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異世剣聖  作者: 鷹武手譲介
第二部 戦場への回帰
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朝廷にて

 翌朝目が覚めると、既にシュシュの姿はなかった。朝食やらの準備で忙しくしているのだろうか。かすかに布団に残る甘い残り香が、あのぬくもりを思い起こさせる。少しだけ、恋しくなる。


 とりあえず、顔を洗いたい。体を布団から起こしたところで、部屋の扉が開いた。


「あ、士会様。起きられたのですね」


 いつもの従者服に着替えたシュシュが顔をのぞかせる。案内を頼むと、嬉しそうに士会を先導してくれた。


 朝食は、畳敷きの大広間に、士会と亮の分が用意されていた。シュシュはどうするのか聞いたが、もう済ませてしまったようだ。

 間もなく亮も起きてきた。多めに用意された朝食を平らげながら、士会は亮に話しかけた。


「今日、どうするよ」

「街に繰り出そう……って言いたいところだけど……」

「どうした?」


 亮の言葉の歯切れが、著しく悪い。


「今朝ミルメルから言われたんだけど、どうも召集かかってるらしくて。今日の午前中に、朝廷に参内(さんだい)することになってるみたい」

「朝廷……」


 あまりしっくり来ない単語だが、おそらく政府のような意味だろう。


「まあ、僕らの紹介が主みたいだね。だから、武官も含めて顔を見せるってさ」

「来いって言われてるなら、行くしかないか。面倒なことがないといいんだがな」

「ううーん、そこなんだよね……僕も詳しく何するか聞けなかったから、いまいち想像つかないんだけど……。僕らの身分というか、どういう扱いになるかの話になるんじゃないかなあ。フィナ、その辺の手を打っといてくれてるのかな」

「ていうか急だよな……。早いとこ言っといて欲しかったぜ。心の準備が出来てねえ」

「そう、だからこそフィナの差し金なんじゃないかなって思って。それ以外なら、きちんと手続き踏んで、僕らに知らせを寄越してってなりそうだから。というわけで、あんまり心配することはない……と思いたい」


 なるほど、神様の使者という立場上、急に呼びつけられるような粗相は、普通に考えたら避けられる。となると、気心知れたるフィナが一枚噛んでいる、という予想が出来るわけか。


 結局特に何か用意するわけでもなく、朝食をゆっくり食べてから二人は天守閣に向かった。


                     ※


 天守閣の中に、皇の謁見の間があった。ここは皇の御前にて重要な会議を開く場所であり、政治の中枢である。そのため、今は居並ぶ群臣達がひしめいていた。どうやらフィナの父親、現国皇は同席していないようだが、代わりにということなのか、フィナが玉座の隣の大きな椅子で皆を見下ろしている。


 政治の頂点であるこの場には、なみなみと厳粛さが(たた)えられていた。そのため、最早お馴染みとなりつつあった士会の感じる場違いさも、留まることを知らなかった。フィナと自分の育った環境の違いを、嫌でも感じてしまう。


 ちなみに、士会も亮も、Tシャツにジーンズ姿だった。この厳めしい場に全くそぐわない姿だが、フィナが正装と認めてくれたため、そのまま通している。しかし、漂う庶民の臭いは隠し切れていない気がする。


 なぜ、こんなおっかないところに呼び出されているのだろうか。今すぐ帰りたい。しかし、帰ってもあの屋敷なのだ。結局、居づらいことに変わりはない。


 もちろん、自分の立場上、ここにいなければならないことは十分理解している。さすがに逃げようとは思わない。


「先の話を鑑みても、崑霊郷の使者殿となれば、やはり相応の立場が」

「しかし、我ら人の位を神々の使者殿に献ずるのも、それはそれで不敬というものではありませんかな」

「それでは、新たに使者殿の為の位を設けますか」


 何せ話題の焦点は、突然やってきた自分たちの処遇についてなのだ。どういう扱いにするかで、喧々諤々(けんけんがくがく)の議論が飛び交っていた。当の本人がこの場を去るわけにもいかない。


 しかし、よく考えたらこういう話は、本人のいないところでやって、後で結果だけ仰々しい式典と共に伝えられるものじゃないのだろうか。


「それが良いですかな……では位の名を」

「せーしゅくにっ! せーしゅくにいっ」


 士会が悩んでいると、ずっと黙って飛び交う議論を見守っていたフィナが、大きな声で制止をかけた。その場の全員が、驚いたようにフィナに注目する。


「会君……えっと、会君には、将軍の任に就いてもらうこととします」

「え!?」


 フィナのあまりに直接的過ぎる発言に、思わず大きくうろたえてしまった。しかし謁見の間全体も、ざわざわと騒がしく会話する音に包まれていたため、ありがたいことにあまり目立っていない。


「僕は?」

「んー……じゃあ亮も!」


 亮が能天気に聞くと、少し迷ってからフィナは結論を下した。そんな簡単に将軍なんてものを配っていいのだろうか。こちらの世界でどの程度のものなのかはわからないが、反応を見るに相当上位の階級だろう。


「いや、僕は士会ほど働いてないからね。士会の補佐とかちょうどいいかな、とか思ってたんだけど」

「じゃーそれで!」


 亮は遠慮したみたいだが、それにしてもフィナの乗りは軽い。いつもこんな調子で政治を回しているのだろうか。なんだか不安になってきた。


「その、一つお聞きしてもよろしいでしょうか?」


 ようやく場のざわめきが収まってきて、群臣の中からも発言が出始めた。


「なぜ、将軍という位をお選びになられたのでしょうか?」

「だって会君は、私のことをしっかり守ってくれたから!」


 フィナは即答した。ならば、近衛のほうがいいのでは、と思うでもないが、おそらく将軍のほうがずっと立場が上とか、そういうことなのだろう。言いたいことはあるのだが、あまり発言して目立ちたくはなかった。


 そしてフィナは、言いたいだけ言うと、隣にいた士会に座ったまま抱きついた。さらに、そのままにこやかに甘え続ける。褒めてと言いたげに上目遣いで見てくるが、正直場所を選んで欲しい。


 合わせて、再び群臣がざわつき始めた。同時に視線も飛び交う。


「なるほど、将軍ですか。それはよろしゅうございますな」


 先に発言した臣下がフィナを持ち上げる。ところが、その向かいの辺りに座っていた臣下が、今度はフィナをたしなめた。


「しかしこれでは、すぐに任命する、というわけにも参りません」

「ええ、どうして」


 フィナはものすごく不満そうだ。頬を膨らませて聞き返していた。


「位を与える場合には、必ずそれに見合った功績がなければなりません。使者殿は殿下の護送をなされたようですが、それを鑑みましても、将軍ともなるともう少し箔が欲しいところでございます」

「んー……じゃあ、会君がもっと役に立ってくれればいいの?」

「あーいやフィナ? 俺たち、そんな大層な称号はいらんから……」


 さすがにこの流れは不味いと勇気を出して発言した士会だったが、残念ながらその後の臣下の提案によって阻まれてしまった。


「平たく言えばそうですね。将軍ですし、具体的には軍功を上げるのがよろしいかと。先の侵攻の件もありますし、報復ということで(しゅう)の一城――柳礫(りゅうれき)あたりを攻めるのが良いのではないでしょうか」


 そしてその提案は、士会が想像していた以上に危ういものだった。要するに、もう一度戦に出て、さらに勝ってこい、ということだ。

 戦う覚悟はしたつもりだったが、こんなに早くその機会が来るとは。士会は複雑な気持ちで、フィナと臣下のやり取りを見ていた。


「ううーん……」

「聞けば使者殿は、一人で千の敵を相手にするほどの猛将とのこと。心配なさらずとも、必ずや勝利を収め、凱旋(がいせん)なさることでしょう。何より、殿下ご自身こそが、そのお姿をしかと見ておられるではありませんか」


 千人とは随分誇張して伝わってないだろうか。士会には十分の一も倒した覚えがない。


「それもそっか。よし、それで行こう」


 しかも、あっさりとフィナが納得してしまった。


「ふむ、では私が補佐として士会殿につきましょう」


 聞き覚えのある厳かな声が、謁見の間に響いた。ウィングローのものだ。しかしこれは、別の臣下に却下される。


「いえ、元帥ともあろうお方が、将軍になる前の者を補佐するわけにもいきますまい。それに、あちらの亮殿が、既に補佐になられることになっている。そのままでよろしいのではないですかな」

「しかし、使者殿は我らが鷺の国に降り立ったばかり。こちらの戦の流儀など、慣れぬことも多いでしょう。仰る通り、私が出るというのは早計でしたが、誰かしらが補佐すべきなのは確か」


 そこでウィングローは威圧するように群臣を見回した。気圧された一同は一様に黙ってしまう。それを確認して、ウィングローは話を続けた。


「そこでですが、私の指揮下のロードライトをお付けしましょう。少々変則的ではありますが、亮殿と二人で士会殿を支えるということで、よろしいですかな、殿下」

「ん、いいよー」


 さらにウィングローは、フィナに結論を投げ、そのまま通してしまった。言い合いになりかけていた臣下はなおも何か言いたげにしていたが、フィナが決めてしまった以上は何も言えないのだろう。結局黙ったまま、その判断を認めた。脇で控えた書記が、つらつらと記録を(つづ)っている。


 さらに兵数や日程についても詰めていき、士会の出師(すいし)はあっさりと決まっていった。


「じゃ、会君と亮のことで決めることってもう終わりかな? 私たちもう行っていい?」


 議論が止まったところで、フィナが締めに入った。さっさと終わらせたいという意思が丸見えだ。いいのか姫様と突っ込みかけたが、一応自分たちにとっても都合はいい。ぐっとこらえる。


「申し訳ありません。あと二、三決めなければならないことがありますので、そちらだけ立ち合いの方お願いします。――それから、ここからは政治の話ですし、武官の方々は退室していただいて問題ありません」

「うーん、わかった。適当に聞いてるから、早めに終わらせてね。会君、亮、二人ともとりあえずは出てても大丈夫だよ」


 フィナの世話係だろうか。既に玉座から降りかけていたフィナを押しとどめた人物がいた。むむっと不機嫌になりつつも、フィナは従う。


 お許しが出たので、亮と二人、腰を上げる戦人の中、そそくさと謁見の間を後にした。


「使者の方々! 今夜我が家で宴を開くのですが、ぜひお二方をお迎えしたい!」

「いや! ここは鷺国きっての名家、レミューリスの屋敷にてもてなしを!」

「待て! 使者殿に御足労をかけるわけにもいきますまい。我が方の鴕車にてお送りを」

「それならうちも!」

「うちだって!」


 息をつくまもなく、士会と亮は人の壁に囲まれてしまった。一緒に謁見の間を退室した武官たちが、我先にと士会たちを誘うのだ。答えようにも、相手を知らないので選びようがない。面倒な状況だった。


「士会。正直あまりついて行きたくない。なんとか逃げよう」

「逃げようったってどうやって」


 小声で亮と話してみても、打開策は見当たらなかった。主人の方針が定まらないため、従者たちもどうすればいいかわからず、所在なさげに立ちすくんでいる。


 そんな時だった。


 反射的に、士会は振り向いた。背筋が凍るような寒気がしたのだ。ごう、と風が吹いたかのように空気が入れ替わる。

 その中心にいたのは、ウィングローだった。その場にいた他の者たちも、(おのの)いたように道を開け、遠巻きにして見ている。


「士会殿、亮殿」

「は、はい」


 ただそこに立っているだけなのに、その姿は威風を放っていた。気圧された士会は、くぐもった返事をしてしまう。亮はその余裕すらないようだった。


「少々お時間頂いてもよろしいでしょうか。お話がありますので」


 断ることは、できなかった。


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