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異世剣聖  作者: 鷹武手譲介
第二部 戦場への回帰
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決別

「どうしたの、士会。こんな朝っぱらから」

「すまんな。そんなに時間はかからない。本当は昨夜に済ませるつもりだったんだが……ちょっといろいろあってな」


 二人が向かい合っているのは、亮に与えられた居室だった。朝食の前、朝の身支度をしているところに、士会が押しかけて行ったのだ。亮は寝台に、士会は部屋の机に腰掛けている。部屋の椅子が、寂しげに放置されていた。士会からすると、腰の剣のせいで座りづらいのである。


「ああ、さっきミルメルに聞いたよ。フィナと画面越しにキ……」

「やめろおおおおおおおおおおおおお!」


 速すぎるだろ、従者伝達網! なんで昨日の今日で、しかも早朝にあっさり伝わってるんだ!? そういえばシュシュに口止めし忘れていたが、いやでもまさか、こんな瞬速で亮まで知るところになるなんて……。


「いやー、女の子って本当に恋バナ大好きだよね。それにしても士会、またレベルの高いことを……」

「頼む……頼むからそのくらいにしてくれ……」


 一夜明け、既に黒歴史になりつつある昨夜の出来事だった。


 別にフィナと想いが通じ合ったということに関しては満足であり、文句は全くないのだ。ただ、シュシュという第三者が居る前で、その方法がよりによって……。


「おおうおおおおおおう!?」


 ダメだ思い出すな。恥ずかしさで悶え死んでしまう。


「うわ……本当にトラウマになってるのか。こりゃ重症だなあ……。士会ー、君、早朝からフィナとのイチャイチャ自慢に来たのかい?」

「違う!」


 士会は反射的に叫んでいた。腐っても自分は真面目な話をしに来たのだ。亮に引っかき回された挙句、そのまま引き返すわけにはいかない。


「ええと、あれだ……その、まずはありがとう。都にいる間に、フィナをなだめてくれたんだってな」

「ああ、そのことか。全く、言うなって言ったのに……。まあ、郷に入れば、なんて言ったのは僕だしね。ああなった責任の一端は僕にもある、気にしなくていいよ。あんまり周りがギクシャクしてても気分悪いし」


 平静を装いつつも、ちょっと照れている。どうやら、自分の予想もフィナの予想も外れだったらしい。


「そう言ってくれると助かる。で、本題なんだが……」

「ん? まだ何かあるの?」


 どうやら今の話を言いに来たと思っていたらしい。だが、それは物のついでだ。


「ああ。お前に一つ、伝えておかなければならないことがあってな」

「ほうほう」


 亮はまだ、床机に腰掛けたまま足を組み、楽な姿勢を保っている。返事も気楽なものだった。


「俺はしばらく、このハクロに留まることにした」

「……ふむ」


 一瞬固まった亮だったが、すぐに頭を動かし始めたらしい。視線を下げて口元に手を当てていた。士会はじっと、亮の反応を待つ。


「思い当たるのは……戦に関すること、かな?」

「まあ、そうだ」


 あっさりと亮は正解へ辿り着いた。


「確かに、一昨日の戦を考えるとね……。正直、不甲斐なかったし」

「そういうことだ。だから俺は、最前線のこの街で、しばらく戦の修行を積ませてもらうことにしたよ」

「フィナの考えを改めさせる、というのは? ちなみに、士会。この前のことみたいに、一筋縄で行くとは思わない方がいいよ。あれは君自身のことだったからフィナも柔軟だったけど、僕らが変えようとしているのはフィナの根本的な価値観だから。一応、僕も試してはみたけど、きょとんとされたよ」

「そうか、お前でもか。それでも、俺は一旦中断せざるを得ない」

「……つまり」


 亮がそこで一度言葉を切る。さっぱりした性格の彼には珍しく、かなりその先を口に出すことを迷っている様子だ。それでも、彼なりの決断があったのだろう。立ち上がり、凛とした表情で士会に向き合った。士会も腰掛けるのを止め、直立する。


「それはつまり、本気で将として戦に取り組むことにするんだね」

「ああ」


 既に決めていたことだ。士会は逡巡することなく、肯定した。


 それを聞いた亮は、そうか、と短く言い置き、急に回れ右して歩き始める。向かった先は、部屋の片隅だ。


 そして士会が疑問を浮かべる暇もなく、亮は壁に立てかけていた剣を手に取った。


 士会に背を向けたまま、少しだけ鞘から剣を抜き、その刃を朝の涼しげな光の下に晒す。士会の持つものとは異なる白銀の輝きが、士会からもわずかに見えた。


「………………」


 しかし亮はすぐに剣を鞘に収め、踵を返して士会の前まで歩いてきた。


「はい」


 そして士会に、剣を差し出した。


「……え」

「ごめんね。僕はこれ以上、戦に出ることはできないよ。初めて人を殺した時も、今回も、僕は結局戦場で何も出来なかった。どうしてもね、体が動かないんだ。頭の中も、凝り固まったように停止してしまう。本当に、木偶(でく)みたいになっちゃうんだよ。だから」


 僕は、都に帰るよ。


 亮は穏やかに、しかしきっぱりと言い切った。


 士会は声に詰まる。


 なんとなく、こうなる気はしていたのだ。しかし同時に、そんなわけはないとも思っていた。何せ、家も隣で生まれてこの方、ずっと一緒に過ごし、こんなところまで来てしまっている。離別を意識したことがないというより、実感が沸かなかった。


 何も言えない士会に、亮はさらに言葉を重ねる。


「都に戻って何をするか決めているわけじゃないけど、多分エルシディアを頼って、帰る方法を探すことになるんじゃないかな。彼、しばらくは都にいるって言ってたし。そして、そんな仕事に――剣は、いらない」

「……亮」


 亮は終始、静かな、少し寂しそうな笑みを浮かべている。その口がまた、続く言葉を紡いだ。


「だからこれ、もらってくれないかな。君には結局、剣が二振り必要だろう? こいつはもともと、君のものと二つで一つだったんだ。ちょうどいいと思う」


 ようやく士会は、亮の決意もまた固いことを理解した。その手が、差し出された剣へと伸びる。


「……いいんだな」

「もちろん。覚悟は決めたよ」


 亮のためというよりは、自分のためのような確認だった。そしてその返事で、士会も思い出す。決意を新たにしたのは、亮だけではない。自分自身も、強くなろうと誓いを立てたのだ。


「――わかった。受け取ろう」


 士会の指が、鞘に触れる。一瞬手を引きかけた士会だったが、すぐに思い直し、そのまま鞘ごと剣をつかんだ。


 見た目よりも軽い剣が、今はずっしりと手に重みを伝えてくる。


「託したよ」

「任された」


 亮が剣から手を離す。士会が剣を脇に差す。


 そして士会は両の剣を一気に引き抜き、目の前で交差させて叫んだ。


「俺はここで強くなる! フィナを守るに足る力を身につける!」

「僕はまだ決めきれていないけれど――君にまた会う時、恥ずかしい思いをしないよう頑張るよ」


 亮も朗とした笑みを浮かべ、士会に合わせて決意を述べる。


 そして二人は拳を合わせ、決別の朝を締めくくった。


 窓から差し込む陽光が、二人を優しく照らしていた。


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