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異世剣聖  作者: 鷹武手譲介
第五章 大反乱
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幕間 都への道

 アルディアに向かう人々の列が、眼下に連なっていた。


 制圧した周囲の街に集まった志願兵を、多少ふるいにかけた後、編成のためアルディアに集結させているのだ。すでに編成を終えただけでも、新たに三万以上が増えている。ただ、ほとんど調練の行き届いていない兵ではあった。


 バングルは一人、アルディアの城壁の上で、思索にふけっていた。目に映るのは、アルディアの整然とした街並みだ。天守には、日月の旗が(ひるがえ)っている。


 反乱は、薄気味悪いくらい上手くいっていた。まず西方の中心地、アルディアを奪取し、直後に周辺の街に奇襲をかけ、ほとんど抵抗されることもなく合計八つの街を落とした。反乱は民の間に瞬く間に広がり、こうして続々と兵として志願する者が集まっている。


 当初の予定からほとんど狂いがない。そのことがむしろ、バングルを不安にさせていた。


 足が震える。とてつもないことが始まってしまった。今自分は、三万もの人間の命運を握っているのだ。そしてそれは、今もなお続々と増えている。いや、反乱の成否は、鷺国全体に関わる。数百万もの人々の行く末が、自分の双肩にかかっている。


 成算は十分にある。何度も計画を見直して、何年も準備を続けてきた。だから、上手くいく――はず、なのだ。そう思わなければ、やっていられない。


「バングル殿。新たに五隊の編成が完了しました」


 城壁に登ってきたペリアスの声に、バングルははっと顔を上げた。


「どうしましたか。なんだか顔色が悪いような」

「いや、気にするな。それより、ご苦労だった。指揮官の方はどうだ」


 幸い、ペリアスはそれ以上引っ張ってはこなかった。


「今まで通りですね。兵の中からこれはという者を引き上げたり、各街で指揮していた者から我らと同調できる者を引き抜いたりしています。その者たちとは、後でバングル殿とも話し合っていただきたく」

「わかっている」


 話すことで、共に同志として戦うにたる人物かどうか測るのが、バングルの大きな役目の一つだった。ある程度以上の指揮官や役人に据えるには、新たな国を作るという強い意志を共有している必要がある。ペリアス以下、主要な者たちも人を選ぶ際に確認しているだろうが、最終的な判断はバングルに一任されていた。ただ、組織がさらに拡大すれば、こんな方法を取る余裕もなくなるだろう。


 ペリアスが、城壁の下に目を落とした。


「やれやれ、凄まじい集まりようですね。俺の仕事も、当分は収まりそうにない」

「このくらいの勢いがあるとは思っていた。しかし、実際目にしてみると、かえって現実感がなくなるな」

「選別をかなり甘くしている、というのもありますけどね。案の定、略奪を働こうとした者が現れました」


 今はとにかく兵力が必要だった。そのため、指揮官と違い、兵の質はあまり問わないようにしている。その中にはならず者も混じり、民を害してしまう有り様だった。


「きちんと処分したな?」

「もちろんです。逆さ縛りにして晒していますよ」


 義のために反乱を起こしている以上、民を襲った者には厳罰が必要だった。そのため、略奪や殺人に対しては、例外なく逆さで柱に縛り付け、そのまま放置する。水も食料も与えられないため、四、五日の間に死ぬことになる。糞尿も垂れ流しの、かなり惨めな死に方だ。


「ビュートライドでは、もっと厳しく選別していたのかな?」


 少し気になったので、バングルは聞いてみた。


「それはもう。砦にこもる以上、結束が重要でしたから。野放図に集めれば、すぐに千、二千くらいには達したでしょうが、それでは長く戦えることもなかったと思います」


 今だから言えることですけどね、とペリアスは笑った。以前は、もっと兵を増やすべきだ、と考えていたのかもしれない。ペリアスから受ける印象は、ビュートライドにいた時と比べて随分変わっている。何年か前、ビュートライドの砦を訪れた時、ペリアスは今よりずっと若く、情熱的に見えた。それは、良い意味でも悪い意味でもだ。悪いところを、ベルゼルが抑えていた。


 今は、いつでも冷静さを失わないようになった分、歳を食って見える。それも悪いことではないが、心の奥底にはまだ熱さが残っていると、バングルは思っていた。


「反乱のやり方が完全に別方向なので、比べても仕方ないですけどね」

「それはそうだ。そして、どちらが正しいというわけでもない」

「ただ、注意すべき点はありますね。今の兵力は、勝っている間の兵力です」

「草のなびきのようなものだからな。兵力の増大を優先している以上、仕方あるまい」


 兵をふるいにかけていない欠点が、そこだった。今の勢いのままならば、減ることなく増え続けるだろうが、一度でも負ければ途端に見放されるだろう。それどころか、停滞ですら勢いを失ったと見なされかねない。


「どちらにせよ、我らにはあまり時間もない。足元を固めたくはあるが、早々に打って出る必要もある」

「そうですね。敵の主力が戻ってくる前に、大勢を決しておかなければ」


 今、鷺軍最高峰の精強さを誇るウィングロー軍は、垓から外征しているヴォーゼウムがほぼ全て引きつけていた。ヴォーゼウムは垓の軍でも有力な指揮官であり、垓がこの作戦に本気で力を入れていることがうかがえる。


 しかし、こちらがもたついてしまい、鷺を倒すに至らないと見限られれば、垓はあっさりと引き揚げるだろう。外征には大きな戦費がかかるので、切られる時は冷徹に見極められるに違いない。それを防ぐためには、今の勢いをそのまま利用して一気に畳みかけるしかなかった。


 もう一つ、懸念材料がある。鷺の西にある国、白蘭(はくらん)の動きが怪しかった。徐々に、鷺の民の間に浸透してきているようなのだ。ぼんやりしていれば、反乱を始める前にこちらの基盤となる鷺西部が飲みこまれる可能性もある。白蘭に滅ぼされた小国出身の班陽(はんよう)が、危険性を訴え続けていた。


「しかし、少し惜しくもある」

「何がです?」

「ウィングローだ。一度、手合わせしてみたい相手だった。だが、順当に進めば、まともな戦は望めまい」


 理想的なウィングローの撃破は、フェロンを落とした後、垓軍との挟撃に持ち込むことだった。そう容易く有利な形を作らせてはくれないだろうが、おそらくは垓と連携して決定的な兵力差を作り、押し潰すことになる。こちらが上手く事を進めている限り、同数での勝負は見込めない。


「無茶言わないでください。こっちはほとんど寄せ集めなんですよ。全軍精兵のウィングロー軍とまともにぶつかりあったら、指揮がどうこうじゃなく吹っ飛びます」

「全くだ。むしろ、どうにか回避すべきことなのはわかっている。それでも、求めてしまうものもあるのだ」

「その気持ちは、わかりますが」

「だろう。君なら、わかってくれると思っていた」


 芯には熱いものが宿っているペリアスなら、同じ望みを抱えているだろう。ただ、今のペリアスは、その上から理性の衣が包んでいた。


「まだ、神使などという輩もいますし、ウィングローの息子もいます」

「君が、敗れた相手だな」


 ペリアスが、一瞬鼻白んだような表情を浮かべた。しかし、それをすぐに打ち消す。


「まあ、そうですね。どちらも、侮りがたい相手です。強い手応えのある戦になるでしょう」

「君が言うなら、そうなのだろうな。今は、袖との戦か」

「袖将は惰弱と聞きます。評判通りなら、滞陣することなく打ち払ってくるでしょうね」


 とはいえ、別方面に遠征中なら、すぐに戦うことはないだろう。数も合わせて一万にも満たない。十分に、正面から戦える相手だった。ただその前に、楽な相手で、集まった兵に実戦を積ませてやりたいところではある。


「――雪辱の、機会です」


 ペリアスが、静かに呟いた。やはり、心の中では炎が燃えているようだ。


 階段からペリアスが降りていくのを、バングルは見送った。


 ウィングローと正面から戦ってみたい。それは強がりではなく、バングルの本音だった。彼の将には、鷺軍にいた時に随分と可愛がられた。屹立(きつりつ)する岩峰のような精強な軍は、いつ見ても壮観だと思ったものだ。


 そんな軍と、生死を賭けた戦いをしてみたい。バングルの中の武将としての一面が、自らの力を試したいと騒ぐ。その一方で、海の真ん中に放り出されてしまったような不安を感じてもいる。相反する感情が自分の中で並び立つのを、バングルは他人事のように眺めていた。


 人の心というのは、こういうものなのかもしれない。一様ではなく、見る角度によって色が変わる。時と場合によって容易く移ろう。


 気づけば気分も良くなっていた。やはり、人と話したのが大きかったのだろうか。一人で考え込んでもいいことがない、というのはその通りのようだ。


 バングルは振り返り、街の中へと目を向けた。鷺西部では大きな街であるアルディアの一端が、高い視点で見渡せた。


 ここから、始まる。俺たちの反乱が、始まるのだ。




 こちらから打って出るよりも早く、フェロンに動きがあった。エルヴィスの二万と、プレウロスの一万、総勢三万の討伐軍が組織され、速やかに出撃してきた。まずは地方軍を使って討伐を試みるのが常道なのだが、それではとても抑えられないとの判断か、中央の軍が最初から出てきている。極めて迅速な対応だが、おそらくは文官たちが慌てた末に無理な出撃を強いたのだろう。エルヴィスを総指揮とした討伐軍は、武装すら整わないまま出発している。途中の街で、なんとか補給を受ける腹積もりと見られた。


 エルヴィスもプレウロスも、バングルがフェロンにいた時既に将軍となっていた。良い噂は聞いていない。普段、兵を直接見ない指揮官だった。


 討伐軍出撃の報を聞いてすぐ、バングルは全軍に出撃を命じた。三万になった軍を率いて移動しつつ、調練を重ねている。兵力は増えたものの、指揮官たちが元から率いていた中核の軍を除いて、ほとんど訓練を受けていない兵なのだ。実戦で落伍する兵を少しでも減らすためにも、出来る限りの時間を使って調練をしておきたかった。


 編成は、バングル、ヴァルチャー、班陽がそれぞれ一万を率いている。ペリアスは、バングルの指揮下で三千をまとめていた。本当はペリアスにこそ一軍を指揮させたいのだが、新参の者をいきなり抜擢(ばってき)するのは難しいところがあった。


「バングル殿」


 フレムラギアが自分の隊を離れ、こちらに戦鴕を寄せてきていた。様々な方向にはねた赤い髪に、髪と同じ色に染めた具足と槍。その姿は、さながら火炎のようだった。


「俺の隊で、今から各隊に襲撃をかけようと思うのですが。もちろん、不意打ちで」

「不意打ちか……」


 フレムラギアの提案に、バングルは少し考え込んだ。フレムラギアは騎鴕隊五百を率いている。この五百は反乱軍きっての精兵で、良質な戦鴕も揃えており、五百といえどもその十倍の数の働きができるとバングルは見ていた。そんなものに不意打ちで襲いかかられたら、他のどの隊でも持ちこたえられはしない。しかし、無防備な状態で騎鴕隊の攻撃を受けることがどれだけ恐ろしいか、新兵の体に叩き込むにはいい気もした。


 ただ、フレムラギアは猛将だ。むやみやたらと暴れるわけではないが、楽な仕事ほど、放っておくと無茶をしかねないところがあった。釘を刺しておくべきだろう。


「やり過ぎるなよ」

「わかってますよ。駆け抜けるだけです。では早速」


 駆け去る背中に、バングルは声を追わせた。


「ペリアスから始めてくれ」


 肯定の声が、遠ざかりながら届いてきた。


 不意打ちにしても、他の隊が乱れていたら、指揮官たちは何かあったと気づくだろう。だから、本当の意味での不意打ちになるのは、最初に受ける一隊のみだ。ペリアスなら、完全な奇襲を受けても、それなりの対処をすると踏んでいた。


 しばらくして、離れた軍から喧騒が響いてきた。バングルは近くの微高地から、その様子を俯瞰した。


 ペリアスの率いた隊は、一時駆け抜けられた部分が乱れたものの、中核の兵を中心にしてすぐに綻びを繕った。続くヴァルチャーの軍は、半分が崩れかけたものの、なんとか立ち直った。班陽の軍は他の騒ぎを見て構えかけたものの、間に合わずやはり崩されかけた。


 騎鴕隊は無人の野を行くように駆け抜けていく。駆けた後には、陣形も何もなく混乱する兵たちが残されている。集まってまだ日がないので、崩されることは仕方がない。その後、どうやって立て直すかが、指揮官の腕の見せ所だった。その点で、ペリアスの指揮はやはり卓越していた。


 一通り回った後、フレムラギアがペリアスに向かって再度突進していた。中核の、最も精強な部分だ。とりあわず、ペリアスは隊を二つに割って対処した。通り道を開けるようにして、騎鴕隊の突撃をいなしていく。


 最後の攻撃を、ペリアスは明らかに読んでいた。そして、対応の仕方次第では、騎鴕隊をかわせることを兵に示した。なんのために調練をするのか、兵も納得しやすくなる。


 フレムラギアが、一人で報告に来た。


「終わりました。くそっ、ペリアスのやつ」

「見え透いたことをするからだろう。ペリアスは準備万端で待っていたようだぞ」

「その上で、崩せる。そういう騎鴕隊を作りたいのですよ」

「それを試すのに、ペリアスは難易度高すぎやしないか」

「まあ、正直、構えられているのを見て無理そうな気はしました。実戦なら、引き下がってますね」


 それでも、無理に突っかかっていったらしい。フレムラギアには、新参のペリアスを意識しているところがある。精兵を抱えている身として、負けられないという思いを抱えているのだろう。それは決して、悪いことではない。


 一日行軍して、リペロの街に入った。ここは支配下に置いた街の中で、最もフェロンに近い街になる。駆ければ、十日ほどの距離だった。ただ、間に二つ、街がある。これは、落とさなければならない。


 調練をしながら敵の進軍を待っていると、二日でフェロンの軍が現れた。周辺の地方軍からも兵をかき集め、総勢四万まで増えている。


 バングルは即座に兵を外に出し、迎撃の陣を敷かせた。


 三万と四万、兵力では差を付けられている。もっとも、官軍と戦う以上、この程度の差は想定の範囲内だった。兵力差は、用兵や士気で埋めればいい。


 半日の滞陣の間、バングルは陣の形を少しずつ変えながら、敵の様子を伺っていた。向かって左、地方軍が占める部分は、それなりに堅い。崩すには、それなりの犠牲を覚悟しなければならない。


 それよりも、中核のエルヴィス軍が脆いと見えた。叩くなら、こちらからだろう。


「フレムラギアに伝令」


 騎鴕隊は時折仕掛けるような素振りを見せて、瀬踏みを繰り返していた。だからこそ、本気で突っ込む時も、多少反応が遅れるはずだ。


「騎鴕隊全軍で敵中央を縦断せよ」


 すぐにフレムラギアの騎鴕隊が、猛然と動き始めた。牙をむき出して笑うフレムラギアの姿が、目に浮かぶようだ。合わせて、こちらも全軍を前に出す。


 騎鴕隊が、真正面から敵陣に突っ込んだ。先頭はフレムラギアで、槍を振り回しながら敵兵を次々に突き上げていく。そのまま衣を割くように、敵軍をまっすぐ断ち割っていった。胸の空くような、突撃だった。


「むしろ、地方軍に任せた方が賢明だったかもな」


 呟きながら、バングルも歩兵による攻撃を開始した。騎鴕隊が開けた穴を拡張するように、攻勢を集中させる。すぐにエルヴィス軍が潰走に移った。脆い。想像を絶する脆さだ。もう一押し二押しは、しなければ崩せないと思っていた。まあ、敵を過小評価するよりはましだろう。


 エルヴィス軍の潰走を見て、右側のプレウロス軍もほとんど戦うことなく潰走した。地方軍はしばらく踏みとどまる様子を見せたものの、こちらが包囲の構えを見せると下がっていった。


 これを追撃してもいいが、今はそれよりも重要なことがある。


「全軍、駆け足。敵は討たなくていい。とにかく、速度を落とさず進め」


 討伐軍が集結していた街を、逆に落としにいく。地方軍を動員した今、兵は空に近いと予想されるので、楽に落とせるはずだ。フェロンへの通り道となる重要拠点を、労せずして手中に収めることができる。


 フェロンに、手がかかった。駆けながら、バングルはそう思った。


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