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異世剣聖  作者: 鷹武手譲介
第三部 鍛錬の日々
57/113

砦内不和

 上がってきた報告に、ピオレスタは表情をこわばらせた。


 報告を持ってきた兵の顔に不安げな色が浮かぶ。それに気づき、ピオレスタはすぐに表情を和らげ、部屋から出るように言った。


 居室に一人残されたピオレスタの顔は、すぐさま険しいものに戻った。無意識に拳がぐっと握られる。


 しくじった。噂というのは恐ろしいもので、食糧事情が厳しいことはすぐに兵たちに伝わるだろう。それも頭領の表情が変わった、という煽り付きで。頭領である自分の動揺は、そのまま砦そのものの動揺となりかねない。どんなに追い詰められた状況でも、自分は泰然と構えているべきだった。


 迷ったが、すぐに幹部を堂に集めた。また良からぬ噂が人の口に上るかもしれないが、こうなった以上速やかに対処するのが最善だろう。


「頭領。残った食糧は……」


 駆けつけてきたリロウは、深刻な面持ちで聞いてきた。いつ見ても戦とは無縁そうな顔をしているが、軍歴は長い。ここで反乱に加わる前は、鷺の地方軍で隊長を務めていた。


「引き伸ばしてひと月、といったところですね。脱走者が出ることも覚悟すれば、もう少し伸ばせるかもしれませんが」

「普通に食べていれば、半月も持ちそうにないですな、それは」

「半月……」


 ベルゼルの言葉に、リロウとペリアスが絶句している。


 昨夜行われた戦闘は、こちらの完敗だった。


 ベルゼルの奇襲、それ自体はほぼ成功と言って良かった。退却時に反撃を受けたものの、抵抗せず兵を散らせ、さっさと闇の中に退いたおかげで、ほぼ全員が生還している。


 しかし同時に、どこからか侵入していた敵に兵糧庫を焼かれてしまった。少しでも奇襲での混乱を深めるため、山の上から声を上げさせたりもしたが、そのせいで砦の中は手薄だった上、慌ただしくなっていた。つまり、敵の攻勢はただの陽動で、本命は兵糧への攻撃だったわけだ。それを見抜けず、まんまと敵の策にはまってしまった。これは、全体を見なければならないピオレスタの落ち度だ。


 加えて、砦に向かって駆けてきたペリアスの隊も、敵の騎鴕隊と交戦した。こちらは見事に蹴散らされ、犠牲もかなり出している。砦の方角から火の手が上がっているのを見て、砦そのものが攻められ、落ちかかっている可能性があると判断し、なりふり構わず走ってきたのだ。


「ここまで食糧が少ないと、食いつなぐにも限度があります。皆さんと考えなければならないのは、これからの方針ですね」

「持久戦に引きずり込むのは、こちらに体力があることが前提ですもんね。打って出るしかないわけですか」

「いや、ペリアス。一応どこかから食糧を調達できるなら、まだ持久戦の道もある」

「そりゃそうですけど。そこまでするくらいなら、野戦で雌雄を決したほうがいいんじゃないですか」


 ペリアスがベルゼルに食ってかかった。元々ペリアスは、籠城することに対して批判的だった。遭遇戦になった時は砦で留守を預かっており、直接戦ってはいない。昨夜の戦闘では不覚を取ったものの、それはペリアスがとにかく砦へ急ぐことを優先したからでもある。敵を過大に見ている、と感じるのも無理はない。


 ペリアスは、今いる四人の中では一番若かった。顔立ちにもまだ幼さが残っており、紅の瞳には輝きがある。それゆえに、元気が空回りするようなところもあるが、指揮には光るものがあった。


 将来的には、自分よりずっと上手に兵を扱うようになるだろう、とピオレスタは思っていた。


「確か、まだ外に備蓄がありましたよね? それに、村々を回れば食糧を出してくれるかもしれません」


 一瞬険悪になりかけたところで、リロウがとりなすように口を挟んだ。


「まあ、以前に物資を置いてきた村なら、もしかしたら恵んでくれるところもあるかもしれないが……」

「備蓄はともかくとして、村からいただくのは論外ですね。我々はどう名乗っていようと、物乞いでもなければ、ましてや賊徒でもありません。反乱を起こしているのですから」


 ピオレスタにしては珍しく、反論は許さないという言い方だった。これは、この砦全体の方向性に関わることなのだ。譲ることはできない。


 少し気圧されたリロウを見て、ベルゼルがとりなすように発言した。


「こういう時の備蓄ですから、そっちに手を出すのはありですな。問題は、運ばせてもらえるかどうかですが」


 ベルゼルがリロウに視線を向けた。


「敵の脱出時に、裏手に降りる間道の方に逃げて行ったという報告が複数上がっています。少なくともあの間道は、敵に露見していると見て間違いないかと」

「ふむ。侵入経路もそこからですかね。あまり味方を疑いたくはないですし、素直にそうであってくれるといいのですが」


 外に対して警戒している中で砦内への侵入を許していた以上、敵に内通している者が身内にいる可能性も考えなくてはならない。仲間内に不信感の漂う組織など、容易く瓦解する。用心棒時代、対立の末に空中分解した集団をいくつも見てきた。特に篭城戦では、内部から崩されることのほうが多いくらいだ。


「奇襲で失った兵は三名でしたよね? ベルゼル殿」

「ああ」


 先程まで兵の掌握を行っていたリロウが、ベルゼルに確認を取っていた。


「兵の数を数えましたが、奇襲で出た犠牲を除いて変化はありませんでした。内通ではなく侵入で、間違いないと思います」


 それを聞いて、ピオレスタは少しだけほっとした。もちろん、常に敵の間者が潜んでいるかもしれない、というのは指揮官が頭に入れておくべきことだ。しかし、これだけの大被害を内通者によって受けたとなれば、砦全体に猜疑心が蔓延する。そうなれば、もう戦どころではなくなるだろう。


 まだ、戦える。


「となると、普段使っている間道は警戒するべきですかな」

「そうですね。二本ありますが、どちらも潰してしまいましょう。敵に把握された以上は、出入りするにも危険がつきまといますし」

「使っていない予備の間道がありましたよね。あれは、どうします」


 常用している間道の他に、第三の間道が準備してある。一度険しい尾根を登り、それから山の裏手に出る道だ。仕儀山に続く尾根は急な上に岩場が多く通れたものではないのだが、一本だけなんとか人一人通ることのできる程度の道がある。間道といっても露見しづらいよう、ほとんど人を入れていないので、手入れもあまり行き届いていない。相当に荒れている。


「備蓄に手を出すなり、別働隊を作るとしたら、あの間道を使います。ただし、一回きりですね」

「あの間道は、まだ敵には知られていない、ということですか」

「おそらくは。岩場や笹藪のせいで、我々が見ても道かどうか怪しい箇所が多いですからね。もちろん、念のため見張りは置きますが」

「一度使ったらバレたものとして扱うんですか? 少し慎重すぎではないですかね」


 人にしても物資にしても、まとまった量を出し入れするためには道は必須だ。その使用が大きく制限されると、こちらの動き自体が限定される。ペリアスの指摘は、別に軽率なわけではなく、的を得たものだ。


「ここは、慎重に慎重を重ねておきましょう。それに、方針次第ですが、これから間道を使う場面はそう多くありません」


 食糧の調達に行くにしても、敵中で物資を運ぶのに何度も往来するわけにはいかない。別働隊を外に出す分には、一回使えば十分だ。同時にやれば、一度で済む。


 しかし、籠城に徹するのか打って出て決戦を挑むのか。今後の方針をここで決めなければ、いつまでも次の手を打てないままだ。


「方針、ですか」

「ええ。今、ここで意思を統一します。それが、皆さんを集めた理由です」


 ピオレスタは真剣な目つきで三人の顔を見回した。


「確認しますが、我々の取り得る道は、なんとかして食糧を調達して籠城に持ち込み、あいつらを追い返す。もしくは野戦を挑んで撃破する。この二つに一つで良いのですな?」

「ええ。他に案があれば言ってください。私から提示できるのはこれだけです」


 リロウが少し考えこむ仕草を示した。話を整理しつつも、眼差しがまっすぐなベルゼルは既に答えを出しているらしい。ピオレスタ自身、どちらにするかは腹の内で決めた上で話を振っている。


 しかし、真っ先に声を上げたのはペリアスだった。


「当然、野戦で決戦でしょう! 問題はいつどこで挑むかですよね! ここらは俺らの庭みたいなもんですから、より有利に戦える場所を――」


 勢いよくまくし立てるペリアスだったが、周囲の渋い表情を見て言葉を止めた。


「あの。まさか」


 ピオレスタは、ちらりと目線をベルゼルに送った。自分が話すのは最後だ。最高司令官が先に意見を言ったら、それがそのまま決定事項として通ってしまいかねない。


 今はそれでも構わないが、常態化すれば組織として脆弱になっていく。


「俺は、立てこもる方がいいと思う。あいつらと正面切って戦うのは、危険すぎる」

「……ベルゼル殿に賛成します。いくら頼まれてとはいえ、管轄外の軍が長々と滞留できるとは思えません。砦の守り自体は硬いですし、ビュートライドの街宰の性格も合わせて考えると、まず間違いなく時を待てば向こうが勝手に帰ってくれると思います」


 もちろん、食糧を調達できるならという条件付きですが、とリロウは締めくくった。リロウはその出自から、官軍の内情にも通じている。


「ま、待ってくださいよ。いくらなんでもビビリ過ぎですって。ねえ、ピオレスタ殿?」

「……私も、二人と同じ意見です。彼らとのぶつかり合いは極力避け、砦での防衛戦で敵を磨り減らし、なんとか隙を作る。こちらが圧倒的に有利な状況を作った上でないと、打って出るべきではないと思います」

「――――――っ」


 ピオレスタが言葉を重ねるごとに、ペリアスの顔が赤くなっていった。


「どうしてですか! 今までは圧倒的な大軍相手でも、時には知恵を絞って、時には真っ向勝負で叩き潰してきたじゃないですか! 確かにハクロの軍は精強かもしれませんが、数はせいぜい同数か、むしろ勝ってるくらいです。俺たちだってやわな鍛え方はしていません。ここであいつらを叩き潰せば、俺たちは一気に飛躍できる!」

「勝てたらな」


 熱くまくし立てるペリアスに、ベルゼルがさっと水を差した。


「負ければそのまま壊滅、二度と立ち上がれない可能性もある。危ない賭けに出る場面じゃないだろう。それに俺たちが鍛えてるというが、はっきり言って兵の練度はあっちの方が上だぞ。数で優ってるっつっても、ほとんど使い物にならない新兵も混じってるしな」

「指揮についても同様です。不甲斐ない話ですが、若い彼らを前にして、指揮の実力はよくて拮抗と言っていいでしょう。それは、この前の戦を経験した全員が感じています」


 ベルゼルとリロウがうなずき、ベルゼルがピオレスタの後を引き取った。


「そうなると、軍としての地力が大きく響いてくる。兵の練度もそうだし、戦鴕の質もあいつらの方がいい上、質が揃っていて無駄がない」

「ですが! あいつらは所詮官軍です。士気はこちらの方が何倍も上ですよ! 第一、連中が延々と居座る可能性もあるじゃないですか。いつからうちの軍は、消極的で腑抜けた烏合の衆に成り下がったんです?」

「おい、ペリアス」


 リロウがとりなそうとしたが、遅かった。


「直接戦っていないお前に何がわかる! 今までの数だけ揃えた雑魚とは違う。俺やピオレスタ殿は、同数の勝負で実際に干戈を交えた上で、野戦での勝利は難しいと判断しているんだ!」


 ベルゼルが激高しているように見えるが、おそらくはわざとだろう。誰かが苦言を呈さなければならないところで、頭領の自分に口を出させることのないように、わざわざ恨まれ役を買ってくれているのだ。


「俺と新たに増えた騎鴕隊がいれば、ひっくり返せるかもしれないじゃないですか! 聞けば平原で陣を構えた真っ向勝負です、いくらでも状況は変えられます! まさかとは思いますが、恐れているのですか? ベルゼル殿」

「恐れていたら夜襲などやりはしない。お前こそ、騎鴕隊と言うが、先の戦闘で消耗したんじゃないか?」

「削られはしましたが、まだ戦闘はできますよ。それに、昨夜の俺の判断が間違っていたとも思いません。犠牲は出してしまったものの、本当に砦の危機だったのですから」


 両者にらみ合い、一歩も譲らない構えだった。間に入ろうとしてできず、リロウがあたふたとしている。ここを収めるのは、自分の仕事だろう。


「二人共、頭を冷やしてください。今はもう深夜で判断力も落ちていますし、戦闘の直後で興奮もしています。明日、もう一度招集をかけますから、その時に結論を出しましょう」


 両者沸騰し手がつけられなくなる前に、ピオレスタは強引に仕切り直した。解散、解散と急かしながら、自らも部屋を出て行く。仕方ない、といった様子で、言い争いを始めかけた二人も手を引いた。


 ペリアスの意見は、あくまでもこちらが出て行っての決戦ということなのだろう。確かに今までは、敵が多くとも地形や罠を駆使したり、時には正面から寡兵で打ち破ったりしてきた。しかしそれは、ピオレスタにとって、高い確率で勝てるという自信があってのことでもあった。何が起こるかわからないことが戦場ではあるものの、今回は正面切って戦って勝つ自信はない。隘路に誘い込んで罠にかけるなどの方法もあるが、彼らがこちらの軍に近づいていて来る時、非常に慎重に進んできた上、潰走を囮に使った埋伏も紙一重でかわされた。罠にも、そうそう容易くはまってくれる相手ではない。結局、待つだけで帰ってくれるなら、犠牲も出さずに済むその方法が一番いいと考えられた。


 しかし、唯一ハクロ軍とまともに戦っていないペリアスと、他の上級指揮官の間の溝は、予想以上に深かった。そのことは翌日、会議の再開を待たずして明らかとなる。




 翌朝、ピオレスタが起きたのは、いつもより少し遅かった。深夜の戦闘の末に会議を行っていたので、床についた時には既に空が白み始めていたのだ。他の三人も、今日は動き出しが遅いだろう。


 朝餉を食べ、砦の各部の防御の見回りに行こうとしたところで、言い争いが聞こえた。


 訂正。既に手が出ている。ベルゼルがペリアスの胸ぐらをつかんでいた。


「どういうつもりだてめえ!」

「どうしたもこうしたもないです。これが砦の皆の総意なんですよ」


 つかみ上げられているペリアスの目には、隈ができている。どうやら寝不足のようだった。


 口喧嘩で終わらせていない辺り、今日のベルゼルは本気で怒っているらしい。普段は穏やかな彼が怒りを見せるなど何事だろうと、ピオレスタは首を傾げていた。


 何にせよ、また昨日のようになっては意味がない。ましてや今日は、兵たちも通りかかりかねない位置である。早急に止めなければならない。


 ピオレスタはひとまず、強引に二人の間に割って入った。


「どうしたんです、ベルゼル。熱くなって、君らしくもない」

「こいつ、あの後夜通し兵のところを回ってたんですよ。寝てる兵も無理に起こして、今の状況も全部話して、自説ぶちまけては次のところ行って」

「それでも皆納得してくれたんですよ。抗戦したいってのが、兵たちの本音である証です」

「砦で防戦するのも、立派な抗戦だろう」

「そういう意味じゃないです。引きこもってばかりでじわじわ(なぶ)られるのを待つなんて、もう皆うんざりなんですよ」

「何のための砦だと思ってるんだ、苦境の時に耐え忍ぶためのものだろう」

「今がその苦境だと? 俺はまだ、まともには一戦も交えていないんですよ」


 割り込んだものの、言い争いはそのまま続いていた。


「二人とも、待ってください。結局のところ、今の状況はどうなんです」

「兵たちは皆、俺たちから打って出て勝負を挑むと思っていますよ。ほぼ、それ一色です。こいつのせいで」

「ここまでとは思わなかったですけどね。けど、兵たちも互角の戦い一回で後は防戦一方なんて、納得できるわけないじゃないですか」

「互角だと? じりじりと押され、鮮やかに崩されたあの戦いが?」

「落ち着いてください。兵たちからしてみれば、確かに互角と見えても仕方ないです。白兵戦の最中では、大局的な力の差は見えづらいでしょうから。とにかく、今は完全に抗戦の空気で固まっているのですね?」


 兵の間では、膠着している中で運も絡んで崩された、などと思われているのかもしれない。


 自分でそう言いながら、ピオレスタは先の敗戦について、兵たちと話し合っていないことに今更気付いた。ピオレスタとて普段なら、兵とちょっとした会話をすることはよくある。その方が、上意下達も下意上達も円滑に進むと考えているからだ。この前の戦は意外なことがあって驚いたとか、美味かった野戦料理の話とか、そんなことも普通に話していた。


 しかし今回ばかりは、なぜ負けたのか、なぜ負けたと思うか、言いもしなければ聞きもしなかった。あの敗戦についての話題を避けていた。意図的にではない。しかし無意識に、負けを引きずっていたところがあったのではないか。


 その結果が、これだ。


 ピオレスタの質問に、ベルゼルは渋々といった面持ちでうなずいた。


「……少し、時間をください。私も、自分自身で、兵たちの意見を聞いてきます。彼らの意思が決戦で固まってあるのであれば――仕方ないでしょう。実際に剣を取り、敵とぶつかるのは彼らなのですから」


 二人を引き剥がしながら、ピオレスタは目を閉じてそう言い終えた。


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