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異世剣聖  作者: 鷹武手譲介
第二部 戦場への回帰
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姫の見る世界

 ファルセリア邸を後にした士会たち一行は、再び天守閣へと足を向けていた。

 乗鴕も一緒に教わることになり、午後から早速というところで、士会の首飾りを通してフィナの合図が来たのだ。こちらに来てからは初めてなので、地味に懐かしく士会は感じた。


 応対すると、昼飯を食べに来ないかということ、それから街を一緒に回らないか、ということを伝えられ、士会は迷った。既に先約が入りかけている。


 しかし、首飾りの機能に驚きながらも、話を聞いていたウィングローから辞退された。殿下の招待を邪魔するわけにはいかない、とのことだった。調練は明日から、ということになる。宿題を先伸ばししたような、微妙な気分になった。


「そういえば、俺らが敬語使っても怒られなかったな」

「ああ、それは多分、僕らの身の上がある程度固定されたからだと思うよ」


 士会が思い出したように言うと、亮がすかさず返した。

 身の上……というと身分ということか。自分たちは将軍になるかもしれない、という状態だから、なるほど将軍たちの上に立つウィングローには敬語が正しい。


「とはいえ、フィナに対して普通に喋ったところを(とが)められなかったあたり、やっぱり宙ぶらりんは変わってないけどね。この辺はもうちょい様子見つつ改善の必要があるかも」

「改善というと?」

「僕らだけの時ならともかくとして、人前ではきちんと敬語にした方がいいかもってこと。将軍なりなんなり、位をもらうってことは、つまりはこの国の臣になるってことなんだから」

「ああ、皇子様には敬意を払わないとってことか」

「そうそう」


 歩いていると、ふとシュシュが昨夜布団の中で言っていたことを思い出した。何か神様に顔向けできない事情があるようだったが、今の自分では見当もつかない。しかしなんとなく、亮に相談するのもはばかられるのだった。


「シュシュ」

「はい? 何か御用ですかー?」


 特に用もなかったのだが、気づくと呼びかけてしまっていた。前を歩いて先導していたシュシュが、振り返ってくる。慌てて言うべきことをひねり出した。


「……何か困ってることがあるなら、言えよ?」

「え……あの、もっと私たちにお世話させてください」

「それは……ごめん、出来ない相談かな」


 少しでも油断すると、シュシュは食べさせようとしたり、着替えさせようとしたり、を流すと言って風呂にまで入ってきたりするのだ。これでは自分で何もできなくなってしまう。


「会君、おかえり!」


 天守閣の横の宮殿が、待ち合わせ場所だった。着くと、待ち構えていた侍従に、中に案内される。フィナが迎えてくれたのは、大きな広間だった。ふすまで仕切って小さくしてあるが、それでも広い。机には、既に並べられた大量の料理が見えた。


 まだ太陽は頂点に達する前だが、朝が早かったこともあり、士会の腹は音を鳴らす寸前だった。ごくり、とつばを飲み下す。


 しかしこの場合、果たしてただいまと返すのは正しいのだろうか。それはつまり、この馬鹿でかい屋敷を言えと認めることであり、引いてはフィナの伴侶(はんりょ)となることで……。


「……さっきぶり、フィナ」


 結局、士会は日和った。


「チキン」


 士会の葛藤を見透かして、亮が小声で罵ってきた。肘で小突いて返答とする。


「待たせちゃったよね、全くもう。会議はすぐ終わるって言ったのに、結局一時間以上かかったし……。ま、いいや。とりあえず食べよ、座って座って」

「あいよ」

「ほーい」


 とりあえず、食べ物の補給が先決だ。言われるまま席に着き、士会たちは勢いよく食べ始めようとした。


 献立は餃子に冷麺、白身魚の吸い物に、焼き鳥、釜飯、そして果物だった。餃子は正確にはそのものではなく、士会の中では餃子が近いというだけだ。外の形も球形に近いし、皮も多分、違うものだ。

 品数が多いが、その割に野菜が少なめなのは気のせいだろうか。


 という旨をフィナにぶつけてみたところ、彼女はわかりやすくうろたえた。


「え、いや、その、ううーん、せっかく食べるなら美味しいものの方がいい、でしょ?」

「そりゃそうだけど、野菜も食わないと体壊すぞ。もうちょい緑色を増やした方がいいって」


 そう言うと、フィナはううっと(うめ)きながらもうなずいた。やはり、意図的に彼女の手で排除されていたようだ。


「まあ、冷麺とかお吸い物にも野菜は入ってるし、果物も取れてるしね。少し増やしたほうがいいのは確かだけど、そこまで気にすることも……あー……ごめん、あるな」


 亮が助太刀に回ろうとしたが、菜ものだけ残されたお吸い物を見て論旨を変えた。あんなふやけた菜っ葉、残して食べるほうが大変だろうにと、士会は妙なところに感心した。

 作る側も、いかにしてさりげなく野菜を入れるか、試行錯誤しているのかもしれない。さすがに、餃子もどきの中の刻まれた野菜は、よけられていなかった。


「そ、そんなことより! 今日午後からどうする? 二人とも昨日、街を見てきたんだよね?」

「あーいや、その予定だったんだけど……」

「あの後バリアレスに会ってね。街は通り過ぎただけで、軍営の方を見に行ってた」


 バリアレス? ……ああ、ファルセリアのところの、とフィナは一人で納得していた。


「じゃあじゃあ、今日は街を見に行こ?」


 童顔を(かし)げて提案してくる。


「お、ついてきてくれるのか?」

「もっちろん! 早速行こう!」

「おう、これ食ったらな」


 士会が箸でフィナの口に菜っ葉を突っ込むと、フィナは嬉しいような恥ずかしいようなそれでいて苦々しそうな、実に複雑な表情を浮かべた。


                    ※


 フェロンは二代前の鷺皇が、新たに建設し、直々に遷都した、計画都市である。そのため、三層に渡る堅牢な構造や、美観を意識した水道の整備等、類を見ない設備が多く見られる。


 当時は見たこともない新たな都市に民は困惑したものの、それは昔の話だ。今やすっかり水都の暮らしに慣れ、各々の日々を営んでいる。


 たとえば今、士会達が乗る舟は、彼らの適応の産物だ。


 船頭には長い嘴を持つ鳥の頭が象られ、全体は灰と紺色、そして金の彩。舟の中には畳が敷かれ、屋根までついている。士会の中の知識で表すなら、屋形船だ。この世界ではこの街で生み出され、発展してきたものだった。近くに水場が常にある、この街独自の発想と言える。


 正直士会はほっとしていた。小型の屋形船の中にいるのは、フィナに士会に亮、フィナの従者が何人かに、シュシュとミルメル。さらに護衛が数人のみだった。周囲にいくつも警護の舟が浮かんでいるものの、ぞろぞろ衛兵を引き連れて街を練り歩くよりは、幾分ましである。


 しかし微妙に嫌な気分がちらつくのは、こちらに来て早々の船旅が最悪の一言に尽きたからだろうか。覚えている間中酔って寝台に突っ伏しており、その後は頭を打って気絶していた。


「景色が開けて来たな」

「もうすぐ大通りに出るからね。活気づいてきてるんだよ」


 フィナの言うとおり、道端には露店が出たり、軽食を扱う店が増えてきている。人通りも増えてきて、多くの人が行き交う様相が思い浮かばれる。


 残念ながら、現在は一糸乱れず平伏しているが。


「いや、フィナ……なんとかならんかな、これ。街の建物はともかくとして、人の営みが全く見えてこないよ……」

「じゃあ、やめさせるように言おっか?」


 亮が漏らした不満に、フィナは昨日と同じ提案をした。しかし、亮の顔は渋いままだ。


「ううーん、それでパッと元の生活には到底戻れないよね、普通……。弱ったなあ」

「ま、とりあえずは形だけでもそうしてもらおうぜ。多少はましになるだろ」


 フィナに指示を出してもらう。布告が伝わった街人たちは、一様に困惑し、顔を見合わせていた。


「ほんとに頭上げて歩いてていいのか、決めかねているみたいだね」

「そりゃそうだよな、時にフィナ」

「うん?」

「あそこで売ってるあれ、どんな食べ物? 美味しい?」


 士会が露店の一つを指差す。


「饅頭? お肉が詰まったパンみたいな食べ物だよ。でも宮殿に帰った方が美味しいのが」

「肉まんみたいなもんか。よし、買ってくる。舟つけてくれ」

「えええ?」


 フィナが困惑の声を上げた。船頭もどうすればいいかわからず、フィナを見ている。


「外で買い食いする飯は、家で食うのとは違った美味しさがあるもんだって」

「そうそう、士会の言うとおり。小腹も空いてきたしね」


 護衛だなんだと準備に手間取っているうちに、昼食をたらふく詰め込んだ腹も消化が進んでいた。おやつにはちょうどいい時間だ。


 フィナもそれで納得してくれたようで、屋形船が岸の階段に近づいた。接岸を果たす直前に、勢いよく士会が飛び移る。


「し、士会様!? そういうことは私たちが」

「いいからいいから! 先行ってるぜ!」


 一つ飛ばしで階段を駆け上がり、狙いの露店へ士会は急いだ。そして目を白黒させている売り子に、構わず注文を言いつける。


「饅頭三十個!」


 自分に亮にフィナにシュシュにミルメル。それに、フィナの侍従や護衛を合わせて、多分そのくらいで足りるだろう。


「え!? え、えーと……わ、わかりました、今すぐご用意します!」


 幸い、数は既に出来上がっていたようだった。いそいそと多量の饅頭を薄布に包み、士会に差し出してきた。


「ええーと、お代は?」

「い、いえ! そんな、滅相もない!」


 どうやらいらないということらしいが、それでは申し訳ないし、意味がない。


「そういうわけにはいかない。きちんと払……ってあれ? 金どこ入れたっけ……あーそうだ、シュシュ!」


 お金の入った袋は、従者たちに預けていたことを忘れていた。ちょうど追いついたシュシュに言って、銀貨を出してもらう。


「このくらいで足りる? シュシュ、わかるか?」


 値段は書いてあるのだろうが、士会には読めない。言葉に関しては翻訳機と思わしきものが何とかしてくれるが、さすがに字は管轄外なのだ。


「え? 何がですか?」

「饅頭三十、銀貨五枚くらいで足りるか?」

「ええと……二枚で十分ですね」

「んじゃ、はい」


 銀貨を二枚、机上に乗せた。釣りはいらねえぜ……などと立ち去りながら言ってみようかと一瞬思ったが、それでは思惑に反する。律儀に士会は饅頭とともに、釣り銭を受け取った。さすがに全部は持てなかったので、シュシュにも手伝ってもらう。


「ありがと、いただきます。――ええと、俺たちはこんな感じで普通にやり取りしてる、というか……皆さんの普通の姿を見たいです。だから、俺たちに気を使うことなく、過ごしてください。お願いします」


 翻って様子を伺っていた待ちゆく人々の方を向き、士会は語りかける。そして最後に、芝居がかって一礼した。


「え、し、士会様!?」


 驚いてシュシュが声を上げる。周りの人垣もざわついたが、士会は気にしなかった。


「そういうことだから、よろしく! それじゃ」


 振り向きもせずに士会は階段の半ばから飛び降り、船に戻った。


「うおっ……ととと」


 が、船の縁に足がかすり、体勢を崩す。あえなく畳の上に投げ出された。とっさに饅頭の包みを腕に抱え、つぶれるのを避ける。


「――はあ。かっこつけるなら着地決める、コメディアンに走るなら船から落ちる、どっちかにすればいいのに」

「うーん……中途半端だよね」


 亮からは辛辣な声が届き、フィナにも苦笑されてしまった。立ち上がりながら、士会は一応言い返す。しかし、正直自分でもそう思うので、強くは言わなかった。


「うっせーな。ちょっと目算誤っただけだ――おう、ごめんなシュシュ。振り回しちゃって」


 遅れて舟に戻ってきたシュシュに顔を向け、士会は笑いかけた。


「いえ、従者の務めですから――でも、あまり容易く頭を下げないでくださいね」

「気をつけるって。それと、はい」


 腕にくるんでいた包みから饅頭を取り出し、シュシュに渡した。


「え? もらってよろしいのですか?」

「うん。ほら、みんなにも。というか、三十を俺たち三人で平らげるのは、ちょっと厳しい」


 シュシュに、船上の面々に配ってもらった。饅頭一つで異様に感謝されてしまったが、手をひらひらと振るだけにとどめておいた。


「ありがと。うん、美味しい」


 礼を言いながらひょいとぱくついた亮が、顔をほころばせた。士会もおう、などと返事をしながら一口食べる。ほとんど肉まんだ、これ。このままでも美味しいけど、からしと醤油が欲しくなるな。


「ん……うん、確かにいいね、こういうのも。今度から時々やろうかなあ、船でお食事」


 まじまじと饅頭を見つめていた間に、フィナも何口かかじっていた。個人的には、一口目で肉に行き着かず、首を傾げてもう一口食べた姿が、なかなか可愛かったと思う。

 なんにせよ、気に入っていただけたようで何よりだ。外で過ごすのは士会も好きなので、その時は是非ご一緒したい。


「どうやら、少しは効果あったみたいだね。まだ固いけど」

「まあ、いきなり元に戻られても、それはそれでびっくりだからな」


 士会の軽い演説以降、街行く人々はぎこちないながらも日常の姿へと戻りつつあった。今は市場の近くを通っており、食材の買い出しに来た使用人や果物の買い食いを楽しむ少年、大声を張り上げて魚介を売り込むおじさんなど、実に多様な人々が目に映る。野菜や肉類などを載せた舟とすれ違うこともあった。きっと、仕入れの舟なのだろう。


「それでも大きな一歩かな。なんにせよ、士会グッジョブ」

「そりゃどうも。……フィナ、どうした?」


 ちらちらと、屋形船の方を気にしつつも並んで歩く男女を、フィナが目で追っていた。というより、先程からずっと景色を見っぱなしだ。自分たちにとっては物珍しくとも、彼女にとっては慣れ親しんだものだろう。

 そう、士会は思っていたのだが、どうやら違ったようだった。


「うん、なんかね、初めて見たから」

「え?」


 じっと外を見つめながら、しみじみと呟くように、フィナは口にした。


「私が見てた街って、みんな必ずひれ伏してたから。こうして生活してるとこ、見たことなかったんだよね」


 言われて、なるほどと思う。どうも、フィナが通る場所は直前に通知がなされ、皆平伏して迎えるのだ。そんな状態では、庶民の普段の姿など、見ることが叶うはずもない。幼い頃からそうであったなら、最早それが普通であり、そのことに疑問も抱かないのだろう。


「そうか……。よく、見といたほうがいい」


 多分それは、フィナのために、良い方向に働くはずだ。昨夜に、今朝に聞かされた酷評を思い返しながら、士会はフィナの整った横顔を見つめていた。


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