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異世剣聖  作者: 鷹武手譲介
第五章 大反乱
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間章 決起前夜

 ペリアスは、ひたすらに剣を振っていた。


 一人でではない。山中の広場に百人ほどを連れてきて、自分と同じように剣を振らせている。千回に到達したら、昼食も兼ねた休憩に入る予定だ。その後はまた、山中の間道を走らせる。その時、狭い道でも隊列を崩させないようにするのが、指揮官の務めとなる。


 剣を振りながら、ペリアスの頭の中では思考が巡っていた。


 鷺に(くだ)った、ピオレスタやベルゼルのこと。時が経つ内に、以前は理解できないとしか思わなかったものが、少しずつ氷解していた。国を内から変えるより、新しく作る方が手っ取り早い、とは思う。ただ、流れる血は少ないかもしれない。それもまた、民のためといえばうなずけた。


 といって、ペリアスも鷺側に行こうとは思わなかった。改革は、困難な道だ。民にそんな途方もない時間を待たせたくはない。


 同じ拍子を刻みながら、剣を振り、ピタリと止め、また振り上げる。その間も、思考は止まらない。否、余計な考えがそぎ落とされ、洗練されていく。


 ピオレスタたちとは、歩む道が違った。結局は、それに尽きる。考えは人それぞれにあり、時に同じ方向を向いていても、些細な違いからすれ違うこともあるのだ。要は、自分の考えが全てだと思わなければいい。ビュートライドにいた頃の自分は、そこがわかっていなかった。だから、独断で自分の思うように行動してしまった。


 ペリアスは大声で千と唱え、兵たちもそれに続いて唱和した。解散、食事と告げ、ペリアスも近くの木陰に入る。木々の間を通る風が心地よいが、汗に寄ってくる虫は鬱陶しい。


 ペリアスのすぐ脇に、腰を下ろす者がいた。反乱軍の指揮官の一人、ヴァルチャーだ。背はペリアスが見上げなければならないほど高く、腕回りも腰回りもごつい。青い髪を短く刈っているのも、むさくるしさを余計に際立たせている。


 自身の調練の参考にしたいと、ヴァルチャーもペリアスの調練に一人の兵として参加していた。そんなものは各人の好みだとペリアスは思うが、人のやり方を研究することもまた方法の一つと言われ、納得した。


「さすがに、ペリアスの兵は統率が取れているな。剣の振り一つ取っても、一糸の乱れもない」

「彼らはビュートライドから付いてきてくれた兵たちだからな。何年もの歳月をともにしているし、このくらいは当然だ。問題は、こちらで兵に志願している者たちだな。それぞれの心意気は俺の兵と変わりないものの、どうしても練度が足りていない。ああ、バングル殿の部隊や、フレムラギアの騎鴕隊は別として。まあ、農作業の傍ら、体を鍛えるので精いっぱいなのだから、仕方のないところではあるが」

「むう。士気は高いが技量がついて行っていないか。確かにそうだな」


 干し飯を豪快に砕いて食べながら、ヴァルチャーは言った。ペリアスも干し飯にかじりついている。味気ないものの、戦場での味に慣れておくのも、調練の一つだった。


「技量というか、集団での動きかな。志願者を集めて指揮すると、どうにもまとまって動くことの大切さを理解しきっていないように感じる」


 個々の体力や武術も重要だが、何より集団で統率の取れた行動を取れるかが、軍としての力を決めることになる。特に野戦においては顕著だ。また、集団が大きくなるほど、その重要性も増した。ビュートライドでの日々で、ペリアスが学んだことだった。


「今後はなんとか時間を捻出して、集団で動く調練もしていかざるを得ないか。しかし場所がな。あまりに大勢での調練となると、民兵で通せる規模ではなくなる」


 この辺りでは盗賊も多く、彼らは村を襲うこともしばしばだった。それで、自警団を作る村もよく見られる。それに紛れて、反乱の軍の中核を育てているというのが、ペリアスたちの軍の実態だった。


「調練も必要だが、できれば実戦がしたい。近くの官軍の倉庫でも襲いたいところだが、今はまだ、伏して待つんだよな」

「その通りだ。鷺の西方に反乱の芽など一つもない。そう、思わせておかねばならんからな」


 山村に偽装し、異常に高い年貢を納め続けているのも、全ては敵を油断させるためだ。ペリアスたちがこつこつと砦を作り、ビュートライドを襲っていたように、ここでは年月をかけて村を作り、畑を起こし、力を蓄えてきた。その努力は重んじるが、あまりに実戦から離れすぎると指揮の腕も鈍る。そろそろどこかで一戦交えておきたかった。


「なら、近くの賊徒などは? 官軍の代わりというのは癪だが、鎮圧するのは近隣の民のためにもなる」

「盗賊か。どうしても実戦が必要と言うのなら仕方ないが、気は進まんな……」

「なぜだ? 盗賊など、一番遠慮容赦しなくともよい人間の類だろうに」

「手厳しいな。実を言うと、俺も盗賊上がりの身でな。連中の由来がなんとなくわかるんだよ」


 ヴァルチャーが元盗賊だというのは初耳だった。ペリアスの目が細められる。


「由来?」

「一言で言えば、生活苦だな。あまりの重税に不作が重なったりすれば、すぐに弱い者から餓死していく。俺の親父もそうだった。骨と皮だけみたいな姿になっても、俺に飯を食えと言うんだ。結局このままじゃ生きて行けねえってなって、村の若い者を集めて盗賊に身をやつした」

「しかしそれで、他の村を襲っていいという理屈には」

「ならんよ。その通りだ。お前は正しい。だが俺たちは、他に方法を知らなかった。裕福な商人には警護がついてるし、大した武器もなしに軍の倉庫なんて襲いようもない。結局俺たちは、同じように苦しむ人々から、食べるために奪わざるを得なかった」

「………………」


 ペリアスはある村の長の家の生まれだった。村長である父は役人とつるんで私腹を肥やし、村民たちは貧困に喘いでいた。だからこそ、何不自由ない生活を送ってきたが、やがてそのことに疑問を持つようになった。疑問は確信に変わり、父親を口論の末に殴り殺した。親殺しは大罪で、ペリアスはすぐに追われる身となったが、幸いすぐにピオレスタと出会い、拾ってもらえた。あの時ピオレスタに出会わなければ、自分も盗賊になっていたかもしれない。そう思うと、背筋が震えた。


「だからな、俺は思うんだ。なりたくて盗賊になった奴なんて少数で、ほとんどは仕方なくその道を選んでるんだろうって。俺たちが反乱の旗を掲げて、道標をつけてやれば、きっと同じ方を向いてくれる奴らは多い。まあ、俺の気が進まんのは、そういうわけだ」


 なるほど、と短く納得の意を示して、ペリアスはそのまま黙りこくった。


 心中では、今後の調練の方針と、ヴァルチャーから聞いた話とが、渦を巻いていた。




 至急、と言われ、バングルの招集に応じたのは、それから数日後のことだった。


 ペリアスが着いた頃には、既にそれなりの人数が小屋の中に集まっていた。やがて全員が揃うと、バングルが話し始めた。


「袖で動きがありそうだと、放っている密偵から報告があった。鷺に対し、戦を仕掛けるそうだ」


 場がざわつき始めた。それを抑えた後、バングルは再び話し出す。


「垓はおそらく、この機を逃さない。呼応する形で、鷺との同盟を破棄し、宣戦布告することが予想される。つまり、我らの決起もかなり早まるわけだ」


 怒号のような声が、小屋を揺るがした。気持ちはわかる。自分は新参だが、ここにいる人々は何年もの間辛酸を舐めながらこの時を待っていたのだ。


 しかし、ペリアスには懸念があった。調練の行き届いていない兵が、まだそれなりの数いる。国を相手取る戦に当たり、万全の状態でないのは不安があった。


 もっとも、気にしても仕方のないところはあった。想定通りに進めば、蜂起した後は志願兵を大量に受け入れることになる。それらは、今から調練のしようがない。大体、万全を期そうとして機を逃したのでは、本末転倒だ。


「目標は以前から話していた通り、アルディアだ。既に同志が何人も入っているから、奇襲すれば落とすのは容易い。ここを足掛かりに、人を集め、近隣の街に手を伸ばし、そして朽ちた鷺を打ち倒す。ここの動きは、とにかく迅速であることが求められる」


 アルディアだけでなくその周辺の街でも、同志が大なり小なり入り込んでいるようだ。ここらの周到さは、さすがこれだけの規模の軍を隠し通してきた叛徒の首領だと、ペリアスは舌を巻いていた。


「我らが反旗を掲げ、拠って立つ地を作れば、反乱は燎原の火のごとく広がるだろう。そこから使える人材を拾い上げ、集まった人々をまとめ上げるのが、我らの次なる仕事だ。各々、覚悟を決めておいてくれ」


 おそらくは誇張でもなんでもなく、反乱に加担してくる人数は多いだろう。何せ鷺西方では、他の地域と違い今まで反乱の動きがほとんどなかった。あったとしても、バングルが説得して同志に加えていた。だからこそ、不満のはけ口がなく、反乱の種子を持つ者はそこら中にいるはずだ。少し水をやれば、あちこちから芽を出すのは明らかだった。


 他は雑事だったが、ちょっとペリアスの目を引いたのは、旗ができたという報告だった。自分たちの反乱の時は、なかったものだ。巡る日月の紋章。移り変わる権力を表しているという。同心する意匠屋が考えたらしい。


「次に集まるのは、蜂起の時となるだろう。それまで、もう少しの間、雌伏を続けておいてくれ。それでは、解散」


 ぞろぞろと人が出ていく中で、ペリアスはバングルに呼び止められた。


 何用だろうと気を巡らせながら、ペリアスは誘いに応じて村の茶屋に向かった。


 茶屋には他にも会議に参加していた人々が寄っていて、残念ながら満員だった。開戦間近の熱気に当てられ、方々で議論が飛び交っている。


「考えることは皆同じ、だな」


 バングルは苦笑しながら、代金を払い、饅頭を包んでもらっていた。


 畑の側の木陰に、木の長椅子が置かれていた。農作業の合間に、ここで休憩したり食事をとったりするのだろう。まだ暑さの残る時期であり、日陰なのはありがたい。


 並んで座り、饅頭を食べ始めた。中の具は小豆が使われていてうまい。


「ヴァルチャーから聞いたが、兵の練度に危機感を持っているそうだな」


 そのことか、とペリアスは合点がいった。


「そうですね。兵個々人の戦闘能力には問題ありません。体力は十分ですし、武術もそれなりに身に付けています。懸念しているのは、隊同士が連携した動きの調練を全く行えていないのと、実戦経験が皆無なことですね」

「実戦をさせられないのは、仕方ないと割り切るしかない」

「存じております。隠密性を保つ必要がありますから」

「ああ。あとは連携不足か。これは、私の筋書きが犯した過ちだな。開戦の機が早まることを、想定していなかった。隊同士を集めた調練となると、規模が大きくなり、人目に付く。それゆえ、蜂起の少し前くらいから行おうと思っていたが、甘かったな」

「では、これより先は」

「もちろん、連携に重点を置いた調練を取り入れていく。農作業の時間を削ってでも、蜂起までできる限りのことをしよう」

「収穫には間に合わなさそうですからね。その旨、兵たちにはきちんと声を掛けておいた方が良さそうです」


 兵と呼んではいるが、隊長直属を除けば、彼らは農民も兼ねている。手塩にかけて育てた稲を最後まで見ていられないことは、兵にきちんと伝えておかねばならない。


 ここまで育てた米を収穫できないのは、ちょっと惜しい気はした。既に隠し田で取れた米を山中の倉にため込んでいるようだが、それでも兵糧はあるだけ欲しい。街を取れば官の倉から多量の穀物も奪えるだろうが、多少なりとも目の利く守将なら、奪われるくらいなら焼いてしまう、という判断をしてくる可能性もある。


「そうか。確かにそうだな……」


 そう言った後、バングルは渋い顔をした。饅頭を食する手が止まる。


「すまんな、ペリアス。兵が何を気にかけているかということすら、私には思い至らなかった」

「いえ。これでも一応、元は村長の息子ですから」

「ふむ……実を言うとな、私は不安なのだ」


 バングルの顔色は晴れない。畑の土をじっくり見つめながら、バングルは懺悔するように語る。


「私は、フェロンの高官の息子だった。政治を学び、軍学を教わったが、最も大事だと言われたのは、家を存続させ、発展させることだ。すなわち、いかに賄賂を集め、書類をごまかして私腹を肥やしつつ、上に(まいない)を使って保身を図るか。始めは、私もそれが当たり前のことだと思っていた」

「それは、わかります。位は違えど、俺の父も、役人とともに村民を搾り取っていましたから」


 それが嫌で、口論になり、親を打ち殺した。そう言うと、バングルは少し悲しそうな顔をした。


「私の場合、殺しはしなかった。出来なかった、と言うべきかな。おかしいことをおかしいと認識してから、考えた末に親を説得しようとした。理を持って説いたつもりだったが、平行線だったな」


 いきなり賄賂を取るのを止めれば、やがて上に渡す金に困り、先細りする。上への賄賂が滞れば、たちまち理不尽な目に会うのが、今の世の常だった。


「結局私は、大事にならない内に放逐された。しばらくして、それが父なりの優しさだと気づいた」

「優しさ、ですか」

「父が非情の人なら、手の施しようがないと諦められた時点で、殺されていただろう。私の思想は、官の世界ではそれくらい敵を作る。多少なりとも金も持たされ、家を追い出されただけで済んだのは、温情と言えると思う」

「人が腐敗しているわけではない、ということでしょうか」

「いや。父は間違いなく腐った役人と言えよう。しかし、こうは言えないかと思うのだ。腐っているのは役人たちだが、彼らを腐らせているのはこの国のありようそのものだと。腐敗と腐敗が繋がり合い、それなしでは立ち行かない。それはつまり、国の機構そのものに問題が生じているということではないか。鷺という国家そのものを打ち倒し、新たなものに差し替えなければ、腐敗の連鎖は止まらない」


 国を倒そうとは思っていたが、国が人を腐らせているという発想は、ペリアスにはないものだった。言われてみると、自然と馴染むようにしっくりくる。国を倒す、いや、新たな国を作るという目標が、より明瞭になる。


「今、しわ寄せは全て民が被っている。だからこそ、我らは民の悲しみを力にして動くことができる。そして――それゆえに、私は不安なのだ。高貴と呼ばれる家の出の私が、真に民に寄り添った政治を行うことができるのか。そもそも、私にこの軍を率いる資格があるのか」

「ありますよ」


 ペリアスは即答した。ビュートライドにいた頃の自分なら、答えられない質問だっただろう。しかし、一歩引いて物を見るようになって、見えるようになったこともある。


 はっと顔を上げるバングルに、ペリアスはよどみなく語った。


「人には器量というものがあります。人を引きつける力と言い換えてもいいかもしれない。それを、間違いなくバングル殿はお持ちです。今話していても感じました。広い視野、遠い視点。何のために国を倒すのか、倒した先に何があるのか。バングル殿はそれを考えながら、皆の旗頭としてまとめ上げることに注力していただければいいのです。バングル殿が理想として描いたものを、現実に落とし込むのは、我らの役目です」


 一気にまくし立てた後、ペリアスは一呼吸置いて、少し話す速度を落とした。


「不安というなら、俺の方がよっぽど不安です。ヴァルチャーの話を聞くまで、俺は正直、盗賊というものを見下していました。不自由ない生活の中で育った身で、何か他にも見落としていないか不安で仕方ないです」


 言うだけ言ってペリアスは、手に持った饅頭に大きくかぶりついた。甘い味、喜びの味が口の中に染み渡る。


「そうか。ペリアスも不安か」


 噛みしめるように、バングルは呟いていた。


 文武ともに優秀であるがゆえに、一人で多くのものを背負い込み過ぎる。バングルにはそういうきらいがあることに、ペリアスは少し前から気付いていた。しかし、本当は、バングルは長として皆を引っ張ることに注力すべきだろう。その環境を、自分など周囲の者で作っていかなければならない。


「考えてみれば、我らは似た境遇なのかもしれんな。裕福な家に生まれながら、自分の環境に疑問を抱き、やがて反乱に身を投じた」

「だからこそ、我々は慎重になる必要があるのでしょう。不安になるのはもう、仕方ないと割り切るしかないです」

「慎重か。その通りだな。私は常に自らが民と乖離していないか、慎重に確かめながら進むべきだ」


 気づけばバングルの顔は、穢れのない子供のように晴れやかなものになっていた。


「弱音を吐いてしまったな。礼を言う、ペリアス。おかげで、随分と気が楽になった」

「いえ。俺も、新しい視点が持てました。国というもののありかたについて、しばらく考えてみることにします」


 吹き渡る風が、木陰のペリアスの鼻を撫でた。草の香りがする。夏の到来を感じる。


 開戦前に、この人と腹を割って話すことができてよかった、とペリアスは思った。


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