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異世剣聖  作者: 鷹武手譲介
第四章 軍神の使者
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快勝の夜

「おいいいいいいいい! なんで俺も呼んでくれなかったんだよ!」


 士会が瑚笠と会談し、立ち合いもしたと聞いた時のバリアレスの第一声は、叫び声だった。


 バリアレスが士会の両肩をつかみ、前後にガクンガクンと揺らす。


「ええい、放せ! 仕方ないだろ、あいつら前置きもなしに急に来たんだから。第一お前、好き勝手動き過ぎて俺でも位置捕捉できてなかったし」

「いちいち場所伝えたって、伝令が届くころには移動してるだろ。あーくそ、俺も立ち合いしたかった。あの野郎を衆目の前でぶっ飛ばせる好機だったってのに」

「飛ばすな飛ばすな。寸止めに決まってるだろ。それにあいつ、なんか悩ましげだったしな。今のあいつに勝ったところで、完勝したとはとても言えん」

「知るかそんなこと。勝ったんだから勝ったって顔してりゃいいんだよ」

「……そうは言ってもなあ」


 瑚笠の悩みは深く、一歩間違えれば首が飛びかねない真剣での立ち合いの中でも影響を与えるほどだった。それがなかったら、勝負はどうなっていたかわからない。それほど強く、皇子寧和という人物を尊敬しているのだろう。


 柳礫全体に半分造反させるほどの人物。どんな女性なのか想像もつかなかった。


 なお、皇子寧和がハクロ近辺に向かっていることは、確定情報としてアルバストに報告した。といっても、あくまで近辺という大雑把な情報でしかない。そこで、ハクロの部隊をいくつかに分け、より広範囲を探索することになった。


「まあ、それはさておきだ。今後のことについて話し合おう」


 ようやくバリアレスを振りほどいた士会は、話題を変えて本題を切り出した。


「さすがに、あいつらも対応し始めたよな」


 皇子寧和の追手は始め三百程度を一単位として無数に分かれており、しかも敵襲に対して一切の備えをしていなかった。そのため、士会やバリアレスの急襲で瞬く間に潰走させることができた。はっきり言って戦というより、羊の群れを追っているような気分だった。


 それが、何隊かが合流して膨れ上がり、千五百から二千程度を一単位とするようになった。今も丘を二つ越えた先に二千の敵がいる。ただ、数を頼みにしているのか、こちらに対しての警戒は依然として薄い。とはいえ、単独で打ち破るには危険も付きまとう数になってきたので、士会とバリアレスは合流して動くことにした。


「だが、まだ不十分だ。その程度じゃ(らち)が明かないと教えてやろう」


 士会はただ崩すだけのつもりでそう言ったのだが、バリアレスはより徹底した攻撃を望むようだった。


「一発派手に叩いてみるか? その方が、皇子の捜索に支障を出させられるかもしれん」

「注意がこっちに向くと、こっちも今までみたいに動けなくなるけどな。無理するなと言われているし、難しいところだ」

「あの二千を叩き潰すくらいなら、無理には当たらないだろ? その後本腰入れて俺たちを潰しにかかるなら退けばいいし、その間皇子寧和への圧力は減る」


 バリアレスの言うことにも一理はあった。士会たちの任務は結局のところ、いかにして皇子寧和たちを鷺へ逃がすかなのだ。何も自ら探し出せと言われているわけではないし、捜索はより適任な鏡宵、鏡朔の手の者が継続してくれる。多くの敵兵を引きつけ捜索圧を減らすのも、立派な貢献と言えた。


 このまま場当たり的に雑魚散らしするよりも、一歩抜きんでた案かもしれない。


「よし。――やろう」

「よっしゃあ! そうこなくっちゃ」


 決断した後の士会たちの行動は素早かった。あらかじめ丘の近くの林の中に三百を埋伏させ、それからまずバリアレスが速度を活かして突撃を敢行した。狙いは敵の騎鴕隊で、バリアレスが通り抜けるとあっさりと崩れかけになった。


 脆い。


 それを見て取りながら、士会は七百を率いて敵の歩兵に突っ込んだ。始めは丘を駆け下りた勢いで、士会の軍が押していたが、相手が小勢と見るや、敵は押し包むように動いてきた。


 その動き始めを見た時点で、士会は兵をさっと退かせた。士会の軍が逃げ、敵の歩兵が追い、その後ろに敵の騎鴕隊とバリアレスの騎鴕隊を置き去りにする形になる。逃げながらも士会は、細心の注意を払っていた。追撃はまともに受けると、兵力を一気に失う。一方で、振り切ってしまってもいけない。長駆の練度に差があるため追いつかれる心配こそないものの、もう少しで追いつけると敵に思わせられる速度を見極めなければならない。


 二つ目の丘を越えた。先ほど士会がバリアレスと簡単な軍議を開いた平地に出る。頃合いを見計らい、士会は合図の旗を掲げさせた。


 林内に伏せられていたピオレスタの三百が、敵の側面に襲いかかった。数が少ないとはいえ、完璧に意識の外から側面を突いている。衝撃で敵が混乱した。士会も手を上げて反転し、前から圧力をかけにかかる。


 そこに、圧倒的な速度で敵騎鴕隊を振り切ってきたバリアレスの騎鴕隊が、後ろから突っ込んだ。混乱を収めきれず、軍の崩壊が始まる。


 今度は逆に、士会が追う番だった。斥候を密に出し、四方に即座に駆け付けられる敵がいないことは確認している。士会自身も前に出て、逃げる方向すら定まらない敵を討ちまくった。


 教科書にでも載せたいくらい、鮮やかに埋伏が決まった。敵の動きを見極め切ったのが、成功の秘訣だろう。


 もっとも、これは士会が手足のように自軍を扱えるからこそできることだ。兵を退かせる時、少しでももたつけば、隙を突かれて崩される。


「いやあ、勝った勝った。かなり討てたな、五百はいったんじゃないか」


 バリアレスが満足げな顔で駆け寄ってきた。士会も血にまみれた嵐天剣を少し上げて応じる。


「バリアレス、まだ元気だよな? 次、行くぞ」


 士会がそう言うと、バリアレスは不敵に笑った。


「ほう、話が分かるじゃねえか」

「やるからには、徹底的にやる。慎重に、けど大胆に行くとしよう」


 その日一日で士会はバリアレスとともに、合計四つの敵軍を撃破し、大打撃を与えた。全て周囲の地形を把握した上での奇襲であり、士会、バリアレス側の犠牲はわずかに過ぎなかった。この辺りの地勢は、袖領とはいえ、よく国境付近を走り回っている士会たちは熟知している。上手く使えば、寡兵でも中央から遠征してきている弱兵を叩くのは可能だった。


 日が落ち、野営の準備を終えてから、士会とバリアレスは主だった部下とともに焚火を囲んでいた。皆、手に干し飯を持ってかじりついている。まずいが、ここは戦場だ。仕方ない。


「これで敵さんがどう出るかだな。これだけ大げさに叩いた以上、もう無視はできないだろう」

「いっそ全軍を回してくれれば、逃げに徹するだけでいいから楽なんですけどね」


 いち早く食べ終わったブラムストリアが、体をのけぞらせながら言った。


「あいつらの任務はあくまで皇子の捕縛だからな。それはないだろ」

「どのくらい、引き出せるかですね。二千でダメならさらに倍、といったところでしょうか」


 ピオレスタがざっくりした数を言う。料理にうるさい彼も、戦場では妥協する。そこらは、料理人ではなくあくまで戦人なのだということを感じさせる。


「敵は数万でしたよね。一万くらい、ポンっと出してくるかもしれませんぜ」

「一万の相手はさすがにきついなあ……ですよね?」


 ベルゼルが豪快に干し飯を丸かじりしながら言い、白約が聞いてきて、士会は苦笑した。さすがに十倍近い相手とまともにやり合う気はない。無理はしない、が基本方針なのだ。


「俺としては、柳礫軍をまるっとそのまま対応に当ててくれると動きやすくていいな」

「あー、それいいですね!」

「いつも以上に茶番な戦を繰り広げることになりますなあ」


 そう言って、士会たちはともに笑いあった。


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