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異世剣聖  作者: 鷹武手譲介
第四章 軍神の使者
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終章2 戦勝の宴

 日が山の裏に隠れ、逆側から夜が押し寄せてきている。


 ハクロの街の外にある練兵場には、ずらりと兵が整列していた。その前には、演台が設けられ、この軍の総指揮官、アルバストが一人立っていた。


 そのアルバストが、全体に届くよう声を張り上げ言った。


「さて諸君。今回は多大な犠牲を被ったものの、守り得たものも大きかった。それが、こちらの二人だ。さあ、二人とも、演台の上へどうぞ」


 紐寧和と紐燐紗がアルバストに誘われ、衆目の前に姿を現した。


 その美貌、あるいはその可憐さに、軍全体からほう、と感嘆のため息が漏れる。


「私は袖の第三皇子、紐寧和だ。祖国を追われ、鷺に庇護を求めに来た。追手の攻撃を退け、ここまで守り抜いてもらったこと、ここにいる全員に、そして私のために命を落とした者たちに、感謝の意を示したい」

「袖の第十皇子、紐燐紗です。ハクロの軍には、言葉では表せないほどお世話になりました。心より感謝いたします」


 紐寧和は豊満な胸を張り、紐燐紗は小柄な体で必死に声を張り上げながら、それぞれに謝辞を述べた。


「麗しいお二方の美貌は、無骨な者たちにとっては眩しすぎるだろう――たとえ常から僕で慣れていたとしてもだ。というわけで、ひとまずは降りていただこう」


 後についていた無意味な接尾句は、群衆の誰もが聞き流していた。


「よし、次だ。此度の戦の最大の功労者、幾万の大軍による包囲を数十名で突破した我らが英雄、武宮士会、さあ上へ!」


 枕詞付けるのやめてくださいよ、と嫌そうな顔をしながらも、士会は演台に上がった。


「それじゃあ士会、君の武勇伝を存分に話したまえ。悔しいが今日は君が主役だ。さあ、君の活躍を最初から最後まで漏らさずここで伝えたまえ!」

「そんなことしたら日が暮れますよ。いやもう暮れてますけど。みんなうずうずしてるんですから話が長いと迷惑です。というわけでお前ら! 何か聞きたいことがあるやつは後で俺のところに来い! 以上!」


 言うだけ言って、士会は一息に演台から飛び降り、裏手に戻った。


「いやあ、みんな聞きたがってるだろうし、そのくらいしてもいいと思うけどなあ。まあいいや。そういうことだから諸君、今夜は無礼講――にすると姫君たちに悪いからそこは節度を守って――とにかく宴だ! 料理も酒も、存分に嗜みたまえ!」


 わあっと大波のような歓声が上がった。御馳走だ酒だと配膳場所に走って殺到していく。


 その様子を演台の陰から見ながら、士会はぼそりと呟いた。


「毎度のことながら、すげえ光景だな」

「そう言ってやるなよ。宴ってのは祭りだ。騒いでなんぼのもんだろ」


 バリアレスはそう言いながら、ぐびっと杯を呷った。いつの間に酒を手に入れてきたのか。どうやら演説中、こっそりと配膳場所に行っていたらしい。


「まあ、こんな時くらいはとは俺も思うけぐべっ」

「それっ」


 いきなりバリアレスが、隠し持っていた杯を士会の口に押し当ててきた。思わず飲み込んでしまい、喉を通るつんとした感覚が士会を襲う。


 確実に酒だ。


「てめえ、俺は二十になるまで飲まねえって言ってるだろうが」


 口周りを拭いながら、士会はバリアレスを睨んだ。


「待てるかそんなの。こっちじゃんなもん関係ねえんだからさっさと飲んじまえ」

「郷に入ってはってやつか……って何納得しかけてるんだ。俺はうまい飯食えるだけで十分なんだよ、放っとけ」


 そう士会が言うと、バリアレスはにんまりとした笑みを浮かべた。


「おう、なら俺は放っといてやるが……果たして皆はそうかな?」

「はあ?」


 バリアレスの言葉の真意はすぐにわかった。料理や酒を手にした兵たちが、今度は士会の下に殺到してきたのだ。


「士会殿! 酒と料理お持ちしました!」

「さあ、戦の話お聞かせください!」

「さあ! さあ! さあ!」


 軽くめまいのする光景に、士会は困惑の叫びを上げた。


「え、何あれ!? なんで!?」

「あのなあ。三桁差ある相手を打ち破ったなんて派手な話、みんな聞きたがるに決まってるだろうが。さっき素直に壇上でやっとけば、こんなことにはならなかっただろうに」


 そういえば、聞きたい奴は来いと言ったのは士会自身だった。あの時は、さっさと飯にありつきたくてすっ飛ばしてしまった。


「さて、俺は後でゆっくりと聞かせてもらうとしよう。じゃあな、頑張れよ人気者」

「あ、おいお前、ちょっと待て!」


 士会の制止も及ばず、バリアレスはやりたいことだけやってさっさと逃げてしまった。後に残された士会は、目を爛々(らんらん)と輝かせた兵たちに幾重にも包囲される。


 結局観念した士会は、持ってこられた料理を頬張りながら、同じ話を五度も六度もする羽目になってしまった。




 いい加減同じ話を繰り返すことに飽きてきた頃、人垣が割れてアルバストが輪の中に入ってきた。諸将を伴っており、一気に兵たちに緊張が走る。


「やあみんな。気楽に気楽に。ご歓談のところ心苦しいが、ちょっと士会を借りるよ」


 兵の緊張を和らげながら、アルバストは焚火を挟んで士会の前に座り込んだ。火を囲むようにして、諸将たちも腰を下ろす。中には士会指揮下の白約にピオレスタ、バリアレスとその指揮下のブラムストリア、ベルゼルの姿もあった。


「さあ士会。君の活躍を我々にもしっかり聞かせたまえ」

「いや、アルバスト殿。さっき話したじゃないですか」

「任務の後の報告と、酒の席での話はまるで別のものだろう? 僕たちは君の冒険活劇を聞きに来たのだよ」


 言われて士会も納得した。確かにハクロの諸将たちの前でアルバストに今回の戦の話をしたものの、それはあくまでも報告という枠から出たものではなかった。ここではもっとかみ砕いて、面白おかしく話せということだろう。


「難しく考えてるんじゃねえよ。要するに、好きなだけ自慢話しろってこった」


 バリアレスが背中を叩いてきた。よくやられるのだが、これが痛いのだ。


「わかったよ。いや、わかりましたよ。それじゃまた、始めから話し直します。姫様たちが乱入してきた辺りからでいいですかね」


 そして士会は再び語り出した。麾下だけで突入して包囲されていた姫姉妹を助け出し、追撃を振り切りながら山上に拠ったこと。砦に取りつこうとする敵を迎撃したこと。夜を突いて包囲網を突破し、追撃者を撃破して帰還したこと。さすがに何度も話しただけあって士会も話し慣れてきており、立て板に水を流すようにすらすらと言葉が出てきた。もっとも、他の兵の耳もあるので、柳礫軍が内通していたことは省略した。


 本隊と合流するまで話し終えたところで、士会は言葉を切って他の者の反応を待った。


「いや、実に結構。奇襲で突破したと言うが、数十で数万の軍に突っ込むなんて気が狂ったような真似は、そうそうできるものじゃない。素直に尊敬するよ」

「今思うと無茶もいいところですけどね。開夜の迫力に、かなり助けられたところもありましたし」


 そこでアルバストは、不意に居住まいを正した。一度目を閉じ、開いてから、士会に言葉をかける。


「すまなかったね」

「え? 何がですか」


 急に態度を変えたアルバストに、士会は目を白黒させていた。思い起こしても、謝られる理由が全く分からない。


「隊を分けたのは他ならぬ僕の失策だ。敵をばらけた小物と侮り、主戦力である僕の部隊も分けて別行動にさせてしまった」

「いやでも、あの時は皇子たちを探す必要がありましたし、アルバスト殿の判断も正しかったのでは」


 そもそも、アルバストは無理はしなくていい、と士会に事前に伝えていた。士会はそれを無視はしなかったものの、鏡宵たちを使って勝手に捜索範囲を広げていた。それが結果的に皇子たちを救ったが、無理な戦をする羽目になったことにもつながっている。


 姫姉妹が鷺に向かって逃げてきていると確定した時点で、広範囲を捜索しようとしたアルバストの判断が間違っているとは士会には思えなかった。


「しかし、招いた結果がこれだろう? 君が奇跡的なまでの活躍をしてくれたから何とかなったものの、本来なら皇子の救出どころか優秀な将まで失っていたところだ。紛れもない、僕の失態だよ」

「結果を論じるなら、前向きに捉えませんか? アルバスト殿が部隊をひとまとめにしたりしていたら、皇子を無事にお迎えすることは叶わなかったかもしれません」

「隊を分けるにしても、もっとやり方があったということさ。探す範囲は少々狭くなってしまうものの、せめて各部隊が半日程度駆ければ連携できる距離で展開すべきだった。あるいは、僕の部隊を中心に置いて、扇状に展開、なにかあったら遊撃部隊として即座に駆け付けるとかね。完全にばらけ切った状態で隊を展開したのは、一つ一つの敵部隊が弱兵な上に小勢と下に見た、慢心から来る失策だ」


 アルバストの言葉には揺るぎのない重みがあった。士会もそれ以上反論することなく受け止める。兵たちが聞いている中で、己の失敗をあげつらったアルバストに、士会は改めて敬意を抱いていた。


「君がここを去る前に、情けない姿を見せてしまったねえ。僕も所詮は人の身。美しさだけでできているわけではない」

「ちょっと待ってください。俺がここを去る?」


 そんな話は初耳だ。いや、そろそろそういう時期とは聞いていたが、あまりにも性急すぎるのではないだろうか。


「正式に決まったわけではないが、おそらくはね。何せこれだけの軍功を上げたんだ。中央も無視はできまい。加えて姫殿下の意向も合わせれば、一足飛びに将軍まで駆け上がってもおかしくはないんじゃないかな」


 元々、適当な軍功を上げて箔を付け、将軍の位を得るために士会はハクロまでやってきた。しかし結果は戦に大敗。その後はハクロで修業をしつつ、次は中央でウィングローに稽古をつけてもらって、地道に位を上げていくというのが今のところの方針だった。


 ところがここに来て、適当な軍功を士会が上げてしまった。それもかなり派手なもので、民衆にまでその活躍は知れ渡ってしまっている。今度フィナが士会を将軍にと言い出せば、誰も止められず押し切られてしまうだろう。ただでさえ、次代の皇であるフィナに意見するのは難しいのだ。


 いや、自分か亮が止めればあるいは……? それでも走り出したフィナを止めるには至らないかもしれない。


「将軍……絶対まだ早いと思うんですが」

「そこらはウィングロー殿に任せるしかないね。何、指揮の基礎は僕が叩き込んだつもりだ。慣れさえすれば、大兵の指揮もよどみなくこなせるはずだよ」

「それを将軍になる前にしておきたかったんですが……」

「まあ、仕方ないね。うん、あれだ。派手にやり過ぎちゃったねえ」


 他人事のようにアルバストは笑って言った。笑い事じゃないですよ、と士会はこぼしながら飯をかきこんだ。




 宴もたけなわ。できあがった者が飲み比べしたり暴れたり戻したり、混沌の極みを呈していた。


 そんな中、士会はようやく兵たちの質問責めから解放され、給仕の者たちの下へ向かっていた。


「あ、士会様! 何か食べられますか?」


 大鍋の横に立っていたシュシュが、花の咲いたような笑顔で士会を迎えてくれた。今回の宴の主役の一人とも言える将の登場に、周囲からもどよめきが上がる。


「お疲れ様、シュシュ。いや、俺はもういいよ。それより、ここのみんなは食べてるのか?」

「はい。交代でご馳走を食べさせてもらっています。ご心配は無用ですよ」


 周囲の者たちは、士会とシュシュのやりとりを物珍しそうに見ていた。主と従者の関係にしては、どこか距離が近いのだ。かといって、いかがわしい関係性にも見えないので、その距離感は不思議に見られるものだった。


「そうか。それじゃ、水を一杯頼む。たらふく食わされて、ちょっとすっきりしたいんだ」

「わかりました! ちょっとお待ちくださいね」


 シュシュは水がめから杯に水を汲み、士会に渡してくれた。


「士会様、すっかり時の人ですね。厨房でお料理してる時も、士会様の話題で持ち切りでしたよ」


 そう言うシュシュは実に嬉しそうだった。主の大活躍を、彼女もことさらに喜んでくれているらしい。


「実感はないんだがそうみたいだなあ。さっきももみくちゃにされてきたよ」

「すごい人だかりでしたね。遠目にもはっきりと見えました」

「どうなることかと思ったが、みんなできあがってくると落ち着いたな。今はそれぞれで盛り上がってるみたいだ」

「お酒の減り方、すごいですもんね」


 シュシュたち給仕人たちの後ろには、空になった酒がめが逆さ向きで大量に置かれてあった。それでもなお、酒をもらいに来る兵は後を絶たない。


「しーかいーどのー!」

「おわっ」


 急に後ろから抱き着かれ、士会は前につんのめった。声と柔らかい感触で、女性だということは分かった。


「な、何だ?」

「えへへー、士会殿、私たちいーい連携でしたよね、ね?」

「燐紗!?」


 士会を戸惑わせたのは紐燐紗だった。士会の腰に手を回し、すり寄るようにもたれかかっている。


 優しく甘い香りに混じって、どことなく酒臭い。


「おい、まさかお前まで酔ってるのか」

「すまないな、士会殿。止めたのだが、軍人ならばこのくらい飲めて当たり前だと聞かなくてな」


 後ろから紐寧和も姿を現した。少し顔が赤くなっているものの、こちらはほどほどにしか飲んでいないらしい。落ち着いた物腰の通りに、程度というものをわきまえているようだ。


「周囲にはやし立てられるままに飲んだ結果がこれだ。まったく、亡命する身とはいえ、皇子としての自覚がまだまだ足りん」


 呆れ果てたような紐寧和の言葉に、珍しく紐燐紗は反発した。


「いいじゃないですかー姉様ぁ。今日は甘えたい気分なんですー。さあさあ、姉様もご一緒に」

「謹んで遠慮しておこう。それより燐紗、あまり士会殿を困らせるな」

「困ってますかあ? 士会殿」

「まあ……うん。どうしていいかわからなくて、正直困惑してる」


 そう士会が言うと、紐燐紗は素直に士会を放した。


「うー……そう言うなら仕方ないです」


 存外あっさりと解放してくれて士会がほっとしていると、シュシュが眉をひそめて聞いてきた。


「あの、士会様? 誰ですか、その人」

「袖から来た姫様だよ。……一応」

「え。……わ、わ、これは失礼致しました!」


 台に頭をぶつけそうな勢いでシュシュが頭を下げた。士会もさらっと酷い一言をつけ足していたが、そこに言及する者は誰もいなかった。


「うーん。うん? 士会殿、この子は誰ですかぁ?」

「俺の従者だ。シュシュという」

「シュシュちゃん!」


 いきなり紐燐紗が台越しにシュシュに抱き着いた。急な出来事で目を白黒させているシュシュを、紐燐紗は構わず頭からもみくしゃにする。なんだか微笑ましい光景だなあ、と士会は他人事のように思っていた。


「わ、わ、あう、あう」

「かーわーいーいー! えへへー、私の妹にしてあげますー」

「ま、待ってください。私はこれでも十五で」

「十五! おんなじですねー! 私、妹欲しかったんですよ。姉様は姉様だし、他の兄弟はよそよそしいし……あー! なんで思い出したくないこと思い出させるんですかぁ」


 紐燐紗は、勝手に一人で思考を飛ばして勝手に一人で怒っていた。完全に酔っぱらっており、言動が支離滅裂だ。


「士会殿。こんな時だが、少しいいか。話したいことがある」


 杯を手にした紐寧和が、真剣な表情で士会に話しかけてきた。


 ただならぬ気配を感じ、士会も口元を引き締める。


「た、助けてください、士会様」

「シュシュ、すまんがしばらく酔っぱらいの相手を頼む。少し話があるらしくてな」

「えええ! そんなご無体なあ」

「ふふ、逃がしませんよー」


 手を伸ばし士会へと助けを請うシュシュを捨て置いて、士会は余人のいない建物の陰へと移動した。傍から見れば逢引きのようだが、士会の頭にそんな思いは微塵もなかった。


 月明かりに導かれ、建物はほのかな影を落としている。士会は壁にもたれかかり、紐寧和は木の柵に体を預け、話を始めた。


「ここでいいか?」

「ああ。あまり他人に聞かれたくない話だからな。こうして気を遣ってもらえてありがたい」

「それで、話ってのは何だ?」

「単刀直入に聞こう、士会殿。貴公はなぜ、鷺に姿を現した?」

「なぜ……というと」

「失礼、言葉が足りなかったな。貴公は神の使者だという。ならば当然、遣わされた理由がある、と考えるのが自然だろう。何をなすため、貴公は鷺という国を選び、降り立ったのか?」

「………………」


 士会はしばらく考えた。どこまで打ち明けたものか。真実をそのまま話せば、神々の世界というこの世界で信じられているものの根幹を揺るがすことになる。何せ士会は、何もわからないままにフィナに召喚されただけなのだ。そして士会のいた世界は、文明が発展しているだけで今いる世界と何ら変わりない。そんなことをこの世界の住人に話していいのだろうか。それ以前に、紐寧和はそれを話すに値する人物なのだろうか。


 やがて士会は、結論を出すには早すぎることに思い当たった。


「……その前に、一つ聞きたい。紐寧和殿、あなたは袖にいた時、治めていた街で善政を敷いていたと聞く」

「そうだな。我が民に出来得る限りの安寧を、とは考えて政を執り行っていた。それを善政と呼んでもらえるのならば、そうだろう」

「その志は、鷺に来ても変わらないか? この鷺という国を、万難を排してでも、より良くしていこうという覚悟はあるか?」

「万難を排してとは、穏やかならざる表現だな。そもそもこの国に受け入れられると決まったわけではないが――私は手にした場所で全力を尽くす。街は、大きく言えば国家は、民というものを(いしずえ)にしている。だからこそ、私が鷺に受け入れられた暁には、この鷺という国の繁栄のため、鷺の民の健やかなる営みを全身全霊で守り抜くと約束しよう」

「……そうか」


 士会は紐寧和の答えに満足した。紐寧和は確固たる信念を持った上で、善政を行っていた。だからこそ、民からも高い声望を得ることができたのだろう。彼女なら、鷺に変革をもたらそうという士会と亮の強力な味方になってくれるはずだ。


「わかった。全てを話そう……少し待ってくれ」


 士会は懐から出した木笛を吹いた。相変わらず何の音も聞こえないものの、すぐに鏡宵の手の者が一人、闇の中から士会の前に現れる。人払いの確認を改めてした後で、士会はゆっくりとこれまでの経緯について話し出した。


 士会の住んでいた世界はこちらと大して変わらないこと。


 ある日首飾りを手に入れ、フィナと知り合ったこと。


 突然フィナによってこちらの世界に呼ばれたこと。


 自らの地位のために大敗を喫し、この地で強くなると決めたこと。


 そして、鷺の国とフィナの将来のため、この国を変えていく腹積もりであること。


 長い話を聞き終えた紐寧和は、おもむろに口を開いた。


「そうか。神の使者といえども、瞳の色が珍しいだけの普通の人間なのだな」

「ああ。少し身体能力が高いだけで、特別なことなんて何もない」

「我らと同じだな。神の末裔などと呼ばれ、それを誇る者もいるが、結局はただの一人の人間だ。生まれが恵まれていただけで、特別なことなどやはりない」


 そう言って、紐寧和は小さく微笑んだ。士会の言い方を意識した物言いに、士会もちょっとしたおかしみを覚えた。


「そして、私にここまで話すということは――引き込む気だな?」

「ああ。国を変えるってのは大事業だ。仲間は多い方がいい。人の心を思いやれる人間ならなおさらな。だから、頼む。俺たちに協力してくれないか」


 士会はじっと紐寧和の黒き瞳を見つめた。紐寧和もまた、士会の鳶色の瞳を見つめ返している。互いのまなざしには、強い力が宿っていた。


「全てはこの国に受け入れられてからの話だが――良かろう。国を良くしていくことは民の喜びとなり、民が富めば国も富む。この国を良き方向に導くというのなら、微力ながら私も手を貸そう」


 紐寧和の答えを聞き、士会はパッと顔を輝かせた。


「そうか! 助かる!」

「いや、むしろこちらが礼を言いたいくらいだ。何せ私は亡命する身だからな。伝手もないところに強力な後ろ盾ができるのは、とても助かるのだよ」


 そう言ってから、紐寧和はふっと笑った。


「それにしても、皇子を導き国を変えるとはな。ただの人間だと言うが、やろうとしていることは結局神使のそれではないか」

「……言われてみれば」


 知らず知らずのうちに、士会は神の使者としての道を歩み始めていたらしい。


 きょとんとした士会の顔に、紐寧和は笑い声を上げた。


 夜が更けていく。星空に響く歓声に、また一つ声が加わった。


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