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異世剣聖  作者: 鷹武手譲介
第三部 鍛錬の日々
55/113

夜戦1

 ペリアスの寄越した兵が、四件の襲撃を成功させたと報告してきた。内三件はビュートライドの北方で、一件は街境を越え別の街の管区まで足を伸ばしている。


「さすがペリアス。そつがないですね」

「若いのにやりますなあ」


 ベルゼルは剣の手入れをしながら、ピオレスタの言に相槌を打った。


 砦にこもり始めてから、二週間が経過している。その間、砦の中の本隊はほとんど外に出ていなかった。さすがに調練は外で行っているが、見張りを多数立たせ、少しでも敵に動きがあれば砦の中へと退却し、臨戦態勢をとっている。練兵場も砦の中にあるが狭いし、順序立てた退却もまた訓練になるのだ。


「それにしても、向こうは腰を据えてきましたな。別働隊を潰しに行くでもなく、確実にこちらの守備をはがしてきている」


 百名足らずから成るペリアスの別働隊は、砦にこもると決めてすぐに間道を伝って出動させた。あまり人数を出し入れすると間道の位置を特定されかねないため、彼らは外部で暴れまわるのが仕事だ。補給は一部の物資を隠している山中の倉庫か、襲撃して奪ったもので間に合わせている。補給が厳しくなったら戻れと言い含めてあるが、今のところその兆しはない。


「無理な攻撃はせず、攻勢は準備が整ってから、ということでしょうね。こちらとしては、取られたくない手です」


 十日以上自発的な動きがなかったハクロ軍だったが、ここに来て行動を起こしていた。山中に仕掛けてある罠を、慎重に解除してきているのだ。吊り橋を一歩ずつ、綱が切れないか、踏み板は腐っていないか確かめながら進むように、犠牲を出さないことを最優先にしてじわじわと寄せてきている。その分、三日かけてほんの僅かな距離しか進んでいない。しかし追い払おうにも、機動力のある騎鴕隊が後方で構えているので、軽く散らす程度しかできない。


 真綿で首を絞めるとはこのことか、とベルゼルは感じていた。


「兵も不安がっています。時々、様子見がてら話しに行っているのですが」

「一気に攻め寄せてこない分、このまま罠が全て取り除かれたら、と想像が働いてしまいますからね……。何かしら、手を打つ必要がありますか」


 今のところ、尾根の先の見張り台の遥か下方でしか罠外しは行われていない。この速度なら、罠の解除だけで早くとも三月、ともすれば半年はかかる。しかし林の中なので、現状では矢などこちらからの遠距離攻撃は届かない。時の余裕はあるものの、対策のできないまま日々が過ぎていくのは、想像するだけでも憂鬱だった。


「……一度、奇襲をかけてみましょうか」

「奇襲、ですか。しかし、夜襲はできませんぜ」


 これまで、夜襲も考えなかったわけではない。しかし用心深いベルゼルは、毎夜必ず偵察を出していた。ハクロ軍は、今のところただの一夜も警戒を怠ってはいない。ビュートライド軍との小競り合いの中で夜襲も何度か行ったため、当然といえば当然だった。とはいえ、今までのように相手の驕りにつけ込むような戦い方はできないということだ。


「いえ。ペリアスに、もうひと踏ん張りしてもらいましょうかと」

「ペリアスに、ですか」


 つぶやくように言ったピオレスタに、ベルゼルは聞き返した。


「ペリアスから、これまでの襲撃で少しずつ戦鴕も確保できた、という報告がありました。今までよりも機動力を手にしています。敵の見張りの目の届かない位置で待ってもらい、我々が打って出るのと同時に全力でこっちに駆けてもらいましょう」

「なるほど。外に出している部隊の存在自体は把握されているかもしれませんが、それなら対応できないかもしれないですな」


 うまく立ち回れば、局地的に数で敵を上回ることができるかもしれない。一部でも大きく叩くことができれば、今後の展開はずっと楽になる。


「となると、打って出た直後は押し切らない方がいいでしょうな」

「ああ、そうですね。うまく耐えながら、敵を引き付けたほうがいいでしょう。できれば、挟撃に有利なところで」

「とりあえず、隊長たちを集めて意見も聞いてみますか」


 すぐに砦に散らばった隊長格の者たちが堂に集まった。そこで方針や決行の時を決めて、即座にペリアスへと伝令を出した。ペリアスは定期的にこちらへと伝令を出し、現在地を知らせてきているので、連絡は容易い。


 翌々日の朝には、ペリアスから返答があった。骨のある敵を与えられて、むしろ喜んでいるようだ。すぐに移動を開始する、とのことだった。


 その間も敵の侵攻は続いている。山中から軽く攻め下ろしてみたものの、互いに一人の犠牲も出ないまま退いていった。と思ったら、別の場所に攻め寄せてきている。全てを守りきるには、数が足りていない。


 決行を翌日に迎えた夜、ベルゼルは砦の城門の上に登っていた。寒風が谷底から吹き上がってきて、体の中に冷気が染み入っていく。今日はいつにも増して風が強い。


「ベルゼル殿。見張りなど、我々に任せてくださればよいのです」

「そう言うな。人を指揮していると、雨風に当たりながらじっと目を凝らす感覚とか、忘れそうになるからな。たまには俺もここに来るさ」


 お前らは気まずいだろうがな、と付け加えると、兵は苦笑を返してきた。我ながら、どう反応していいかわからない話をしてしまった。


 いつの間にか、雲間から月が出ていた。しかしすぐに、次の雲に覆い隠されてしまう。雨の降りそうな気配はしないが、今宵は雲が多い。


 ベルゼルはピオレスタの元に身を寄せる前、小さな街の役人をしていた。毎度毎度現場を知らない街宰に無茶な命令を受けて、困惑させられたものだ。人を指揮する立場になった今、同じことをするような無能な指揮官には決してなりたくない。


「それにしても寒くなったな。この季節はいつも憂鬱だ」

「俺は暑い方が嫌ですね。具足を付けるのが鬱陶しくて仕方ないですから」

「ああ、それは確かにな。春と秋が永遠に続いてくれればいいんだが」

「小さい頃、南から来た商人に、そんな話を聞いたことがありますね。ずっと春のような気候が続く地が、どこかにあるらしいです」

「ほう、意外だな。南はもっと暑いものだと思ってたが」

「ほとんどの場所はそうらしいですがね。ほんの一部だけと聞いた気がします。すいません、物心ついてすぐの頃だったので、正直あんまり覚えていな――ん、あれは!」

「どうした」


 話していた兵が指差したのは、砦の左右から伸びる尾根の先だった。ちらちらと灯りが見える。見張り台は夜通し火を焚いているのでそれは当然なのだが、火が何度か隠され、また現れてを繰り返した。通信の合図だ。


 こちらが、火を使って返答すると、向こうも松明を掲げ、特徴的な動きを見せた。あの振り方は――。


「敵襲……だと?」


 穏やかに休まっていた脳が急速に動き始めた。周囲の兵も慌ただしく行動を起こす。一人が砦全体に敵襲を知らせるために銅鑼を叩きに走り、他は武装を整え始めた。ベルゼルもその場を一旦離れ、迎撃のために兵をまとめにかかる。


 見張り台の兵が報告のために駆けてきた。灯りの数からして、敵は四百ほど。暗闇で正確な数は把握できないだろうが、敵の大部分が仕掛けてきていることになる。ここのところずっと、一歩一歩着実に罠を外しに来ていたので、大規模な攻撃が来るというのは予想外だった。こちらを丸裸にしてから本格的な攻めに入るものと思っていたのだ。まさかこんなに早く、しかも夜に来るとは思ってもみなかった。


 こちらが攻撃に出るのは明日の予定だった。機先を制された形になる。この、後手に回った感覚は嫌なものだ。主導権を握られている。


 とはいえ、冷静に考えれば、これは好機でもあった。ここはこちらの本拠地なのだ。攻めてこられようが、いくらでもやりようはある。


「ピオレスタ殿!」


 堂からはピオレスタが支度をして出てきていた。軍装に身を包んでいる。


「急ぎ、尾根上に兵を展開しましょう。返り討ちにします」

「御意」


 すかさずその場にいた兵たちに指示を出し、尾根へと先行させた。月明かりのない闇夜だが、敵の位置は敵の灯りが教えてくれる。上から矢を射掛けてやるのに支障はない。


「それにしても、予想外ですね。なぜまた、夜に仕掛けてなど来たのでしょう」


 ピオレスタも敵の急な方針転換に合点がいっていないようだ。


「ここ数日の腰を据えた戦闘は、大規模攻勢を隠すための蓑だったのでは」

「それなら昼にやるでしょう。仕掛けられた罠も見えないこんな闇夜では、夜襲なんて不利になるだけです。地理も我々に味方しますから、好きに料理出来ると言ってもいい。そのくらいはわかる相手だと思うのですが」

「野戦には滅法強いが攻城戦は下手くそ、なんてのもいたりしますが……まあ、楽観はできませんな」

「ええ。相手の狙いがわからない内は、慎重を期すべきでしょう」


 ベルゼルはピオレスタと別れ、砦から見て左の尾根に向かった。既に集まっている兵を束ねつつ、見張り台へと向かう。敵はまだ、谷の中に入ってはいない。しかし谷の入口には、敵兵の持つ松明の灯りが明確に見えていた。


 右の尾根には、ペリアスに次ぐ第四の指揮官、リロウが陣取って目を光らせている。ピオレスタは砦で待機だ。逐一左右から情報をもらい、全体の指揮を担当する。


「現状は」

「敵はまず、左右の見張り台を目指して攻撃を開始しました。今のところは斜面の下方で押し止められています」


 執拗に攻撃を掛けてきていた辺りだ。局地的には夜でも動けるくらい足場を固めているだろうが、その先には未踏の斜面がずっと続いている。正面攻撃の前に尾根の上を制圧したいのだろうが、尾根の最外部に設えられた見張り台にはそうそう到達できないはずだ。


「ここからだと、矢は使えんな。いつも通りか」

「うまく、こちらが手を出しづらい場所から攻めて来るんですよね」


 敵が布陣する位置は、ほかに比べて斜面が緩やかであり、麓への水平距離が長い。絶妙に、矢の射程外なのだ。林の中に入った敵は、木々が邪魔で矢は力を発揮できない。


 結局、規模が違うだけで、膠着していることもその原因もいつもと同じだ。ただし、今は視界の悪い夜である。


「奇襲できる……が」


 こちらからすれば、絶好の機会でもあった。こちらは谷の入口付近までたどり着くくらいなら、暗闇の中でも可能なくらい土地を知っているし、そういう訓練も積んでいる。敵の位置は敵自身が持っている松明で容易く把握できるので、夜陰に紛れて奇襲することは、今からでもできる。地力で負けている以上、相手に打撃を与えられる機会は逃したくない。


 しかし、まだ夜に仕掛けてきた理由がはっきりしないのだ。敵の指揮官が何を狙っているのか。それがはっきりしない限り、反撃に転じるのは危うい。


 しばらくして、伝令が来た。ピオレスタからだ。百を率いて夜襲をかける、と言ってきた。同じことを考えていたようだが、ピオレスタは実行するつもりらしい。


 戦況に差し支えがなければ、一度戻ってきてほしい、ともある。状況は今のところ、変わる気配がない。手放しても問題はなさそうだ。一応、伝令を先行させ、まだ様子を見ているべきだとだけ伝えさせた。


 部下に指揮を任せ、ベルゼルは砦に戻った。


「悪いですね、わざわざ呼び戻してしまって」

「いえ。あそこにいても、大してすることもないですし。ただ、何をしてくるかわかったものじゃない以上、ここはまだ様子見を続けたほうがいいのでは」

「彼らはほぼ全軍を出してきています。既に斥候を出して確かめましたが、松明の数だけ水増しするような小細工もしていません。ここで叩ければ、打つ手のなかったこちらにも勝機があります。それも局所的でなく、決定的に」

「相手からしてみれば、この砦を攻めあぐねている形です。こちらが兵を出すのを待っている可能性もあります」

「先ほどの偵察で、どうもこちらに対する警戒が散漫だったとのことです」

「勘違いでは? そこまで間抜けな相手ではないでしょう」

「私もそう思いましたが、おそらくこちらが灯りを使わずとも動けることに気づいてはいないのでしょう。念のため、兵を外に出すに当たり、門は開けません」


 門は軋む音が響くので、敵に異変を知らせることになりかねない、ということだろう。谷の外まで届かない気もするが、夜は遠くまで音が通る。神経質なくらいでちょうどいいかもしれない。


「尾根の途中の道を使いますか」

「ですね」


 両の尾根にはこれでもかというくらい罠を仕掛けているが、一部にはすりぬけて通行できる場所も設けてある。道とベルゼルは言ったが、人ひとり通るのがやっとという細さで、物資の運搬などには使えない。また、漏洩すると砦の防御に大きく影響するので、指揮官たちにしか伝わっていない。つまり、奇襲の指揮官が闇夜の中で、率いる兵が罠にかかることなく麓まで降りられるよう誘導する必要がある。


「ここぞ、というところだと、私は思います」

「………………」


 上手くいけば、確かに勝負を決められるだろう。しかし、失敗すれば、砦のすぐ近くで敵に追われることになる。その場合、兵の収容のために門を開けることはできない。追撃してくる敵をそのまま砦の中に迎え入れることになりかねないからだ。危険も大きい。


 敵の狙いはわからない。だが、打ち払ってしまえば関係ない。敵が備えをしている可能性もあるが、それでもなお奇襲を成功させる余地はある。


「……五十名、ですな。それ以上は、隠密行動に支障をきたすかと」

「半分ですか。心もとない気もしますが」

「敵陣を混乱させるのが第一ですし、人数より見つからない方が重要ですな」

「そうですか。では、それでいきましょう。ところで」

「指揮は、私に任せていただけるのでしょうな」

「そのつもりで呼んだのですよ。是非、頼みます」

「そこは命じてくださいよ、大将」


 にっと笑って、ベルゼルは任を引き受けた。


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