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異世剣聖  作者: 鷹武手譲介
第五章 大反乱
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姫の誤解

「それで、会君。何か言いたいことは?」


 夜、私室で会ったフィナから向けられたのは、満面の笑顔だった。笑顔。超笑顔。うーん、可愛い。可愛いから、その笑顔の裏に何か含みがあることも気にしたくない。


「い、いつもありがとう……?」

「どういたしまして」


 ダメだ、これは正解ではない。笑顔がフィナの顔に張り付いたままだ。得体の知れない何かを、打開できた気は一向にしない。


 女の子にこういった質問を投げられた時、きっとそこには言わせたい答えというものが存在するはずだ。しかしどう返せばいいのか、正解に至るための経験が圧倒的に不足している。フィナとのんびり語らうためのはずの場が、なぜに窮地と化しているのか。思い当たるところが全くない。


「もう一度だけ聞くけど、何か言いたいことはないかな?」


 気分としては、首筋に刃を突き付けられたといったところか。いや、斬れない程度にこつんこつんと当てられてすらいる。何にせよ、このまま無言を通すのは最大の悪手だろう。


 考えた末に、士会は全面降伏することにした。


「ごめんなさい。わかりません」

「そっか。正直でよろしい」


 全然よろしくないことは、笑顔の質が変わらないことから一目瞭然だった。まあ、質問の答えを相手に言わせることが、無回答に次ぐ悪手なのは士会にもわかっていたので、予想の範囲内ではある。


 範囲外なのは、やはりフィナのこの態度についてだ。あの笑顔の裏に隠れているのがおそらく怒りなのは士会にもわかるが、その原因がわからない。何がここまで彼女を刺激したのか。


「今日、報告が上がってきました。人気のない建物の裏から、ファルセリアのところの娘と二人連れで仲良さそうに出てきたと。これはどういうことでしょうか?」

「いや待て、それは誤解……」


 確かに今日、ビーフックと和解して、並んで衆目の前に姿を現した。しかしどうもそれがフィナの耳に入るに当たり、色々曲解されている。そもそもあの時、ビーフックはいつものすまし顔で、別段仲良さそうでもなかったはずだ。


「それに、連日袖から来た妹の方ともよろしくやってるみたいだし」

「そりゃまあ、部下になったから。調練は一緒にやってるけど……」


 紐燐紗に至っては、誤解されるようなことは一切していないはずだ。彼女は愚直に武の道を探求し続けているし、士会もそれを助けつつ、同様にウィングロー軍の中で研鑽を積んでいる。


「それに、それを言ったら……」


 ちらりと部屋の中で控えているシュシュに目をやる。女の子というくくりで言えば、圧倒的に同じ時間を過ごしているのはシュシュだ。


「シュシュはいいの。従者としての務めもあるし、何よりわきまえてるから」

「あの、士会様」


 おそらく答えかその道筋を教えてくれようとしたシュシュを、士会は手で制した。今のやり取りで、ピンと来た。確かに、こちらに落ち度がある。


 そもそも士会は、フィナを一年待たせてハクロに留まっていたのである。となれば、こちらに帰ってきたら、フィナとの時間に多くを割くのが道理というものだろう。しかし実際は、将軍に就任してからというもの、最初の宴以外ほとんどフィナには会っていなかった。一年待たされた側としては、やはり不満だったのだろう。


 そこに来て、毎日紐燐紗とは調練でつながりがあり、とどめにビーフックとの逢引き疑惑である。後者は完全に誤解というか、どう情報が錯綜してそうなったのか聞きたいところだが、不安にさせてしまったのは確かだろう。


 つまるところ。


「フィナ」


 士会は名だけ呼んで、いきなりフィナを抱き寄せた。そのまま痛くならない程度に、力をこめて抱きしめる。柔らかく、温かな感触が全身から伝わってきた。


「わ、か、会君……」


 フィナは特に抵抗もせず、士会の腕の中に納まった。


「悪かったな。一番大事な人なのに、後回しにしちゃって」

「ん……うん……」


 そう、一番好きな人に、一番だという証拠を見せることを怠っていた。だからこそ、ちょっとした他の女性との触れ合いで、不安を植え付けてしまった。


「俺も将軍としての役割があるから、なかなか会える時間は取れないと思う。それでも、俺が一番好きなのは、一番大事なのは、フィナ、お前だから」

「……うん。えへへ、ありがと」


 どうやら、正しい答えを導き出せたようだった。満足気にこちらの胸に頬を寄せてくる。安心したようなため息が、背後のシュシュからも漏れていた。


 そのまましばらくの間、士会とフィナは互いのぬくもりを確かめ合っていた。




 その後士会とフィナは、シュシュも交えて三人でくつろいでいた。天守の最上階が皇族の居室になっており、部屋の奥の扉を開放すれば城下を見渡すことができる。最上階には手すりのついた縁側がぐるりと一周して設けられており、外に出られるようになっていた。士会たちはそこに卓を置いて、三方を囲んでいた。


 フェロンの街並みを一望できる、絶景が広がっていた。天守閣の半分の高さの建物もほとんどないので、街の全てをここから見渡せると言っていい。


「そういうわけだから、将軍に就いた以上、調練をサボるわけにはいかないし、階級に見合った実力もつけないといけないんだよ」

「むう……予想外だった。会君を将軍にしたせいで、こんなに会えることが少なくなるなんて」

「どの将軍もそうだろうから、予想はしといてほしかったなあ」

「そうでもありませんよ?」

「えっ」


 さも当然というように言うシュシュに、士会は驚きの声を上げた。


「調練は下級将校に任せて、将軍や上級将校は別なことをしておられる場合も多いみたいです」

「うん。それが普通だよね」

「ええ……それって、実際軍を率いる時はぶっつけ本番てことか?」

「えっと、その、多分。はい」

「………………」


 いや、まあ。練兵場の他の軍の覇気のなさから、ある程度は予想していたが。


 思っていた以上に酷い。


 一応他の将軍も、元帥であるウィングローの部下なのだが、ウィングローが干渉している様子はなかった。どうも、自身の直轄軍がしっかりしていればいい、と考えている節がある。


 ここらも手を入れるべきだろうか。国を変えると豪語したものの、問題はそこら中に散らばっている。何から手を付けたらいいかも、わからなかった。


「つ、次のお休みは三日後でしたよね! その日のご予定とか、今のうちに決めておかれませんか?」


 士会が黙りこくってしまったのを見て、シュシュが慌てたように提案した。


「三日後かあ。天気が良ければまた船にでも乗る?」

「それか街歩きくらいかなあ。いや、案外郊外の見晴らしのいい場所にピクニックとかの方が安全かな?」


 今はもう、フィナの安全に最大限配慮しなければならないことはわきまえている。遊びに行くにしても、護衛の百や二百は仕方ない。


「ピクニック! いいね。私、街の外に出たことあんまりないからなあ。楽しみ!」

「じゃあ、それにしようか……ってフィナ、お前の方の予定は大丈夫なのか?」

「うん。何とかするから大丈夫」

「それ大丈夫って言わないだろ。シュシュ」


 士会はシュシュに言って、部屋の外で控えている侍従にフィナの予定を確認してもらいに行った。


「その日は午後から朝廷で会議があるそうです。皇の代役であるフィリムレーナ様の了承が必要な議案もあるので、出席してもらいたいと」

「それ、いっそ翌日に」

「三日前にその変更は迷惑過ぎる……」


 出席する重臣たちもそれぞれに予定があるだろうし、急遽会議の予定変更はあんまりだろう。しかも理由が遊びたいからでは、どうしようもない。


「とりあえず、午前と夜は空いてるんだろ? なら、それでいいじゃないか」

「むう……仕方ないかあ」


 それに本音を言えば、休日に少しは休みたかった。フィナが会議に出ている間、昼寝をさせてもらうとしよう。


「じゃあ、ピクニックに行くとして、どこ行く?」

「午前中だけだと、あんまり遠くに行けないしなあ。近場でいいところ、あるかな」

「近くの高台とかはいかがでしょう? 街を見渡せて眺めもいいですし、距離もちょうどいいのではないかと」


 高台というと、フェロンを見渡せるあそこか。朝から出かければ十分に行き来できる距離であるし、周囲に障害物もないので、万が一にもフィナが襲撃されることはないだろう。


「確かにいいな。よし、シュシュの案でいいか、フィナ?」

「会君がいるならどこへでも!」


 それじゃあ三日後に、と約束して、士会とシュシュはフィナの私室を辞した。


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