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異世剣聖  作者: 鷹武手譲介
第二部 戦場への回帰
32/113

和解

「なるほどなるほど。つまり威勢良く任せろとか言って出てったものの、話が通じずカッとなって大喧嘩、そのまま喧嘩別れして来ちゃって顔も合わせにくい、と」

「仰る通りです返す言葉もございません」


 ――というやり取りも、既に七日前になる。士会は苦悩の絶えない日々を送っていた。


 どう考えても自分が悪い。言いにくいことを曖昧にぼかし、あまつさえ先延ばしにしたのは他ならぬ自分なのだから。おまけに殴りつけるような語勢でフィナを非難し、傷つけた。亮と話した少しずつというやり方にも反するし、みんな、などと言いながら自分はウィングローとシュシュからしか話を聞いていない。何もかも、お粗末だった。


 しかし、だからといって、容易く謝りに行くわけにもいかないのが、ややこしいところだった。自分の論調自体は、これからフィナに徐々に伝えていくはずだったのだ。そのため、撤回するわけにもいかない。それに、フィナからの甘い誘いについても、自分が譲ることはできない。


 すると、今まで自分の方針について言えなかったこと、荒い口調を使ってしまったことしか謝れないが、その話題になるとまた口論になりそうで怖い。結局尻込みし続けて、出発の日を迎えてしまった。――というか、柳礫攻略に向けて出発してしまった。


 何も進歩していない。完全に二の轍を踏んでいる。


「ああ……俺ってヘタレだな……」

「こんな時に唐突だねえ」


 今は調練の真っ最中だ。最低限の乗鴕に武術、指揮の合図と、やることは山ほどある。都を出るまでの七日間も、調練の忙しさで悩みをごまかしていた。出発したことにほっとしてしまっている自分が、また情けない。


 ただ、娘を(めと)らないかという、貴族たちの誘いから逃れられたのは素直に嬉しかった。連れられた娘とやらを見たが、なるほど確かにフィナより年下だった。後で聞いたところ、貴族社会では家を継ぐ嫡子(ちゃくし)でない限り、早々に結婚させられるのが常なのだそうだ。特に女性は早く、十二、三歳での結婚も、珍しくないらしい。


 亮の振り下ろした棒に、士会の手にした棒が叩き落とされた。


「僕に負けるなんてよっぽどだよ。気を散らせすぎ。危ないよ」

「……すまん」

「なんだかんだ時間が解決してくれるところもあるだろうし、あんまり気に病みすぎないように」

「そうだといいんだけどな……」


 言いながら、剣代わりの棒を拾う。少し離れた場所から見ていたバリアレスも、腰を上げて近づいてきた。


「どうした士会。昨日までとはまるで別人だぞ」

「ああ……ちょっと自己嫌悪にな」


 バリアレスに別人と言われるのも、無理からぬことだろう。自分でも鬼気迫るような勢いだと思うほど、士会は調練に打ち込んでいたのだ。


 士会は、さらに顔を曇らせていた。都を出て、フィナに会えなくなってから悩み出すあたり、本当に救いようがない。


「お前らしくもない。悩みなんざ、適当に流してりゃいいんだよ」

「そうできればどんなにいいか……」


 とはいえ、今考えるべきことではないことも確かだった。


 何せ、目的地に着けば戦が始まる。この前の脱出戦とは全く違う、相手を攻め崩す戦なのだ。悩んでいる暇など本来はない。


「まあ、過ぎたことを悔やんでも仕方ないさ。今出来ることをやろう。大丈夫だよ、フィナにも時間が必要なだけだから」


 大言を吐いておきながら、無様に帰ってきた自分に、からかいはすれど責めず、なんだかんだ励ましてくれる友人の存在は、士会にとって非常にありがたかった。


 そして亮の言うとおり、今出来ることは戦の準備だ。首飾りによる通話もこちらから送ることはできないので、現状フィナに対して働きかけることは全くできない。


 気を取り直して調練に、と士会も持ち直したが、さすがに今の様子では戦闘訓練は危ない。ということで、乗鴕の訓練に切り替えることになった。


「ほう、ほう。こうして見ると、お二人共まっさらな新兵なのですがなあ」


 ちょうど、士会が振り落とされて、鈍痛に顔をしかめながら起き上がったところだった。ロードライトが様子を見に来た。


 彼は普段ウィングロー軍で第二位の指揮官をしているが、此度の戦では士会の補佐に回ることになる。落ち着いた物腰なものの、ウィングローに比べればずっと気さくな性格なため、士会としては接しやすい相手だ。


 今回は総指揮の士会が指揮経験皆無なため、ロードライトが指示を出し、それを士会がさも自分の判断であるかのように全軍に伝えるという形をとる。さしずめ士会は傀儡(かいらい)である。いる意味はほぼ、ない。


 お荷物感丸出しなことを考えると、心が痛い。亮のように上手いことかわすべきだったと思うが、あれも士会が一番上に立つこと前提の逃げ方である。結局のところ、退路はなかった。


 そう、こうなった以上やるしかないのだ。


 とはいえ、気負いすぎるのも良くない。戦に関しては、なんとかなるさと言い聞かせ、士会は自分を納得させていた。


「実際そうですからね……」


 答えながらも鴕鳥に乗り直し、ロードライトのところまで歩かせる。現在は都から行軍中であるため、昼間はついでに歩かせる練習をしていた。ここ数日の努力もあり、なんだかんだ歩くところまでは、士会も亮も出来るようになっていた。


 とはいえそれは、ゆっくり駆ける時だけの話だ。いざ疾駆しようと、姿勢を低く、手綱を引っ張ると、戦鴕は全力で駆け出し――間もなく、士会は耐え切れず地面に投げ出された。


 すかさず起き上がり、戦鴕を追いかける。

 受身の取り方のほうが、余程上達した気がしていた。


「しかし、立ち合いの中で見せる一瞬の判断力は、なかなかのものです。今はまだ、技術や体の使い方が追いついていませんが、身に付けば一気に伸びますよ」


 歩いて近寄ってきていたロードライトに、再び声をかけられる。少し間を空けてから、先程の会話の続きだということに気が付いた。


 士会はバリアレスだけでなく、ロードライトとも一度手合わせしている。数日前に改めて顔合わせした時、すかさず申し込まれたのだ。どうも戦人達は、息をするように戦闘を行う。会話の一つにすらなっているらしい。


 ちなみになす(すべ)なく叩きのめされた。一度は引き分けたバリアレスとも何度か立ち合ったが、結局一度も勝てていない。なんだかんだ、力量差は大きい。


「今回を乗り越えられたら、頑張って研鑽(けんさん)を積みますよ。とりあえずは目前に迫った戦ですが」

「ふむ。調練も大事ですが、戦士を一番成長させるのはやはり実戦ですからな。そういう意味では、ここで一度大きな戦を経験しておくのも良いことです」


 結局は生き延びればの話ですけどね、とロードライトは笑った。士会も笑い返したが、内心では笑い事ではない。落ち着いているとはいえ、この人も十分戦闘脳だ。


 なかなか分かり合えそうにないな、と士会は思った。


                  ※


 一通りの調練も終わり、士会は与えられた軍営に入った。今夜は野営だが、一軍の指揮官ともなると、幕舎を一つ丸々あてがってもらえるらしい。兵は同じ幕営でも、雨避けの布を棒で支えただけの屋根の下に雑魚寝で休むが、士会の軍営には簡素とはいえ寝台まであった。ありがたい。


「士会様ー! 雛の世話、終わりましたよー」

「お、シュシュ、ご苦労様」


 入り口に張られた幕を引き上げ、シュシュが幕舎の中へ入ってきた。この戦には士会が引き取った巨鳥の雛も帯同している。一応親代わりなので、出来る限り共にいたほうがよいだろう、という配慮からのことだった。よちよちと歩いてきて、自分の手から餌を食べる姿は、実に愛らしい。思わず、口がだらしなく緩むほどだった。今のささくれた感情を、わずかながらでも癒してくれる。


「まだ名前をお決めになっておられないのですか?」

「ああ……何つければいいか、さっぱりわからなくてなあ」

「神様の使者様なのですから、思いついたものをそのまま使えばいいのではないですか?」

「ううーん……」


 そう言われても、士会には神様らしい名前などさっぱりわからない。


 シュシュが口にした名前というのは、雛のことだ。人にもよるらしいが、鴕鳥に名前をつけることを勧められた。人鴕一体が理想の在り方だが、そのためには常日頃から自分を乗せる戦鴕と分かり合っていたほうがいい。必ずしも名前をつける必要はないが、あった方が絆を深めやすい、と言われたのだ。しかし士会は、周囲のみんながどんな由来でつけているのかまだ知らない。付ける基準からして見当が付かないのだ。


 加えて、妙な名前をつければ、確実に亮に笑われることだろう。あまり呼んでいてくすぐったくなる名前にするわけにもいかなかった。


「さて、朝も早いし、さっさと休むかな」

「あれ? 水浴びはいいんですか?」


 伸びをしながら士会が言うと、シュシュが不思議そうに聞いた。


「面倒だしいい。疲れたし、寝たい……」


 汗だくで気持ち悪いのはあるが、今日も疲れたし、明日も体を酷使する。とにもかくにもさっさと横になりたかった。


「うーん……わかりました。ちょっとお待ちください」


 何か思いついたらしく、シュシュが幕営を出て行く。人を待つのにはどうかと少し迷ったものの、結局士会は内からの渇望に負け、寝台に寝そべった。即座にまぶたが降りる。

 しかし、シュシュが帰ってくるのにそう時間はかからなかった。


「戻りました、入りますねー」

「あいよ」


 どうやらシュシュは、濡らした布を持ってきてくれたらしい。せめて体を拭くだけども、という心遣いか。ありがたい。


 疲れた体に鞭打って、士会は起き上がろうとした。しかしシュシュに押しとどめられる。


「士会様、そのままで」


 シュシュが布を手に持ったまま、士会に近づいてきた。

 どうやら拭いてくれるらしい。普段なら抵抗するところだが、全身が気怠い今は、お願いするのもありかなと思えた。


「背中だけでいいよ」

「はーい。眠れたら、そのまま眠ってしまってくださいね」


 物音で、寝台の傍にシュシュが立ったのが分かった。間もなく、うつぶせになった士会の衣服が肩まではだけられ、上半身が露わになる。


 シュシュの手が布越しに士会の背中をなぞっていく。肌触りが非常に気持ちいい。たいそう良い生地なのだろうなあと、士会は少し場違いな感想を抱いていた。


「ううん……随分凝ってますね。ついでにお体もほぐしておきましょうか?」

「あー……お願い」


 シュシュが寝床の上に上がってくる。シュシュの手が背中を刺激していく中、士会はフィナのことを考えていた。ちょうど目の前に転がっていた首飾りを見て、思う。


 彼女は今、何をしているのだろうか。この首飾りを通じて毎日のように話していた、あの頃が懐かしい。


 戦はどのくらい続くのだろうか。次にフィナに会えるのは一体いつになるのだろう。その時が来たら、自分の気持ちもフィナの気持ちも、整理がついているのだろうか。


 わからない。わからない。


 思考の渦中に入り込み、次第に意識も朦朧としてきた士会だったが、またしてもその眠りは妨げられた。


 こつこつ、こつこつと、慎ましい音が響く。


 その音は確かに、士会の目の前にある、見慣れた首飾りから聞こえていた。


 跳ね起きる。


「ふわっ! し、士会様!?」


 背中を押し揉んでくれていたシュシュが、寝床の上でひっくり返っていた。幸い地面に転げ落ちはしなかったようだ。


「あ、すまん! でもちょっと待って、今フィナからの通信が」

「フィリムレーナ様から? ……あ、その首飾りですか」


 どうやらシュシュは首飾りの仕組みも知っていたらしい。すぐに合点がいったようだった。


「少しお待ちください、人払いしてきます!」


 言うなりシュシュは軍営から飛び出していった。とりあえず士会は首飾りの呼びかけに応じる。


「あ、あの、会君……」

「すまんフィナ、ちょっとだけ待ってくれ。今シュシュが人をよけてくれるらしい」


 フィナの声に被せるように首飾りに向かって話しかけ、少し待つ。フィナも何も聞かず黙った。沈黙が降りる。


 急なフィナからの接触に、心は浮き足立っていた。期待と不安がないまぜになった、なんとも落ち着かない気分になる。


 やがてシュシュが慌ただしく戻ってきた。息を切らせている。急いでくれたのだろうが、士会にしてみると非常に長い間に感じた。


「お人払い済ませました。多少なら、声を出しても大丈夫だと思います」

「ありがと。フィナ、いいってさ」


 首飾り越しに呼びかけると、かすれた声が小さく聞こえてきた。


「えっと、その、会君……いろいろと言いたいことが、あるんだけど、その……」


 途切れ途切れのフィナの言葉を、士会は辛抱強く待った。内心はもどかしいが、少し不安は薄れている。鏡に映るフィナの表情はどちらかといえば申し訳なさそうで、怒りや非難をぶつけられることはなさそうだったからだ。


「……ごめんっ!」


 しどろもどろな声が続いた後に、フィナは思い切った様子で謝った。鏡越しに、彼女が頭を下げるのも見える。六年の付き合いの中で、初めて見せる仕草だった。


「あの後いろいろ悩んだけど……その、私、会君の気持ち、全然考えてなかった。何も聞かずにこっちに連れてきて、そのままずっといて、なんて……」

「………………」


 ああ、良かった。どうやら、思っていたよりもずっとフィナの物分かりがいいようだ。正直、もっと引き止められるというか、こじれることは覚悟していた。


 なんともわがままだが、これはこれで寂しいものがある。


「会君……?」


 フィナが不安げに士会の名を呼ぶ。そこで士会は初めて、自分が黙りこくったままだということに気付いた。


「ん、ああ、すまん。ちょっと考え込んじまってて。ありがとう、分かってくれて。俺からも、これだけは言っとかなきゃいけなかったんだが……」


 そこで士会は一度言葉を切り、映るフィナの瞳を見据え直した。


「俺は別にこっちにいることが嫌なわけじゃない。直接……その、好きな人と会えて凄く嬉しかったし、呼んでくれて感謝してる。急に連れてこられて、確かに驚いたけどな」

「会君……」


 フィナの顔が少しほころんだ。


「それに、こっちにずっといるかどうかわからないとは確かに言った。だけどそれは、あくまでわからないだけだ。迷うくらいの魅力を、こっちにも感じているんだよ。それはフィナ、お前がいるからだ」

「うん……うん!」


 フィナは嬉しそうに笑ってくれたが、士会は顔から火を噴きそうなくらい恥ずかしかった。それを紛らわそうと、言葉を続ける。


「とにかく、前も言ったとおり、俺はまだ、決めきれていないんだ」


 大体言いたいことは言えた、と思う。こうして一度言葉にしてしまえば、思っていることを互いに分かり合えるのだが、そこに漕ぎ着くまでがどんなに大変なことか。親しき間柄でもこれなのだ。相互理解とは、難しい。


「そう、それなんだけどね」


 フィナが少し真面目な表情になる。おそらく見えてはいないだろうが、士会も姿勢を整え直した。


「私、会君が帰る方法を探すの、手伝うよ。勝手に連れて来たのは私だし。えっと、その、だから……仲直り、ね?」


 フィナが鏡越しに小指を差し出してくる。


 士会はかなり驚いていた。まさか、手伝うとまで言ってくれるとは思っていなかったのだ。

 嬉しさを顔に思い切り出しながら、士会も小指を立てて、鏡の表面に触れさせた。


「ああ。これからもよろしくな」


 最近ずっと頭にとり憑いていた問題が一気に解消し、士会の気分は晴れやかだった。あとはくれぐれもフィナを泣かせないよう、戦から生還することに専念しないといけない。


 鷺の国について悪しざまに言ったことについては、フィナは触れなかった。フィナの頭の中で様々な葛藤があっただろうし、そんな中で整理されてしまったのかもしれない。もしくは、話がこじれそうで話題から省いたか。当初の予定通り、落ち着いてから少しずつ進めていくしかないだろう。


 良好な仲を取り戻したかつての主人と今の主人を眺めながら、シュシュがにこやかに微笑んでいた。


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