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異世剣聖  作者: 鷹武手譲介
第五章 大反乱
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剣が伝える会話

 いつもの平原。空は晴天。北風が少々。


 絶好の戦日和に、士会はバリアレスの騎鴕隊を伴って、柳礫(りゅうれき)軍と相対していた。いつもなら機を見計らってどちらかから――大抵はバリアレスが――仕掛けるのだが、今日は少し勝手が違う。


 士会は瑚笠(こりゅう)(あて)に、使者を出していた。ちょうど今、返答を携えた使者が駆け戻ってくるところだ。


 諾、という使者からの答えを聞いて士会は奮い立った。隣で聞いていたバリアレスが、複雑そうな表情を見せている。


「やるからには当然勝てよ、士会」

「当たり前だ。最初から負けに行く馬鹿がどこにいる」


 士会は主立った指揮官を連れ、軍を離れてゆっくりと開夜を歩かせた。柳礫軍からも、瑚笠を先頭に何人か出てくるのが見えた。


 士会は瑚笠に向けて、一対一での立ち合いを申し込んでいた。ハクロを離れ、フェロンに帰る前に瑚笠と本気の勝負がしたかったのだ。しかしだからといって、犠牲を大量に出すような血で血を洗う戦を繰り広げるわけにもいかない。それで、一騎討ちを選んだ。以前戦った時のように、瑚笠が余計なしがらみを背負っているわけでもない。互いに全身全霊で挑める、真剣勝負になるはずだ。


 バリアレスには相当に渋い顔をされた。前やったんだから次は俺の番だろ、騎鴕隊の指揮官同士でやるのが筋だろ、何でもいいから俺にやらせろなどなど、ぐだぐだ言っていたが、きっちり決着をつけておきたいと押し切った。代わりに、今度指揮官たち全員を巻き込んだ酒盛りを開かなければならない。士会のおごりで、士会自身も飲んでだ。二十歳になるまで酒を口にしないという決め事を破ってでも、この勝負は譲れなかった。


 連れを置いて下鴕(げだ)し、士会は一人で歩いていった。瑚笠も一人で出てくる。精悍(せいかん)な顔が不敵に笑っている。


「良い趣向だな、士会」

「それはどうも、瑚笠」


 一定の距離を取り、両者は立ち止まった。視線がつながり、ぶつかり合う。


紐寧和(ちゅうねいか)様と紐燐紗(ちゅうりんしゃ)様を、無事送り届けてくれたようだな。林天詞殿が大笑いしながら、感謝の意を述べていたよ」

「感謝するのはこっちも同じだ。柳礫軍が手を抜いてくれなければ、とてもあの包囲を突破することはできなかった」


 士会は背中から双剣を抜き放った。瑚笠も腰の剣を抜き、構えを取る。


「言葉はこのくらいでいいだろう。後は」

「ああ。この剣で語るとしよう」


 一瞬の間。空気が止まる。


 次には、剣と剣が打ち合わされていた。瑚笠の圧するような剣を、士会は両の剣を合わせて受け止める。


 弾かれるように両者下がった。そして斬り合いが始まる。圧するような瑚笠の剣をかわし、懐に嵐天剣を打ち込む。具足に阻まれたが、金属音とともに削れる音が聞こえた。


「む……!」

「具足で守られてるからって、油断するなよ」


 イアルの神技には遠く及ばないものの、士会も名剣の性能を引き出せるようになりつつあった。目に浮かぶのは、イアルの具足ごと斬り裂く防御無視の攻撃。実のところ、まだ金属を斬るには至っていないのだが、傷をつけることくらいは出来るようになっている。


 瑚笠は地面に手を付き、回り込むように下段を斬りつけてきた。飛び込むようにかわしつつ、上から双方の剣を振り下ろす。しかし読まれていたようで、紙一重でかわし、受け流された。


 振り上げるように剣が走ってくる。素早く戻した晴天剣で受け止めた。繰り出した嵐天剣は、剣の柄で受けられた。


 激しく動き回りながらの斬り合い。常に足は全速で動かし、斬ったと思えば斬られている。剣と剣の交錯する中で、士会と瑚笠は無言の会話を繰り広げていた。


 感じる。瑚笠の剣から伝わってくる、敵意と親愛が混じった奇妙な感情。多分、自分からも似たような感情が発せられていることだろう。この一年間、瑚笠には良き好敵手として、随分世話になった。自分を高めたい時に、切磋琢磨できる敵の存在は、得難いものだった。


 剣と剣のぶつかり合いは激しさを増し、さらに加速していく。もっと速く。もっと強く。周囲のざわめき、吹き渡る風、全てを置いて二人の世界を創り上げていく。


 全身が軋みを上げている。今にも血反吐を吐きそうだ。それでも剣は止まらない。わずかな隙を求めて、互いに五体を動かし続ける。


 体が早く休めと声を上げている。それでも心は、いつまでもこの瞬間が続けばいいのに、と願っていた。その思いを燃料に、心臓が一段と強く鼓動する。


 しかし終わりは唐突に訪れた。生死の境とも言える、限界の向こう側。その縁に至って、瑚笠の剣が一瞬鈍る。


 その隙を見逃さず、士会は瑚笠の懐に踏み込んだ。瑚笠が驚愕の表情を浮かべ、そしてふっと柔らかな笑みに変わる。


 次の瞬間、瑚笠の剣が勢いよく弾き飛ばされ、遠く背後の地面に突き刺さった。


 そのまま士会は、瑚笠を押し倒すようにして、二人揃って倒れ込む。全身が悲鳴を上げていて、しばらくは動けそうもない。多分、瑚笠も同じだろう。


「あっははははははは!」


 唐突に、瑚笠が高らかに笑い声を上げた。雲一つない蒼天を突くように、笑声は空へ通っていく。


「はははは――はあ。くそ。負けた。あー、ちくしょう」


 悪態が混じっていながらも、瑚笠の声は清々しさを感じさせた。なんとか顔を上げて様子を見てみると、瑚笠は大の字になって天を仰ぎ見ていた。


「今回こそは言ってやる。俺の勝ちだ」

「ああ。認めるよ。お前の勝ちだ。だけど、礼も言っておく。俺に何が足りないか、わかった気がするからな」


 瑚笠は士会の下から這い出て、一息に立ち上がった。体に付いた砂埃や草を手で払い落としていく。


「おい、お前も立てよ」

「……まだ指一本動かしたくねえんだけど」

「このままじゃこの場が締まらないだろうが。勝った奴が堂々とぶっ倒れてるんじゃねえよ」

「わかったよ。……あー、しんどい」


 全身鉛と化したような重みに耐えながら、士会はふらふらと立ち上がった。とはいえ、大事な剣は拾い上げ、背中の鞘にしまうのを忘れない。


 瑚笠が手を差し出してきた。


「俺も研鑽を積んでおく。次に会う時があるかはわからんが、二度とこうはいかないからな」

「どうかな。俺は俺で自分を鍛え上げるからな。返り討ちにしてやるよ」


 士会が瑚笠の手をがっちりと握った。互いに握り潰さんばかりの力で握手をかわし、どちらともなく手を離した。


「それじゃ、元気でな、瑚笠」

「敵にかける言葉じゃねえなあ。まあいいか。健やかに過ごせよ、士会」


 背を向けて手を挙げながら立ち去る瑚笠の姿を、士会はしばらく眺めてから、自身も自分の軍に戻った。


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