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異世剣聖  作者: 鷹武手譲介
第四章 軍神の使者
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模擬戦

 なった。


 人間、ではなく巨鳥、やればできるものである。味方の兵にすら恐れられながらも、なんとか軍の動きに合わせてついていけるようになった。


 というか、いかつい見た目に反して、開夜が思いのほか素直だったということが大きい。士会の操鴕にかなり従順で、細かい動きの多い歩兵の中の麾下の動きにもあっさり慣れてくれた。


 むしろ一番難航したのが、周囲の戦鴕の反応である。種類が違うからか単純に怖いのか、しばらくの間開夜から一定の距離を取ろうとしたのだ。とはいえこれも慣れの問題で、なんとか間に合わせることができた。


「お前、優秀なやつだよなあ」


 返事が返ってこないことを承知しながらも、士会は自らを乗せた開夜に話しかけた。同時に手を伸ばし、頭をそっと撫でる。気持ちよさそうに、開夜は嘴を軽く上げた。


 視線を上げると、対峙するアルバストの軍が見えた。歩兵の前に騎鴕隊を出している。


 士会の友軍となるバリアレスは、三百の騎鴕隊を率いて士会の軍の斜め左前に陣取っていた。


 場所はハクロ近辺の平原。士会から見て左側に丘が一つある。


 待ちに待った、アルバストとの模擬戦の時がやってきていた。


 手に持った棒を握りしめる。模擬戦では、さすがに真剣は使わない。全員が得物に準じた長さの棒を持ち、負傷したと判断できるような攻撃を受けた場合はその場で伏せ、戦線から離脱する。騎鴕隊の場合、戦鴕から落ちても死んだと見なされる。


 この日のために、バリアレスとともに戦術を練ってきた。今日はその集大成を見せる場であり、師であるアルバストに自分たちの成長を示す場でもある。


 というのは建前で、士会もバリアレスもいい加減アルバストに一泡吹かせてみたいのだ。二人とも大概負けず嫌いなのである。バリアレスなど、あの得意気な顔を無様に歪ませてやるぜ、などと毎回言っている。


 裁定役であるアルバストの部下が、丘の頂上で旗を振った。模擬戦開始の合図だ。


 開幕と同時に、バリアレスは丘へ走り出した。アルバスト軍の騎鴕隊も、同様に丘へ向かっている。上を取った方が逆落としの勢いで攻撃を仕掛けられるので、騎鴕隊同士で丘の取り合いになるのだ。


 歩兵は真っ直ぐぶつかる形で互いに進軍していた。動きながら、アルバストは隊を二つに分けてくる。そのままぶつかると、二方向から攻撃を受けることになる。


 そうはさせるか。


 士会は白約とピオレスタに合図を出し、隊を三つに分けた。敵の二隊をさらに挟み込む構えだ。それに対し、アルバストは素早く陣形を鶴翼(かくよく)に組みなおした。士会の三隊を包み込む動き。士会もとっさに分けた二隊を呼び戻し、小さく一つにまとまった。


 互いに自在に陣を組み直しながら、次第に距離を詰めていく。


 ぶつかる寸前、士会は少し方向を変え、敵の右翼へと全力で突っ込んだ。包囲される前に伸びて薄い右翼を突き破り、敵の裏側に出るつもりだ。


 敵はそれに抗わなかった。道を開けるようにして士会の軍を通す。包囲が間に合わないと判断し、犠牲が出るのを避けたのだろう。


 士会が軍を反転させた時には、アルバストも鶴翼を引っ込め、一つにまとまっていた。


 ここまでは良い形だ。バリアレスの騎鴕隊と自軍との間にアルバストの歩兵を挟むことができた。騎鴕戦で相手を出し抜くのは容易くはないだろうが、隙が出来れば即座にアルバストの背面を取れる。


 彼我(ひが)の距離は至近だった。士会は今の形を維持するべく、反転を終えた後即座にアルバストの軍にぶつかった。


 真っ向からの押し合いになる。兵力に差はない。アルバストの軍はさすがの精兵だが、それでも練度だって負けてはいない。拮抗して膠着に持ち込める。


 そう士会は考えていたのだが。


「……くそ」


 おかしい。徐々にだが押されている。


 それも全体ではない。一方向だけで押しまくられ、もう片側はむしろ押しているのだ。そのせいで回転するような動きになり、位置が少しずつ入れ替わっていく。騎鴕隊との位置関係の優位を文字通りひっくり返すつもりのようだ。


 士会はほぞを噛んだ。ぶつかり合いの途中で兵の移動をさせると、下手するとそこから崩されかねない。なすすべなく逆位置まで押し切られたところで、士会は一瞬、自分が出るか迷った。


 士会自身が突撃することが多いため、士会の麾下は百騎近くと、騎鴕隊に近い数になっている。加えて開夜の迫力。初見の相手なら大きな動揺を誘えるだろう。


 しかし士会はぐっとこらえた。まだ、早い。もっと、その一手で勝負が決まるような、決定的な場面で開夜という手札は切るべきだ。


 アルバストは鮮やかに、自軍の兵の偏りをならした。移動時に少し押せたものの、すぐに拮抗した状態に戻る。


 背後の様子を確認すると、バリアレスが丘の中腹で相手の騎鴕隊とぶつかっていた。やや押し気味のようで、上を取りかけている。


 その時、バリアレスと確かに目が合った。


 即座に士会は、バリアレスの次の動きを理解した。隊長たちに伝令を出し、いつでも受け入れられる準備をする。


 アルバストに気取られてはならない。つまり、後方への備えは厳禁だ。それをすれば一発で、こちらの目論見は読まれるだろう。


 じりじりとした押し合いは続く。アルバストに次の一手を打たせる前に、こちらが動きたい。


「早く来い……」


 士会はバリアレスに念じながら、歩兵同士の押し合いを続けていた。待つのが苦手だという自覚はあるが、ここは現状を維持し続けなければならない。


 来た。バリアレスが不意に上を取る動きを止めた。ぶつかり合いを避けるようにしつつ、犠牲を出しながらも丘を駆け下りてくる。


 士会は準備していた通り、騎鴕隊が通る道を即座に空けた。その間をバリアレスが通り、それを追って敵の騎鴕隊も続く。


 普通なら、アルバストの歩兵に多少の打撃を与えつつも減速したバリアレスの騎鴕隊に、敵の騎鴕隊が後方から突っ込んで潰される。


 だが、今ここに少数ながら騎鴕隊があるのだ。


「行くぜ、開夜」


 士会はバリアレスを追う敵の騎鴕隊の横っ腹に、自身を先頭にして突っ込んだ。開夜が甲高い鳴き声を上げながら、爪のついた翼を広げ威嚇する。開夜の威容を見た敵がぎょっとするのが見て取れた。そのせいで、隊伍(たいご)が乱れた。大きな隙だ。


 乱れのせいでろくな対応もできない敵の騎鴕隊に、士会はまともに突っ込んだ。少数とはいえ、開夜の迫力もあり、奇襲の効果は高かった。坂を駆け下りてきた敵の勢いもなくなり、足が止まる。こうなると、歩兵からすればいい的だった。伸びた騎鴕隊を包囲し、次々と戦鴕から突き落としていく。


 全力で敵の騎鴕隊を抑えているが、アルバストの歩兵からの攻撃はなかった。バリアレスの騎鴕隊が丘を駆け下りて勢いをつけたまま、備えもない歩兵の中に突っ込み、散々に引っかき回しているのだ。アルバストが自身で出てなんとかしようとするも、追いついていない。


 士会は敵の騎鴕隊を掃除し終わると、全軍をアルバストの軍へ向けた。


 ちらりと丘上を見ると、裁定役が勝負あったの合図となる旗を振っていた。


 バリアレスがこちらに向かって駆けてくる。士会は片方の棒を地面に落として手を開けた。


「よくやった士会!」

「ナイスだバリアレス!」


 パァンと乾いた音を立て、痛いくらいの強さで二つの手が打ち鳴らされた。


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