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異世剣聖  作者: 鷹武手譲介
第一部 異国からの脱出
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鷺袖の戦闘3

 何がなんだかわからなかった。


 休息中、突然出された進軍命令により、平原奥まで駆けてきたところで、バリアレスは率いていた騎鴕隊を停止させた。

 自分の言を入れ、ウィングローが再度追撃を行う気になったのだ、などと思うほど、バリアレスも能天気ではない。第一それならもう遅すぎるし、偉大な父がそんな愚を犯すわけがないのだ。何か、のっぴきならない事態が発生したのだろう。


 訝しむバリアレスのもとに、伝令が駆けてきた。どうやら父からのようだ。


「何っ」


 内容を聞いた瞬間、バリアレスは仰天した。

 街道の奥から、皇太子のフィリムレーナがこちらに向かっているという。供回りはたった三百ほど。当然、間には袖軍が立ちはだかっている。なぜ鷺皇の一人娘が、袖領の危険地帯に貧弱な護衛でいるのかは不明だが、何にせよ非常に不味い状況だ。


 だが、伝令から聞いたもう一つの情報は、バリアレスの心をさらに震わせていた。

 皇子救出作戦の肝となる、敵陣への斬り込み。この大役が、自分の率いる千騎の騎鴕隊に任されたのだ。それはすなわち、万を超える敵陣を突破し、殿下の元に直接馳せ参じるということに他ならない。これほど名誉なことなど、そうあるものではない。


 拳を握り締め、バリアレスは喜びに打ち震える体を止めた。

 合図が出て、再度進軍が始まった。

 ただし、斬り込みを請け負ったからといって、最初に出撃するのが自分、というわけではない。殿下の使者の話から、少なくとも片方の山上には伏兵がいることが確認できたので、まずはそちらの対処から行うのだ。


 すぐに二隊が、街道の両側の山に取りついた。矢が射掛けられた後、敵が攻め下ろしてくる様が見える。敵は有利な上を取っていて、かなりこちらに犠牲が出ていた。自分の進言した通りに追撃を行っていたらと思うと、背筋が凍る。


 ウィングローの合図。それが出た瞬間、バリアレスは駆け出していた。後ろから騎鴕隊もついてくる。さらにその後ろからは、父の率いる歩兵が詰めてきているはずだ。

 彼のすぐ後ろで風になびくのは、バリアレス自身を示す旗だ。鷺の旗の色である灰色を下地に、赤でファルセリア家の猛禽の紋章が描かれている。ウィングローのものは黒で書かれており、差別化されていた。隣には「鷺」の旗も上がっている。


 一目散に街道を走り続ける。両側の山は騒がしいが、こちらへの妨害が来ないところを見ると、既に制圧したか、もしくは乱戦に持ち込むかしているのだろう。


 街道の曲がりを回ったところで、遂に敵の本隊を捉えた。どうやらこちらが攻めてくるとは全く思っていなかったらしく、戦う態勢があまり整っていないようだった。散発的に矢が飛んできたが、意に介するほどのことではない。父から受け継いだ、バリアレスを乗せた戦鴕、ハルパゴルナが叫声を上げ、加速した。後ろに続く兵達から若干の距離ができつつ、接敵する。


 突っ込んだ。


「おおおおおおおおおおお!」


 最前線の敵を、すれ違いざま手にした棒で殴り落とした。燐鉄(りんてつ)と呼ばれる金属でできた棒は、敵兵をやすやすと払いのけていく。バリアレスは、更に雄叫(おたけ)びを上げた。血がたぎってくる。


 勢いのついた騎鴕隊は強い。それを準備もなしに歩兵で止めるのは、かなりの犠牲を覚悟しなければならない。事実、始めは向かってきていた敵も、今は道を開けるかのように左右へと避けていく。そのため、討った数も少ないが、今の目的はこの軍を壊滅させることではない。無人の野を駆けるが如く、バリアレスの騎鴕隊は敵軍の中を突き進んでいった。敵のただ中を駆け抜ける快感が、バリアレスを否応なしに興奮させた。

 その先。ちらりと赤の旗が目に映った。白抜きの「林」の旗。柳礫の太守、林天詞だ。


 この分なら、首を狙えるかもしれない。心によぎったその考えを、バリアレスは素直に受け入れた。

 林天詞の名は、袖に攻め入る時の最初の関門として聞いている。ここで討っておけば、国境の警備も袖への侵攻も随分と楽になるはずだ。それに、殿下の身柄を確保した後は、引き返してもう一度ぶつかることになる。ここで叩けるだけ叩いておいた方が、後のためにもなるだろう。


 鋭い槍のように、騎鴕隊は一直線、「林」の旗を目指した。その穂先に当たるバリアレスの心中は、高揚の絶頂だった。


 しかし。


「何!?」


 不意に、背後に衝撃を感じた。振り返ると、隊伍(たいご)が大きく乱れている。

 敵の騎鴕隊。敵中に潜んでいたそれが、横から突っ込んできていたのだ。まともに受けて、崩れかかっている。敵は通り過ぎるようにして反対側へと抜けていったが、乱れは繕わねばならない。統率を失った軍は、ただの群れだ。軍とは呼べない。


 舌打ちを一つこぼしながら、兵をまとめ、前進に転じようとした。しかし、騎鴕隊の速度が落ちてしまい、歩兵に接近を許している。徐々に指揮下の兵が、槍や(げき)で突き落とされ始めた。戦鴕の足を、刈ろうともしてくる。バリアレスの額に汗がにじんだ。

 繰り出された戟をかわし、返しに棒で突き上げた。首は外したが、頭甲に当たり敵兵の頭を割っている。次の相手。突く。払う。いつの間にか、林天詞の軍に押し包まれていた。


 誘い込まれた。そう気付いた時には、既に全てが手遅れだった。バリアレスの隊は敵中で足を止めたまま孤立しており、最早引くことも進むことも叶わない。押し囲まれたまま締め付けられ、兵数が減り続けている。今のところ、バリアレスは深手を負ってはいないが、全身に無数の切り傷ができていた。

 これまでか。返り血で全身を黒く染め上げながら、バリアレスは死を覚悟した。自分に着いて来てくれた兵への申し訳なさ、若くして死を迎える絶望に、視界が暗くなる。


 弾いた刃が左足をかすめた。まだ浅いが、今までよりは深い。新たな血が、また流れる。


 その痛みで、バリアレスは我を取り戻した。そうだ。自分はファルセリア家の嫡子。その家紋を掲げて戦場に立つ以上、惨めな死をただ受け入れる訳にはいかない。


 せめて、相討ち。後のことは考えず、全身全霊で林天詞の首を狙う。


 バリアレスの目に光が戻る。捨て身で前に出る。見据えるは敵兵の壁の先、「林」の旗ただ一つ。


「おおおおおおおおお!」


 自分を奮い立たせながら、棒を振るった。自軍の兵もそれに続き、少しだが敵を押し返す。

 不意に、前からの圧力が弱まった。だが、形勢を覆すほどに押せたわけではない。拍子抜けしたバリアレスは、たたらを踏んだようになった。先ほどより広い視野で周りを見ると、敵兵全体の動きも大きく変わっている。


 端的に言えば、小規模ながら退いていた。赤旗を中心に据えて、敵兵が固まっていく。

 相手にしてみれば、完全に敵を包み込んだ状況だった。あとは殲滅するだけの段階まで進んでいた。圧倒的優位をむざむざ捨てるなど、意味がわからない。決意も覚悟も空振りし、バリアレスは棒立ちになった。


 そこで、気づいた。背後から轟音。決意とともに心が前にしか向いていなかったため、気付くのが遅れた。


 振り向いた先には、猛禽を象る黒い紋章、灰の旗。

 ウィングロー・ファルセリアが突撃してきていた。


 率いるのは麾下の百騎のみ。放つ気迫からして、とんでもなく精強なことがわかる。一直線、鬼神の如く敵将に向かってひた駆けていく。


 射抜くように鋭い眼光。目が合った。


 その迫力に気圧され、一瞬武器を手放しそうになる。しかしバリアレスは即座に持ち直した。背筋の凍る畏怖の念と共に、頭も冷えている。

 自分に課せられた使命は、皇子の救出だ。自分は、こんなところで立ち止まるわけには、まして死ぬわけにはいかないのだ。


 誤った決意をかなぐり捨て、バリアレスは指揮下の騎鴕隊に指示を出した。七百騎ほどにまで減っている。悔しさがふつふつと込み上げてくるが、今のこの場は雪辱戦ではない。

 再び、動き出す。向かうは敵の軍の左側。ウィングローの急襲で敵兵が将周りに集中したため、手薄になった場所だ。


 凄まじい勢いで進むウィングローは、既にすぐ後ろに迫っている。

 厚く固められた敵の直前で、見事に反転したウィングローを視界の端に捉えながら、バリアレスは袖軍の左端を駆け抜けた。


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