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異世剣聖  作者: 鷹武手譲介
第一部 異国からの脱出
3/113

船旅

 こみ上げてくるものを、なんとか士会は押し戻した。

 士会も亮も、ふかふかの寝台の上に横たわって、青い顔をしている。そして、部屋ごと揺れていた。


「いや、すごいね……僕、割と強いつもりだったんだけどな」

「俺もだ。ちょっとこれは、次元が違う……沈まないだろうな、これ」

「どうだろうね。心配だなあ」


 二人は今、船の中にいた。豪華絢爛(ごうかけんらん)なものだが、木造の船だ。大型で、百人以上乗れるらしい。

 しかし、その揺れは酷いものだった。士会が乗ったことがある船といえば、旅客船くらいのものだったが、いかに揺れないよう工夫されているのかを思い知っていた。初めは甲板(かんぱん)に出ていたものの、すぐに船酔いに陥ってしまい、あてがわれた船室に引っ込んだ。狭い船の中にしては、空間が広く取られている。


「これ……いつまで続くんだ」

「さあね……。後でフィナに聞いてみないと……」


 二人の声に、覇気はなかった。

 士会は、こうなった元凶に思いを()せる。


「二人には、私の国の都に来てもらうね。ここからちょっと遠いけど、でも、思いっきり歓迎するから!」


 フィナにそう言われ、石舞台から移動した士会たちは、船着場で兵士に迎えられた。物々しかったが、聞けば全員フィナの護衛だという。その数、三百。以前、どこぞの姫だと言っていたフィナの言葉を、今更ながら士会は思い出した。


 士会と亮が飛ばされてきた島は降聖島という名で、聖域のような扱いになっており、基本的に皇族以外立ち入り禁止らしい。そのため、兵士は皆、船で待機していたそうだ。


 士会の理解が追いつく前に、興奮するフィナに船に乗せられ、気づけば出航していた。中央のフィナの乗る豪華な船を、三艘の軍船が護衛している。行き先は、言っていた通りフィナの国とやらの都だろう。しかし、そこまでどのくらいかかるのか。聞きそびれてしまっていた。

 そして、今に至る。


「センター試験までに帰れるのかな、俺……」

「諦めた方がいいんじゃないかな……。どうせ浪人だったろうし、気にするなって」

「うっせ……」


 二人とも、時折会話するだけで、口数は少なかった。口を開くと、言葉とは別のものが出てきそうで、怖いのだ。


 士会は、気を紛らわせがてら、置かれた状況についてつらつらと考えていた。

 兵の装備は剣や槍に具足、船は木造だ。それが姫の身の回りなのだから、文明水準は自分たちと比べると低いのだろう。ただ、翻訳や異世界との通信、転送のような魔法じみた技術もある。なんとも、ちぐはぐな印象を受けた。


 一国の姫の客である以上当然のことではあるが、士会たちはかなりの厚遇を受けていた。この部屋自体、内装は士会の目にも明らかなほど煌びやかだ。それに先ほどなど、女性の侍従たちが何人も来て、何から何まで着替えさせられそうになった。それは、強引に断った。

 その侍従たちは、今は部屋の外で並んで待機している。この揺れの中で。それだけでもうすごい。


「なあ、亮。情報収集しなくていいのか?」

「したいけど、まずはフィナだね。侍従さんたちはその後」


 寝台の上にある亮の顔色は、非常に悪い。見えないが、自分も同じような顔をしているのだろう。


「何でだ? フィナがいつ来るかもわからんし、とりあえず聞いてみれば」

「食い下がるね。士会、メイドさん好きだったっけ」

「いや、別に」


 からかいが空振りしたからか、亮がつまらなそうな顔をした。彼なりの、気晴らしなのだろう。

 フィナは、着替えがあるとかで、話を聞く前に自分の部屋に引っ込んでしまっていた。動くと途端に吐き気をもよおすので、こちらから探しに行くのもはばかられる。


「とりあえず、僕らは立場をはっきりさせないといけないと思うんだよね。フィナの賓客なのに、出自が曖昧じゃまずいでしょ」

「そうなのか?」

「例えば、『どちらの出なのですか?』と聞かれて、どう返す?」

「異世界――とはいかんな」


 亮の言いたいことがやっとわかった。

 こんな厚遇を受けている以上、どんな立場の人間かは常に詮索(せんさく)されるだろう。しかし、今の状態では、まともな答えを返すことができない。


「だから、フィナと相談するのか」

「そうそう」


 さすがに、酔って寝台に転がっていても、亮は冷静だった。こちらの事情を知っているフィナと、口裏を合わせてから、情報を集めようということだろう。


 会話が途切れ、士会は枕に顔を(うず)めた。

 士会も次第に、この状況を楽しみ始めていた。まだ見ぬ世界、知らない地平。初めは嬉しそうにしている亮が全く理解できなかったが、ようやく士会にも実感が湧いてきていた。


 これは、冒険なのだ。

 幼い頃、山に一人で入ったことを思い出した。あれと同じだ。不安も感じるが、それ以上に心震えるものがある。

 そこでふと、気づいた。


「なんか揺れ、強くなってないか?」

「士会もそう思う?」


 ということは、亮も同じように感じているのだろう。さっきから、危うく寝台から振り落とされそうな揺れが続いている。


「波が高くなったのかな……天気悪いのかも」


 窓がないので、外の様子はわからない。体感の時間では、そろそろ日が暮れていそうだ。


「そういえば、そろそろ晩飯時くらいか? 全く食欲湧かねえけど……」

「だねえ……上から入れても上から出てきそうで……。そもそも、一日二十四時間かどうかも怪しいけど」

「……おお、そうか」


 こちらの常識で考えていたが、それが通用するとは限らない。

 少し士会が不安になったところで、大きな音を立て、部屋の扉が勢いよく開いた。


「お待たせー! 遅くなってごめんね!」


 扉を壁に叩きつけたのはフィナだった。煌びやかな飾りが扉から外れて落ちた気がしたが、フィナはそれにも気づかず士会の寝そべる寝台に駆け寄り、そのまま士会の胸に飛び込んだ。


「フィナ、おい、今は止め……うう」


 衝撃が士会を襲うが、なんとかこらえる。フィナが密着している状態で、うっかりやらかすわけにはいかない。


「外に聞こえるのはまずいな」


 寝台の上で士会に甘えるフィナを背に、亮が立ち上がり、叩きつけられたことに抗議するように軋む半開きのドアを閉めた。


「ふあぁ……落ち着く……」


 胸にすがりついて頬をこすりつけ、満足しきっているフィナとは対照的に、士会の頭は沸騰しており、何も考えられていなかった。フィナが抱きついてきたとき、反射的に抱き留めはしたものの、ここからどうすればいいのかさっぱりわからない。


 そこで士会は、戻って寝台の縁に座った亮と目が合った。助けてくれ、と士会は視線で訴える。もうちょっとだけいいんじゃない、と含み笑いで亮は目をそらした。さらに士会は頼み込む。

 三回目でようやく、しょうがないなあ、と亮が動いた。


「フィナ、そろそろいいかな。ちょっと聞きたいことがあるんだけど」

「ん、何?」


 亮の問いに、フィナが士会の胸から顔を上げた。すかさず士会は、フィナの下から抜け出し、寝台の上であぐらをかいた。フィナを挟んで、亮と向かい合う形になる。


「僕たちがどこから来たか知ってる?」

「えっと……日本、だよね。崑霊郷の中の」


 むう、と若干不満げな表情を浮かべつつも、フィナは士会の隣に腰掛け、亮の質問に答えた。さすがに、亮を交えて会話しながらいちゃつく気はないらしい。士会はほっと心の中で胸をなでおろしていた。


「崑霊郷? 何それ?」

「あれ、知らないの? 私たちの神様や、死んだご先祖様が住んでいる世界だよ。ほんとにそんな人たちがいるかは、わかんないけど。会君たちはそこから来たんだよね?」


 フィナに詳しく話を聞いてみると、士会たちが呼ばれた降聖島は、創世の神々が崑霊郷から最初に降り立った島なのだそうだ。士会とフィナをつないでいた首飾りも、島で見つかった神器として、皇家で受け継いできたものらしい。だから、フィナは士会たちが崑霊郷の住人だと考えていた。


「さすがに、会君や亮が神様だとは思わないけどね」


 この話自体、あまり興味なさそうに、フィナは言った。


「とにかく、僕らは崑霊郷から来た人間なわけだ。適当に、使者ということにしとこうか」

「神の使者か……なんか仰々(ぎょうぎょう)しいな」

「崑霊郷が絡む以上、神様と何かしら関連付ける必要があるわけだし。それでフィナ、僕らが向こうの住人だと知ってる人って、フィナの他にいるの?」

「うん、いるよ。というか紹介しようと思ってたんだった。おーい、入っていいよー」


 フィナの呼びかけで、亮が閉めたドアが再び開き、青年と少女二人が部屋に入ってきた。三人は士会たちのいるところの近くまで来て、そこに片足を立ててひざまずく。


「みんな強いなあ……」


 亮がしみじみと呟いた。そういえば、フィナ含めて全員、酔っている様子はない。ただ、揺れで危うくこけそうにはなっていた。


 青年は士会と同じくらいの身長だが、全体的にひょろひょろとしている。その黒髪は少し乱れており、もともとぼさぼさだった髪を無理矢理直して、羽飾りのついた帽子で押さえつけているような格好だった。

 一方、少女たちはまだ十を少し超えたくらいの年齢に見えた。背も、小柄なフィナよりさらに幾分か低い。片方は橙、もう片方は水色と、フィナと同じく鮮やかな眼と髪の色だった。


 三人とも、フィナと比べるとかなり質素な服装だ。もっとも、フィナは姫君なのだから、それより高貴な人はそうそういない。


 少女二人は上半身が前合わせで、下半身は裾が開いた膝丈までの服を帯で止めていた。色は薄茶色で、全く洒落っ気がないわけでもなく、(すそ)や袖口などに可愛らしいひらひらがあしらわれている。

 他方、青年は白衣を羽織っていた。その中はこちらも動きやすそうな締まった袴に、探検家が着るような物入れの多くついた服を着ていた。


「ええと、まずこっちの二人から。シュシュ、ミルメル、挨拶して」


 フィナの声に、橙髪の少女が顔を上げ、士会をしっかりと見た。


「は、はい! わかりました! え、えっと、これから士会様の従者をつとぅっ」


 噛んだ。


「あ、あああええと……」


 かなり焦っている。もうちょっと落ち着けば、と言おうかと士会が考え始めたところで、水色髪の少女が肘で橙髪の少女の脇腹を小突いた。


「落ち着いて。ほら、練習したでしょう」

「あ……うん。こ、これから士会様の従者を務めさせていただきましゅっ、……シ、シュシュ・アドルムと申しますっ。よろしくお願いします。……ふう、言えた」


 また噛んだが、今度は止まらなかった。しかし、独り言までばっちり全体に聞こえてしまっているあたり、やはり間が抜けている感は否めない。


「じゅ、従者?」


 目の前の光景は大変微笑ましいものだったのだが、聞き返した士会の目は何度か瞬きを繰り返していた。士会が困惑しているのを見て、シュシュと名乗った少女もまた、おろおろとし始める。


「うん。向こうではあんまりそういうのなかったんだよね?」

「見た感じ、僕らの身の回りの世話をする人、って感じかな?」


 一方、少し驚きはしたものの、亮は冷静さを保っていた。にこにこと嬉しそうに話すフィナと、会話を進めていく。


「そうそう。ほんとはもっとたくさんいたほうがいいんだろうけど、二人のこと詳しく知ってるのは、この二人くらいだったから」

「いやいや、そんな気を遣わなくてもいいよ。僕ら、大体のことは自分でできるし」

「そうだなあ。俺たち別にそういうのは……」

「あ、あの……」


 弱々しい声に振り向いた士会の目に映ったのは、今にも泣きだしそうなシュシュだった。


「私たち……いらないんでしょうか……」


 目を潤ませ、身長差から自然と上目遣いになる。その状態から放たれた不安げな声は、士会の罪悪感を強烈に引き出した。


「あ、いやええと、そういうわけじゃなくて、その」

「こら、シュシュ、会君を困らせちゃ……」

「待ってフィナ。今のは僕らが悪いよ。士会、ここは素直に受け入れよう。郷に入ればっていうし」

「……そうだな。えっと、シュシュだっけ? 悪かった。これからよろしくな」


 士会は謝り、同時に右手を差し出した。シュシュは一瞬きょとんとしていたが、すぐに濡れた両目がほころんで笑顔になり、両手で差し出された手を握りしめていた。


「は、はいっ! こっ、こちらこそよろしくお願いします!」

「……どうやら上手くいったみたいですね。では、私も。亮様の従者を務めさせていただきます、ミルメル・シュノフェリスです。以後、お見知りおきを」

「知っているみたいだけど、十文字亮です。これからよろしく」


 亮とミルメルも、握手を交わしていた。その様子を見て、満足そうにフィナがうなずく。


「その二人は、それぞれの専属の従者だから。都に着いたら、もっとたくさん侍従も付くからね」

「いや、一人いてくれればそれで十分だ。気にしないでくれ」


 そうぞろぞろと付けられては、たまったものではない。


「それで、そっちの人は? パッと見こっちで言う研究者っぽいけど」

「あ、亮大正解! じゃ、いいよ、エルシディア」


 先程からひざまずいたまま放置されていた白衣の青年に、亮が水を向けた。それを受け、フィナが許可を出した瞬間、弾けるように彼は顔を上げ、高速でまくし立て始めた。


「どうもお初にお目にかかります、エルシディア・アーキサイトです! 降聖島で神殿の研究をさせていただいております! いやはや、お会い出来て光栄です! 実は今回お二方をお招きした際の最終責任者は私だったのですよ。いや、正直なところまさか上手くいくだなんて! 私はもう、気が気じゃなか……あっ」


 青年が凍り付いた。


「おいちょっと待て」

「……今のは流せないねえ」


 エルシディアと名乗った青年は、士会と亮に詰め寄られ、急に滝のような汗を流し始めた。そこまでの勢いはどこへやら、もごもごと口の中に言葉をこもらせる。その顔には、はっきりと恐怖の感情が見て取れた。


「ええとあの……今のはその……」

「エルシディア? どういうことかな今の」


 必死で退路を探すエルシディアに、フィナが冷たく呼びかけた。それまでもこれ以上ないほどの焦燥を見せていたエルシディアだったが、フィナの怒りの表情を見て、さらに汗を吹き出した。その顔は、青を通り越して黒に近い。


「フィリムレーナ様、落ち着いてください!」

「そうです。ここには彼らもいるのですよ」


 いさめる従者たちの言葉に、フィナは大きく深呼吸した。そして、一言エルシディアに指示した。


「エルシディア、下がって」

「は、はい!」


 そそくさとエルシディアが船室から出て行く。後には、少し冷えた空気が残った。


「ところでフィナ、僕らのこれからの予定について話しておきたいんだけど。とりあえず、船から降りた後の流れとか、どうなってるのかな?」


 その空気を振り払うように、亮が努めて明るく聞いた。


「えっとね……ミルメル、どうだったっけ?」

「はい。風が強いので、エグレッタの港まで、あと二日ほどだそうです。そこで一度補給を受け、船で川を遡上し、都まで移動します。港についてから、二日か三日といったところかと」

「足して五日か……。ちょっと待て、俺はセンター試験が……うおっ」


 一瞬の浮遊感の後、大きく船が揺れた。吹っ飛ばされないよう、それぞれが部屋の家具をつかんだり、体を寝台の上に投げ出しながら耐える。


「フィナ!」


 しかし、非力なフィナが吹っ飛ばされ、あっさり揺れに巻き込まれてしまった。そのまま隣にいた士会にぶつかり、士会ごと部屋の隅に転がっていく。

 フィナを(かば)わなければと反射的に思い、士会はもみくちゃにされながらもフィナと壁との間に入ろうと努めた。


 その結果。


 士会の努力は実り、鈍い音と共に箪笥(たんす)の角が士会の後頭部に直撃した。視界に星が散り、次いで暗転、意識は闇の底へ沈んでいった。

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