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異世剣聖  作者: 鷹武手譲介
第三部 鍛錬の日々
54/113

叛徒への対応

「うめえええええええええええええええええ!」

「ヤバイなこれ、止まんねえ」


 串に刺さった唐揚げを、士会とバリアレスは凄まじい勢いで平らげていた。


 少し濃い味付けなものの、故郷の味とそう変わらない。久しく味わっていなかった大雑把で懐かしい味に、士会の舌はすっかり魅了されていた。


 バリアレスはなんだかんだ名家の出なので、そもそも市場で買い食いなどという行為にそこまで慣れていない。軍属ゆえに兵糧のような味を度外視した食べ物でも気にしないで食べるのだが、庶民の味というものに接した経験がなかった。雑多で繊細さはないが、癖になる。元々粗雑な性格に、その味はよく合っていた。


「おばちゃん。もう一本……いや二本頼む」

「俺も俺も」

「あんたらよく食べるねえ……。ハクロから来てるのかい?」


 市場の外れの唐揚げ屋のおばちゃんは呆れたように言いながら、出来たばかりの唐揚げ串を渡してくれた。初めは景気よく買ってくれる上客に嬉しそうにしていたが、だんだん呆れが上回ってきたらしい。


「ありがとうございます! ……シュシュ」

「はあい、士会様。えっとえっと」


 シュシュは革袋から銅貨を取り出し、ふと士会を見た。


「あの、士会様。まだ食べていかれるのですか?」

「そうだな。バリアレス、まだ行けるよな?」

「たりめーだ。ここまで来たら限界を見に行こうじゃねえか」

「……わかりました。えっと、これでまとめて何本分くらいですか」


 遂にシュシュが銀貨をつかんで取り出した。いちいち小銭を数えて渡すのが馬鹿馬鹿しくなってきたのだろう。


「多すぎるね。そんなにもらったら材料使い切っても足りないよ。あ! ちょっと、火が弱くなってきてるよ!」


 そう言いながら三枚数え、シュシュから受け取っていた。端数はまけとくよ、とのこと。バリアレスの従者も同じように銀貨を出していた。


 火の面倒を見ていた息子と思わしき少年が、薪が来るまで待ってくれと返していた。土の竈を石で補強し、持ち運べるようにしているらしい。


「シュシュ。お前ももっと食っていいんだぞ」

「いや、一本食べさせていただいただけで十分です」

「遠慮するなよ」

「単純に、重たいんです」


 確かに、少女のお腹にこんな油ものはそうたくさん入らないか。士会は納得しながら唐揚げをくわえ、串から引き抜いた。隣でバリアレスも祭りだ食えと従者に押し込んでいるが、当の従者はげんなりしている。バリアレスの従者は男なのだが、数本食べただけで満足してしまったようだ。


「あー答えてなかった。そうそう、俺たちハクロから来てる」

「そうかい……。賊徒の討伐は仕方ないけど、出来れば穏便に済ませてほしいねえ」

「賊という割に、評判は良いと聞くな。本当なのか」

「そもそも賊という感じがしないからねえ。近くにいくつか村もあるけど、どこも襲われたことがないどころか、おこぼれをもらったりしてるくらいだし。むしろありがたがられてるくらいなのよ。ま、襲われる官軍にゃあたまったもんじゃないだろうけどね」


 あー、あたしも臨時収入ほしいなーとおばちゃんは最後に付け加えていた。


 上機嫌で話すおばちゃんを見ている限り、仕儀山の賊徒の評判は相当高いようだ。


「俺たちが食いまくってるじゃん」

「確かに臨時収入だねえ。試しに作ってみたけど、これだけ受けがいいとは思わなかったよ」

「俺ら以外あんまり買えてないけどな」

「独占しちゃったからなあ」

「街の人の口にも合うかは、また今度試してみるよ。さあ、次が揚げあがったよ」

「わーい」

「あざーす」


 話しては食べ、食べては話すことを繰り返しながら、士会とバリアレスはひたすら唐揚げを口に運んでいった。


 たらふく食べた後、士会はあてがわれた自室へと戻った。バリアレスも一緒についてきている。来賓用の屋敷の一室で、一部屋が広い。四人集まった程度ではまだまだ余裕がある。


「ああ、食った食った。動く気しねえな」


 勝手に寝床に体を預けているバリアレスが腹を押さえて言った。士会もうめき声で同意し、椅子にだらしなくもたれかけている。


「いくらなんでも食べすぎですよ、士会様」

「男にはな、引けない時だってあるんだ。シュシュ」

「もっと格好良い時に聞きたいです、それ」

「言うようになったなあ」


 シュシュが水を入れてきてくれた。冬の井戸水はぎとぎとした喉を冷たく潤してくれる。ちょうどいい位置にあった頭をぽんぽん撫でると、気持ちよさそうに目を細めてくれた。


「それでだ、士会」

「ああ、わかってる。あいつらどうするかだろ」


 あいつら、というのは士会たちが討伐しなければならない賊徒のことだ。


「あの砦、攻めるのは一苦労だな」

「基本、正面からしか挑めないからな。周りの山は登れないことはないが、少し入っただけでも罠があったし」


 賊徒と平野で一戦交えた後、士会はそのまま進軍し、周囲の地形などを見て回った。遠目に確認できた賊徒の本拠地は、狭隘な谷の奥にあり、左右は高い尾根が続いている。両尾根の先など重要な位置には見張り台が設えてあり、こっそり近づくのは難しい。


 正面から進むと丸分かりな上、尾根上から攻撃し放題のため、まな板の上の鯉とばかりに料理されるだろう。従って、周りの罠から攻略しつつ尾根上を制圧し、砦に張り付くまでに襲撃される懸念を取り除かなければならない。


「あいつらがまた出てきてくれるのが一番いいんだがな」


 士会は、自分の膨らんだ腹の形状を確かめながら言った。


「昨日、散々に打ち破っちゃったからな。向こうとしては、正面からぶつかりたくはないよなあ」

「まあ、しばらくは網張って、あいつらが出てくるのを待ってみるか」

「補給の問題もあるしな。倉から奪った食糧をどの程度貯め込んでるかわからないけど、奪わなきゃいずれは尽きるはず」

「村にばらまいてるんだから、そこまで多くはないかもしれん」

「どうかな。ある程度蓄えてからまき始めたのかもしれないし、その辺はまだわからない」


 とにかく、士会もバリアレスも、しばらく待つ、で一致していた。実のところ、これは士会には意外だった。


「とりあえず攻めてみよう、とか言い出しかねないと思ってたんだけどな」

「おいちょっと待て。俺をなんだと思ってるんだ」

「猪武者」

「ほほーう」


 一発ぶん殴ってやろうと起き上がろうとしたバリアレスだったが、動くのが億劫だったのか結局止めた。


「今は……いい。明日覚えてろ」

「俺は忘れるから覚えといてくれ」


 適当に言い返すと、バリアレスは急に神妙な顔つきになった。それを見て、士会も眠たげな面持ちを正す。


「俺もちょっと思うところがあってな。あいつらをただ潰して終わりでいいのかどうか」


 そう言われ、士会も考え込んだ。同じように感じていたのだ。


 今のところ、賊徒のことを悪し様に言う声はビュートライドの街宰フロウレンくらいで、ビュートライド軍の隊長すら苦笑を浮かべただけだった。そして、民衆の評価は予想以上に高い。フロウレンはどうにも信用できないので、賊徒に対して複雑な気持ちになってしまう。


「下手打つと、民の反発とか招きかねないよな」

「それもある」


 人気のある賊徒、というのも変な話だが、あまりに酷く弾圧すると民衆の感情を逆なでするかもしれない。出張ってきている士会たちには関係がないと言えばそれまでなのだが、しこりを残すことなく収められればそれが最善だろう。


「それも?」

「俺が当たった騎鴕隊の指揮官だが、なかなかの巧者だった」


 バリアレスに言われ、その指揮官を思い出してみた。外観はわからない。しかし、数でも、さらにおそらくは質でも勝るバリアレスの騎鴕隊を、上手に歩兵と連携して止めていた。じわじわと押されていたし、最後には破られたが、それは士会率いる歩兵の突撃で賊徒側の歩兵の陣が揺らいだからでもあった。


「そうだな。攻めかかってるお前をあの数で抑え込むのは、容易いことじゃないだろう」

「崩せそうで、崩せなかったんだよ。あとひと押しってところで、歩兵が出てくる。無理に押し込むとこっちが挟まれて、でかい犠牲が出る。仕方なく一度退くとすぐに立て直してまた出てくる。小バエみたいな奴でな、なかなか捕まらん」


 ちらちらと目の前を飛び回るが、仕留めるのは難しい、ということだろう。


「俺が当たった総指揮の方もかなりのものだったな。一度、直接剣を交えたが、ひやりとした」

「おい、なんでお前が直接戦闘してるんだ。そんな乱戦でもなかっただろ」

「そういう場面だったんだ。最終的に崩し切ったんだからいいだろ。向こうもとっさに直接出てきたせいで斬り合うはめになった。あれがなきゃ、中軍から崩せそうだったんだが」


 結局、右側の白約の突撃がきっかけとなり、潰走につながった。しかし中軍は崩し切れておらず、兵が逃げ惑う混乱の中でもまとまりをある程度保っていた。


「しかしあいつら、何がやりたかったんだ? 正面から堂々と挑んできた割に、結局伏兵頼りだったぞ。個別の質は高かったが、なんかちぐはぐなんだよな」

「多分だけど、最初はこっちとまともにやり合うつもりだったんじゃないか。ただ、ぶつかってすぐに厳しいと悟って、一応準備しておいた伏兵を使う戦術に切り替えた」

「ああ、そういうことか。それならしっくり来るな」


 ようやく起き上がったバリアレスは、膝を叩いてそう言った。


「それでだ。どうせなら、あいつらこっちに引き込めないか?」

「何?」


 一瞬、バリアレスの言ったことが理解できなかった。


「別にあいつら、悪い奴らじゃないと思うんだよ。殺してるのも兵ばかりだし、襲ったのも官の倉ばかりだしな。無抵抗の村を襲ったなんてことは、今のところ聞いていない」

「引き込むって……ええと、味方に付けるってことか」

「他に何があるんだ。そうだな、なんとか生け捕りにして説得ってところか。あの分なら、指揮官としてそのまま使えるぞ」

「……なんか、余計ハードル上がってないか?」


 バリアレスの言わんとすることはわかった。指揮官としての技量は、手合わせした分よく知っている。味方に出来るというのなら、願ったり叶ったりだ。


 しかし攻め落とすだけでも難航しているというのに、指揮官を生け捕りという条件がつくのは大変なことだ。加えて、その後説得しなければならない。限りなく反乱軍に近い賊徒の首魁を、向こうからすれば権力の手先である士会たちの側に取り込むというのは、並大抵のことではないだろう。


「まあ、状況を見て可能ならってことだ。俺もそう簡単なことだとは思ってねえって」

「確かに、あいつらを味方につけられるのならその方がいいな。殺すよりはずっと反発も少ないだろうし」

「だろ? それができれば、大体全部丸く収まるんだよ。やってみる価値はあるだろ」

「そうだな。それにしても、お前からそんな発想が出てくるのは意外だ」


 どうやって手強い相手を倒すか、としか士会は考えていなかった。配下に欲しい、などという考えはどれだけ悩んでも出てこなかったと思う。


「父上の下にいる将校たちには、元々敵対していたけど帰順させた、って人が結構いてな。小さい頃から話を聞いてたんだよ」

「なるほどなあ」


 ウィングローの影響だったようだ。ただ強いだけでなく、柔剛のどちらも持ち合わせているらしい。さすがの名将、といったところか。


 士会はそこで少し思案してから、口を開いた。


「なあ、バリアレス」

「なんだ」

「お前、この国についてどう考えてる?」


 士会の質問は、その人のあり方を問う根源的なものだった。


「そうだな、前は単に好きなだけだったが、今は少し嫌いな面もある」

「嫌いな面?」

「お前も嫌がってただろ。賄賂だの汚職だの、はびこりすぎなんだよ。父上が愚痴ってるのは半分聞き流してたが、今思えば重要なことだったな。地方軍も一部を除けば質は低いし、馬鹿馬鹿しい決まりで軍が動けないこともある」

「やっぱり、そういうところか」


 士会はうなずいた。この国が抱える問題は幅広いが、特に役人の腐敗が目立った。典型的なのがフロウレンだが、あれが少数派ではないのが恐ろしいところだ。


 叛徒が叛徒になった理由も、きっとそこにあるのだろう。


「バリアレス。俺はいずれ将軍に昇るだろうし、フィナ……殿下への影響力もある。その力を使って、少しずつこの国を変えていくつもりだ。ここまで汚職が多いと、一気にとはいかないだろうけど……。武官で政に口は出しづらいかもしれんが、バリアレス、お前にも手伝ってほしいと思ってる」

「いいぜ」

「いいのか」


 かなり思い切った頼みごとのつもりだったのだが、バリアレスは即答した。


「俺、ここに来るまではずっと父上の軍にいてよ。外がこんなになってるなんて思いもしなかったんだよな。改めて、自分がいかに父上の庇護下で守られていたか思い知った」


 士会は、無言で話の続きを促した。


「けど、どうすりゃ解決するかさっぱりわかんなくてよ。結局、何も出来なかった。そんな時、この任務を任されたんだ」

「ああ……そうか、だから帰順させるなんて言い出したのか」

「おう。俺も、実際に手合わせするまでは迷ってたけどな。けど、戦いながら感じた。あいつらはこの国を変えたくて、反旗を上げたんだ」

「根本にあるものは、同じなんだな」

「だと、思う。少なくとも、俺はそう感じた」


 民に手を出さず官軍だけを襲うという行為を見ても、そういった気概を感じ取ることはできた。単なる野心家というわけではないのだ。


「とにかく、この国を変えようってのには賛成だ。その第一歩として、あいつらを迎え入れようぜ」

「ああ。そうしよう」


 思っていた以上に、バリアレスはこの国について深く考えていたようだ。茶化す気も起きず、士会は素直にうなずいた。


「まったく、酒もなしにこんな話するなんて、調子狂うな」


 バリアレスの用件は終わったらしく、しばらく相手の動きを見るということを確認して、自室に戻っていった。


「士会様。お体、ほぐしましょうか」

「いや、後で水浴びしてくるからその後に頼む。まだやることもあるしな」


 そう言って、士会は首から下げて服の中にしまっていた笛を取り出した。


「あ、それは」

「早速、仕事をしてもらうとしよう」


 小さな木笛を口にくわえ、軽く吹いてみた。


「あれ?」


 空気の抜ける軽い音しか鳴らない。


「もっと強く吹かないといけないんじゃないですか?」

「そうだな、そうしてみよう」


 今度は大きく息を吸って、思い切り吹いてみた。しかし聞こえてくるのは、士会自身のかすれた息の音だけだ。


「あれえ?」

「笛を吹くのに、技術が必要なのかもしれません」

「そんなもの渡されてもなあ……」


 そう言いながらも、士会は少し納得していた。吹奏楽で使われるフルートやラッパの類は、練習しないと音を出すのも難しいと聞いたことがある。


 しかしそうなると、すぐに呼び出すのは困難だ。そもそも、どう練習すればいいのかもわからない。とにかく吹きまくればいいのだろうか。


 そんなことを思っていると、外に繋がる戸が叩かれた。シュシュが戸を開けると、鏡宵がこちらを向いてさっとひざまずいた。


「鏡宵だ。何か用か」

「あれでわかったのか。すごい耳だな」


 士会の出した音では、室外には響いていなかっただろう。また、屋根裏にでも潜んでいたのだろうか。だとしたら声でわかるかもしれない。


「その笛は、普通の人の耳には聞こえない。幼少より訓練された俺たちの仲間にしか届かないんだ」

「そういうことは最初に言っといてくれ」


 士会の勘ぐりは全て余計だったらしい。


 それにしても、膝をついているのにこの口調だ。ひざまずいているのは忍びとして最低限の礼儀なのかもしれないが、どちらかに統一すればいいのにと士会は思った。


「それで、頼みたいことがある。俺が今、仕儀山の賊徒を相手にしてるのは知っているよな」

「もちろんだ。昨日の戦の成り行きや敵将の名前も知っている」

「名前知ってるのか。それは聞いておきたいな」


 味方に引き入れることを画策している以上、名前くらいは頭に入れておくべきだろう。


「昨日総指揮をしていたのが頭目のピオレスタ・レフォレリー。それを補佐しているのが騎鴕隊を指揮していたベルゼル・プロント。二人とも、元は用心棒を生業にしていたらしい」

「ピオレスタにベルゼルか。知り合いなのか?」

「いいや。主君が戦っている相手のことくらい、調べていても損はないと思ってな。独断で何人か動かしていた。もっとも、まだその程度しかわかっていないが」

「なるほど。助かる」


 どうやら、かなり間抜けな質問をしてしまったようだ。


 それにしても、思っていた以上に柔軟に動いてくれるらしい。これは、頼みたいことも期待できるかもしれない。


「そいつらのことを俺に聞くってことは、暗殺か?」

「暗殺!? そんなことできるのか」

「さすがに確実にとは言わんが、やろうと思えばできる。犠牲が出る可能性も多々あるし、進んでやりたくはないがな」

「そうか。まあ、それはいい」


 味方に付けられないかという話をしていたのだ。殺されたらこっちが困る。


「あの砦に続く正面以外の道がないか、探ってほしいんだ。山の中は罠だらけだから危険だが、できるか?」

「間道を調べろってことか。何日かかかるがいいか?」

「ああ。頼む」


 砦が攻められた時に脱出するための道や、物資を運搬する道があってもおかしくはない。隠してあるのだろうが、そういうものを探すのに鏡宵たちは適役だろう。


 少し考えてから、士会はもう一つ鏡宵に仕事を任せた。鏡宵はにやりと彼女らしい笑みを浮かべ、楽しそうにそれを引き受けた。




 ビュートライドの北部で駐屯していた小隊が夜襲を受け、一緒に運んでいた食糧を奪われたとの報告が入った。仕儀山はビュートライドの街域の中でも南部にあり、これまでは賊徒による被害もそちら側に集中していた。ところが、ここ十数日で他に二件の襲撃があったものの、いずれも本拠地から距離がある位置でなされている。


「こちらの警戒網をかわしてきたな」

「ぶつかりたくはないと。けど、こもりもしないのか」


 士会は白約を、バリアレスはブラムストリアを伴って軍議を開いていた。机を挟んで、士会、白約の歩兵組とバリアレス、ブラムストリアの騎鴕隊組が向き合っている。ブラムストリアはバリアレスの騎鴕隊で以前から隊長をしており、ハクロに来る際にもついてきていた。


「やはり、砦を出たとの知らせはないですね」


 白約が地図に手を置いて言った。彼が言及したのは、砦の入口が見えるように置いた見張りのことだ。小さな陣地を作らせ二十人ほど交代で常駐させている。全員に良質の戦鴕を与えているので、追い払われても逃げてこられるだろう。


 昼夜兼行で見張らせているものの、砦から出てきたのはいずれも調練目的だった。街から駆けつけても遅いので街と砦の中間くらいの位置に陣営を置いているが、報告を受けてからではそれでも間に合わず、砦に逃げ込まれている。どのくらいの速度で反応できるのか、測られてしまっただろう。


「夜陰にでも紛れて出てきたのかもしれないですねえ」

「それか、間道があるかだな。見張ってるのは谷の入口だけだし」

「もしくは元々、別働隊が外にいたのかもしれません」


 士会を置いて、次々と意見が出た。それを待ってから、士会は告げた。


「みんな、とりあえず聞いてくれ。間道だが、それは間違いなくある」

「ほう。調べてたのか」

「そういうのが得意な奴を雇っててな。昨日、二本完全に把握したと連絡が来た」


 今襲撃を行っているのは、その間道を使って外に出てきた賊徒らしい。人数も抑えており、隠密行動を徹底していたようだ。


「よっしゃあ、だったら話は早え。それ使って砦を奇襲だ。行けるだろ」

「加えて、谷の入口からも陽動させるとか、どうでしょう」

「それもいいな。とっとと方をつけろとフロウレンの奴もうるせえ。早いとこ終わらせようぜ」


 バリアレスが勢いよく会議を締めにかかった。自分で言い出したくせに、待つのは苦手らしい。出撃したくて仕方なかったようだ。


 助けてもらう立場で何を言っているんだとフロウレンには言いたくなるが、滞陣中の士会たちの兵糧はビュートライドが出している。元々奪われたりして備蓄が減っているだろうし、急かしてくるのも無理はなかった。とはいえ、あの性格だと、横領できる量が減るとかそんな理由な可能性もあるが。


「待て。ただしその間道も、常時見張りがあるそうだ。見つかれば防衛側が有利な地形だから、奇襲は難しい。道も狭いから、一気に兵は送れないし」

「だったらどうするんだ。どうせこのまま睨み合ってても埒が明かねえし、いつかは攻め込まなきゃならんぞ」


 バリアレスが突っ走り始めると、士会は逆に頭が冷めてくる。


「落ち着けよ。まずフロウレンはしばらくほっといて大丈夫だろ。食い物が足りないとか言う割に補給が滞ってる雰囲気はないし、しばらくは持つ。最悪、ハクロから多少融通してもらえばいい。むしろ、向こうを干上がらせようと思う」

「兵糧攻めですか。でも、相手がどれだけ食糧持ってるかわかりませんよ。ごっそりため込んでいるかもしれないですし、待つのはちょっとかったるくないです?」


 白約が、頭の後ろで手を組みながら言った。


「ばらまいてる分、備蓄は少ないと思うんだけどな。まあ、それはそこまで関係ない。今砦の中にある兵糧を、まとめて焼いてしまおうと思ってる」

「ふうむ。砦の中に侵入するということですか」


 ブラムストリアは、手を前で組んで顎を乗せていた。


「直接攻めるよりは、そっちの方が楽だと思う。ブラムストリアが言っていたように、同時に陽動で攻めかかれば、現場は混乱するだろうしな。それに、実行するのは俺が雇っている忍びだ」

「兵糧を焼くだけなら、少人数でもできるか……。食い物がなくなったら、あいつらは出撃せざるを得なくなるというわけだな。だけどそいつら、信用できるのか?」

「一週間で砦への間道を二つと簡単な砦の見取り図を送ってきたから、実力は確かだと思う。少なくとも間道は、確認させたところどちらもあった。全部たどったわけじゃないけど。そもそもの素性は……雇って日がないからぶっちゃけわからない」

「なんだそりゃ……」


 急に忍びだの言われても、納得いかないのは仕方ないだろう。士会でも、バリアレスがそんなことを言い出したら、疑念の目で見ると思う。


「けど、突入はその忍びだけですよね? こちらは陽動だけですし、仮にそいつらが敵に通じていたとしても、危険はないのでは」

「そりゃどうですかねえ。陽動のために出てったら、待ち伏せに合うかもしれませんよ」


 年かさのブラムストリアが、慎重な意見を述べた。


「うーむ……ただ、そろそろ動いておきたいところではあるんだよな。打つ手もなく、何もしてないように外からは見えるだろうし。フロウレンにそう思われるのは癪だ」


 確かに、あの俗物に軽く思われるのはどうにも癇に障る。民衆にも手こずっている印象を与えるのは良くないかもしれない。勢いがあると、賊徒になろうと入山する希望者が増えかねない。


「なら、それで決まりだな。待ち伏せがないかは、執拗に見張りを出すようにしよう」

「考えてみりゃ、どう転んでもこれはありだな。焼き討ちが上手く行きゃあ御の字だし、仮に罠でも俺たちに打撃を与えるためには外に出なきゃなんねえ。捕捉できれば、逆に叩き潰せる」

「そうですね。このまま待っているのもなんですし、やってみましょうか」

「そういうことなら、俺も賛成です」


 白約とブラムストリアも乗り気のようだ。その場で話がまとまったため、作戦の進め方もそのまま詰めていった。やると決めた以上、実行は早い方がいい。時をかければ、相手に悟られる可能性もあるのだ。


 士会たちは一気に準備を進め、翌々日には行動を開始していた。


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