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異世剣聖  作者: 鷹武手譲介
第五章 大反乱
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対決、朱会要

 明くる日、士会は夜明けとともに全軍を率いてコクリアを発っていた。一日近い休息のおかげか、兵の顔もどことなく明るい。士会自身も、寝台でゆっくり眠れたおかげで調子は上々だった。


 空気は涼しくなったものだが、朝の日の光でも浴びると体が熱くなってくる。今日も暑くなりそうだ。


 まだ涼しいうちに、士会軍は樹明郷に到達した。樹明郷はそこそこ大きな村であり、一面に広がる田畑を管理している。


 事前に知らされていたが、村は荒らされていた。朱会要の軍が無人となった村に入り、略奪の限りを尽くしたらしい。こうなるのはわかっていたが、コクリアの守兵三千では対処のしようがなかった。避難が済んでいて人的被害が出なかったのは救いだが、必ず報いは受けさせなければならない。


 村の中を通り抜けて、再び田畑に出ると、朱会要軍が見えた。防御を構えた陣地から出て、畑の中に布陣している。兵数で優っているからか、最初から鶴翼の形を取っていた。しかし、士会にはただそれだけ、というように映った。おそらく、戦況の変化に合わせた流動的な動きはできない。


 士会は一旦軍を停止させ、矢を射かけさせた。まだ矢の届く距離ではないが、目標は敵ではない。正面にまたがる水路の中だ。敵兵が出てこない様子を見ると、兵が伏せられたりはしていなかったらしい。


 すぐに士会は、全軍を前進させた。敵が矢を射てくるが、こちらは応じず木の盾で防ぐにとどめる。一気に距離を詰めると、敵も前進してきた。士会は兵を小さくまとめていた。中央に士会と白約、右に紐燐紗、左にピオレスタという構えだ。


 ぶつかる。予想通り、朱会要は鶴翼を伸ばし、包囲を試みてきた。寡兵の士会が軍をまとめたので、容易く囲めると見えたのだろう。しかし、焦ってか、翼に当たる部分が歪に崩れかけている。


 ビーフックが動き、敵の右側を駆けた。それを追って、敵の千騎の騎鴕隊が出てくる。うまく釣り出せたようだ。追いつかれない寸前の速度でそのまま駆け、歩兵のぶつかり合いから引きはがしていく。


「じゃ、行ってくるぜ」

「さくっと終わらせて来いよな」


 歩兵の中央、士会のすぐ後ろにいたバリアレスが、千騎を率いてあっさりと敵の翼を食い破った。そこを紐燐紗の千が広げるようにして続いていく。


 そのままバリアレスは、ビーフックが引きつけた騎鴕隊を追っていった。ビーフックが反転し、挟撃の体勢を作る。


 紐燐紗は、向かって右の敵の翼をほとんど壊滅させていた。そのまま突破し、敵の側面を取る。


 今や包囲の形は崩れ、ピオレスタ、士会と白約、紐燐紗が直線状に並んで敵とぶつかりあっていた。特に横に敵を抱えた敵の中軍が、大きく動揺している。その揺らぎが、翼を担う軍との連携にも齟齬を生じさせていた。


 敵の二つの軍に間隙が出来たのを見て取った士会は、白約に命じてそこを突破させた。ほとんど抵抗なく敵の裏側に出た白約は、ピオレスタと挟む形になった残りの翼を一瞬で片づけた。


 三方を囲まれた朱会要の中軍は、既に逃げ腰になっていた。こうなればもう、どうにでも料理できる。


 その時、紐燐紗が麾下だけ率いて軍を飛び出した。おそらく、指揮は部下に任せているのだろう。行き先は袖の方向で、敵の裏側になって士会からは見えない。しかし、何か追わなければならないものを見つけたらしい。


 ピンと来た士会は、全軍に一気に押し込ませた。豆腐を押したように袖軍は容易く崩れていく。包囲されているとはいえ、あまりにもあっけなさすぎる崩れ方だ。


 まとまれない程度に軽く追撃をしてから、士会は紐燐紗を待った。先に、騎鴕隊を殲滅していたバリアレスとビーフックが戻ってきていた。


「おい、士会。追撃が足りねえぞ。いくら時間がないっつっても、朱会要を捕らえるくらいはしてもいいだろう」

「いや、もう来ると思う」

「何?」


 紐燐紗が麾下を率いて駆け戻ってきた。何人か、捕虜を連れている。


「おつかれ、燐紗」

「はい、士会殿。朱会要とその側近数名、間違いなく捕らえました」

「おお! いやでも、どうなってんだこれ」


 バリアレスの疑問はもっともだった。潰走する軍の中に紛れれば、指揮官といえどもそう容易くは見つからない。だからこそ追い散らしながら探すわけだが、紐燐紗は少人数で見事に見つけ出してきた。


 紐燐紗は朱会要を縛り上げている縄をつかみ、地面に転がしながら答えた。


「こいつ、自分の兵を置いて、側近と一緒に逃げ出したんですよ。だから麾下を率いて、一足先に追撃してました」

「指揮官が逃げたおかげで、騎鴕隊が駆けつけるより早く片づいたわけだ」

「なるほどな。異様に早いなとは思ってたが、そういうことか」


 じろり、とバリアレスが地面に捨て置かれた朱会要に目をやった。つられて士会や他の指揮官たちの視線も、一点に注がれる。


 そんな中、朱会要は必死の形相でわめきたて始めた。


「紐燐紗様! 国を捨てた身とて、あなたは袖の皇子! なにゆえ、この朱会要にこのような仕打ちをなさるのでしょう!」

「捨てた? 追われたの間違いでは? それも、あなたたちの卑劣な企みで。私はともかく、あなたは姉様の仇の一人です。正直言って、今すぐにでも首を落としたいところです」


 冷えた声音で言い切りながら、剣に手を伸ばす紐燐紗を見て、朱会要は明らかな怯えを見せた。


「燐紗。まだ斬るのは待ってくれ」

「そう言われるとは、思っていました」

「おお! さすがは崑霊郷よりの使者殿。敗残者にも慈悲をお恵みして――ひっ」


 調子のいいことを口走る朱会要の喉元に、士会は剣を突き付けていた。


「村から略奪したもの、運ばせているな? そこにいる側近に命じて、今すぐ引き返させろ。拒絶するならば、即座に首を飛ばす」

「あ、その時は是非私にやらせてください」

「まあ、いいか。誰がやろうと一緒だし」


 殺気に満ちた紐燐紗の存在が、うまい具合に脅しとして機能していた。


「わ、わかりました。指示を出します。ただ、その……雑兵どもが持ち出した物もありまして……」

「そこまでは言わん。略奪したことは許せんけどな」


 側近の一人を解放し、使者として発たせてから、士会は朱会要以下十数人を捕虜として来た道を引き返した。本当は物資が返還されるのを見届けたかったが、今は時間が惜しい。後のことは、コクリアの守兵に任せるしかなかった。


 しきりに朱会要を斬りたがる紐燐紗をなだめながら、士会は都への道を急いだ。


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