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異世剣聖  作者: 鷹武手譲介
第三部 鍛錬の日々
48/113

締盟と亮の決意

「ミルメル、まだかい? というか正直この服は僕には似合わない」

「黙ってください亮様。会盟の場に出られるのですよ? それに見合う服装を整えるべきなのです」


 ミルメルの物言いにも、随分遠慮がなくなったものだ。まあ、自分の側にいることに慣れてくれたのなら、嬉しいことだと亮は思う。


 既に亮はライハーの地へとやってきていた。フェロンから七日かかった。一日行程が増えたのは、途中まで船で来て、少し遠回りしたからだ。都の水路を行く屋形船のようなちゃちな船ではない。大河を走る軍船だ。鷺の誇る水軍を一度見ておいて欲しいということで、遠回りしつつも船を使った。


 川幅が日本の基準では考えられないほど広く、深さも相当あるため、大型の軍船も問題なく航行できるらしい。


 ライハーは、地方の都市としては大きなところだ。近くに鉱脈でもあるのか、金属を産出するらしい。少し不思議なのは、この辺りはだだっ広い平野が延々と続いており、近くに大きな山などはないことだ。日本で見るのは難しい地平線を、容易く目にすることができた。こんなところに鉱床なんてあるのだろうか。


 とはいえ、この世界の金属は、全体的に軽い。亮自身、大した訓練も積んでいないのに、剣を振ることくらいはできた。あれがただの鉄なら、重くてそうはいかなかっただろう。これから会盟を行う相手の燐は、燐鉄と呼ばれる質の良い金属で出来た武器が一番の交易品らしい。


 亮は今、ミルメルに着付けをしてもらっていた。本当は彼女が一から服を着せると言って聞かなかったが、強引に押し通して自分で着たのだ。しかしミルメルの目に亮の着こなしはまったくかなわず、こうして直してもらっている。


「なあ、もういいだろう」

「ま、だ、で、す。ああもう、帯も結び方が違います。一度解きますね。あああ、雲衣がこんなところにっ」


 ミルメルはそんなことを言いながら、亮が適当に結んでいた帯の結び目を解いていた。


「ああそれ。そんな名前だったのか」


 帯とは別に、ゆったりした細長い絹が衣服の中にあったのだ。てっきり帯を付ける前に、前合わせの服を仮止めするためのものと思い、帯の下に巻いてしまっていた。


「これは! こうやって! 腕に掛けるものです!」


 ミルメルが自分でその絹をまとって説明してくれた。細長い布を背中に通した後、両腕の関節のところから垂らしている。羽衣のようなものだった。


「邪魔くさっ」

「亮様!」


 あどけない少女に叱られ、亮は少し気圧されていた。こうなったら、思うまま好きにさせてやろう。


 それにしても、上流階級の身だしなみというのは実に面倒なものだ。この雲衣というのもそうだし、亮の長さでは幸い不可能なものの、髪も結わえなければならない。服自体、下着の上に袖の広い着物のような服を着て、帯を結び、その上に掛け衣があって、さらに首飾りと帽子をつける。これらには身につけ方や組み合わせにそれぞれ細かい意味があり、時と場合により変えなければならない。亮も士会もお洒落には無頓着だったため、このような文化はどうしても苦手だった。


 黙って見ていると、ミルメルは次々と亮の衣服を整えていく。雲衣は折り目がついてしまったため、部屋の外の侍従に予備を持ってこさせた。


「ふう。とりあえずは、こんなところですね」


 仕上がった状態は、亮にとっては非常に窮屈なものだった。雲衣はまだ、着物の方に引っ掛けるような盛り上がりがあるので、思ったほど落ちないが、厄介なのは帽子だ。煌びやかな鳥の羽に彩られた帽子は、かぶるというよりは乗せるという形を取るので、軽く頭を振っただけでもずれて落ちてしまう。常に頭上に気をつけて歩かないといけないのだ。


「むう……ミルメル、会談の直前にパパッと着るからさ、それまでは」

「ダメです。天守に着くまで、衆目の前に出るのですから」

「大体、前にフィナと一緒に朝廷に出た時は、適当な格好だったじゃん」


 亮は士会とともに、鷺の会議に参加したことがあった。あの時は、二人とも家から着てきたものをそのまま着ていた。つまりTシャツにズボンという、気軽な出で立ちだったが、こちらの住人からしてみれば神々の世界の衣装だ。


「あれはフィリムレーナ様が、お二人の正装としてあの場限りでお認めになったからです。今回は外交ですし、最低限の礼は外せません」


 そう言われると、亮も黙るしかない。今日一日は、この服装に耐えるしかないようだった。


 高官御用達のお高い宿屋を出ると、すぐに軍の護衛がついた。石畳が敷かれた道が、天守閣まで続いている。土で汚れている様子はなく、日の光を映して真新しく光っていた。


 道の脇は、神の使者とやらを一目見ようという人で埋め尽くされていた。以前ニュースで見た天皇の仕草を思い出し、時折にこやかに手を振ってみる。合わせてどよめきが上がったりするのは、とても気恥ずかしいものだ。


 木の枠組みに石を積み上げたような町並みを抜け、ライハーの天守閣に着いた。雰囲気はフェロンのものとよく似ているが、ずっと小ぶりだ。外からは、四階建てに見える。基部は石造りで、屋根には瓦を葺いていた。


 天守閣といっても、基部の石垣はなく、平たい石造りの建物の上に天守が乗っかっているような形だった。柱部分には金属も使われているらしい。この世界の天守閣はどれもこのような造りだ。そして必ず、街一番の高さを誇る建物でもある。おそらく、高さは権威を現しており、実際の建物の機能は広い最下層に集中しているのだろう。


 実際、通されたのは、一階の広い一室だった。廊下は秋のひんやりとした空気が漂っていたが、部屋に入ると温度は明らかに上がった。既に多くの人が、部屋の中にいたからだ。


 入室に合わせて銅鑼が鳴る。一段高くなった位置には玉座のような椅子が設えられており、そこに案内された。


 ここでつまづいたりするとかっこ悪いな……。


 気をつけながら、椅子に座る。見渡すと、居並ぶ鷺、燐双方の臣たちが平伏していた。


「顔を上げてもらって」


 ちょうど近くにメルキュールがいたので、そう言うと、すぐにメルキュールは大声で亮の指示を全体に伝えた。


 ありがたいことに、座ると雲衣を維持するのも楽だった。部屋の様子も一望できる。


 鷺も燐も、それぞれ十人ほどを連れてきていた。鷺の代表は宰相のメルキュールで、燐も同じく宰相だ。


 燐の宰相は穏やかそうな初老の男性で、年相応の風彩を感じさせる人だった。ただ、亮は、自身を見つめる宰相の眼差しに、複雑な色合いがあることに気づいた。


 会議自体は、至極あっさりとしたものだった。メルキュールと燐の宰相がそれぞれ締結する同盟の内容について読み上げる。それを亮が認可し、目の前で調印を行う。同盟に関する細かい議論は、亮が来る前に詰め終わっていたのだろう。


 読み上げられた決議の内容について、亮は聞き漏らさないように耳を傾けていたものの、それが妥当かどうかについては判断がつかなかった。明らかに鷺側に有利であり、燐が毎年武器などを鷺に贈るという項目があったが、それが悪いことだとは言い切れない。燐は小国だというし、財貨を貢ぐ代わりに軍事的な加護をもらうというのは、納得のいく話だ。


 ただ、燐の宰相の様子だけは、どうにも始終、亮の気にかかっていた。




 ライハーの街並みは、木造の家が多かった。家に使う石の産出地が近くにないため、自然とそうなったらしい。天守閣の周りの道に敷いていた石畳は、亮が来ることになってから急いで作り上げたそうだ。ただ別の街に行くだけで、多大な影響を与えてしまうことを、亮は改めて実感していた。


「こちらが、ライハーの誇る鍛冶屋町でございます」


 案内してくれているのは、ライハーの街宰だ。少し太り気味の小柄な男で、どうやらそこそこ有名な一門の出らしい。


 他にはミルメルと、次期近衛隊長が内定しているラプドが護衛としてついている。残りの護衛もいるにはいるが、少し離れて待機してもらっていた。ラプドは過去に武芸を売りにして旅をしていたらしく、道中は色々話を聞かせてもらった。


 本来は近衛としてフェロンの中枢でフィナやその父親を守らなければならないラプドだが、フィナに頼んだらあっさり貸してくれた。近衛のほとんどが死んだ袖脱出戦での、数少ない生き残りで、当時は近衛隊の中で第三位にあった。隊長のイアル、二番手のアンテロープがどちらも戦死したため、繰り上がりでラプドが近衛の指揮を執ることになる。近く、正式に任命されるようだ。


 ただ、本人はあの戦いの後、少し塞ぎがちになっているようだった。全滅しても不思議ではなかったあの戦いを生き延びた者として、この武人にはちょっとした相通ずるものを感じている。何かと護衛と称して、連れ出してしまうのはそのためだ。


「長いなあ。この通り、全部?」

「それどころか、通りの裏にもその先の通りにも、鍛冶場や細工師の工房が並んでいますよ」


 街宰は丸い腹をさすりながら、街並みを解説していた。


 そうなると、街の北側はほとんどが鍛冶屋町に当たるのか。亮は頭の中で、出がけに見せてもらった地図を思い浮かべながら呟いた。大まかな位置だけの地図だったので、広さまではわからなかったのだ。


「やっぱり、近くで金属が出るからなのかな」

「ええ、おっしゃるとおりです。ライハーは古くから、霊鋼(れいこう)を多く産出しておりまして。そのため、武器や鋼細工の生産が盛んなのですよ」

「霊鋼?」

「ああ、ご存知ありませんでしたか。天下で最も多く使われる金属ですよ。特徴は大量に存在することと、純粋な金属そのものの塊が、大地から掘り出されることです」

「へえ、珍しいね。加工も楽なわけか。もしかして、軽いのも」

「ええ、鉄に比べてかなり軽いですね。鉄も硬いのはいいところなのですが」


 鉄鉱石のように、化合物の形で地の底に寝ているのではなく、最初から金属の状態で埋まっているのか。しかも、軽い。なんという便利金属なのだろう。


 通りに入ると、それだけで左右から熱気が伝わってくるようだった。建物は、急に石造りが多くなっている。火を多用するからだろう。時々、工房から怒号が聞こえたりしていた。


「燐にもこんな感じのところがあるのかな。あそこも、金属の生産と加工が一大産業だって聞いたけど」

「あの国は、燐鉄と呼ばれる独特の金属を作っておりますな。霊鋼にいくつかの金属を混ぜることで、より質の良い金属ができるそうで、もっぱら武器を作り、輸出しています」

「質の良い、というと」

「霊鋼には、少々柔らかいという弱点がありましてな。加工はしやすいのですが、代わりに折れやすいのですよ。燐鉄は作り出すのが非常に難しいようで、製法も職人も燐が独占しております」


 以前使った剣も、この燐鉄を使ったものであったらしい。確かに、異様な軽さを感じたものだ。


「国を挙げた事業ってことか」

「そうですね。この度の同盟においても、燐鉄の製法に関してだけは、頑として譲りませんでした。神使様がおられるというのに、全く失礼な話ですが」

「いや、国が国としてあるために必要なんだろうし、仕方ないでしょ」


 地図で見る限り、燐は大国に挟まれた小さな国だ。そんな国が飲み込まれず独立を保とうとすれば、自国の切り札は絶対に手放せないだろう。


 送ってこようとした街宰と別れ、亮は三人で残りの行程を歩き出した。実のところ、あまり好きな人物ではない。もう慣れっこなものだが、会って早々賄賂を渡してくるのはどうにかならないのか。


 この状況を見ると、地位というのがいかに重要なのかわかる。本来の給料の比ではないほど、賄賂で稼げるのだ。そしてその地位を維持するため、上には賄賂を送り、便宜を図ってもらう。縦につながっているその仕組みは強固で、脱却するのは難しい。反発するものを排斥する力が、同時に働いているからだ。


 亮はそこまで考えて、頭を振った。


 やめよう。今気にしてもどうにもならない問題だ。


「ラプド、ちょっと裏の通りに入ってもいいかい」


 鍛冶屋町が面的な広がりを見せているのなら、裏通りにも入ってみたい。問題は、表通りを外れると、どこも治安が悪いということだ。


「裏……ですか。わかりました」

「あ、止めないのね」

「止めるなどと。どこであろうと、皇を――今は神使殿を守るのが、私の、役目です」


 噛み締めるようにそう言いつつも、ラプドの顔は前を向いたままだった。


「私は止めますよ」


 ミルメルが、鋭い声で亮を制した。


「でも、意味ないのわかってるでしょ?」

「さて、どうでしょうか」


 思わせぶりなことを言ってから、ミルメルは亮を遮るように前に出てきた。


「……亮、様ぁ」


 突然、ミルメルが今まで聞いたことのない舌足らずな声を上げた。


「え?」

「裏通りは怖い人がいっぱいで、私、怖いです……」

「え? え?」


 ミルメルは祈るように両手を組んで、不安げに潤んだ瞳で見上げてきた。


「亮様ぁ。お願いします。このまままっすぐ行きましょう?」

「待って待って待って。何、それ……?」


 初めて見せるミルメルのしおらしい姿に、亮は完全にうろたえていた。年相応の姿と声色ではあるのだが、今まで極めて落ち着いた姿しか見ていなかったため、落差の大きさで別人にすら見える。


「……危険をご承知の上で裏通りに進まれるのでしたら」


 不意に、ミルメルの表情がいつもの冷静なそれに変わり、声色も元に戻った。


「今後はずっと、先ほどの対応でいかせていただきます……からね? 亮様」


 輝かんばかりの笑顔をミルメルは見せていた。最後の一言は、少女形態と普段の中間くらいのご様子だ。今までで一番機嫌がいいのかもしれない。


「あー。えっと。その……マジで?」

「マジです」

「……わかったよ。まっすぐ帰ろう」


 亮は全面降伏した。この状態のミルメルを相手にするのは、自分には荷が重い。いつものミルメルが一番接しやすい。


 それにしても、素面でこんなことできるのか。女の子って怖いな、と亮は思った。


「ご理解いただけて何よりです」


 ミルメルは一礼してから、再び鍛冶屋町の主要道を歩き出した。前に向き直る時、亮からは一瞬だけ、ほころんだ口元が見えていた。歩く姿も、どこか生き生きとしている。


 上手くやり込められて嬉しかったのだろう。普段冷静でも、仕草に感情が出るところは、年相応に見えて亮は安心していた。


「……あの」

「うん?」


 気づけば、ラプドが近くに来ていた。うっかり声が出てしまったのか、呼びかけておいて自分で驚いている。しかし、どうしても気になったのだろう。覚悟を決めて、問いかけてきた。


「裏通り、行かなくてよいのですか?」

「あ、行きたかった?」

「いえ、というか私の希望など。あちらの方は、従者……で合ってますよね」

「うん」

「では、使者殿の望むようになされればよろしいのではありませんか」

「それは、そういうものなんだろうけど……」


 跳ねるように歩いて前を行くミルメルを見つめながら、亮はきっぱりと言い切った。


「僕は、そういう関係は望んでないからなあ」


 亮の物言いを、ラプドは目を丸くして見ていた。




 宿の近くまで帰ってくると、ちょうど燐の使節団に出くわした。


 荷物も全て整えている。早々に国へと戻るらしい。


 なんとなくその様子を眺めていると、燐の一行の中から一人、女性がこちらに走ってきた。若い。自分の同じくらいの年に見える。


 そしてその表情は、これ以上ないほど厳しい。


「え、何? 僕?」


 女性の向かう先は一直線、明らかに亮を狙っていた。危険が生じる可能性を察し、ラプドが間に入る形で前に出る。


 ただ、女性は見た限り、武器を所持しているわけではない。服装から、かなり身分の高いことはわかる。


「あなたが! あなたさえ、いなければ……あなたは、何なのです! 神の使者というのなら、なにゆえ」


 ラプドの前で立ち止まった女性は、悲しみや憤り、やりきれなさといった、複数の感情をないまぜにして、後ろの亮にぶつけてきた。しかし、途中で追いかけてきた燐の臣に取り押さえられ、引き戻されていく。臣たちは土下座する勢いでしきりに頭を下げていた。


 早い展開についていけず、亮は唖然としていた。せいぜい、燐の臣に気にしていないと言うくらいしかできなかった。


「亮様。ひとまず、宿に戻りましょう」

「ああ……うん」


 高官や皇族御用達の宿なので、個室は持て余すほど大きかった。本来多くの従者が入ってきたりするからだろう。ミルメルしか部屋に入れていない亮には、空間に空きが多く広すぎるように感じる。亮は他の従者とも徐々に話すようになってきたが、どうしても相手が他人行儀になってしまうため、話し相手としてはつまらない。


 宿に帰る途中、見知らぬ女性に詰られたことが、亮の中でぐるぐると回っていた。女性はまだまだ言いたいことがありそうだったが、途中で燐の臣に制止された。その時の臣の様子は、強引に止めていたものの、どこか丁重な扱いだった気がする。服装からしても、正使の宰相だけでなく、彼女もやはり高位の人物なのだろう。もしくは、尊貴な血筋を引いているかだ。


 そんな人が、あんなに悲痛な声で詰るとは一体どういうことなのか。


「亮様。やはり先程のことですか?」


 沈思黙考を続ける亮に、ミルメルが心配そうに声をかけてきた。


「うん。そうだなあ、ミルメルは心当たり、あるかい?」

「それは、その……彼らなりに、納得のいかないことはあると思います」

「そっか。僕も僕なりに、心当たりはあるよ」


 それは、恐れていながら目を向けようとしなかったことだった。いずれこうなることは想像の中にあったものの、自分のことで精一杯でそこまで気にしてはいられなかった。


 ミルメルには、ある程度見当がついているのだろう。だから言葉を濁しているのだ。


「僕らはいるだけで、大きな影響をよそに及ぼす」

「それは、神の使者ですから」

「その意味を、軽く考えすぎてたよ。一つの国が、神の使者を擁するというのは、それだけで強い権威を与えているんだ」


 ミルメルと話していながら、亮の語り口は懺悔に似たものがあった。


「燐に対する鷺の要求は、国力に差があるからあんなものなんだろうと思ってたけど、違うんだね。僕がいることで、今まで以上に厳しい条件を叩きつけることができていたんだ」

「………………」


 同盟締結に際して、その内容も耳に入れていたものの、それが妥当かどうかは判断できなかった。しかし、あの燐の女性の憤りようを見るに、必要以上に鷺に有利なものだったと考えざるを得ない。


「リムレットがよく考えろって言ってたのも、こういうことだったんだね。メルキュールが僕を連れて来たがってたのは、より交渉を有利に進める思惑があったわけだ。それが悪いとは言わないけど……」


 自身の存在が、この世界の均衡を壊す一因になりかねない。亮の聞く限り、戦乱のただ中にあるようだが、それをさらに助長させる可能性もある。鷺国内での力関係にはかなり気を払っていたものの、外にまで回ってはいなかった。


 今回は実際に立ち会ったものの、亮と士会が鷺に留まっているという一事だけでも、鷺という国に大きな力を与えているはずだ。それは、亮が降聖島に行っても変わらないだろうし、士会が政治的な諍いの渦中に放り込まれる可能性もある。実際に兵同士がぶつかり合う戦には適性があったようだが、政治の面では士会は赤子同然だろう。


 神使の権威。それを濫用されるのが危険なことは、亮にはよくわかった。最悪、神使の奪い合いに発展してしまう。節度を持った使い方をしてもらわなければならないが、士会にその調整まで任せるのは酷だろう。かと言って放っておけば、これからも同じ使い方をされるのは目に見えている。


 一瞬、ウィングローの姿に思い当たった。しかし、亮は心中ですぐに打ち消した。確かに彼は大きな力を持っているが、その力を政治に発揮することは極端に嫌っている。


「……よし」


 自分が、その役を担うしかない。その決意は、亮が自分でも驚く程すんなりと、体に染み入っていった。


 エルシディアに謝らなければならない。亮が最初に気にしたのは、そのことだった。


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