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異世剣聖  作者: 鷹武手譲介
第一部 異国からの脱出
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鷺袖の戦闘1

しばらく場面が飛びます

 血飛沫(ちしぶき)。砂煙。怒号。

 それら全てが一つになり、まとめて空に上がっていく。

 その様子は、ウィングローにとっては見慣れたものだった。戦場というものを、肌で感じる。


 南北に街道が通る、山中の平原。そこで二つの軍勢が、ぶつかり合いを繰り広げていた。

 鷺と袖の戦だ。ウィングローは、鷺側の総大将だった。相手は一万、こちらは一万五千。ただ、敵にまだ動いていない兵力があるので、三千は待機させている。


 赤い「袖」の旗と、「歴」の旗。それに向かって、騎鴕隊(きだたい)を突っ込ませた。

 将首を取るには至らない。しかし、明らかに敵陣に動揺が走っていた。頃合を見て、反転させる。


「押せ」


 合図を出すまでもなく、歩兵が押しに押しまくっていた。一気に、中央の敵陣が崩れる。それに引きずられ、他もばらけるように潰走(かいそう)した。


関火陵(かんかりょう)、バリアレス。平原際まで追撃」


 伝令の復唱を聞きながら、ウィングローは潰走する敵を冷静に見極めていた。

 崩れはしたが、どこか空々しい。誘いだろう。それでも、討てるだけは討っておく。


「ロードライト、お前はバリアレスについて行ってくれ。念のためだ」


 ウィングローに次ぐこの軍の指揮官、ロードライトが苦笑しながら、一騎で駆け去っていく。


 残りの兵は二里下げ、陣を組ませた。

 各将校たちから、犠牲の報告が上がってくる。おそらく、百を行くか行かないかくらいだろう。こちらは、この追撃を合わせて、七、八百は討てるはずだ。

 見張りを割り振り、残りには休息を命じた。そのすぐ後に、鹵獲(ろかく)した戦鴕(せんだ)の報告が上がってきた。百十。質も悪くない。


 まだ、自身と麾下(きか)百五十騎の臨戦態勢は解いていない。周囲はともかくとして、追撃隊が帰ってくるまでは、自分とその手足として動く麾下は戦中にあると考えることにしていた。猛禽(もうきん)(かたど)った、ファルセリア家の家紋を中央に描いた灰旗が大きくはためいている。隣には、同色の「鷺」の旗も翻っていた。


 二十分ほどして、関火陵とバリアレスが帰還した。労いの声をかけつつ、休息を命じようとして、バリアレスの腹立たし気な顔が目に入った。その後ろに、素知らぬ顔でロードライトが控えている。


「どうした、バリアレス。言いたいことがあるなら言ってみろ」


 バリアレスは弾かれたように顔を上げ、口を開いた。


「父上! 今すぐ追撃を再開すべきです! 今ならまだ間に合う! 再起不能になるまで、ここで叩いておくべきだ!」


 勢いよく投げかけられる言葉に、ウィングローは嘆息した。予想の範疇(はんちゅう)ではあったが、やはり自分の息子は、その程度の見方しか出来ていなかったようだ。


「口を改めろ。今はお前の父親ではなく、上官としてここにいる」

「……わかりました、元帥。おそれながら、追撃を再開すべき、と進言します」

「却下だな。理由はいくつかあるが、皆疲れているし、一つだけにしておこう。バリアレス、敵軍の総数は聞いているな?」

「はい。柳礫軍と合わせて、一万八千に膨れ上がったはずです」


 それがどうかしたのか、とでも続きそうな口調だった。


「その内、砦の守兵に多く見て五千としても、残りは一万三千。しかし先ほど戦った軍は、せいぜい一万と少しくらいだろう。三千足りん。ロードライト、どう見る」

「埋伏。おそらく、山中に我々を引き込んで、山に伏せていた兵と退却中の兵とで三方を囲み、反撃するつもりだったのでしょう。下手をすると、全滅もありえます」


 急に水を向けても一切動じず、流れるようにロードライトは答えた。対してバリアレスは、さっと顔を青ざめさせている。


「そういうことだ。他に何もないなら、さっさと兵を休めてこい。他の者も、随時休息に入れ」


 バリアレス含め、追撃を行っていた隊が駆け去っていく。それを見送りながら、ウィングローは再び大きく息を吐いた。


「あの分だと、相手方の動きが妙だったことにも気づいてないのであろうな」


 先刻の戦を思い返してみる。開戦直後からこちらの軍が優勢であり、常に押していた。ここ、広大な原野という兵力差を生かしやすい場で、より多勢を率いている。用兵もこちらに分があった。となると、当然一方的な戦になる。


 しかし、そもそも仕掛けてきたのは向こう側だったのだ。寡兵で突っ込んできて、以降守りを固め、犠牲の軽減を優先していた。時折攻めの姿勢を見せてはいたが、形だけであり誘っても乗ってこない。手合わせした限り、敵の指揮官が無能というわけでもなさそうだった。旗からして歴燈(れきとう)という(けい)だが、そう悪い話も聞かない。無能な指揮官であったら、ひと押しで潰走させられたはずだ。だから、岩の方々にひびを入れるように少しずつ崩し、最後に強い一撃を入れて、一気に潰走させた。


「まあ、まだ若いですし、これからの伸びに期待しましょう。突破力には目を見張るものがあります。引くことを覚えれば、大きく育つでしょう」


 そもそもこの戦は本来、多くて千同士のよくある小競り合いだったのだ。仲の悪い二国の間で、絶えず国境線の位置に端を発する小規模なぶつかり合いはあった。もっとも、そのくらいの衝突は、どこの国でも抱えていたりする。


 それが、突如春楼(しゅんろう)という若い将校が、万を超える軍を率いて中央から進軍してきた。それを受けて、自分に出撃命令が下り、こちらも迎撃のために国境まで出てきたのだ。

 とはいえ、こちらの城を落とし、腰を据えて侵攻するには兵が少ない。結局のところ、できることは野戦であり、規模の大小こそあれ今までと同じだ。正直、こんな辺境の小競り合いの延長など、軍の中核を担う自分の出る幕ではないように思われた。


 しかし、命令は命令だった。武官たる自分が、政治に口を出すのもはばかられる。そのため、文官達の腰の引けようにため息をつきながらも、ウィングローはここまで進軍してきたのだった。

 もっとも、こんなことは今回に限ったことではない。五千を超えるような規模の戦になると、必ず自分に命令が下る。この戦の時も、またか、としか思わなかった。


「とかく、勢いに乗れば強いのだがな。どうも調子に乗る癖がある。あれではそう遠くない未来、あっさりと討たれるだろう」

「そんなものですかね。案外、何度か死線をくぐり抜けるうち、いつの間にか成長しているのではないですか。少なくとも、私はそうでしたよ」

「それならそれでいいのだが。自分の息子となると、やはり難しい。厳しく育てたいが、死なれたら困る。死なばそれまで、と割り切ることも、ここまで来るとできん。以前のこともあるしな」


 ウィングローの言を聞き、ロードライトは少ししんみりした顔を見せる。しかしすぐに、おかしそうに笑った。


「元帥も人の親、ということですか。なんだか親近感が湧きましたよ」


 三十年以上指揮下にいて、親近感も何もと思ったが、ウィングローが言い返す前にロードライトは駆け去ってしまっていた。今は自分の指揮下の将校と笑い合っている。

 やり場のない言葉を息として吐き、自分も休息に入ることにした。少し考え事がしたかったので、あえて麾下の兵達から離れた。


戦場での相棒、愛鴕(あいだ)ハーストから降り、手綱を引いて草場へと促す。兵達が具足を傍に置いて談笑する中、ウィングローはハーストの怪我の有無を調べつつ歩いた。彼の気に入ったところで、草を食ませる。かすり傷だけで、鴕医者に見せなければならないものはなかった。


 天下において、鴕鳥(だちょう)は重要な家畜だった。荷物を載せたり車を引いたりと交通の面ではもちろん、戦場での機動力としての役割も担っている。そのため、持久力や馬力、大きさなど、様々な特徴を備えた品種が生み出されていた。

 戦場を駆けることを使命づけられた戦鴕は、人を乗せることのできる大きさと、長く戦場を走ることのできる持久力を兼ね備えていた。その代わり、最高速度はそこまで速くない。


 ウィングロー指揮下の軍では、必ず自身が休む前に自分で戦鴕の世話をする。それはこの集団の頂点に位置するウィングロー自身も例外ではない。


 ウィングローは、元帥として軍の頂点に位置しており、将軍たちを束ねる立場にいた。武官としては、位を極めたと言える。当然、発言の重みも増していた。それは、ともすれば武官でありながら政に大きな影響力を持つ、ということになりかねない。今回は、戦に当たる指揮官について口を挟むかかなり悩んだが、結局思いとどまった。可能な限り、武官が政治に干渉する例は作りたくない。既に歪みが生じている政治が、さらに歪むことになるのだ。


 そろそろ満足か、と手綱を引くと、ハーストはおもむろにその首を持ち上げた。上に乗ろうとウィングローが背に手をかけたところで、兵が一人駆けてきた。何か急を要する事態でも起きたのか。(いぶか)しげにそちらに目を向ける。


「元帥! お伝えしたいことが!」


 ウィングローの前で伝令は戦鴕から降りた。その顔には、困惑の表情が見て取れる。


「どうした」

「殿下の使者と申す者が、到着しております。何やら重要な事柄をお伝えしたいとのことで、元帥に面会を求めておりますが……」

「殿下の使者、だと?」


 無意識の内に、ウィングローは呟いていた。

 今、皇太子フィリムレーナは降聖島にいるはずだ。本土に戻ってきているとしても、エグレッタから都に直行するはず。こんな辺境に使者が来る道理は全くない。


「とりあえず、連れてきてくれ」

「了解しました」


 伝令が来た方向へと駆け去っていく。

 袖軍による罠、だろうか。しかし、仕掛けてくるにしては立て直しが早すぎる。

 実際に殿下の使者だったとして、何を伝えてくるのだろうか。貴人を迎えるため、綺麗に整列した軍を見せたい、というのは考えられる。しかし、敵の進軍が決定されたという急報が入ったのは、殿下が出立した三日後だ。既に海路についていた一行に、急遽出陣したこの軍の位置を知る術はないはずである。


 いくつもの状況を想像していると、十人ほどが戻ってきた。中央の戦鴕の後ろ側に乗せられた、凄絶な形相をした男が使者と名乗る者だろう。具足はつけていない。服はあちこちが破れており、体も泥にまみれている。目の光だけが狂気を湛えたかのようにぎらついていた。戦の中でもたまに見る、極限状態にあるらしい。

 体力も限界に近いらしく、戦鴕から降りた後も両脇を二人に支えられていた。しかし最後の意地、とばかりに身をよじり、振り払い、ひざまずく。


「これを……」


 手渡されたのは書簡だった。封蝋(ふうろう)押印(おういん)されているのは、紛れもなく蓮月家の家紋。受け取り、慎重に開いてウィングローは中を読む。次第にその顔に玉汗が増え、書簡をつかむ手に力がこもり、その目は見開かれていく。

 読み終えた瞬間、ウィングローは叫んだ。


「全軍に通達! 直ちに臨戦態勢を整え、平原際まで進軍!」


 誰を送り込むか。それはすぐに決まった。

 バリアレスに、行かせよう。自分の息子だからと、贔屓目(ひいきめ)に見ているわけではない。バリアレスは、戦場での判断には、まだ多くの難がある。未熟さも目に付く。しかし、まっすぐに突き進むことにかけては、これは、というものを持っている。判断も、その正否はともかくとして、速い。そして、騎鴕隊の指揮官である。総じて、急を要する殿下の救出作戦には、適任と言えた。


 降って湧いたように現れた鷺国の窮状を、兵にまで知らせるかどうか考える傍で、ひざまずいた使者が力尽き、音もなく崩れ落ちた。


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