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異世剣聖  作者: 鷹武手譲介
第四章 軍神の使者
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迎撃

 注進が入った。敵の増援が到着したという。そろそろバリアレス、白約の牽制も限界が来るだろう。それでも、かなり粘ってくれた方だった。普通なら数の差で圧倒され、牽制もままならない。


 おそらく途中、バリアレスの騎鴕隊をベルゼルが指揮していた。敵の騎鴕隊を釣り出す時の動きは、直情的なバリアレスの指揮にはあまり見られないものだった。あの執拗(しつよう)なまでの牽制の繰り返しと、絶妙な後退はベルゼルらしい騎鴕隊の動かし方だ。その後の騎鴕戦では、騎鴕戦に秀でたバリアレスが指揮に戻り、孤立した敵騎鴕隊を見事に撃破して見せたのだろう。


 士会は空を仰いだ。日は中天に差し掛かり、傾きつつある。夜はまだ、遠い。


「今日中に来るな、これは」


 後ろから刺される心配がなくなれば、いよいよ敵は山城に攻め上がってくるだろう。ハクロの本隊が到着するのに二日かかるとすると、今日明日は独力で持たせなければならない。


 ……厳しい。何せこちらは百もいないのだ。今日の半日足らずを凌ぐだけでも、相当な無理がある。無理をしないを基本方針で、などと言っていた頃が懐かしく思える。


 士会は見張り台に上がり、敵陣をじっくりと観察した。上を取っているおかげで、敵の陣容が手に取るようにわかるのは、せめてもの救いだった。どうやら最初からいた五千はバリアレスたちに当たり、増援の二千足らずが攻めてくるようだ。兵の動きを見た限りでは、あまり質のいい兵とはいえない。あの五千に攻めてこられるよりは、かなりマシそうだ。


 二千の方の指揮官が功を焦って、無理やり城攻めの担当を分捕ったのかもしれない。だとしたら、指揮官の方も今までよりは与しやすい相手だろう。


 いや、ここまで来ると妄想の域に入るか。あまり都合のいいことは考えない方がいい。今はできることをするだけだ。


 敵が山道を登り始めるのが見えた。士会は砦の防備の最後の確認をしに、各所を回る。


「いいか、一人たりとも塀の中に入れるな。侵入されたらそこで負けが決まると思え」


 同時に三十人ほどを選び、戦鴕を連れてこさせた。士会も開夜を引き連れ、騎乗する。


 山道は狭く、兵力を活かせない場所だ。この人数でも騎鴕の圧力なら、多少の時間稼ぎにはなるだろう。


 砦にただ一つある門を開け、士会は先頭で飛び出した。坂道を下って一気に加速する。風圧が、士会の顔を打つ。


 中腹で会敵した。士会たちが砦を出て迎撃してくることなど夢にも思っていなかったのか、漫然とした行軍をしている。たった七十そこらが守る砦など、一息で吹き飛ばせるとでも思っているのだろう。それがあまりに安易な考えだと、教えてやる。


 予想外の敵影に動揺している敵兵に向かって、士会は勢いをつけたまま突っ込んでいった。後ろから三十騎が続く。開夜とともに、敵兵の壁を斬り開いていく。


「おらおら、神軍のお通りだ! 道を開けろ!」


 士会は叫んだ。神の使者という位も使いようだとアルバストに言われたことを、不意に思い出したのだ。開夜に騎乗した姿は、この世界の人間にとってはまさしく神威として映るのではないか。


 目論見通りか、単純に騎鴕隊の圧力に押されただけか、どちらにしても道から脇の急坂に転げ落ちていく敵兵は多かった。そのまま士会は突き進み、指揮官と思われる人物まで達する。坂下に逃げようとするところを、士会は迷わず背中から刺し貫いた。具足は背中を守るようにできていないので、背を向けてくれていた方がむしろ止めを刺しやすい。


「袖軍、恐るるに足らず」


 この軍の総指揮ではなく、複数いるうちの一人だろうが、ともかく大戦果だった。このまま進み続けたいところだが、士会は反転を命じた。こちらはあくまでも三十騎しかいないのだ。不意打ちが上手くいったからこその戦果であり、迎撃の態勢を取られればこうはいかない。


 士会はさっさと離脱して、一騎も損じることなく砦に帰還した。


「士会殿。怪我は」

「ないよ。敵の指揮官を一人討ち取ったぜ」


 迎えてくれた紐寧和に話すと、居残りの兵たちから歓声が上がった。士気は上々のようだ。


 敵の先鋒を散々に崩し、指揮官を討ったとなると、兵の回収をして再編成するのにそれなりの時間がかかるだろう。かなり攻撃を遅らせられたはずだ。予想以上の戦果を上げられ、士会も満足していた。


 紐燐紗の姿はない。こんな時になんだが、彼女には考える時間が必要だろう。生き抜くために少し聞きたいこともあるが、今は互いにそれどころではない。


「火の準備は――滞りないな、よし」


 士会は誰かに聞こうとして、立ち上る煙に気付いて言葉の続きを変えた。


 残念ながら、この砦に大きな荷車はなかったが、物を運ぶための台車はいくつか見つかった。それに干し草など燃えるものを積み込んでおく。以前追い詰められた山城から脱出する時、亮が立案した火計を、士会も真似るつもりだ。士会の防衛戦での引き出しは少ないが、思いつく限りのことはしなければならない。


 敵が再び動き出した時、太陽はさらに傾いていた。なんとか、今日を生き延びる目途は立ってきたかもしれない。


「火」


 台車の荷に火がつけられていく。ちょうど火が回る頃に、敵が山道を登ってきたという報告が上がった。


「よし、開門。ぶちかましてやれ」


 士会の合図とともに門が開けられ、火のついた十数台の台車が次々と坂を転げていく。いくつかは道をそれ、脇に転がってしまったが、一部は敵に直撃した。


「いいぞ。それじゃ、進発。一筋縄ではいかないってところ、見せてやろう」


 士会はまた、開夜とともに先陣を切り、三十騎を率いて敵に突っ込んでいった。予想外の攻撃に慌てていた敵の先頭を、容易く蹴散らす。深入りはせず、今度も一撃加えたところで反転し、士会は堂々と正門から山城の中へ戻った。


 先頭が混乱したことで、敵はまたも停滞していた。しかも今度は、砦の目と鼻の先だ。


「投石開始! ピッチャーは俺らでミットは奴らだ! 投げまくれ!」


 途中通じるはずのない(げき)が混じったものの、おおよその意味は伝わったのだろう。意気揚々と士会の麾下たちが塀の上から石を投げ始めた。士会自身も塀によじ登り、下から手渡される石を積極的に投げ続ける。上から投げ下ろしているので、それなりに遠くの敵まで石が届いていた。たまらず射程内の敵が後退しようとし、混乱が助長される。


 これなら、いける!


「よし、押すぞ! 奴らを砦に取りつかせるな!」


 士会は砦の中に舞い戻り、三度開夜に騎乗した。三十騎ほどを率いて、砦を出ようとしたところで、後ろから声をかけられた。


「待ってください! 私も」


 紐燐紗だった。騎乗している。さすが武術に秀でているだけあって、戦鴕も乗りこなすようだ。


 その手には、剣が握られていた。


 まだ目が赤い。泣き切った後、すぐに駆け付けたのだろう。


「俺は、お前たち二人を守ると決めた。その内の一人を、戦場に出すわけにはいかないな」

「私は、姉様を守ると決めているのです。兵の一人で構いません。皇子と思う必要もありません。どうか私にも戦わせてください」


 士会はじっと、紐燐紗の泣き腫らした白桃色の目を見つめた。負けじと紐燐紗も、士会の鳶色の双眸(そうぼう)を見つめ返す。


 しばしの無言の後、士会はにっと笑った。


「何か、吹っ切ったようだな。よし、付いて来い。これから袖軍を山裾に押し返す。踏ん張りどころだぞ、燐紗」

「わかりました! お供します、士会殿」


 門が開いていく。開き切るのを待たずして、士会は先頭で飛び出した。後ろから、紐燐紗も付き従ってくる。


 退きたがる兵と進みたがる兵で混乱する敵に、士会はまっしぐらに突っ込んだ。豆腐でも裂くかのように、鮮やかに敵兵の中を突っ切っていく。ちらと横を見れば、紐燐紗も必死で剣を振るっていた。


 目指すは敵の中央、この軍の総指揮だ。それを討てれば、後は流れで全軍潰走まで持っていける。斬る。蹴落とす。弾き飛ばす。敵兵の波をひたすら掻き分け、士会は前へ前へと進んでいった。


「……ここまでかな」


 しかし同時に、士会は冷静でもあった。あるところで手を上げ、反転を命じる。え、と横から当惑する可愛い声が漏れたものの、遅れることなく軍の動きに付いてきた。死者や怪我人が横たわる道を悠々と駆け登り、士会は砦の中に戻った。


「士会殿、なぜあそこで反転を? 押し切ってしまうものだと思ってました」


 砦の扉を閉めたところで、紐燐紗が聞いてきた。当惑しつつも、戦闘中にはその疑問を口に出さない辺りは、軍人らしく思える。


 息を整えながら、士会は答えた。


「いや、あれ以上は無理だ。多少は進めるだろうけど、大将首までは届かない。上で生じた混乱が、そこまで伝わっていなかった」


 敵兵が上で起きている混乱に対して構えているのが、士会には見えていた。というよりも、構えられているということを肌で感じ取っていた。そこに突っ込めば、確実に犠牲が出る。時に多少の犠牲をいとわない戦い方が要求されるのもまた戦であるが、今は百人足らずの小集団を率いているのだ。一人二人の犠牲でも、かわすべき大きな犠牲だった。


 紐燐紗には、そこまでは見えていなかったのだろう。少し考え込むような仕草を見せていた。


「今回は俺の麾下として付いてきたんだ。俺の指揮にはきっちり従ったんだから、それで十分なんだぞ」

「それは、そうですね。でも、それだけで終わらせたくないのです、士会殿」


 積極的に何かを学び取ろうとしているのだろう。その姿勢には好感を持てた。


 士会は太陽の向きを確認した。山の端にかかりつつあり、空が薄赤く染まっている。


 じきに暗くなるだろう。もう、今日の攻撃はないと思っていい。


「今日は凌ぎ切ったな」

「助けが来るとしたら明後日でしたか。明日が正念場ですね」

「それなんだけどな。ちょっと聞きたいことがあるんだ。付いてきてくれ」


 途中、紐寧和のいる小屋にも寄り、合流した士会たちは砦の望楼に上がった。ここからなら、敵の全容が一目で確認できる。


 攻めてきた敵と会戦している間に、敵はさらに増えていた。この辺り一帯に広く展開していた袖軍が、一所に集まってきているのだろう。ざっと数えても二万が、山全体を二重に包囲していた。


「全く、壮観だな」

「絶望的ですね」

「そう言うな。俺はこの眺望に、活路への希望があると思っているんだ」


 そう言ったところで、紐寧和も紐燐紗も首をひねるばかりだった。士会自身もまだ、自分の考えに自信を持てているわけではない。これから、一つ一つ組み立てていくところだ。


 ひとまず旗を一つ一つ確認してもらい、その旗の主を姫姉妹に聞いていった。中には、士会にも聞き覚えのある名前もあった。


「あれは歴燈の旗ですね。命令を忠実にこなす、軍人らしい卿です。皇子の誰かの要請で、出撃してきたのでしょう」

「歴の旗といえば、俺たちを襲ってきた最初の五千の指揮官か。上手くバリアレスを止めつつピオレスタの相手もしたり、麾下だけで俺たちを追って来たり、なかなか手強かったな」

「基本的には、手堅い戦を好む将です。合理的、と言ってもいいかもしれません。私も、よく指導を受けていました」

「そうか……。あの五千が登ってきていたら、今日を乗り越えるのも厳しかったかもしれないな」


 歴燈が布陣しているのは、山の入り口から少し離れた位置だった。


「出陣要請を出した皇子の序列が、低めなのかもしれませんね。戦功の大きい城攻めを取られたり、今もどちらかといえば外への備えをさせられていますし」

「歴家は春家とつながりがあり、春家は第四皇子の紐間とつながりがある。そこ辺りではないかな」

「ふむふむ。あちらさんは数は多いとはいえ、様々な皇子からの指示を受けた混成軍なんだよな。そりゃ、色々ごたつくわな……」


 混成軍をまとめる難しさは、士会も暗江原の戦いで味わったことがある。苦い、敗北と失敗の記憶だ。


「あ、士会殿。あれが林天詞の軍です。正面やや右寄りのあれです」


 紐燐紗が指差した先の軍もまた、どちらかといえば外向きの備えをさせられていた。まあ、地方軍の扱いなど、そんなものだろう。ただ、歴燈よりは山の入り口に近い位置に配されている。


「山の入り口を固めてるのは?」

「朱会要だな。兄上子飼いの卿だ」

「昼間攻めてきたのもあいつです」

「となると、戦の腕はいまいちかな? なんか勝つ前から宴の準備とかしてるし」


 朱会要の陣では囲いが作られ、そこに鹿や猪と思わしき動物たちが何頭も運ばれてきていた。おそらく、明日の勝利の後に盛大に宴をやるつもりなのだろう。どうやら昼間の敗戦を、全く(かえり)みていないらしい。


「はい。将としては、凡愚と言っていいですね。ごり押すくらいしか戦術を持たない将です。同数の勝負ならボッコボコのギッタギタに……」

「どうどう、燐紗。昼間痛い目に会わせてやったじゃないか」


 紐燐紗が随分と酷評していた。士会も昼間の戦を思い返しながら納得し、次の軍を指差してまた評価を聞く。そうやって相手の布陣を頭に入れて、士会は今後の戦略を組み立てていた。


「それにしても、こうしてみると凄まじいな。山が丸ごと、兵で囲まれている。血が片方しかつながっていない、年に何度も会うわけでもないとはいえ、ここまでして兄弟たちから命を狙われるのは悲しいことだな……」


 自嘲めいた言葉を吐いた紐寧和に、士会は少しの間押し黙った。兄弟姉妹たちから我先にとばかりに殺しにかかられるというのは、どういう気持ちになるのだろうか。想像もつかない。


「姉様、去る国の話は止めましょう。もう、私たちには関係のないことです。まあ、あの厚い包囲網を突破できたらの話ですが……」

「まるでできそうにないって口調だが、俺はそうは思わないぜ。少なくとも、二人と話してて、俺はそう感じた」

「何!?」

「え!? 本当ですか!?」


 暗くなりかけた雰囲気を払拭することも兼ねて、士会は持論を展開することにした。ただ、まだ役者が足りない。確認すべきことが残っている。


「詳しくは軍議で話す。さあ、忙しくなるぞ」


 士会は望楼を降り、急ぎ作戦に必要な人物に声を掛けに行った。


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