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異世剣聖  作者: 鷹武手譲介
第二部 戦場への回帰
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水都フェロン

 この世界では、街は城壁で囲まれているのが基本だ。城壁は人の居住区をぐるりと一周し、街と郊外とを分断している。人の住処たる街であるとともに、軍事上重要な城郭の役目も果たしているのだ。


また、街の中心部には天守閣があり、行政府など重要な機関が入っていることが多い。街ごとに管轄区が決まっており、区内の町や村は大きな街というくくりに属することになる。そのため、中心地としての街と、行政区分としての街で示される範囲は変わる。


 士会はこれまでの道中でいくつかの街を見て、その様式にも慣れてきていたが、鷺の首都の構造は彼を新たに驚かせた。


 フェロンは三層から成る。


 街を覆う丸い城壁とは別に街の中にさらに城壁が二つ、同じ形でそびえ立っており、巨大な街を内側から三つに区分しているのだ。


 一番外側の一層目は、商人や町人が生活している。市場に宿屋、遊妓街、人々が欲するものはおおよそ揃っている。人の流れも物の流れも、この国の中心となっていた。


 一つ城壁を挟んだ内側の二層目には、大商人の屋敷や役所の中でも重要度の高めなものが並んでいる。店も住人に合わせ、高級品を出す所に限られる。


 そしてフェロンの最奥、街の中心、第三層に、士会は立ち入っていた。


 フェロンまでついてきた、軍の姿はない。数の少なくなった近衛隊が、周囲を固めるだけだ。ほとんどの兵とは、第二層で別れていた。


 第一層では網目のように、第二層でもある程度は張り巡らされていた水路だったが、第三層には存在しないらしい。ここは将軍や高官の巨大な屋敷や、各分野の政治の中心が揃っている。そのため、警備も厳重であり、侵入経路となり得る水路は防衛上設えられていないのだ。


「とりあえず、会君はここを使って」

「冗談だよな、それ……」


 護衛の兵に囲まれた士会達が立っているのは、点在する屋敷の一つの門前だった。


 全体的には平屋だが、一部二階建てになっている。木造建築や庭の趣はどことなく和風に近いものを感じるが、家の装飾は白が多く、洋の気も入っている。


「んーん、ほんとだよ。あ、亮はそっちの向かいの方だから。新しい家も建ててるんだけど、急だったからまだ出来てなくて。それまでは来客用の屋敷を使ってもらうしかないの。ごめんね」

「いや、十分過ぎるから。ほんとに」


 眼前にある屋敷の広さは、見るからに一人では持て余す。おそらくは自分だけでなく侍従たちも一緒に住まうのだろうが、それにしても広い。巨大な屋敷の中で一人、侍従たちに傅かれる自分を想像し、士会は心細さすら感じた。


「アウェー感が凄いね……」


 亮も若干引いている。


 結局、説得に説得を重ね、二人で一つの屋敷を使わせてもらうことになった。この方が何かと事も運びやすいし、何よりこの巨大な屋敷にいきなり放り込まれても、普通に暮らせる気がしなかった。


 一度新居で休むことを勧められたが、士会は断った。早くフィナの住む家、天守閣や宮殿を見てみたかったのだ。


 もっとも、天守閣の威容は、遠目にもよくわかった。高くても二階までがせいぜいの建物群の中で、一つだけ飛び抜けて大きな建造物があるのだ。


 近づいて見上げると、士会と亮の口から感嘆の声が漏れた。天を突く巨大な姿に、圧倒される。

 六階建ての内、下部三層は重要な行政機関であり、上部三層は皇族のみ立ち入れる空間になっているそうだ。つまり、このフェロンで最も良い眺めを、皇族が独占しているのだ。


 その外観の雄大さも然ることながら、内装にも莫大な金と手間がかけられていることが見て取れる。流石に金箔張りの部屋は見当たらなかったが、荘厳な装飾、絵画の描かれた扉、行く先々で働く侍従たちと、目に新しい光景が次々と飛び込んできた。


 これがフィナの世界であり、フィナを育んだ環境なのだ。


「私は疲れちゃったからちょっと休むね。何かあったら適当に誰か捕まえて、私の名前出したらいいから」


 そう言って、可愛くあくびを一つしてから、フィナは天守閣の奥へと姿を消した。案内の間もかなり眠たそうにしていたし、旅の疲れがそろそろ限界にきていたのだろう。


「これからどうされますか? 一度屋敷に戻られます?」


 下方からシュシュの舌足らずな声が響いてきた。

 士会はそれに答え、先刻から抱いていた望みを口にする。


「いや、特に荷物もないし、とりあえず街を見に行きたい。さっきはゆっくり見る時間もなかったし」


 フィナは眠たそうだったが、今は昼間だ。行動する時間はまだまだ取れる。


「あ、では案内させてください! それから護衛もお呼びして」

「ストップ! すまん、できれば仰々しいのは止めてほしい」


 後ろから袖をつかみ、すかさず走り出そうとするシュシュを士会は制止した。それでは先の、フィナと一緒に三層目まで来た時と変わらない。さすがに、平伏されることはないだろうが。


「あう……でも、士会様に何かあったら」

「士会なら大丈夫じゃない? 戦いぶりは君も見てるでしょ?」


 渋るシュシュに、亮が助け舟を出してくれた。というより、おそらく本人も行く気であろうから、彼自身のためでもあるのだろう。


「う……わかりました。お屋敷でお帰りをお待ちしております……」


 シュシュはしゅんとうつむいてしまう。


「ああ、でも案内はお願いしたいな。頼めるか?」


 彼女の橙髪を撫でながら士会が言うと、シュシュは表情を輝かせた。


「はい! わかりました、お任せ下さい!」

「さて、僕も行くけどいいよね、ミルメル」


 亮が確認を取ると、ミルメルは小さく嘆息した。


「止めても無駄ですよね……。わかりました。フィリムレーナ様から証文をいただいて参ります」

「あ、私も行く! ……もとい、行ってきてもいいでしょうか、士会様?」


 小さく首を傾げたシュシュに、士会はうなずいて返した。


 二人が取りに行ったのは、フィナの印が押された一巻きの書類だった。これさえあれば、鷺の関所は全て通行可能らしい。フェロンでは三層目に入る時、必要になるようだ。


 さらにフィナは、金貨の詰まった袋も渡してくれた。士会にはこの国の貨幣価値はわからないが、明らかに相当な額がある。


 さすがにこれは受け取れないと断ろうとしたが、亮に止められた。

 気持ちはわかるが、これから生活していく上でお金はどうしても必要になる。無駄遣いはさておき、必要最低限は仕方がない。


 そして何より、おそらく士会は、それを受け取るだけの働きをした。


 亮にそう言われ、士会は今一度、戦場での出来事を思い出していた。


 フィナを守るため、何人もの敵を斬り倒し、命を奪った。


 その、対価。


 手渡された金貨の袋が、急に重みを増した気がした。


「ところで金貨って、大体どのくらいの価値があるの?」


 二層目への道すがら、亮がミルメルに聞いていた。


「どのくらい……と仰られても、なかなか難しいですが」

「うーん、そだねえ……例えば、この街の一番外側の層の市場で、ひょいって金貨出したらどうなる?」

「驚かれますね、間違いなく。お釣りが出せない可能性が高いです」


 どうやらこれも、庶民の持ち物ではないようだった。


「なら、二層目だと?」

「そちらなら、比較的一般的であると思われます。買う物にもよりますが」

「それじゃ、そこで何か食べないか? 少し腹も減ってきたし」


 太陽はもうじき天頂に差し掛かる。朝もやはり早かったため、士会の腹は少しどころではなく空いていた。


「そうだね、そしたら小回りの効く小銭が手に入るかもしれないし。……小回り、効くよね?」

「はい。銀貨や銅貨であれば、外層でも普通に用いられています」


 細かい価値はわからないが、銅貨が小銭、銀貨が札といった認識で良さそうだと、士会は思った。金貨はさしずめ、札束だろうか。それは確かに、迂闊(うかつ)に出したら引かれるに決まっている。


 シュシュとミルメルの案内に従い、一行は一軒の飯屋に立ち寄った。二層目にある以上、それなりに高級な店なのだろうが、他のところと比べるとまだ質素な方だ。どうやら、従者たちも、だんだん士会、亮のやり方に慣れてきたらしい。


「それじゃ、入ろっか」

「はい、ゆっくりおくつろぎください」

「おう。……おう?」


 そのまま自然に店の中に入ってしまいそうな士会だったが、違和感に気づいて立ち止まった。


 今のやりとりはどこかおかしい。


「二人とも、行くぞ?」


 向き直って従者たちに言うと、二人は戸惑った表情を浮かべた。

 どうやらまた、困らせてしまったらしい。


「えっと、その、私達がご一緒するのはちょっと……」

「食事も携帯しておりますし、そこで軽食を取ることも可能です。どうぞお気になさらず、召し上がってきてください」


 そういえば、周囲には立ったままたむろしている人も多い。皆各々自分の主君を待っていたのかと、士会は合点が行った。よく見ると、豪華な店の並んだ表の道に比べ、裏路地の店はどこか安っぽい。主待ちの従者のための店なのかもしれない。


「うーん、わかった。士会、パパッと食べちゃおう」

「……そうだな。居心地の悪い思いを、させてしまうかもしれないし」


 場違いな店に入ってしまうと、たとえ主君がいいと言っていても、本人たちは周りが気になって仕方がないだろう。士会だって、高級な料亭に一人で入ってみようとは思わない。先程、フィナに屋敷に連れて行かれた時と同じ感覚を、従者たちにも味わわせてしまうところだった。


「それじゃあ二人とも、ささっと食ってくるから少し待っててくれ」


 言い置いて、再び店の方へ足を向ける。


「ご、ごゆっくりっ」

「私たちのことはお気になさらず」


 背中に投げかけられた二人の声を聞きながら、気を遣い合うのも難しいものがあるな、と士会は思った。


 店内に入るとすぐに、女性の店員に席に案内された。この店は座敷の個室がいくつもあり、一組に一つ使わせてくれるらしい。


 その途中、奥から出てきた青年と目が合う。

 見知った顔だった。


 おう、と士会が手を上げると、慌てて敬礼された。


「お、お疲れ様です!」

「………………」


 近い年代の男だからなのか、出会いが出会いだったからか。

 彼に敬語を使われるのは、非常に強い違和感があった。


「バリアレス」

「は、はい?」

「今、暇か?」


 バリアレスの困惑した顔が、少し面白かった。


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