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異世剣聖  作者: 鷹武手譲介
第三部 鍛錬の日々
52/113

遭遇戦

 遠征にやって来た士会は、早速ビュートライド近郊を行軍していた。


 林を切り開いた道を進んでいると、斥候と思わしき者たちが駆けていくのが見えた。味方のものではない。


「どうする、追うか? 全力で駆ければ追いつけるが」

「いや、止めとこう。余裕のある走り方だし、多分もっと前から捕捉されてたな。むしろ、埋伏に注意を払ったほうがいいんじゃないか」

「なるほど、確かにな。こっちの斥候をもうちょい盛っとくか」


 バリアレスの指示で、新たに組織された斥候が何組か駆けていく。


 もしも今こちらに気づいたばかりなのだったら、追いついて潰したほうがいいだろう。もしかすると、砦から出ている敵を奇襲気味に叩ける可能性があるからだ。しかし、ここは木々の生い茂った丘陵地で、兵を伏せようと思えば様々な場所に置くことができる。もとより警戒はしていたが、さらに慎重に進んだ方が良さそうだった。


 士会とバリアレスはビュートライドの管下にある、賊徒の砦を目指していた。といっても、まだ攻めるつもりはない。一応の説明は聞いたものの、どうも要領を得ないので、砦の周辺の地形などを自分の目で見ておきたいのだ。


「会って即賄賂、そろそろ止めてほしいんだけどなあ」

「もうそういう文化がはびこって久しいんだよ。父上もたまに、家で文句を言ってるな。もはやそれが前提で回りすぎて、変えようがないんだと」


 役人にしても軍人にしても、当然のように賄賂の量で便宜がはかられたり、昇進が決まったりする。そのため、一度地位を持てば、下から賄賂を集めて代わりに便宜をはかり、賄賂を寄越さないものは冷遇するか、最悪の場合適当な理由を付けて罪を着せる。そして集めた賄賂を使って上に賄賂を贈り、さらに地位を引き上げてもらう。こういった仕組みが出来てしまっているので、能力があろうが家名か金がない限り出世の望みはほとんどないようだった。


「それにしたって今回は酷いぜ。最速記録を塗り替えたかもしれない」

「俺たち、どっちも都とつながりがあるからな。あいつにとっては、ここ一番の勝負どころだったんじゃないか」


 中央に悪い報告が行けば現在の地位が危ぶまれるし、逆に良い報告をしてもらえればさらなる栄達も望める。中央に太い伝手を持っている士会とバリアレスは、好機とも考えられたのだろう。露骨すぎて足蹴にしてしまったが。


 士会とバリアレスは、既にビュートライドの街宰、フロウレンと会っていた。そこで現状の説明を受け、その足でここまで来たのだ。正直フロウレンの言うことは保身のための言い訳全開でほとんど参考にならず、途中から適当に聞き流していたくらいだった。現場の指揮官に話を聞いたほうが何十倍もためになると思うと、聞く気も失せるというものだ。


 いつしか士会は、この国の未来を憂うようになっていた。ハクロの中ではアルバストとレゼルが締め付けていてあまり見ないが、一歩外に出ると賄賂や不正はどこでも横行している。なんとかして機嫌を取ろうと、金とともに送られてきた手紙も何通もある。フィナが将来治める国の枝葉がこんな体たらくでは、心配してもしきれない。


 何とかして変えていかなければならない。しかしその具体的な方法は、士会にはまだ見えていない。


「ほう」


 バリアレスが斥候の報告を聞いて、一言声を上げた。どこか楽しそうな響きが込められている。


「どうした」

「敵さんのお出ましだ。ここから道なりに七里。開けた平地で綺麗な陣を敷いているそうだ」

「兵力は?」

「五百強」

「野戦をする気があるのか」


 驚きを隠そうともせず、士会は言った。


 こちらと同数で陣を敷いているのなら、まともに迎撃するつもりなのだろう。これまで数倍の数のビュートライドの軍を破っている分、同数なら勝てると舐められているのか。これまでの勝ちに驕るような相手なら、こちらとしても楽ではある。


「五百以上ってことは、聞いてた話じゃ全軍だな」

「いや、今はもっと増えてるかもしれない」

「それもそうか。今までの動きからして、警戒は解けねえな」


 戦闘の様相を詳しく聞いていると、どうもビュートライド側が討伐に兵を出したのは三度どころではないようだった。多くは埋伏による奇襲を受けたり、隘路(あいろ)で罠にはめられたりと、真正面からではない戦い方で追い返されているらしい。当然、今回も何かしらの形で襲撃を受けることは考えられるし、対策のため士会とバリアレスはしつこいくらい斥候を出して周囲を探りまわっていた。


 以前の報告より敵の兵力が増えているとすれば、五百という数はむしろ罠にすら感じられる。全軍が平地にいるとこちらが油断して、警戒を怠らせるところに狙いがあると考えられるからだ。


 しかし、その後慎重に行軍しても、敵の襲撃はなかった。そのまま平原を見渡す緩やかな峠の上まで出てしまう。


「ちっ、考えすぎだったか。うじうじ進むんじゃなかったぜ」

「慎重に越したことはないだろ。相手が何してくるか、わかったもんじゃなかったし」


 初対面の時と比べ、バリアレスの向こう見ずなところが鳴りを潜めているように士会は感じていた。以前はもっと、進む時はとにかく進む、駄目な時でもやっぱり進む、というような無謀なまでの前向きさがあった。それが、最近は不思議な深みというか、落ち着きを手にしたように見えるのだ。とはいえ、時折こうして口の悪さとともに、以前の無鉄砲さが顔を出すこともある。


「横陣か」

「あいつら、本当に真正面からぶつかるつもりなんだな」


 斥候の報告で分かっていたものの、賊徒はほぼ同数の三隊を等間隔で並列させていた。攻守どちらにも転じられる、どうにでも動くことのできる形だ。同数の兵力なので妥当な形ではあるが、それはまともに野戦をすることが前提にある。


「整然と統制も取れている……気が抜けんぞ、これは。賊徒には見えん」

「バリアレス。水を差して悪いが、気をつけろよ。五百が全軍じゃない以上、兵が伏せてある可能性もあるからな」


 バリアレスの声が明らかに高ぶっていたので、士会は釘を刺しておいた。いくら突撃癖が改善されつつあると言っても、こうして興奮するとやらかしかねない。


「わかってるっての。片隅に置いておく」


 士会とバリアレスはそのまま坂を駆け下り、平地で賊徒の陣と向かい合うように布陣した。


「さて、どういう腹積もりか……」

「あの陣、見掛け倒しではありませんね」


 指揮下の一隊を任せている白約(はくやく)が、戦鴕を寄せて話しかけてきた。


「ああ。柳礫の軍のような、きちんとした調練を積んだ敵が相手だと見るべきだろうな」

「とても、ハクロで討伐していたような盗賊と同じとは思えませんね」

「実際、違うだろ。話によればどっちかというと反乱軍らしいし」


 これまで、士会は盗賊の討伐も何度か経験している。いずれも大した規模ではなく、まとまって突撃以外の戦法を持たないような相手だった。しかし、この相手は違う。幾度もビュートライドの正規軍を罠に嵌め、時には寡兵で正面から打ち払い、今も整然と兵を並べている。


 睨み合いになるかと思ったが、すぐに相手が進軍してきた。どうやら、こちらの布陣が終わるのを待っていたらしい。


「舐められてるのはこっちか? 狙いがわからん……」

「何なんでしょうね。意外と、正々堂々にこだわっているとか……?」

「これまでの戦いを聞くに、とてもそうは思えないんだけどな。まあ、今は置いておこう」


 バリアレスに合図を送ろうとしたが、既に動き出していた。敵の側面を目指し、回り込むように駆けている。この軍は一応士会が頂点、二番目がバリアレスということになっているが、基本的にバリアレスは独立して動く。元々ほとんど同格だし、騎鴕隊の動きは速い分、即断が求められるのだ。いちいち離れた位置から細かい指示など出していられない。


 賊徒側も騎鴕隊を出してきた。数は五十程度で、バリアレスの百騎よりもかなり少ない。とはいえ、ただの賊徒で騎鴕隊を組めるほど戦鴕を有していること自体、驚くべきことだ。何度かビュートライド軍を破るうちに、戦鴕も鹵獲したのかもしれない。


 互いに矢を射かけながら接近し、歩兵のぶつかり合いになった。数はこちらが五百、向こうが四百強で、少々こちらに分がある。質的にも、わずかながらこちらが優っている。このまま押し合えばこちらの優位は覆らないだろうから、何かしら手は打ってくるに違いない。


 なかなか手強い相手だった。しばらくぶつかり続けても、一歩も引かずに押し返してくる。アルバストの教えでは、前で戦う兵をうまく入れ替えつつ戦うのが理想だが、今の士会はそこまで兵を掌握できていなかった。兵を休ませつつ戦い続けられるのは理にかなっているが、入れ替わりの時にどうしても隙ができる。それが補えるほど兵の扱いに熟達し、迅速に動かせない限り、やらないほうがいい。


 バリアレスも苦戦している。騎鴕の数だけで言えば相手の倍いるので、騎鴕隊同士の戦いならまず負けはないのだが、そこは相手もよくわかっているのだろう。上手く歩兵と連携し、バリアレスの圧力をいなしているようだ。騎鴕に対する準備も十分なようで、組立式の鴕止めの柵で動きを制限している。士会から見ると敵の右側から攻撃を繰り返しているが、突破にはまだ遠そうだ。


「このまま行けば負けはしないが、犠牲は増えるな……」


 今のところ、こちらを凌いでいる、といった風情で、相手の勝ち筋は見えないのだ。だから状況が変わらなければ、負けることはない。陣を組み、こちらを待っていた威勢の良さにしてはあっけないくらいだ。とはいえ、ぶつかり合いを続けていれば、それだけこちらにも死者や負傷者が増える。それは、出来る限り避けたい。


 待っていても仕方ない。すぐに士会は判断を下した。


「白約に伝令。波状攻撃を仕掛ける。乱れが見えたら突っ込め」


 それだけ伝え、士会は麾下(きか)を引き連れ飛び出した。剣を振りかざし、歩兵が固まっている中に斬りこんでいく。三十騎の麾下は基本的に士会の護衛だが、せっかく戦鴕に乗っているのだ。使えるときは、騎鴕隊として使うべきだろう。


 歩兵同士のぶつかり合いに慣れていた前線の敵兵は、不意の騎鴕隊の出現に道を開けた。逃げ遅れた者を数人、剣で斬り払う。賊徒の前衛に、動揺が走るのがわかった。


 あまり突出しすぎてもまずい。自分が出ることによる成果も上がっただろうし、そろそろ反転するか。そう思った矢先のことだった。


 敵の中軍から、賊徒の指揮官が騎鴕を率いて駆けこんできた。二十騎ほど。


 ぞくりと、肌に粟が立った。


 瞬間的に、士会は判断した。これ以上進みたくはないが、この突撃はかわせない。半端なぶつかり方をしたら、敵中で騎鴕の速度が殺される。また、これは敵の指揮官を討つ好機でもある。


 怯むな。進め。


 士会は臆せず、速度を上げた。敵の指揮官は先頭で、まっすぐ士会を狙ってくる。まともにぶつかっている余裕はない。懸命に進路をずらし、士会は敵と馳せ違った。場違いに端整な顔立ちに、汗がにじんでいる。空を裂いて槍が突き出されたが、剣で払いのけた。すれ違う形だが、このまま進むと完全に孤立する。


 味方の騎鴕隊を通すため離れていた分、敵兵もすぐには寄ってこれない。士会は敵の騎鴕隊の後方に絡みつくように進路を変え、自軍へと向き直った。


 今度は追い討つ形になる。敵も向き直ろうとしているが、こちらほどなめらかに反転できていない。士会の前を走る麾下が敵の麾下を数人斬り落としつつ、指揮官に迫った。


 首を取れるか。一瞬期待したものの、さすがにそれは甘かった。反転を諦め、賊徒の指揮官は横方向に歩兵の中へと逃げ込んだ。直後、士会の麾下が駆け抜け、自分の歩兵の中へと戻る。


 既に白約は、士会の作り出した動揺に乗じ、同じように斬りこんでいた。上手く混乱を広げている。


「いいぞ」


 士会もここぞとばかりに兵を鼓舞し、敵を押し込んでいた。ここが勝負どころと見たのだ。動揺から立ち直る前に、崩し切る。


 バリアレスが敵の騎鴕隊を出し抜き、右手からまともに突っ込んだ。白約が右手の敵をかき乱したために、歩兵と騎鴕隊の連携に齟齬が生じたのだ。それで勝負が決した。堰を切ったように、右側の賊徒が逃げ始め、それに釣られて全軍が潰走を始める。


 追撃に入ろうとしたが、敵もさるもの、完全な潰走に至っていなかった。崩れつつも指揮官の周りでは兵がまとまり、なんとか抵抗を試みようとする。しかし、横からバリアレスが突っ込むと、さすがにまとまりを保てず散らされた。


 野戦で大きな戦果が上がるのは、追撃戦に入ってからだ。算を乱して逃げるのを後ろから追い討つため、犠牲を出す心配をする必要がない。兵にしても、反撃される恐れがない上、混乱の中では敵の指揮官を討ち取るような好機も比較的訪れやすいため、士気も否応なく上がる。賊徒は出来るだけ数を減らしておきたいので、砦の近くまで追撃を続けたいところだ。


 しかし、そこで士会は頭を冷やした。元々埋伏を警戒して進んでいたのだ。今賊徒が逃げ帰っている方向は、敵の陣の向こう側で斥候による確認もできていなかった。


 最後に散らされた部隊の逃げる方向も、微妙に違和感があった。指揮官が必死に逃げているが、最初に散らされた部隊よりも少しだけずれている。一目散に砦へと走らないのはなぜか。妙に引っかかるものがあった。


「伝令! バリアレスへ! 林内に埋伏の危険あり! 急げ!」


 言うなり、士会は戦鴕を操り、自らも追撃に移った。バリアレスは既に敵の指揮官に狙いを定めている。伝令が間に合うか微妙だが、支援できる位置までは詰めておきたい。


 逃げ遅れた者を蹴散らしながら、士会はバリアレスを追った。敵の指揮官はまだ林の中に入っていない。砦への道を走るでもなく、まっすぐ林へと向かうわけでもない、どうにも中途半端に見えた。ただ、離れているからそう見えるだけで、近くで追いかけていると目に入らないだろう。


 多分、埋伏が一番機能する位置へ誘い込まれている。それは逆に言えば、相手の逃げる方向から兵を伏せている位置を読めるということでもある。士会は少し、進路を変えた。出来れば埋伏を先に叩きたい。しかし、間に合うか。


 バリアレスの勢いが微妙に鈍った瞬間、林内から矢が大量に射掛けられた。伝令がなんとか間に合ったらしく、そのまま素早くバリアレスは退いた。


 士会は一部隊にこちらからも矢を打たせつつ、残りを率いて埋伏を襲う姿勢を見せた。林の中に矢は届かないだろうが、威嚇にはなる。


 林の際まで詰めた時には、敵は皆林の奥に退いていた。罠があっても見切れないし、これ以上の追撃は厳しい。引き際だろう。


「悪い、助かった」


 バリアレスが戻ってきていた。渋い顔つきからして、指揮官も取り逃がしたのだろう。


「おう。とりあえず、兵をまとめて体勢を整えるか。進むのはそれからにしよう」

「何? まさかまだ追撃するつもりなのか? それはさすがに無理があるぞ」


 訝しげに聞いてくるバリアレスを、士会は半眼で見つめた。


「お前、当初の目的を忘れてるだろ。砦の周辺の調査に来たんだぞ」

「……おお。そういやこれ、遭遇戦だったな」


 どうやら、本当に頭から抜けていたらしい。亮から見た自分はこんな感じだったのだろうかと、士会はふと思った。


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