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異世剣聖  作者: 鷹武手譲介
第二部 戦場への回帰
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序章

 鴕鳥に引かれた幌付きの行車が、丘をゆっくり登っていく。


 士会(しかい)は、フィナや(りょう)と一緒に、鴕車(だしゃ)の上で話していた。傍らには、受け継ぐことになった剣が置かれている。嵐天剣(らんてんけん)、という名なのだそうだ。


 連なった、緩やかな丘を登りきると、御者(ぎょしゃ)から声がかかった。車の横から顔を出すと、行先の平野が一望できた。


 眼下には、広大な農地が広がっている。その中を、湾曲を繰り返しながら太さを増す川が、幾筋も流れていた。それらは、水平線へとつながっている。


「海か」

「ううん、ここからだと見えづらいけど、あれは川だよ」


 対岸がほとんど見えないような、巨大な川。それが地平線の近くにあるせいで、海と見間違えたのだ。


 街道は丘を下り、田畑を貫くようにして真っ直ぐ走っている。それに沿って、家屋が点々と並んでいた。既にこの国の姫君を護送する一行の先頭は、家屋群の中を行軍している。

 そして、その道の先。


「あれが、私の国の首都――フェロン」


 当の国主の一人娘が指差した先には、高い城壁に囲まれた、巨大な都市がその威容を現していた。


「でけえ……」


 荷車の上からフェロンを遠望した士会は、感嘆のため息を漏らした。ここまでいくつかの街を通ってきたが、フィナの指の先の都市は明らかに今までより大きい。


 寄る先々で、士会と亮は様々な人から挨拶を受けた。役人や、大商人が多かったが、挨拶のついでに渡される物が問題だった。


 お金である。


 士会が気軽に受け取ろうとして、亮に止められた。意図が見えないので、もらわない方が無難だと言い、全て断ったのだ。


「それはもう、この国の中心ですから!」


 士会の後ろに控えたシュシュが、嬉しそうに声を上げた。自分の故郷に感動してもらえたことに、喜んでいるらしい。


「国の中心か……そういや俺、一度も東京に行ったことなかったな」


 ふと士会は、今や故郷と呼ぶべき存在となった日本のことを思い出した。

 既にこちらの世界に降り立ってから、数十日が経過している。向こうでは新年はおろか、大事な試験まで終わっている頃だ。いくつかの街に寄ったため、日数を食ってしまった。


 もっとも、向こうの世界のことは、今のところ手の出しようがないのが事実だった。気にしても仕方ないので、士会はあまり考えないようにしていた。


 今自分の考えるべきことは、これからどうするかなのだ。過去のことは、こちらの生活が落ち着くまで置いておくしかない。


「僕もないなあ。東京ドーム何個分とか、テレビで言われてもいまいちわかんないんだよね」

「えーっと……会君のところの首都だっけ。おっきいんだよね」

「ああ。といっても俺、見たことないけどな」

「そうだねえ……イメージとしては、ここからフェロンまでの平野全部が、街みたいな感じかな」


 何気なく口にした亮だったが、従者二人の反応はまるで違った。


「平野全部!? 想像つかないですね……」

「さすが神様の国……すごいです」

「とはいえ、単一の都市というよりは、複数の街がつながって出来てる感じだけどね。城壁もないし」


 士会達を乗せた荷車も坂を降り切り、家屋の並ぶ平坦路に到達していた。どの街も城壁の外にも市街地が広がっているものだが、フェロンの場合は外城区も広い。上から見ただけではわからなかったが、軽食を売っていたりするらしい。


 しかし、今は皇太子の行幸ということで、皆街道の端で平伏していた。フィナは堂々としているが、士会としては落ち着かない。


「なあフィナ……これ、もしかして街の中に入っても続くのか?」

「へ? うん、もちろん」

「マジか……」


 虚を突かれた、という風なフィナの様子に、士会は少しげんなりした。


「あれ。もしかして会君、こういうの嫌い? 嫌なら止めさせるけど」

「別に嫌ってわけじゃないんだが……。慣れてないからかなんかくすぐったくってな。だから、無理に止めなくても大丈夫だ」

「亮。気持ち悪く俺を真似るのは止めてくれ。言いたいことはその通りだが」


 士会の声色を適当に似せて、心中まで代弁した亮に、士会は苦言を呈した。

 見事に心の中を言い当てられて、癪でもある。


「んー、わかった。じゃ、このまま行こっか」


 フィナも納得したようだ。郷に入れば郷に従えと言うし、こちらで生きていくと決めた以上、こちらでの流儀に慣れていかないとな……と、士会はこの会話を締めくくった。


 話す間にも、一行は街道を進んでいく。建物の合間から時折のぞく土手を見て、亮が口を開いた。


「治水はしっかりしてるんだね」

「はい。先々代の鷺皇、律皇(りつおう)様が、そちらに見える河川――白河(はくが)の治水事業をなさったそうです。それから五十年余りが経ちますが、いまだ一度も氾濫(はんらん)は起きていないとのことです。もっとも、その頃私は生まれていないので、全て聞いた話ですが」


 語るミルメルの口調には、少し誇らしさがにじみ出ていた。祖国の偉業を異界からの使者に語れることが、ことのほか嬉しいらしい。


「洪水が起きて首都が機能しなくなったら、国が立ち行かないもんね。周囲の農地も全滅するだろうし」

「特にフェロンは、都市構造の都合上、しっかりとした治水を行わなければなりません」

「都市構造?」


 いたく興味を()かれたらしい。亮が食いついていた。


「焦らずとも、街に入ればすぐにお分かりになるはずです。私が(つたな)い言葉で説明するより、実際にご覧になられた方が、ずっと面白いでしょう」


 しかしミルメルは含むように微笑んで、あっさりと亮をいなした。


「むう、焦らすなあ。でもまあ、前情報無しで見たほうが楽しいってのも一理あるか」


 都に近付くにつれ、街道沿いの家々は増えてきていた。木造の家が多いのが、士会にも見て取れる。


 城壁は、以前士会たちがこもった砦のものとは、比べ物にならないくらいしっかりしていた。石造りで、見上げるほどに高い。城壁の手前には堀が設けられており、水路を兼ねているのか、舟がいくつか浮いていた。架けられた立派な跳ね橋を渡り、開け放たれた城門をくぐると、ようやくフェロンの街内へ至る。


「おっ」

「おおー、なるほど」


 城内に入った士会と亮の口からは、峠の上から街を遠望した時と同じ感嘆が漏れ出ていた。その後ろの皇子と従者は、至極満足そうな顔をしている。


 街に入ってすぐに横たわるのは、中型の舟でもすれ違うことが可能なほど広い水路だった。所々に階段が設えられており、舟をつけることが出来るようになっている。


 運河沿いに道が作られ、さらにその道沿いに建物が並んでいた。建築は木造と石造り、両方が使われているようで、町並みに統一感はあまり見られない。しかし、不思議と調和しているように士会は感じた。


 さらには路地にも細い水路が走っており、小舟であれば通航出来るようになっている。水路に直接面した家には、当然のように舟がもやわれていた。


 つまり。


「水の都か……」


 士会が呟いた通りの都市であった。


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