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異世剣聖  作者: 鷹武手譲介
第二部 戦場への回帰
36/113

暗江原の戦い2

 瑚笠は林天詞の指示で、袖の本隊から少し離れた場所にいた。


 各隊の騎鴕隊を集結させ、袖軍の中でまとめた。計、千五百騎。これで、今いる袖軍の騎鴕は、指揮官の麾下を除けば、全て瑚笠の指揮下にいることになる。


 そして、歩兵が大きく押して、鷺軍の右翼にわずかな乱れが出たところで、騎鴕隊の圧力で敵中を突っ切ったのだ。敵の千騎が遮ろうとしてきたが、力押しで十分に弾き返すことができた。大した騎鴕隊ではないことは、度々攻め込んできた時見極めていた。


 これにより、瑚笠は挟み撃ちが可能な位置に陣取ることが出来ている。好きには動かさせまいと、一度ははねのけた千騎が対応してきたため、今はそれをあしらっているところだった。練度も指揮もかなりお粗末な上、兵力でも上回っているため、局所的には楽な戦いだ。時々鷺軍の歩兵を脅かす動きも見せ、こちらにも注意を払わせる余裕まであった。その分、袖軍本隊への圧力は小さくなっているだろう。


 鷺軍の右翼は、本隊の集中攻撃も受けている。林天詞自身、何度か前線に顔を見せたりしているようだ。もっとも、豪傑というわけではないので、鼓舞するだけだ。それでも、総指揮がきちんと前線を見ていることが兵に伝われば、士気は上がる。


 騎鴕隊を核としたこの作戦を伝えられた時、瑚笠は小躍りしそうになるほど嬉しかった。本当に、願ってもない活躍の機会だ。力を見せてみろ、と林天詞が言ってくれているのがよくわかる。


 敵が一塊になり、突っ込んできた。敵の隊長の名は知らないが、この千騎は、どうも二つの隊から成っている。しかし、既に相当翻弄してやった結果、二つの隊がくっついて一つとして動くようになっていた。ただ、そのやり方には全く慣れていないようで、動きはどうにもぎこちない。


「晴銀歌!」


 叫ぶと同時に彼女に合図を出した。声までは届かないだろうが、合図を出す方を向き、口を動かすというのは、意外と重要なことだ。


 隊を二つに分けて中央を空け、突っ込んできた騎鴕隊をいなした。指揮や練度次第だが、騎鴕隊というのはそうすぐに向きを変えられるものではない。鷺軍の騎鴕隊が袖軍の騎鴕隊の間を駆け抜ける形になった。


 無論、そのままでは終わらせない。今度はこちらが、縦に伸びた敵の騎鴕隊に横から襲いかかる。

 いい動きだ。自分の指揮下の兵は、きちんとついてきている。急造の騎鴕隊でも、指揮は隅々まで行き届く。


 先頭に立った瑚笠は、敵の騎鴕を一人、二人と斬り落としていった。少し離れたところで、晴銀歌も逆側から同じように敵を討っている。

 瑚笠は四人を数えたところで、敵兵の川を抜けた。剣を一振りし、刃についた血を払い飛ばす。


 そのままの速度で少し駆け、鷺軍の歩兵たちに軽く脅威を感じさせてから反転した。もっと余裕があれば、見せかけだけでなく実際に突き崩しに行きたいところだ。


 敵は二つに分断され、取り残された二百ほどは早くもまとまりがなくなっていた。指揮官がいないか、いても統率力に乏しいのだろう。ああなると軍というよりは群れだ。狩りの対象でしかない。


 晴銀歌も同じように感じたのだろう。まとまりを取り戻す前に叩くと言わんばかりに、まっしぐらに六百の騎鴕を連れ、突撃していった。慌てた敵の騎鴕隊が救援に向かおうとする。


 そうはさせない。


 部下の趙葉に指示を出してから、瑚笠は敵の牽制に出た。またしても敵の横からぶつかりに行く。


 さすがに対応できたようで、向きを変えてこちらに向かってきた。まともにぶつかると犠牲が増える。それは出来る限り避けたい。農民上がりの瑚笠には、同じく農民から徴兵されてきた兵たちが死ぬ、ということへの重みが強く感じられた。


 趙葉に三百を預け、二つに分離しながら駆ける。またしても、敵の突撃は空を捉えただけだった。趙葉は、そのまま晴銀歌と合流していく。


 そもそも隊長が先頭に立ち、指示を出した方が、危険は伴うものの機敏に動きやすい。戦況も自分の目で、肌で、感じ取れる。特に即断即決が求められる騎鴕戦は、その傾向が強かった。


 今のところ、相手の軍の指揮官は、前に出てくる気配を見せない。それどころか、自身をかばわせようという動きさえ見せていた。ひよっ子の自分から見ても鈍重な相手の軍に、正直負ける気はしなかった。


 まあ、この状況で前に出てきたら迷わず首を取るが。


 もっとも、そうのんびり構えていられないことも、瑚笠はしっかり感じていた。駆け抜けたまま敵の後ろを通るようにして晴銀歌、趙葉の方に向かう最中、視界の端に土煙を見たのだ。少し距離をおいて、二つ。敵の援軍のようだ。合わせれば、こちらの数を超えてくるだろう。


 ここからが、腕の見せ所だな。


 とりあえずこのまま放っておくと、こちらが挟み撃ちされる。散々に烏合の衆となった敵兵を思うがまま蹂躙していた晴銀歌と、瑚笠は速やかに合流した。既に趙葉の三百も一緒になっている。柳礫騎鴕隊千五百、そろい踏みだ。


「五十ちょっとは討ちましたよっ」

「ご苦労。さあ、本腰を入れろ。締まっていくぞ!」


 槍を振り上げ、勇ましく言う晴銀歌の報告を聞いてから、瑚笠は味方の鼓舞の為、大声を上げた。


 そのまま、今しがた翻弄していた騎鴕隊にもう一度突撃した。敵も突っ込んできていたものの、分断されて減っている分数の差もあり、勢いが全く違う。押し崩しながら、駆け抜けた。


 ここまでで、討った敵の騎鴕は大体百近く、といったところだろう。晴銀歌が相当張り切っていたことが良く分かる。自分の昇進に、自分より喜んでいたぐらいだったのだ。

 しかし、ここからはそうそう上手くはいかない。こちらの犠牲も、覚悟しなければならないだろう。


 敵が、援軍と合流した。


 合わせて二千五百近くか。中央には、灰地に赤の、猛禽の紋章騎を翻す隊。ここだけ、明らかに指揮官が前に出てきていた。残りの隊は、中の方から指揮をするらしい。


 あれが、ウィングロー・ファルセリアの息子か。


 距離を置いて対峙しただけで、前へ、前へとひた走るような威圧感が襲いかかってくる。

 あの騎鴕隊には、既に一度、負けていた。林天詞の指揮下で、袖の中から脱するバリアレスの騎鴕隊を襲撃した時のことだ。後から聞いた話では、なぜそうなったかはさっぱりわからないが、鷺の皇太子を連れていたらしい。林天詞は手合わせ程度のつもりだっただろうが、向こうは必死だっただろう。


 突かれたのは、一瞬の隙だった。敵の騎鴕隊の速度を見切り、間に合うと判断し反転しかけた瞬間、とんでもない勢いで加速したのだ。なす術なく突き崩され、自分も危うく命を落とすところだった。バリアレスによる激しい棒の一撃と、直後の若武者の剣による鋭い一閃は、思い出すだけで冷や汗が出る。とっさに自ら戦鴕から落ちなければ、首に剣が届いていただろう。林天詞にしてみれば、軽くひねったところだろうが、自分にとっては完全な負けだった。


 あの、凄まじい圧力を放つ若武者は、誰だかわからない。しかし、少なくともバリアレス・ファルセリアはそこにいるのだ。雪辱を果たす、いい機会だった。


 風になびく灰旗が、不意にその向きを変えた。


 バリアレスが先頭となり、その指揮下の騎鴕隊が突っ込んでくる。

 瑚笠は鋭い槍のような威風を感じながら、またしても晴銀歌に六百を預け、隊を二つに分けた。ある程度引きつけているし、これで初撃はかわせるはずだ。


「く……」


 しかしバリアレスは、難なくその矛先を急転換させ、瑚笠目掛けて向かってきた。こうなれば迎え撃つしかない。瑚笠も鴕鳥に指示を出し、先頭となって駆け出す。


 バリアレスはさらに加速し、敵の騎鴕隊から少し突出していた。


 その顔に浮かぶ笑みまで、はっきりと見える。


 凄まじい勢いで、高らかに上がる叫び声が近づく。


 すれ違いざま、刃を振るった。瑚笠の剣とバリアレスの棒が、ぶつかり、弾き合う。


 そのまま互いの騎鴕隊が、行き違うように走り抜けた。瑚笠は反転しようとしたが、後ろにいた敵の他の騎鴕隊が既に向かってきている。舌打ち一つ、打ち鳴らし、瑚笠はそれをあしらいにかかった。


 まだ、手が痺れている。バリアレスと打ち合った時の衝撃によるものだ。危うく鴕鳥から落ちるところだった。一方で、後ろから流れてくる物音から、バリアレスにこちらの兵が何人かやられたのはわかる。


 強い。本人の腕力もさることながら、率いる兵の質も他とは全く違う。急な方向転換にも、兵たちは完全に付いて来ていた。明らかに、敵の騎鴕隊の中で頭一つ抜けている、


 そしてこちらが主導権を握れなければ、他の騎鴕隊相手でも兵力差が直に効いてくる。じわじわと兵数を削られながら、瑚笠は敵をいなし続けた。


 瑚笠の表情には、焦りが混じっている。晴銀歌と離れすぎているのだ。これでは連携のしようがない。バリアレスの突撃に対し、隊を分けて対応したのは失敗だった。その後かかってきた他の騎鴕隊に、素直に応じたのもまずい。多少強引にでも、合流するべきだった。


 なんとか敵中を抜け、瑚笠は敵との距離を取り、晴銀歌の方を気にかける余裕が出来た。しかし、その様子を見て、瑚笠は愕然とした。


 晴銀歌が、騎鴕から叩き落とされたところだった。彼女の率いている隊自体、崩れかかっている。もうひと押しされれば、潰走するだろう。というか、今耐えているのが不思議なくらいだ。


 相手にしているのは、バリアレスの騎鴕隊だ。


「おおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおお!」


 声を張り上げながら、瑚笠はまっしぐらにバリアレスの隊に向かっていった。全員に疾駆させ、騎鴕隊の速度も可能な限り上げる。


 バリアレスは潰走寸前の晴銀歌の隊を捨て置き、瑚笠の方へ突っ込んできた。瑚笠も頭に血が上っている。両者ともに叫び声を発しながら、ぶつかった。


「おらああああああああ!」

「ぐあっ……!」


 鋭い音が響き、瑚笠の剣が弾き飛ばされる。一瞬、以前と同じ光景が映った。二の太刀。


 反射的に身構えるが、二撃目は来なかった。互いに高速で走っていたためだ。駆け抜けてから、後ろにいた部下の剣をもらう。


「大丈夫か!?」

「はい……なんとか」


 そのまま晴銀歌と合流した。かなりの兵を失ったことが痛手だったらしい。彼女に似合わぬしおらしい姿だ。


「相手が相手だ。まあ、仕方ないだろう……今は気にするな」

「……え?」


 口をついて出た励ましの言葉に、自分で驚いた。晴銀歌も、きょとんとした顔をしている。一方瑚笠は、一気に頬を紅潮させた。


「お、落ち込む暇があったら、さっさと兵をまとめろ。ここは戦場だぞ」


 瑚笠は晴銀歌に背を向けて、頭をかいた。しまった、少し心配し過ぎたか。もっと冷静にならないといけない。


「はあい、了解です」


 案の定、晴銀歌はくすくすと笑っている。これは、後々弄られることになるだろう。


 まあ、勿論。


 既に反転を終え、こちらに向かってきているバリアレス軍の脅威を、無事に払うことが出来たら、だが。


「こいつらを蹴散らさないと、俺たちに勝ちはない。――ついて来い、晴銀歌!」

「了解、隊長!」


 恥ずかしさをこらえるため、わざと語勢を強くして声を上げると、頼もしい返事が返ってきた。


 とはいえ、完全に兵をまとめ切るには時間が足りない。ひとまず瑚笠は自分の率いていた兵を連れ、バリアレスを迎え撃った。多少の時間は稼げるだろうが、間に合うかは晴銀歌次第だ。


 まだ距離があるというのに、バリアレスの声が届いてくる。勢いに任せて突っ走る類の人種と、瑚笠は見た。頭が少し、冷えてきたのがわかる。敵を分析する余裕ができている。


 少しバリアレス本人を避けるように瑚笠は騎鴕を動かし、敵の騎鴕隊の腹を狙った。バリアレスもそれに合わせ、空いたこちらの騎鴕隊の中腹に突っ込んでくる。瑚笠はバリアレスの突撃に対し、包み込むように兵を動かし、圧力をいなそうとする。


 互いに、渦を巻くような形で接敵した。細かい動きは苦手なのか、こちらの攻撃への対処はあまりない。横から断ち割るように突っ込んでいく。


 代わりに、バリアレスの攻撃はとにかく苛烈だ。追いかけるように弧を描きながらバリアレスが突き進んでくる。その圧力を背にひしひしと感じる。彼の棒を受け、味方が宙を舞っていた。しかし気にかけている余裕はない。命があるよう祈るばかりだ。


 瑚笠は次第に渦の中心に向かうよう、動きを調節していた。自分を追うバリアレスも、その流れに乗って、加速する。


「歯ぁ食いしばれよ!」

「ぐ、く……おおおおお!」


 そして渦の目でぶつかった。数合打ち合う。武器を弾き飛ばされるような無様な真似は、もう御免だ。必死に腕に力を込め、高い膂力から繰り出される棒の打撃を、正面から受け止める。


 最後に隙を見て、一太刀バリアレスに斬り付けてから、瑚笠は渦から離脱した。


「ちっ」


 手に伝わる、硬い感触。余裕を持って、具足で阻んだようだ。


 だが、既に晴銀歌は兵をまとめ終えていた。合計百くらい減っただろうか。ともかくこれで、本当に合流が果たせた。


 バリアレスがまたしてもこちらに向かって駆けてくる。


「晴銀歌!」

「はい!」


 一塊になってバリアレスに剣を向ける。だが、ぶつかる直前になって、晴銀歌が少し向きを変えた。


 晴銀歌の隊との二手で、前から挟み込むようにバリアレスに襲いかかる。バリアレスは、迷わず瑚笠に向かって戦鴕を走らせてきた。だが、指揮官本人を討つのがこちらの狙いではない。まともに打ち合わず、バリアレスを後にした。


 互いに折り合うように、バリアレスの隊に小さく突っ込みながら、駆け抜ける。


 攻撃を受け、わずかでも綻びの出来ている間に、再度追い討ちをかけたい。瑚笠は敵を抜けた瞬間に反転を指示した。


 しかし、そう容易く事は運ばない。思考の外から、急な脅威を感じた。


 いつの間にか、撒いて突き放した敵の他の騎鴕隊に接近されている。バリアレスに気を取られすぎていた。


 まずい。脱出が間に合わない。


 まともに横槍を食らった。せっかく立て直したというのに、また痛手を受けてしまう。


「く……趙葉! 晴銀歌! ひとまず、指揮下の兵をまとめ直せ!」


 自身も、素早く直下の兵をまとめ、近くにいた部下たちにも声をかける。


 方向を変えながら、敵が一旦駆け去った。すぐに次が来る。早く立て直さなければ。


 しかし直後に、今度はバリアレスが突っ込んできていた。とっさに隊を分けて対処する。勢いがつきすぎていたのか、そのまま駆け抜けてくれた。


 だが、既にまたもう片方が攻撃に移りつつある。波状攻撃の真中に陥ってしまっていた。


「なんとか打開しないとな……」

「きついですね……。今は台風の目みたいに、一瞬の空白が出来てますが」

「……そうだな」


 近くに来ていた趙葉の言葉に、瑚笠はひっかかりを覚えた。確かに、上手く噛み合った一撃目に比べ、二撃目は微妙なずれがある。若干ではあるが、こちらが立て直しをはかることのできる時間があるのだ。


 考えている間にも、敵は動き続けている。攻めに移る余裕はないため、隊全体を回してずらすように動かし、突っ込んできた敵をそのままそらした。


 それが過ぎ去った瞬間、バリアレスの突撃。しかし若干勢いが足りていない。なんとかこれも受け流し、再び体勢を立て直す。


 今度は、バリアレス以外の敵は反転すら終えていない。バリアレスの攻撃の方が先に来そうだ。


 ――そうか。結局のところ、敵は足並みが揃っているわけではないのだ。そういえば、互いに使者が行き来しているところすら見ていない。敵はいくつかの隊の集合体のようだが、特にバリアレスは、完全に独立して動いている。しかも、他と比べ練度にも差があるため、騎鴕隊そのものの速度がかなり違う。だから少しずつ攻撃の波がずれていくのだろう。


 考えてみれば、当たり前だ。バリアレス隊とそれ以外の動きが全く違うことくらい、最初からずっと相手をしていた自分たちが良く知っている。焦らなければすぐ気づいたはずだ。


 さらに言えば、今のバリアレスの突撃は、直前の味方に阻まれて速度が出ず、威力が足りていなかった。


 瑚笠はぎり、と歯を噛み締めた。大きな失敗だ。


 ともあれ、今更ながらも気づいたのは上出来だ。これは、使える。


 思った瞬間、晴銀歌と趙葉に伝令を出していた。ここからの作戦の主軸になる事柄だ。頭に入れておいてもらわないといけない。


 さあ、反撃の時は来た。


 さらなるバリアレスの突撃に対し――瑚笠は背を向けて逃げ出した。


 確固たる意志で一方向を望み、全力で戦鴕を駆けさせる。


 騎鴕隊の速度は、バリアレスの方が少し速い。追いつかれれば、背中から一方的に討たれていくだろう。だが、追いつかれる前に間に合うはずだ。


 猛追するバリアレスはどんな顔をしているだろうか。何度か刃を交えた様子では、正面からぶつかってこいと怒っている、辺りか。それか、獲物を追う狩人のように生き生きとしているかもしれない。


 どちらにせよ、今の瑚笠には関係ないことだった。あいつの相手は後だ。


 そう思いながら、逃げた先にいるもう一塊を強く見据える。おそらく、三つほどの隊が合わさった騎鴕隊だ。形だけで言えば、バリアレスと挟まれる位置に自ら走り込んでいる。自殺行為に近いが、もちろん自滅するつもりはない。


 向こうも反転を終え、ようやく走り出すところだった。三隊集まっているせいで、余計に反転でもたついていたのだ。おかげで、既に加速しきったこちらとは、勢いに大きな差がある。


「行くぞ俺等の大見せ場だ! 蹴散らせぇ!」


 あらん限りに声を張り上げ、瑚笠は味方を鼓舞した。速度を全く殺さずに、敵の騎鴕隊に突っ込む。背後から、バリアレスも追ってきているはずだ。


 ここが、正念場だ。瑚笠は戦鴕を責め上げ、疾駆させた。ちょうど反転の途中だった騎鴕隊は、急襲を受け混乱している。


 断ち割るように敵軍を引き裂き、瑚笠は一直線に敵中を抜けた。他はともかくとして、バリアレスの騎鴕隊は自分たちより速い。このままなら背後から追いつかれるだろうが、そうはいかない。


 瑚笠は混乱している敵の外周を回るようにして、騎鴕隊を動かした。なんとか立て直そうとしている騎鴕隊の中に、瑚笠たちを追ってきていたバリアレスの騎鴕隊が紛れ込み、混乱が助長される。そしてバリアレスは一隊丸ごと、味方の中に埋包される形になった。


 今だ。


 瑚笠は率いる全軍をもって、立て直しのきかない鷺軍に突っ込んだ。もとより乱れ、ただの群れのようになっていた軍だ。容易く突き破る。道を開けるように避けていく者、まごついて射程に入り、瑚笠や後ろに続く袖兵に首を取られる者。


 敵の連携が取れていないのなら、その二つを一緒くたにしてやればいい。混ざれば同士討ちするわけにもいかず、動きは鈍り、必ず隙は出来る。


「く……おい、どけぇ! 道を開けろ!」


 中でバリアレスが苛立ちを見せ、吼えていた。


 良い気味だ。


 そして今度は、こちらの番だ。


 一直線に、バリアレスに向かって駆ける。敵は足の止まった騎鴕隊だ。バリアレスを討ち取るには、これ以上ない、絶好の機会。


「さあ……お返しだ!」


 反撃の剣を振りかぶり、バリアレスに向かって打ち付ける。さすが、即応してくるが、駆けているのはこちらだけだ。勢いが違う。武器ごと押し飛ばした。それでも落鴕はせず、なんとかバリアレスはこらえている。


 さらに剣を振るうが、上手く傷をつけるには至らない。あまり将首にこだわると、足が止まって今度はこちらの勢いが死ぬ。そうなれば急転、敵中で孤立して全滅必至だ。


 即断して、瑚笠はまた敵中を進み始めた。一つ、二つと首を飛ばし、向かってくる者は勢い任せにぶった斬る。


「く……待て、ちくしょう!」


 汚い言葉を吐きながら、バリアレスが追い撃ってきた。


 いいだろう。


 敵中を脱出してすぐに、瑚笠は反転した。瑚笠を中心に、他の騎鴕も随時反転する。実に円滑に迎撃の体勢を整え、瑚笠は自身が開いた通廊から出てくるバリアレスを見据えた。


 なおも衰えぬ迫力。


 ただ一筋に敵を貫く槍のような、猛々しく、澄んだ強さをひしひしと感じる。


 ――だが、そういう強さほど、折れた時は脆い!


 弾かれたように瑚笠が加速する。バリアレスの騎鴕隊は、立て直しが済んでいないまま突っ込んできているのだ。好機以外の何物でもない。


 多分バリアレスは、攻勢の時には滅法強い将なのだろう。しかし一旦押されると、なかなか立て直しがきかないのだ。現に今、彼の率いる隊は綻びを無視して突き進んでくる。穂先は鋭くとも、支える柄は今にも折れそうだ。


「おらあああ! その頭、かち割ってやらあ!」

「――こっちの台詞だ!」


 何度目かわからない、バリアレスとの接敵。剣と棒を交える。


 これ自体は互角だが――今はどうでもいい!


 バリアレスとはそのまますれ違い、瑚笠は綻びの見え隠れするバリアレス隊に、真っ直ぐに突っ込んだ。そのまま敵の隊を縦断していく。


 抜けたら即反転。今だ立て直せていない、動けない残りの敵を尻目に、再びバリアレス隊を襲う。


「銀歌ぁ! 葉!」


 興奮しすぎて、合図をしながら、思わず名前で呼んでしまった。幸い、近くにはどちらもいない。


 それでも指示は伝わっている。後ろから続く二人は、それぞれの指揮下の兵を率い、分離して動き出した。瑚笠傘下の兵含め、三隊で抉るように敵を崩していく。


 ――あとひと押し!


 今や崩壊寸前のバリアレス隊を追い抜き、瑚笠はもう一度反転した。


 バリアレス隊の奥の敵が、徐々にまとまりを取り戻しつつあるのが見える。


 だが、そうはいかない。


 バリアレスが死に物狂いで突っ込んできた。


 叫ぶ。


「これで終わりだ! 落ちろおおおおおお!」


 武器が交錯する。


 バリアレスの棒が、瑚笠の剣に跳ね上げられた。


 さらに駆け抜けざま、瑚笠は空いた胴の、具足の隙間を狙って剣を突き出す。


「ぐあっ……」


 瑚笠の剣先からは、新たな血潮が滴っていた。


 だが、浅い。致命傷には到底至らないだろう。止めは差し損ねた。


 それでも、この騎鴕戦は自分たちの勝ちだ。


 崩れかけのバリアレス隊を、晴銀歌、趙葉とともに蹂躙していく。


 遂に潰走が始まった。兵がばらけ、各々勝手に逃げ始める。


 だが、三隊に追撃され、逃げる方向は一つしかない。その先にいるのは――――


 そう、ようやく立て直しかかった、残りの敵の騎鴕隊だ。


 逃げる兵たちがばらばらと入り、敵の騎鴕隊は再び混乱に陥る。その上、バリアレス隊の潰走を見て、他の兵も逃げ腰になっていた。


 迷わず、突き崩す。三隊の波状攻撃で、たまらず敵の全騎鴕隊が崩れ切った。


 軽く追撃し、四方八方に散らすだけ散らしておく。既に、敵にまとまりというものは全く見られない。もうこれで、敵の騎鴕隊の立て直しは絶望的だろう。できれば逃げる騎鴕を敵の歩兵にぶつけたかったが、そこまで器用なことをする余裕はなかった。とはいえ、ここまで出来れば上々だ。


 瑚笠は一度、指揮下の全軍をまとめた。


「っしゃあっ! ざまあみろ!」


 腕を振り上げる。兵たちから、ごうと勝鬨が上がった。


「……あの、隊長」

「ん?」


 そんな中、晴銀歌が寄ってきて、話しかけてきた。少し頬を赤らめている。初めての大規模な騎鴕戦での勝利だ、彼女にとっても嬉しいことだろう。


「さっき、私の名前を……」

「いっ!?」


 まさか。聞かれていたのか。


 瑚笠のたじろいだ反応だけで、晴銀歌には十分だったらしい。恥じらうような表情から一転、からかうような笑みを浮かべた。


「わざわざ兵が教えてくれたんですよ。――水臭いですね、呼びたければ普段から名前で呼んでくれればいいのに」


 まずい。弄る種を得た時の晴銀歌には、正直かなう気がしない。苦し紛れにじろりと部下に目をやると、顔をそらすものが何人もいた。どうやら単独犯ではないらしい。いずれ、調練でしごいてやろう。


「さあお前ら、まだ戦そのものに勝ったわけじゃねえ! まだまだ暴れるぞ!」


 満足気に微笑む晴銀歌を放置し、瑚笠は剣を掲げて声を張り上げた。


 瑚笠の背後では、威を示すように「瑚」の旗が靡いていた。


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