活躍してもらっている。


「ちょ、ちょっと待って。隠そうとしてたってどういうこと」

「どうもこうも。必ず勝てるって太鼓判押してたのに負けちゃったから、君の怒りに触れるのが怖くて隠してたんだよ。あ、もう士会から聞いたよね? 討伐軍が反乱軍にボコボコに負けたこと」

「聞いたけど……え、ほんとにほんと?」

「マジのマジ。確認取ったし間違いない。ちなみに隠蔽したまま、逃げ帰った兵を軸に討伐軍を再編成して、既に出撃させてた」

「………………」


 押し黙るフィナの顔には、怒りが浮かんでいた。重大な背信行為であるから、怒るのも仕方ないところではある。


 ただ、今は間が悪かった。


「おい、亮」


 士会は少し下がり、小声で亮に話しかけた。


「どうすんだよ、こんな時に国政が立ち行かなくなったら」

「いいや、むしろ今だからこうすべきだね。軍事はあまり詳しくないけど、ろくな指揮官が残ってないんだろう?」

「それは、そうだが」

「なら、君が総指揮権を握るべきじゃない? より、確実な方法で」

「お前、まさか」


 士会が力を持つことは、文官たちから警戒されている。そのため、このまま放っておけば、よほど追い詰められない限り士会に総指揮は回ってこない。いや、どう転んでもフェロン全軍の指揮を執ることはないかもしれない。


 しかし、そうならないようにする方法もあるにはある。


「今この時だけでも、フィナが独裁的に指示を出すべきだね。国難を乗り越えるには、多少の荒療治が必要だ」


 フィナが強権を振るって士会を総指揮に任命すれば、それで事足りる。それだけなら、朝廷でフィナが発言するだけでもいいが、朝廷に参列する高官たちは既にフィナに敗戦を隠して兵を動かし始めている。正しく朝廷が開かれるというのは、希望的観測に過ぎるだろう。事ここに至った以上、フィナ主導で軍を動かしていくしかない。


 だからこそ、亮はことさらに朝廷の背信を口にしたのだ。


「あのね、会君。後ろ向いてるけど、思いっきり聞こえてるよ」


 フィナに隠して相談していたつもりだったが、この距離では意味がなかったらしい。


「あー、うん。すまん……」

「ううん。私、今までは朝廷で決めたことを尊重してきたつもりだったんだけど。向こうはそうじゃなかったんだね」

「それは……」


 尊重というよりは過信ではないか。決められたことにそのままうなずくフィナの姿を思い起こしたものの、口にはしなかった。


「いいの。それで、私がするべきことは、会君に全軍を預けること?」

「そうだね。可能なら、新たに出撃した討伐軍を呼び戻したいけど、ちょっと間に合わないかな。戦力の逐次投入は避けたいんだけどね」

「とにかく、早い方が良いんだよね。じゃあ、この場で任命しちゃおう」

「いや、形だけでも朝廷で会議を開いた方がいい。無視しちゃうと、最悪朝廷が反乱を起こしかねない」

「えーと、じゃあ私の名前で、緊急招集をかければいいのかな」

「うん。そこで、現在の軍の状況の確認と、士会を臨時の役職――元帥と将軍の間に大将でも設けて、一時的に全将軍に対して指揮権を持つようにするのが良いと思う」


 とんとん拍子に話を進めていく亮に、士会は面食らっていた。総指揮を、と簡単に言うが、士会は今のところ五千の指揮までしかしたことがないのだ。数万の指揮となると、ぶっつけ本番でやるしかない。


「さて、士会。心の準備は済んだかい」


 急に亮が、こちらに話を振ってきた。


「……まあ、な」


 実のところ、袖軍との戦闘の前後くらいから、こうなる可能性は考えていた。精強なウィングロー軍が出払ってしまい、まともに指揮を執れる将軍が都に残っていなかったからだ。


「歯切れが悪いねえ」

「無茶言うなよ。俺は一万の指揮もしたことないんだぞ」

「安心しなよ。フェロンにいる軍全部を指揮する経験なんて、それこそウィングロー殿ぐらいしか持ってないんじゃない?」

「だからと言って安心できるか。不安の中に沈み込んで、何か見落としがないか逐一確認して、それでやっと多少の指揮ができるという気がする」

「まあ、僕の構想だと、ウィングロー殿が引退した後の元帥は君だ。つまり、いずれは通る道なのさ」


 あまりに先の先過ぎる。士会は亮の気の早い計画に呆れていた。


「ああもう、いいよ。自分でやるのが一番マシだろうってのは、わかってるんだ。鷺軍総指揮、俺がやろう」


 士会はきっぱりと言い切った。元より、決意はとうの昔にできている。


 フィナを守る。心に決めたそのことを、こんなに早く実行する日が来るとは思わなかった。


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