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異世剣聖  作者: 鷹武手譲介
第三部 鍛錬の日々
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歴史と地理

「そうして、袖に攻め込まれ、大きく国土をすり減らした我が国を立て直したのが、先々代の鷺皇、律皇です。若くして皇位についた律皇は、まず国境の守備を強化し、防備を徹底させ、次に国全体を巻き込んだ大改革を断行しました」

「ああ、その名前は聞いたことあるな。確かこのフェロンを作った人だっけ」

「そうです! 水運をさらに活用し、発展させていくため、水の交通の要衝に都を置いたのです。以前の都は川を利用しづらく、秀でた水軍力と防衛との結びつきが弱かった、というのもあります。そういう経緯もあって、遷都がなされました」

「ほうほう、ちなみに水軍の力は今どうなの?」

「専門外なので、詳しくは存じませんが……、少なくとも操船技術は、天下でも最高峰のものですよ。幸か不幸か、最近船戦はあまり起きていないので、実力を測りづらいですが」

「ふむふむ。さっき出てきた改革っていうのが、文官と武官の分離?」

「はい! 皇になる前から、同じ人が軍事も政治も外交も兼任するのは危ういと、つくづく感じていたと聞いています。歴史を見ても、一部の傑人を除けば、軍事か政治かどちらかに秀でている人が多いですし」

「天才は例外だよね。それ基準で制度を作っても仕方がない」

「ええ。――もちろん、反対も多かったです。文官は自分単独の意思で動かせる武力が格段に減り、武官は戦の方向性を決める政治に参加できない上、事実上文官の下ですからね。臣の力を削り、皇族の力を上げるという意味合いもあったらしいです。それでも、暗殺をかわしきり、反乱を抑えきり、改革を押し通しました」


 数日後。


 亮はリムレットから、鷺の歴史について教わっていた。政治や外交に、歴史は直結する。まずは自国の歴史について、知っておかねばならない。


 会盟に同席するのだから、周辺の事情はある程度頭に入れておくべきだろう。そう判断してのことだった。


「とはいえ、この国って皇の直系以外皇族いないからねえ。力を持つのは当たり前っちゃ当たり前だし、バランスは取れてるか」

「そうですね。ここ四代ほど、同じ状況が続いています。それより前の皇族がおられるにはおられるのでしょうが、市井(しせい)の中に埋もれ、たどるのも難しいのが現状ですね。血も、ずいぶん薄まっているでしょうし。その、ところで……」

「うん?」


 リムレットは垂らした黒髪を揺らしながら、辺りを不安げに見回していた。どうしても、気になるらしい。


 亮はとぼけた顔で、気づかないふりをしていた。


「こう、雑談をするなら、もっと落ち着いた場所の方が」

「いいんだって。これで」


 二人は屋形船の中で話をしていた。わざわざ地図も持ち出して、机の上に広げている。


 船はゆっくりと、フェロン最外層の運河を進んでいた。以前フィナや士会と乗ったものとは違い、大した飾りもついていない、質素なものだ。床は板張りで、船の両端に座れるような段がついている。中央には長い机が設えてあり、これを挟んで亮とリムレットが座っていた。町人たちの宴会が主な仕事だが、今日はリムレットと話すため、貸し切っている。


「大体ですね、使者殿は我が国の極めて重要な客人なのですよ? 護衛もつけずに外層を動くなど……」

「いるじゃん、護衛」


 船の片隅には、一人の武人が控えていた。白銀の具足に身を包み、槍を携え、静かに佇んでいる。別の端には、ミルメルが黙って座っていた。持ってきた書物を出してくるのは、彼女の担当だ。


 船を動かす人員を除けば、乗っているのはこの四人で全てだった。


「お一人ではありませんか! 周りを船で囲うくらいはしなければ」

「そしたら、暮らしがよく見えないじゃん。近衛隊の次期隊長だし、大丈夫大丈夫」


 仰々しい一行を引き連れていた前回と違い、今回の船旅はゆったりとしたものだった。道行く人も、誰もこの船を見て騒いだりはしない。顔もまだ大して割れていないため、衣服を市井の人に近づければ、亮を神使と見抜ける者は誰もいなかった。


 麻でできた服は、浴衣のような形で、腰のところで紐で縛って留めている。余裕のある作りで、まだ暑さの残る今の季節でも、十分に着られるものだ。


 今はちょうど、フェロン内部では一番外側の水路を、ゆっくりと進んでいた。ここらは、宿屋が多い。軽食を出す店もある。水の都というだけあって、水上交通に適応しており、舟をつけてそのまま物を買える店や、舟を繋いで直に上がれる宿があった。亮自身、先程は菓子を直接買い、船の上で味わっていた。棒状のねじれた飴細工だったが、味は悪くない。船の上で買い食いという異質な状況が、美味しく感じさせていたのかもしれない。


「むむ……それはそうですが、しかし」

「乗りかかったどころか乗り込んだ後なんだから、今更言っても仕方ないでしょ」

「ここで申し上げておかなければ、これから先も変わらないではありませんか」


 そう言いながらも、リムレットはせわしなく左右に頭を巡らせていた。少ない護衛で貴人と船に乗っているのが、どうしても落ち着かないのだろう。


 その様子を見て亮は、にこやかな笑みを浮かべていた。リムレットはどちらかというと美人に入る顔立ちだが、その彼女がおどおどとする様は大変に嗜虐心を煽るのだ。我ながら悪趣味だと思うが、弄って遊ぶ相手が今近くにいないので仕方ない。ミルメルは議論するには適当な相手だが、あまりうろたえたりしてくれないのだ。


 とにかく知り合いが少ないというのが、亮の目下の悩みだった。


 リムレットとは度々話をして、知識を付けつつあるが、一人から聞いた話で全てを考えていくのは危険だ。しかもリムレット自身まだまだ若く、成長途上な人物である。


 しかし他に現在亮が頼れるのは、従者のミルメルとそもそも政への関心が薄そうなフィナ、出立間近でしかも技術者のエルシディアくらいで、あまり外交や政治の話が出来そうな相手がいない。ウィングローはそもそも軍部の頂点で忙しいだろうし、あまり頼り過ぎて近くなると迷惑がかかりかねない。さじ加減が難しいところだ。


 今はミルメルに急いで字を教わっている。書物から知識を得られるようになれば、知識の偏りもある程度は防げるはずだ。


 リムレットもメルキュールがつけてくれた人物なので、あまり接近しすぎるのは良くない。しかし一方で、リムレット本人は比較的信頼できそうだと亮は考えていた。阿るばかりではなく、いさめの言葉も出してくるからだ。取り入ることしか考えていないわけではない、と思う。少なくとも、中央層でどこからともなく群がってくる役人たちよりは、ましなはずだ。


 笠をかぶった船頭が、竿を操って船の進路を曲げた。荷物を積んだ小舟の間を抜けながら、船はゆっくりと街の中心へ向かう。


「外層の船旅は、もうじき終わりかな」

「はい。このまま間層に入り、その途中で下船する予定です。中央層まで船で行くことはできませんので」


 控えていたミルメルが、すかさず答えてくれた。それにしても、彼女は船の端に座ったまま、微動だにしない。座っているのだって、亮がそう命じたからで、始めは直立のままだった。むしろ、護衛として連れてきた次期近衛隊長のラプドの方が、考え事をしている分落ち着きがないくらいだ。


 水と共に生きるフェロンだが、中央層だけは例外だった。大して広くもないのでそう不便もしないが、中央層に水路は存在しない。この国の中枢への侵入経路になりかねないからだろう。


「ああ、そうだ。聞きたいことがあったんだった。ミルメル、広域図出してくれない? 鷺と近隣の国の位置関係がわかるやつ」

「かしこまりました」


 すぐに一畳くらいの大きさの地図が、机に広げられた。鷺を中心に書いた地図で、余白に他国が書かれているような形になる。国境は流動的なので書かれていないが、大まかな位置関係は把握しやすい。


「ええと、燐がこれかな?」


 亮はまだ読み書きを習得していない。しかし、鷺との位置関係から、燐の位置は予想できた。


「そうですね。フェロンから、鴕車でおよそ半月ほどの距離です」

「それで、ライハーは?」

「これですね」


 リムレットが、地図の一点を指差した。締盟が行われるライハーは、フェロンから見れば、北西に当たる位置にあった。


「そうか。やっぱりそうなのか」

「やはり、ですか?」

「国と国との会談って、国境付近でやるもんじゃないのかな、と思って」


 ミルメルから、そんな話を聞いたのだ。ライハーの位置は、国境の近くとは言い難かった。鷺の内部に入り込んだ位置になる。


「それは……その。国力に、差がありますから」


 リムレットが微妙に言いづらそうな表情をしたのを、亮は見逃さなかった。


「そういうもんか。なるほど」


 つまり、国同士の間でも上下関係があるのだ。この場合、大きさからして、鷺の方が優位なのだろう。だから、燐の方が鷺に出向く形を取る。リムレットが口にしたがらなかったのは、国が国を従えている状態を、神使がよく思わないと思ったのだろうか。国力に差がある以上、そういうこともあるだろう、としか思わないが。


 屋形船は何度も水路を曲がった末、間層の奥まで入り込んできていた。短い船旅を終え、亮はそこでリムレットとの話を打ち切った。

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