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異世剣聖  作者: 鷹武手譲介
第四章 軍神の使者
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日常

 バリアレスと瑚笠(こりゅう)騎鴕隊(きだたい)がぶつかるのを、士会(しかい)は少し離れて見ていた。


 季節は進み、春が過ぎ、初夏へと移り変わりつつある。戦場の士会の服装も、具足の内側は一段と軽装になった。これ以上薄着にはならないと思うと、暑くなるであろうこれからの季節にげんなりとする。


 ますます鋭さを上げるバリアレスの突撃を、瑚笠が鮮やかに二隊に分かれていなしていた。この辺りの兵の進退が、瑚笠は本当に上手だ。しかし、バリアレスの切り裂くような勢いを、完全には殺しきれていない。


 瑚笠の隊の内、少し乱れの出来た部分を狙い、士会は兵に合図を出した。


 しかし、柳礫(りゅうれき)の歩兵指揮官、純陽(じゅんよう)が横槍を入れて牽制してくる。迂闊に援護には回れない。


 そうこうしているうちに、騎鴕の戦場は少し遠ざかった。士会が率いているのは歩兵なので、速度では騎鴕に劣る。停滞しているか、向こうから援護を求めている時以外は、こちらからは介入しづらい。


 素直に目の前の相手から叩こう。そう思い直した士会は、バリアレスに瑚笠を引きつけるよう指示を出し、少し前線へ移動した。言わずともバリアレスは瑚笠との勝負を続けるだろうが、念のためだ。瑚笠なら、隙あらばこちらに矛先を向けてくる。


 今は純陽の率いる歩兵と真っ向からぶつかる形だった。純陽隊が牽制のために出てきたため、緩やかに突出した形になる。


 このまま引き込んでしまおう。


 そう判断した士会は、左右のピオレスタ、白約に伝令を送りながら、自身の隊をじわじわと下がらせた。敵に押されているように見せるため、少しずつ、わざとらしさのないように後退させていく。ここで下手を打って本当に押し切られるとそのまま崩れるが、そこは腕の見せ所だ。


 合わせて、純陽の隊がじりじりと押してきた。揉むような動き。だが、崩し切られるほどの圧力ではない。


 士会は、次第に敵を自軍の中に導いていた。気づかれないよう、ゆっくりと。しかし、確実に。細かく時機を測れるようになるほど、士会は砂埃が舞い、怒号が飛び交う戦場の空気にも、慣れていた。むしろ心地良いとすら感じるほど、戦塵にまみれている。


「もうそろそろかな……」


 あまりやりすぎると、気づかれて脱出される。それに瑚笠も、いつまでバリアレスと遊んでいるかわからない。見れば騎鴕戦はバリアレスが少し押されていた。とっとと反撃に出たほうがいいだろう。


 士会は腕の動きで指示を出した。ほぼその直後、士会の隊の伸びた両翼が、別の生き物のように敵の中腹を抉った。さらに中央からも一気に押し返す。


 急に三方からの攻撃を受け、純陽軍は激しく動揺していた。突出しつつあることを、見落としていたのだろう。これを見逃す手はない。


「押せっ! 押せえええええ!」


 士会が声を張り上げる。しかしその一方で、冷静さを保ち、程度を見極めていた。


 この戦は、もはや日常風景と化した、柳礫との国境争奪戦だ。とはいえ、正直なところ両陣営に、本気で国土を押し広げようという気概はない。暗江原の戦いのような、中央の軍が絡んだ戦は例外なのだ。


 要するに、今やっているのも含め、大体は中央政府に「戦っていますよ、仕事してますよ」と示しているに過ぎない。


 というわけで、無事に半包囲し終えたところで、痛打を与えることに意味はない。むしろ向こうの恨みを買う分、悪手とすら言えるだろう。バリアレスはよく威勢のいいことを息巻いているが、今はもう、その辺りのこともわきまえていた。ちょうどいい勝利。それが求められている場なのだ。


 そういう思惑もあって、士会は一切敵を討ち取らず、相手を散らし柳礫の方向に追いやるだけに留めた。


 ちらりとバリアレスの方に目を向ければ、瑚笠が粛々と退いていくのが見えた。その横顔はなんとも悔し気だ。歩兵の潰走を見て、撤退を決めたのだろう。あと少しでバリアレスを崩し切れたのに、という感情がありありと読み取れた。


 よし、今日は勝った。




 後で確認したところ、今回の戦で士会が失った兵はいなかった。ただ、いつもこうというわけではない。今回は大勝だったから良かったものの、当然苦戦すること、敗北することもある。そして、限りなく模擬戦に近いとはいえ、戦は戦だ。軽微ながらも、犠牲が出る時もあった。


 しかし、だからこそ、調練では決して得られない、実戦ならではの経験も積むことが出来るのだ。特に生死を分かつような状況に置かれる経験は、しているとしていないとで兵としての質に歴然たる差をもたらす。その差は際どい戦の中で、より多くの兵の命を救うことになる。


 ビュートライドでの戦を始めとした数々の経験で、士会はそのことを如実に感じていた。


「アルバスト殿、小競り合い終わりました」


 士会とバリアレスはいつものように、ハクロの天守閣にあるアルバストの執務室に来ていた。瑚笠、純陽の率いる柳礫軍との戦闘の報告のためだ。


「ああ、ご苦労ご苦労。それでどうだった? 今日は負けたかい?」

「いえ、勝ちましたよ」


 そう返すと、ハクロの守将、アルバストは舌打ちを鳴らした。


「ちえっ、外したか。この、辺境に咲く大輪の花たる僕ともあろう者が……」

「舌打ちは優雅さに欠けますよ、アルバスト殿」

「おっと、これは僕としたことが。失礼」

「はっは、よかったよかった。信じていたよ、二人共」


 代わりに、ハクロの街宰(がいさい)の、レゼルが笑いかけてきた。ちょうど、アルバストの使っている部屋に来ていたのだ。


「いい加減、俺らの勝ち負けで賭けるのはやめてくださいよ。あとアルバスト殿、その枕詞なんか意味あるんですか」


 というか、曲がりなりにも戦を終えて帰って来た部下に対する将軍の第一声が、「負けたか?」というのはどうなのだろう。


「かっこいいだろう? というか、賭けになるくらい勝ったり負けたりするから悪いのだよ。勝ち続ければ、賭けも成立しなくなる。僕が出れば、君たちは僕に入れざるを得ないだろう?」

「そんなことをすれば、向こうも林天詞が出てくるだろうが。結局変わらんよ」

「というか、最近は勝ち越してますって! 明らかに!」


 レゼルが冷静にたしなめ、バリアレスがここぞとばかりに声を上げた。しかしバリアレスの勢いは、アルバストの言によって止められる。


「そりゃ、向こうが純陽の育成に乗り出してきたからだろう? 新米相手に勝ち越したって、自慢にはならないよ。大体、聞くところによれば、騎鴕戦はほぼ負けだったじゃないか」

「うっ」

「まあ、そろそろ賭けは潮時かもしれんがね」


 純陽は最近柳礫に加わった若い指揮官で、腕もまだまだ未熟だ。瑚笠と同じく、林天詞が引き上げたらしい。今のところ、彼とやって負ける気はしないが、成長すればどうなるかわからない。自分もバリアレスも、この数ヶ月で凄まじい急成長を遂げたのだ。


 バリアレスと瑚笠の実力はほぼ拮抗しており、騎鴕戦の行く末はいつも読めない。


「それじゃ、俺は開夜(かいや)のところへ行ってきます」


 開夜は士会に懐いている巨鳥の雛のことだ。雛といっても、既に士会の背丈を軽く超えている。ちょうど戦鴕と同じくらいの大きさだ。名前は夕暮れ時に甲高い声で鳴くことから、士会が付けた。


「そういやあいつの訓練、そろそろ仕上がる頃か?」

「ああ。まだ集団行動はやらせてないけど、一通り走らせることはできるようになった」

「ほう、そりゃ見ものだな。よし、俺も行こう」


 成長に合わせて、開夜も他の戦鴕と同様に、厩舎(きゅうしゃ)で暮らすようになった。ここではハクロ軍の戦鴕がまとめて飼育されている。実はすぐ前に、自分の戦鴕の世話で来たばかりだ。戦の報告があったため、二度手間になってしまった。


 辺りは薄暗くなりかけている。いつもの餌の時間よりも少し遅い。腹を空かせているだろう。


 厩舎の端に、開夜の房はあった。士会を見ると、仕草と声で餌をねだってくる。


 開夜の前では、既に士会は見上げる側だった。


「これ、どこまででかくなるんだろうな」


 開夜はほぼ全身が、普通の鴕鳥(だちょう)と異なっていた。特徴的なのが首から上で、他の鴕鳥に比べ明らかにごつい。嘴も羽毛の生えた首も極太で、頑丈な作りになっている。多分、肉食だからだろう。退化して体の割に小さい翼にも、鋭く尖った爪が付いており、士会は一度ひっかかれてから警戒している。大きくなった今では、この翼の爪も凶器だろう。


「わかんねえ。降聖島(こうせいとう)の鳥なんて、前例がないからな。よくここまで育ったもんだ」


 開夜の成長は凄まじい速さで、たった一年足らずでこの大きさに育っていた。士会には開夜が小さくて可愛らしかった頃が、昨日のことのように感じられる。


「とりあえず、鴕鳥じゃないことだけは確かかな……」


 この世界の鴕鳥は品種改良されて少々姿形が変わっているとはいえ、士会の知る鴕鳥の枠をはみ出してはいない。しかし開夜の風貌は、鳥に詳しくない士会の目からしても、明らかに鴕鳥とは別種のものだ。恐竜と言われた方が、まだ納得できるかもしれない。


「まあ、神の使者様が乗るにはいいんじゃないか? 神々しくて」

「物々しいの間違いだろ」


 とはいえ戦鴕として乗るつもりなので、物騒でも問題があるわけではない。


 安全のため片手に皮の手袋をつけていると、甘えるようにして首を出してきたので、白い羽毛の生えた首筋を軽く撫でてやる。それから持ってきた桶から肉塊を取り出し、手で直接食わせてやった。


 巨鳥は肉塊にがぶりと食らいつき、引きちぎるように豪快に上を向いて、がつがつと飲み込んだ。そしてこちらを向き、またねだってくる。既に慣れっこの士会は、一つ目を食べている間に次を用意してあり、同じ要領でまた与えた。


 この、食らいついてこちらが肉から手を離す瞬間が、士会にとっての勝負となる。油断していると手ごと食いちぎられそうなのだ。小さい時はまだ良かったが、最近の給餌(きゅうじ)は緊張感を伴うものとなっていた。


 実は肉を足元に置いてやっても、食べることは食べる。しかしどうも不満があるらしく、嘴で肉を士会の方に押しやる仕草を見せたり、低く短く鳴きながら士会を見てきたりするのだ。一応は親代わりという自覚もあるので、仕方なく士会は片腕を賭けた給餌を毎日朝夕続けている。


 ちなみに肉ならなんでも食べた。今やっているのは豚肉だが、鹿や兎、猪に牛の日もある。さらには鶏肉、そして鴕肉すら食べさせている。鳥に鳥を食べさせるのはしのびない、と始めは思ったものの、人が牛や豚を食べるのと大差ないと気づいてからは、気にするのを止めた。


「よし、じゃ早速」


 鴕具を付け終わって厩舎から開夜を出し、士会はそのまま飛び乗った。嫌がることもなく開夜は、強靭(きょうじん)な脚で立っている。


「ほう、様になってるじゃないか」

「どうしたバリアレス。顔が引きつってるぞ」


 言いながらも後ずさりしたバリアレスを見て、士会はにやりと笑った。


「いや、正直ここまでとは思わなかった。これは……怖え」


 真正面から見た開夜の威圧感は、通常の戦鴕の比ではない。士会はもう慣れたものの、初めて目の前に立ったバリアレスには衝撃を与えられたようだ。


 バリアレスから怖いという言葉を引き出せて、士会は満足した。


「こいつが先頭で突っ込んできたら半端ない圧力だな。初見の相手なら無双できるぞ」

「これまでも要所で俺が突っ込むことがあったが、これからはさらなる威力が期待できるな」

「お前歩兵の指揮官だろ? それでいいのか?」

「いいんだ。そういうやり方が、肌に合ってる」

「今はいいが、指揮する数が増えるとそうも言ってられんぞ」

「まあ、その時はその時だ」


 既に士会は、率いている千の兵を手足のように扱えるようになっていた。鍛え上げ、寝食を共にした自慢の精兵である。


「ところで士会、アルバスト殿には見せたのか」

「いや、まだだ。それなりに大きくなってることは知ってるだろうけど」

「ほうほう……おい士会、今月末の模擬戦まで、こいつのことは秘密だ」


 毎月末には、アルバストとの実戦形式の調練が行われていた。今のところ、士会とバリアレスは全敗している。そろそろ一矢報いておきたいところだ。


「何? いや、まだ集団で動く訓練とかしないといけないし無理だろ。隠し切れん」

「そこはそれ、秘策を練っているから見せられないとでも言っとけば問題ねえって。面白がって放置してくれるから」

「……それは、確かに」


 何せ、部下の戦の勝敗で賭け事を行う人である。せいぜい無欠なるこの僕を楽しませてくれたまえ、などと言われるのが容易に想像できる。


「ということは、俺はこいつの調練を二週間で済ませなきゃいけないわけか。マジか」

「マジだ。大丈夫だ、生まれた頃からの付き合いだろ? 絆の力でなんとかなるって」

「なるかなあ……」


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