祝勝の酒宴
一晩借り上げた酒場には、柳礫の諸将が各々卓について並んでいた。
皆の視線は一点、壇上の士会とバリアレスに集中している。
全員揃ったことを確認して、バリアレスが声を張り上げた。
「では皆さん、ハクロ代表、士会の柳礫代表、瑚笠との一騎討ちでの勝利を祝して、乾杯を行いたいと思います!」
うぉおおおおおお! という歓声とも叫び声ともつかぬ声に、士会は思わず耳を塞ぎそうになった。皆、手に手に持った杯を掲げている。別に代表になった覚えもないし、そこまで喜ぶことか? ハクロと柳礫は国境を挟んで向かい合った街ということで、意識する心もそれなりにあるだろうが――多分騒ぎたいだけだろうな、これ。
「ただし、乾杯後も酒はひとまずお預けで。一番は殊勲賞ものの士会から始めます。じゃあ士会、交代だ」
「はいよ」
事ここに至っては仕方ない。士会も腹を決めていた。こっちも意固地になっていたが、郷に入っては郷に従え。向こうの法律など忘れて、今日はしっかり酒というものを楽しむとしよう。
「それじゃ、俺たちの勝利を祝して――乾杯!」
言い終えると同時に、士会は手にした杯を勢いよく口にした。そのままぐいぐいと杯を傾け、一息に飲みほす。喉を通っていくのは、つんとした潤い。間違いなく酒だ。飲むことに精一杯で、美味しいのかどうかもよくわからない。
またも歓声が酒場を覆った。そして皆顔に笑みを浮べながら、それぞれの杯を空にしていく。
「一気にいったな。ほらよ、注いでやるぜ」
即座にバリアレスが士会の杯に酒を入れてきた。再びなみなみと注がれた酒を、士会は礼を言ってから少し口にした。
「まどろっこしいな。いいか、俺たちが飲む時はこうだ」
バリアレスが自分の杯に酒を入れ、ぐいっと一気飲みした。飲み足りなかったのか、さらにもう一回注いで、もう一回一気飲み。
仕方なく士会も、残った酒を一気に飲んだ。一気飲みは体に良くなかったような気もするが、既に士会は祝勝会という場の空気に侵されていた。一度枷を取っ払った以上、もはや飲むことに対する躊躇はない。
「士会殿、杯が空じゃないですか。何がいいです? 果実酒にこの地域特産の米酒、北から取り寄せた麦酒、色々ありますよ!」
壇上から降りてひとまず部下の所へ向かうと、早速白約が酒を勧めてきた。
「じゃあ麦酒でももらうか」
「承りました! やっぱりいいですねえ、一緒に飲めるってのは」
「そういうもんなのか。いまいちよくわからんが」
そう言いながら、白約に注がれた麦酒を士会は教わった通りに一気飲みした。
「そういうものですよ! 男と男、酒を酌み交わしてこそ初めて分かり合えるのです!」
「異議あーり!」
場違いに可愛い声が後ろから飛び込んできて、士会は振り返った。
これまた場違いな煌びやかな衣装で身を包んだ、袖からの亡命者、紐燐紗がそこにいた。
「り、燐紗!? なんでここに!?」
士会が戸惑いながら聞くと、紐燐紗は薄い胸をぐいっと張った。
「ふっふっふー。袖にいた時、どれだけ私が勉強をサボって戦の訓練をしに行ったと思っているのですか! 姉様やあのくらいの護衛の目をかいくぐることくらい、お安い御用です! こんなお祭りに、仲間外れなんて許しません!」
戦大好き紐燐紗は、思っていたよりもずっとやんちゃ娘のようだった。今頃護衛たちは守るべき対象がいなくなったことに気付いて、右往左往していることだろう。
「いやお前、ハクロも柳礫も関係な――」
「そして! 酒を酌み交わして分かり合えるのは軍人同士です! 男も女もありません! というわけで士会殿! 一杯どうぞ!」
待ちきれないとばかりに、手に持った酒瓶を傾けてくる。
「いや、姫様に酒注がせるのってさすがにどうなんだろう……」
「では士会殿も私に注いでください! それでおあいこです!」
そう言ってから、紐燐紗はもう一方の手に持っていた杯を勢いよく空にした。なんとも堂に入った飲みっぷりだ。
まあ互いに注ぎ合うならいいかと士会も納得し、手近にあった酒瓶を手に取った。交差する形で、紐燐紗とともに杯に酒を注ぎ合う。そしてそのまま二人同時に一気飲み。
なぜか周囲から、もっともっととはやし立てる声が沸き上がった。知らない内に注目を集めていたらしい。飲み会の主役とお忍びの姫君が二人して飲んでいたら、目立つのも当然なのだが、既に士会はそんなことにも気づかなくなっていた。
「よしきた! 士会殿! ここは波に乗っちゃいましょう!」
「仕方ないな。うん。仕方ない」
再び互いの杯が満たされ、再び杯が空になった。周囲からはやんややんやと喝采が飛んでくる。
そんな中、苦言を呈する声があった。
「士会殿。お言葉ですが、士会殿はまだ飲み慣れてはいないでしょう。人には飲める限界というものがあります。少しずつ慣らしていき、ご自身の限界点を探っていかれた方が良ろしいかと」
士会をいさめたピオレスタは、杯を口に当て、ちびちびと少量だけ飲んでいた。後から振り返ると、このピオレスタの言葉が最後の歯止めになり得たのだが、この時士会の理性は既に吹っ飛んでおり、全開で酒を飲み続けていた。
「大丈夫。だいじょーぶ。なんとかなるなる」
そしてまた酒を口に含む士会を見て、ピオレスタは処置なしという風に諦め、少しずつ飲みながら料理を嗜むのに戻った。
士会はその後も飲み続けた。またもやってきたバリアレスと飲み、バリアレス指揮下のベルゼルやブラムストリアとも飲み、ハクロの諸将たちとも飲みに飲みまくった。
アルバストが、「まあ、始めはこんなもんだよねえ」などと呆れたような顔をしているのを最後に――士会の記憶は途切れた。