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異世剣聖  作者: 鷹武手譲介
第三部 鍛錬の日々
58/113

決戦1

「就寝中に失礼します!」


 明け方。バリアレスは伝令の声で目を覚ました。


「……なんだ」


 起き抜けで、頭が回っていない。そのことを自覚していたものの、伝令の内容で眠気は一気に吹き飛んだ。


「砦から一斉に敵兵が出て、一直線にこちらに向かっています! 数は七百強!」


 急速に脳が回転を始める。七百ということは、おそらく全軍だ。


 決戦を挑んできた。バリアレスはそれを、理性というより感覚で感じ取った。


「よし来た戦だ! 全員叩き起こせ!」

「既に起こし始めております。すぐに戦闘準備も整うかと」

「さすが俺の軍。じゃあ次は士会を」

「ここにいる。お前が起きるのが遅いんだ」


 天幕の入り口から士会が顔をのぞかせた。既に戦装束を身に纏っている。


「単にお前の方が先に伝令を受けただけだろ。偉そうに言うな」


 最高司令官の士会がバリアレスより先に伝令を受けているのは当然のことだ。嫌味を言われる謂れはない。


「それで、迎撃するわけだが」

「ああ。突っ込んできてくれたら儲けものだな。もう既に、奇襲にはなり得ない」


 砦とこの陣営との間には、何箇所にも渡って斥候を置いており、砦から敵が出てきたら即座にこちらに伝わるようにしてあった。伝令には特に短距離を早く駆けることに長けた戦鴕を持たせてあり、敵に遅れを取ることはまずない。


 天幕には、既にバリアレスと士会の部下も集まってきていた。ひとまず、ここが軍議の場所となる。


 伝令は定期的に天幕に入ってきて、敵の位置を報告してきていた。敵は急いでいるようだが、騎鴕隊を先行させたりはしていない。歩兵の後ろにつけて、歩調を合わせている。


 バリアレスたちは小高い丘の上に布陣しており、持ち込んだ木の柵などで簡単な防御を施してある。それでも、十分に臨戦態勢を整えた上でなら、守勢に回ればこちらが有利だ。


 そしてその準備は、ほぼ整いつつある。敵が急いだところで、今の速度では全く間に合わない。


 バリアレスたちは士会の天幕に移動した。バリアレスのところでは、丘の裏で敵が来るのが直接目視できなかったのだ。


「来た」


 敵はこちらが完全に防御の準備を完了させているのを見て、足を止めた。丘からはまだ距離がある。昇り始めた朝日が、丈の低い草原に並ぶ敵を背から照らしていた。


「報告通り、七百五十くらいか。ここからだと、いい感じに見えるな」

「奥のが騎鴕隊か。あれ、二つに分かれてないか?」

「俺にもそう見える。百騎ぐらいだから、倍増してるな」


 以前野戦で対面した時、敵の騎鴕隊は一隊だけだった。歩兵と非常に上手く連携され、兵自体に力量差があるにも関わらず翻弄されかけた。


 あれだけの力を持った騎鴕隊がもう一隊あるのだとしたら、侮れない。


「攻めてこないな」

「しばらく様子を見よう。正直、こんなに早く出てきたこと自体意外すぎて戸惑ってる」


 報告では、全ての食糧を燃やし切ることは出来なかったとのことだった。だからそれで食いつなぎつつ、どうするか考えて、最終的に砦から出てくるだろう、というのが士会と立てた予想だった。今はまだ、食糧を焼いてから三日しか経っていない。


 しばらくにらみ合っていると、風に乗って敵の声が響いてきた。


「これは……」

「ああ、よくあるやつだ。挑発だな」


 陣地にこもった敵を引きずり出す常套手段として、軍全体で罵声を浴びせるというのがある。やられると兵が苛立つし、場合によっては指揮官が冷静さを失うなど、それなりに効果があるのだと、父が言っていた。


 そう伝えると、なるほどなあ、と士会は他人事のようにつぶやいた。


「なあ、バリアレス。これ、砦に残ってると思うか?」


 生返事に近かったのは、どうやら別の考え事をしていたからのようだ。


「七百五十か……最初の報告じゃ五百で、そこからある程度増えたが、この前の野戦で少し減ったはずだから……。いや、余剰戦力はなさそうだな。埋伏もなさげだし、砦もがら空きなんじゃないか?」

「そうだよな。これは、使えるかもしれない。主に、お前が」


 少しバリアレスは考えて、すぐに思い当たった。確かにこれは利用できる。


「確かにな。使えるものは、存分に使わせてもらうぜ」


 捕食者のような獰猛な笑みを見せて、バリアレスはうなずいた。


「ところで士会。当然突撃するよな?」

「バンザイアタックみたいで嫌な言い方だけど、そうだな。俺たちの目的はあいつらを叩くことだし、ここで戦わない手はない。ただ、もうしばらくこのまま待とうと思う」

「なんでだよ? やるならとっととやろうぜ。言われっぱなしじゃ士気にも関わる」

「眩しいから」

「はあ?」


 間抜けな声を出してしまったバリアレスだったが、太陽の方を見て目を細め、気づいた。


 敵の位置はこちらから見ると、昇り始めた朝日の強烈な光を浴びて、完全に逆光になっている。縦横無尽に戦う騎鴕隊はまだしも、単純にぶつかり合う歩兵では、目が眩むというだけでも戦況に影響を与えかねない。


「なるほど、あれがしばらく昇ったら、開戦てことか」

「ああ。悪いがそれまでは、あそこで声を枯らしながら待っててもらおう」


 陽光とともに差し込んでくる喚き声も、疲れさせていると思えば心地よく感じてくる。


 眼下に居並ぶ軍勢を見ながら、バリアレスは朝の風に吹かれていた。


                    ※


「さすがに、そう甘くはないですね」


 整然と隊列を組んで陣地から出てくる敵の軍勢を見ながら、ピオレスタは独りごちた。


 曙光を利用して優位に立とうとしたのだが、こちらの挑発にも敵はびくともしなかった。狙いを読まれていたということでもあるし、兵をしっかり掌握している証左でもある。


 日が昇り、気温は上がってきている。風はない。敵が掲げる「鷺」の旗は、だらりと垂れ下がっていた。


 移動の間も、隙のないよう陣を組んでいる。騎鴕隊でつっかければ即座に敵の騎鴕隊も反応するだろうし、このままぶつかるしかなさそうだ。数ではこちらが優っているが、中には新兵に近い者も混じっている。質では大きく劣ると言っていい。


 勝てるとしたら、数を生かした消耗戦に持ち込み、押し込むしかない。こちらも大きな痛手はまぬがれないだろう。それでも、ここで戦い、勝つしか活路はない。皮肉にも味方に追い詰められたものの、おかげで士気は高かった。神の使者などと呼ばれる敵将士会と干戈を交えることにも、今は忌避感を感じていないようだ。


 ピオレスタは、鶴翼に近い形で陣を展開させた。ただ、左右対称ではない。右翼にいるリロウは、兵となってまだ日の浅い者を多く率いており、こちらは引き気味に構えるよう伝えている。そのため、そこだけは翼のような伸びた陣形は取らず、鱗のように密集した集団をいくつも作る魚鱗の陣に近い形を取っていた。


 精鋭は大将となる自分のいる中軍と、左翼に集中させている。中軍と右翼が消耗戦を行いながら耐え、左翼が押し込んで側面攻撃まで持っていければ、勝ちが見えてくる。


 もっともこれは歩兵だけの話だ。ベルゼルとペリアスがそれぞれ率いる騎鴕隊と、敵将バリアレスの騎鴕隊との騎鴕戦の帰趨も関わってくるし、騎鴕隊が歩兵の戦場に介入してくる時もあるだろう。戦場は常に流動的であり、そうそう計画通り進むものではない。


 接敵する寸前、騎鴕隊が動いた。ベルゼルが右、ペリアスが左から、回り込むようにして歩兵の前方に出る。


 敵の軍がいきなり割れ、中から敵の騎鴕隊も出てきた。灰地に赤で描かれた猛禽の紋章旗。バリアレス・ファルセリアの騎鴕隊だ。数は百騎。こちらはベルゼルとペリアスが五十騎ずつ率いているので、ほぼ同数となる。


 次の瞬間、バリアレスの騎鴕隊が急加速し、ベルゼルを無視してペリアスの騎鴕隊へと襲いかかった。ペリアスは隊を二分していなそうとするが、いなしきれていない。数騎が落とされ、そのままバリアレスは突っ切ってこちらの左翼へと向かったが、リロウが既に鴕止めの柵を準備し終わっているのを見て、すぐにあきらめ、反転した。


 その間にペリアスとベルゼルは一旦合流していた。二隊に分けて敵を翻弄するつもりだったのだが、まだ連携できる距離まで近づいていないのを見抜かれたのだろう。


 それにしても、バリアレスの騎鴕隊は凄まじく速い。ベルゼルも必死に追いすがって介入しようとしたが、間に合わずペリアスの隊に犠牲が出た。この速度差は、言い争いの時にベルゼルが言及していた戦鴕の質の差だ。これを指揮官の腕で補わなければならない。


 ひとまず二隊は等距離を保ちつつ、歩兵の近くにつきまとうように動くことにしたようだ。それでいい。一歩間違えば歩兵への突撃を許すが、上手く連携していればそうそう突破されることはない。特にベルゼルは、こういう歩兵の圧力を利用した戦法を得意としている。バリアレスといえども、そう容易く崩せはしないはずだ。


 歩兵同士のぶつかり合いも始まった。左翼は予定通り引き気味に構え、さらに近くをめまぐるしく行き来する騎鴕隊への圧力を兼ねている。リロウ、ベルゼル、ペリアスの三人が連携して、騎鴕戦及び左方戦線を膠着に持って行っている形だ。


 つまり、おおよそ思い描いた通りに戦は進んでいる。ここから先は、自分が数を活かして敵の歩兵を崩さなければならない。


 数で劣る敵は広がらず、密集陣形を取っていた。しかしこちらの右翼が側面を突こうと前に出ると、一塊が対応してくる。そう簡単に回り込ませてはくれないようだ。


「ですが、これはこれでいい形ですね」


 鴕上から戦況を望みつつ、ピオレスタはまた一人で呟いた。今、戦線はどこも膠着しているが、場所により異なる形を呈している。騎鴕隊と左翼における戦線は、互いに犠牲を出さずに相手をいなし続ける戦いだが、歩兵同士のぶつかり合いは違う。剣戟が交わり、じりじりと兵数を磨り減らす消耗戦に近い戦いになっており、数の多いこちらの方が有利だ。


 だからこそ、敵は早めに打開しようと手を打ってくるだろう。そう思い、ピオレスタは敵将の動きに特に注意を向けていた。前と同じように突撃してくるようなら、今度は包囲して逃がさず、首を取る。


 一つ気になることがあるとすれば、敵の騎鴕隊の位置だろう。目まぐるしくこちらの騎鴕隊と応戦しながら、歩兵の裏側に回られた。形だけ見れば、挟み撃ちを受けている。一度均衡が崩れれば、騎鴕隊の圧力で一気に潰走まで持っていかれるだろう。しかし、こちらの騎鴕隊が上手くあしらっている限り、敵の歩兵と騎鴕隊とを分断し、連携させないようにしているとも取れる。危険はあるものの、やはり悪い形ではない。


 ピオレスタは手にした槍を一振りして短く持ち直し、士会の姿を強く見つめた。


                   ※


 士会の額には汗が滲んでいた。


 戦場の熱さによるものだけではない。不利な形で膠着した戦況を、打開出来ない焦りによるものが含まれている。


 遠くでバリアレスが駆け回っているが、上手くいなされ続けている。騎鴕隊同士では、まともにやり合う気はないようだった。それは、前回の遭遇戦と変わらない。


 ならば自分が動いて状況を打開できるかというと、そう甘くはなさそうだった。敵将は明らかに自分の動きを警戒している。同じ手が何度も通じる相手とも思えない。


 おおよその戦力の分析は終わった。敵は三つの隊に分かれており、向かって右と中央に精兵が集中している。特に右側の圧力が強く、じりじりと押されて回り込まれそうだった。そうなると二方向から攻撃されることになり、決定的に不利になる。左側は弱兵なのだが、指揮官が優秀なのだろう、柵を構えて防御に専念しており、なかなか崩せない。


 それでも、この戦いで鍵を握るのはあの弱兵の部分だろう。だからこそ、バリアレスも執拗に左側を攻める形を見せている。前後からの攻めに、徐々にだが揺らぎが見え始めていた。ただ、それはまだまだわずかなものだ。


 左回りに回転する形で、互いに攻め手を探っている。


 その間も時は止まらない。兵力差を練度の差で埋めてなんとか拮抗していたものの、押され方は次第に酷くなってきた。


 早めに勝負に出る必要がある。でなければ、反撃する機会すら与えられず敗北してしまう。


 日が高く昇ってきた。


 今の位置だと、士会の軍は緩やかな坂の上に位置している。これは一つ、有利な点だ。坂を下る勢いで、かさにかかって攻められることはない。こちらが攻めに回る時は、勢いをつけて逆落としをかけられる。


 敵の右翼が少し、綻びを見せた。すぐに繕ったものの、士会の目はそれを見逃さなかった。やるならここだ。ここしかない。だが、防御をかなぐり捨てることになる。


 一瞬の後、士会は腹を決めた。


「白約に伝令。あと一時間、なんとか俺らだけで持ちこたえる。その間に、敵の右翼を崩し切る」


 まずは押されている白約に、方針を伝えた。続いてバリアレスとも連絡を取る。


「バリアレスに伝令。あれを使う。タイミングを合わせてこっちも動く。頼むぞ」


 土煙の中を駆けていく伝令の背を見つつ、士会は額の汗を拭った。


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