表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世剣聖  作者: 鷹武手譲介
第二部 戦場への回帰
35/113

暗江原の戦い1

 原野に並び立つ、二つの大きな兵塊。南側が小さくまとまり、円に近い形を取っているのに対し、ロードライトの属する北側は、大きく弓なりに広がっている。いわゆる鶴翼の陣形だ。


 南側の袖軍の概算は八千。それは、予想通りの数だ。対する鷺軍は一万三千と、倍近い兵力を誇っている。戦況を左右する要素の中でも兵力は最たるものであり、本来なら十分に余裕を持って戦に当たることが出来る。


 しかし、これでも油断ならない現状に、ロードライトは息を吐いた。


 今回の戦は兵の多さを活かすため、広げた軍で相手を包み込み、押しまくって圧殺する、というのがこちらの主要な方針だ。単純極まりないが、それも当然だった。総大将の士会の指揮は、正直なところを言えば初心者そのものであり、自分と相談するという過程を踏むため判断に時間がかかる。速度に乗せた戦いは選べない。


 その上、軍自体も本来の所属が分かれており、命令系統がどこまで守られるか怪しい。複雑な戦術など取りようもないのだ。


 そして同時にこれらの不安材料から、ロードライトは敗北の気配をどうしても拭いきれなかった。敵は国境を守る名将、林天詞の指揮下にある強力な軍だ。士会の指揮の良し悪しまでは把握していなくとも、指揮官同士の噛み合いの悪さは察していることだろう。自分が同じ立場なら、これを利用しないはずがない。


 この戦の成否は、自らの綻びをどれだけ繕うことが出来るかにかかっている。


「士会殿。大丈夫ですか」


 騎乗した士会は、どうにも固く見えた。緊張がほぐれないのだろう。無意識に、鞘に入れたまま腰に佩いた剣に手を伸ばしている。


 無理もない。しばらく見ていて思ったが、神の使者といえども、彼や亮はむしろ人の子に近い。超常的な力も特になさそうだ。身体能力はともかくとして、戦の経験もなしに総指揮をやらされるのは、まともなら精神的にも能力的にも相当きついだろう。


 指揮のやり方や武術、乗鴕をここしばらくで仕込んだが、やはり付け焼刃だ。時間が圧倒的に足りない。とはいえ飲み込みは良いようで、ある程度戦鴕を駆けさせても振り落とされなくなった。


「ああ。なるようになるさ。生き残れるよう、頑張るよ」


 士会は気丈に笑うものの、その笑顔はやはり固かった。すると傍にいた亮が士会を茶化し、士会は仏頂面ながらも自然な表情になる。


 この二人からは、なかなかに長い付き合いを感じられた。少し固さが気になっていたものの、自分の出る幕ではないな、とロードライトは頭を切り替える。


 今は開戦の時機を見極めるのが自分の役目だ。戦の空気が満ちていくに連れ、皮膚を刺すような感覚が強くなる。


「――士会殿。そろそろです」

「了解」


 士会は短く返し、これから戦うことになる、袖軍の方向を見つめた。


 ロードライトは待つ。空気が張り詰め、陽光を強く感じる。


 いつになっても、大軍同士がぶつかる直前のひりついた空気は慣れない。自らが突撃の合図を出す、事実上の総指揮となると、なおさらだ。今までずっとウィングローの指揮下で戦場に在ったロードライトにとっても、実は初めての経験だった。


 士会自身、相当な重圧の中にいるだろう。これは、口で言っても理解しづらい、実際に戦に出てみないとわからないことだ。一応説明してはいたが、やはり聞くと感じるとでは大違いのはず。


 すっと、空気が入れ替わるような風を感じた。


 ――来た。


 相手方も、同じことを感じているだろう。


 士会の肩が小さく上下した。どうやら、彼もまた気運の高まりを敏感に感じ取っているらしい。こういう鼻の良いところは、戦向きの片鱗を見せている。


 あとは実際の戦い振りを見て、判断しなければ。


「士会殿」

「これが、そうか。ありがとう」


 士会が合図を出すと、後方で銅鑼(どら)が鳴らされた。


 全軍が前に出る。


 戦の、始まりだ。


                    ※


 各所でぶつかり合いが行われていた。


 鷺軍の構成は、中央に士会の率いる三千、左翼にコルテオの率いる五千、右翼にスプカート、ソレイラの二千五百ずつ。これらが包み込むようにして袖軍に襲いかかり、押しまくっている。士会の周りに戦火は飛んできていないが、少しずつ前進していた。


 今のところ優勢なのは、士会にもわかる。兵力差があるので、当然ではあるのだろう。


 戦はまだまだ序の口ではあるのだが、思っていたよりも総指揮というのは静かなものだ。もっと指揮を執りながら、動き回って戦わなければならないと思っていた。


 多分自分が剣を取らざるを得ない状況なら、相当窮地に追い込まれているのだろう。このまま勝ってしまえば、剣を振るうことすらなく戦から生還できる可能性もある――どころか、その見込みはかなり大きい。ロードライト自身、実際の戦闘をさせる気はない、と言っていた。自分のための戦なのに、ほぼ人に任せきり、というのはどうにも居心地が悪かったが、安全であるのはありがたい。


 ただ、これは自分がただの傀儡だからかもしれない。実質的な総指揮であるロードライトは、目まぐるしく報告される戦況を逐一頭に入れ――今のところ敵将の名と押し勝っているという情報くらいだが――なにやら集中している様子だ。


「今の状況って」


 短く聞いただけで、ロードライトは察してくれたらしい。

 傍で騎乗している亮も興味ありげなようで、顔を向けていた。


 ちなみに、従者二人組はこの場には連れてきていない。「私たちは仕える主の剣となり盾となるため――」辺りまで聞いて、ハクロに置いてきた。そういうものなのかもしれないが、自分の命の身代わりのために小さな女の子を戦場に連れこむわけにはいかない。


「今はどの場所でも、一方的に押しており、向こうは防戦一方なようです。ただし、そもそも向こうが守りを固めているため、あまり討った数も多くはありません。このまま行けば至極あっさり勝てますが、まずそうはならないでしょう」

「対策を練ってくる、と?」

「ええ。多分今、袖軍はこちらの兵の練度などを様子見しているところです。問題は、ここから一体どういう動きに出てくるかですね」

「……どこか一点突破してくるとか?」


 士会が試しに聞いてみると、ロードライトはほう、と小さくもらした。


「士会殿、鋭いですね」


 良く分からないので適当に言っただけだったのだが、意外と的を得ていたらしい。


「多分、脆いところを見つけ集中して攻撃されるでしょう。これだけ広い原野での野戦で、こちらが単純な戦法を取り続けていると、向こうもあまり奇抜なことはできません。敵の攻撃が始まったら、それを受け流しつつ押し続け、どちらが先に崩れるかの勝負になると思います。今は探りを入れている段階でしょう。それはこちらも同じで、向こうに綻びが見られたら、騎鴕隊を投入して一気に叩きます」

「相手がわざと負けて、伏兵がいるところまでおびき寄せるとかは?」


 亮が口を挟んだ。しかし、ロードライトは静かに首を横に振る。


「それはおそらくないと思われます。今回は、相手の兵力にあまり余剰がありません。それに、警戒するとしても、追撃を平原の終わりまでで止めればいい話ですからね」

「なるほど」


 また伝令が走ってきて、与えられた情報を士会たちに伝えた。その内容に、士会は身を固くする。


「――噂をすれば、というやつですかね」


 伝令が持ってきたのは、右翼が押し返されつつある、という情報だった。どうやら敵の反撃が始まったらしい。


「右……じゃあ、そっちを厚くする感じか」

「いえ、厚くするというより、攪乱した方がいいでしょう。とりあえずは、攻め立てられている隊の騎鴕隊を使って、小規模に突っ込ませてみましょうか」

「ん? ということは、特に二隊への増強はなし?」

「ええ。微妙なところですが、戦い方次第でまだまだ耐えられるはずです。相手が相手なので、いつまでも続きはしないでしょうが……。それでも、いましばらくは騎鴕も攻めに回し、相手への圧力を強めていたほうがいいです。相手が押してくれば、その分付け入る隙も生まれるでしょう。でき得る限りの打撃は、今のうちに与えておきたい」


 士会は言われた通りに伝令に指示を出そうとした。


 しかし、その直後、新たな伝令が続報とともに駆け込んできた。その内容に、ロードライトは顔色を変える。


「騎鴕隊に突き破られた!? こんなに早くに!?」


 すぐに平静を取り戻したロードライトは、こちらに解説をしてくれた。


 どうやら敵の騎鴕隊の勢いを殺せず、一直線にこちらの陣を走り抜けられてしまい、鶴翼の陣形の裏側に回り込まれたらしい。現在、スプカート、ソレイラの下にいた騎鴕隊が応戦しているが、かなり押されている。


「つまり、挟撃を受けることになりますか」


 亮が聞くと、ロードライトは静かに頷いた。判断が決まったらしく、とりあえず言われた通りに指示を出す。


 左翼を担うコルテオの隊の騎鴕隊と、バリアレス指揮下の騎鴕隊、合わせて千五百騎を、援軍として送るらしい。これに今交戦中のスプカート、ソレイラの騎鴕隊を加えると、鷺軍が率いる騎鴕隊のほぼ全軍になる。残る騎鴕は、指揮官たちの周りを固めている麾下きかの兵だけだ。士会の周りにも、百騎が付き添っている。これは、相当の精兵らしい。


 さらに、左翼から少し兵を出させ、右翼の増強に向かわせた。


「今突破してきた騎鴕隊は、兵数からして、敵の騎鴕隊の全軍でしょう。あれを潰してしまえば、こちらは一方的に騎鴕で攻めることができます。ここで本隊の攻めにも騎鴕を残すと効果的なのですが、ちょっと戦力的に厳しいですね」


 今は押されているとはいえ、敵の騎鴕は千五百程度だ。こちらが出すのは、計二千五百ほど。元々の数が違うので当然ではあるにしても、かなり兵力差がある。


 同数では勝てないと判断しているのか、それとも保険を掛けているだけなのか。


 一瞬、灰色に赤の紋章旗が遠目に見えた。確かあれは、バリアレスの旗だったはずだ。嬉々として敵陣に切り込む姿が目に浮かぶ。


 ……さすがに酷すぎたか。命のやり取りしてるんだ、そんな高揚して戦ってるわけないよな。


「この騎鴕戦は、戦の趨勢そのものを左右します……頼みましたよ、バリアレス」


 ロードライトが独りごちる。


 士会は、なんとなく申し訳ない気分になりながら、前線の土煙を望んだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ