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異世剣聖  作者: 鷹武手譲介
第三部 鍛錬の日々
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士会、修行の日々

 突き出された長棒を、剣に見立てた棒で軽く触れて流した。そのまま空いた懐に接近、一人の頭を甲の上から棒ではじき飛ばす。勢いのまま数歩進みつつ、振り返った。


 残るは三人。繰り出された棒をかいくぐりながら、具足の間を次々と打っていく。


 最後の一人の首筋に、棒を寸止めで振り切ったところで、士会の動きは止まった。


 息が上がっているが、動きが鈍るほどではない。汗がぽつぽつと滴っている。


 時を同じくして、少し離れた練兵場で、棒が高々と青空に跳ね上がった。相変わらず、バリアレスの膂力(りょりょく)は人並み外れている。この世界の人は力も体格も抑え目なのだから、なおさら際立っていた。


 夏に比べると、気温はかなり下がった。ただ、まだ日本の冬ほどではない。そもそも、そこまで冷えるかどうかもわからない。来た頃は、四季があるかどうかすらわからなかったのだ。


 相手をしてくれた兵たちに礼を言ってから、士会はバリアレスの元へ歩いて行った。


「同着だったな!」

「いや、どう見ても俺の方が速かっただろ」


 バリアレスも士会の止めと同時に武器を跳ね飛ばしていたが、それは止めを刺したとは言えない。一拍ながら、士会の方が早かったのは明白だ。


 それはバリアレスもわかっていたようで、それ以上言ってくることはなかった。


「今回は、僅差(きんさ)で士会の勝ちかい」

「あ、アルバスト殿」


 気づけば、観戦していたアルバストが近くに歩いてきていた。彼はこのハクロにおける、軍事の頂点に当たる。位としては、この街でただ一人の将軍だ。


「七人でも、そろそろ慣れたかな」

「そうですね。ここしばらくは、苦戦してないです」


 士会がハクロに残ってからというもの、兵を相手に毎日武術の訓練をしていた。始めた頃は三人を相手にしていたが、五人の時期を経て、今は一度に七人と戦っている。それを一日に二十回ほど繰り返すが、今はもうそこまで苦にならなくなった。


「じゃあ、明日から十人に増やそうか。もしくは僕の麗しき麾下(きか)たちに、相手をさせるかい?」

「あーいや、とりあえずは十人で」


 麾下とは、指揮官直属の精鋭のことだ。アルバストの麾下の五十騎の場合、武具と具足を純白で統一している。すぐ汚れるらしいが、その度にピカピカに磨くのだそうだ。面倒くさそう。


 ただ、部下の反応は、士会の思うよりずっと色好いものだった。曰く、「誇りになる」「慣れると映える」「美しい」とのこと。確かに、一色で揃えられた騎兵は、それだけで「なんか凄そう」という空気を発していた。


「おい士会! このままじゃ終われねえ、立ち合いだ」

「はいはい、決着は軍指揮で付けたまえ。二人で戦うのなら、その後だよ」


 昼を挟んで、午後はそれぞれの隊を指揮しての模擬戦をやることになっていた。この三月で、指揮の訓練も随分と積んだものだ。


 昼食はアルバストの方針で、いつも兵舎で、兵たちとともに同じものを食べている。ぞろぞろと歩く兵の中に混じり、士会もバリアレスと食堂に向かって急いだ。




 夜。食事と水浴びを終え、士会は自室へと戻ってきた。兵舎の中の一室だが、少し離れた、指揮官用の広めのものを使っている。まだ宵は始まったばかり。兵の宿舎からは喧騒が響いてくる。


「お疲れ様です、士会様」


 シュシュは日中、士会と離れて軍の営舎で仕事をしている。シュシュ自身は軍の中での調練を、さらには実戦でも士会について出ることを望んでいるが、士会は一切許していない。この小さな体躯を自分の盾とするために戦場に連れて行くとか、冗談でも笑えない。


 士会はアルバスト率いるハクロ軍の中で、一隊長としての扱いを受けていた。位としては、上級将校に当たる。行っているのは、武術の訓練、戦鴕の扱いの訓練、指揮の訓練が主なところだ。特に指揮に関しては、アルバストが直接見てくれている。ある程度の定石はあるものの、指揮の方法、引いては戦場における細やかな戦術は個人の技量により大きく左右されるらしい。暗江原の戦いで、最高の時期を見て突っ込んできてくれた辺り、アルバストの戦術眼は相当なものなのだろう。


 また、実戦至上主義のアルバストは、とにかく士会を戦場に出したがった。小競り合いのし過ぎで柳礫の瑚笠とは半分知り合いのようなものだし、賊徒の討伐にも何度か行っている。(しゅう)領からの脱出に暗江原の戦いを経て、士会もその重要性にはなんとなく気づいていた。何が起こるかわからない、気の抜けない緊張感とでも言うべきだろうか。どんなに小さなものでも、実戦で得られるものはあると思う。


「でも慣れたもんだよなあ。最初の一週間とか、練兵場から一歩も動けなくなってたし」

「バリアレス様に肩を貸してもらったりしてましたね」


 今はこうして、普通に部屋に帰って来れる程度の体力は残っている。疲労はもちろんしているが、寝れば大体回復する程度のものだ。


 もっとも、夏の終わりの蝉のような状態で寝台に倒れ込んでも、食って寝ればなんだかんだ翌日には体が動いていた。人体は不思議に満ちている。


「お前、俺の脈を測ったりしてたよな。最初の日」

「ううっ……本当に怖かったのですよ、士会様! ぴくりとも動かなかったのですから」

「動けなかったし、動かす気にもならなかったんだよ……」


 シュシュは人を呼ぶ寸前で、もう少しで大事になるところだった。潤んだ瞳から涙を流していたのをよく覚えている。あれは焦った。


「じゃあシュシュ、いつものを頼む」

「はい、士会様」


 上半身の服を脱ぎ、うつ伏せになって寝台に寝転ぶと、シュシュが上に乗ってきた。小柄な体は、士会に重さを感じさせない。


 そのまま、ぐいぐいと背中を指圧してくる。彼女の大きさと力だと、全体重をかけるくらいでちょうど心地よい強さだった。時々、士会は小さくうめき声を上げる。


 どうもシュシュは、あまり士会の世話が焼けていないと感じると不安になるらしい。シュシュも日々の仕事で疲れているだろうと、無理せず休んでいてもいいと士会は言ったのだが、体ほぐしは毎日続けられている。必要とされている、という実感が彼女には必要なのかもしれないと、士会は思っていた。


「士会様、最近フィリムレーナ様と連絡をとられましたか?」

「一昨日喋ったな。亮が結局、フェロンに残って何かやってるみたいだ」


 亮と別れてから一ヶ月ほどで、亮が燐との会談に出席したとの知らせが入ってきた。その後はエルシディアとともに降聖島に行く予定だったのだが、何か思うところがあったのか、そのままフェロンに居座っている。


「亮様ですか。ちょっと懐かしく感じますね」

「三か月か。まあ、そうかな」


 懐かしいというのはあまり認めたくない感情だが、これほど長く顔を見ないのは初めてだということも事実だった。


 一口に三か月と言うが、今までの人生で最も密度の濃い時間だった気がする。時間は矢のように過ぎていき、季節を追い越したような感覚だ。


「そういえば、シュシュ」

「はい、士会様」

「今って、冬か?」

「ええ?」


 唐突な質問に、シュシュの手が一瞬止まった。しかしすぐにまた、指圧を再開する。


「俺のいたところでは、このくらいの寒さじゃまだまだだったからな」

「崑霊郷の、冬ですか。むしろ、楽園のようなあったかさに思えます」

「とんでもない。手は寒くてかじかむし、外で突っ立てれば芯まで冷えるぞ」

「そこまで冷える日は、こちらではあまりないですね。今はもう、冬です。ああでもでも、もっと北の方に行くと、人が死ぬくらい寒いと聞きます」

「死ぬっておい」


 言ってから、こちらではそれが冗談ではないことに士会は思い当たった。暖房などの文明の利器が存在しない以上、寒さが人を殺すこともある。さすがに日本ではあまり聞かないものの、数年前に吹雪の中で車が立ち往生したまま凍死したという事件もあった。


 気づいた時には、シュシュは指圧を止め、士会の腕を揉み始めていた。疲れを溜めた筋肉がほぐされ、染み入るような快感が広がっていく。


「雪は、見たことあるか?」

「白い何かが、空から降ってくるんですよね。小さい頃、一度だけ見たことがあります」


 士会から見ればシュシュは今でも小さいが、それは本題ではないので置いておく。


「積もると楽しいぞ。昔凄く降って、ぶつけ合いやらして遊んだことがある」


 士会の住んでいた地方では、雪が積もることは稀だった。だが、何年かに一度、大雪の年がある。そんな時は、雪合戦をしたりかまくらを作って遊んだりしたものだ。


「雪も、北の方ならたくさん降るんですよね。いつか、見たいです」

「実際降ったら大変だろうけど、その時は一緒に遊ぼう」


 シュシュは後ろ向きになり、士会の脚を揉んでいた。しっかりと両手で筋肉を包み込み、手のひら全体を使ってしごいてくれる。


 終わった時には、心地よい充足感に全身が満たされていた。シュシュもまた満足気に笑っている。気持ちよかったと労うと、嬉しそうに頬を赤らめた。

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