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異世剣聖  作者: 鷹武手譲介
第一部 異国からの脱出
20/113

目標

 士会の想像通りだったのだが、フィナはやはり朝が苦手だった。


 もっとも、これは相対的な話だ。日の出過ぎに起き出す者が多かったがために遅く感じるが、自分のいた世界でなら十分に早起きと言えるだろう。


 起き出して目をこするフィナの背を見ながら、士会はそんなことを考えていた。

 フィナが振り返り、後ろで座っている士会を見つける。


「あ! 会君、目が覚めたんだね! よかったあ」


 それはこっちの台詞だと言おうとして、思いとどまった。そういえば自分は、ほとんど二日間寝たきりだったのだ。


「おう。ごめんな、心配かけて」

「全くだよ……すっごく心配したんだからね」


 四つん這いで士会を覗き込むフィナが、甘えたような声を出す。


「ああ。わかってる」


 士会が力強く頷くと、安心したようにフィナは目を細めた。そのまま士会にしなだれかかってくる。


「こっちこそ安心したよ。怪我がなくてよかった」

「うん。会君が守ってくれたおかげだよ……ありがとう」


 ああ……可愛い。愛らしい。愛しい。


 しかし、フィナの温もりに身を委ねながら、士会が感じていたのは罪悪感だった。

 自分はいつか、元いた世界に戻るつもりなのだ。少なくとも一度は、確実に。元の世界かこちらの世界、どちらを取るにしても、家族にはもう一度会いたい。そしてその後どうするかは、その時にならないとわからない。


 だからこそ、士会がずっとこちら側にいると信じて疑わないフィナの純粋さに、士会は気圧(けお)されていた。


 言いづらい。

 だが、言わねばならない。


「……フィナ。よく聞いてくれ」


 華奢(きゃしゃ)な肩を軽くつかみ、フィナを引きはがした。きょとんとするフィナに、士会は至近距離で目を合わせる。


「俺は確実に一度、崑霊郷に、元いた世界に戻る。何も言わずに行方不明になって、きっと皆心配しているだろうから。俺は、五体満足で生きていることを知らせなきゃならない。その後こっちに戻ってこれるかはわからない。そのことを、理解しておいてくれ」


 正確に言えば、戻ってこれるかではなく戻ってくるかなのだが、士会はそこまでは言えなかった。無意識の内に、言葉を和らげてしまう。


 フィナは士会が話した内容を、じっくりと咀嚼(そしゃく)しているようだった。やがてその顔に理解の色が広まっていく。


「うん……わかった。やっぱり一度は帰らなきゃだよね。でも、大丈夫だよ。一度こっちに来れたんだから、また戻ってこれるって」


 フィナの言葉を聞いて初めて、士会は自分の言い方がまずかったことを悟った。最終的にこちらに戻ることを、保証した言い方になっている。些細(ささい)な表現の違いが、大きく意味を変えてしまっていた。


 しかし、一度機を逃すと、より一層言いづらい。結局士会は訂正しないまま、フィナの頭をしきりに撫でた。


                      ※


「そういえばフィナ。俺達が目指してる街って、ここからどのくらいかかるんだ?」


 朝餉(あさげ)の干物、山菜、飯を平らげてから、士会はフィナに尋ねた。既に、近くの街から補給を受けており、ご飯もある程度しっかりしたものを食べられるようになっている。後で、幌付きの鴕車も届けられるとのことだ。


「んーと、十五日くらいって言ってたかなあ。途中で二つ、大きめの街があるから、そこでゆっくりしたらもっとかかるかも」


 フィナは朝餉を少し残し、荷車の端に寄りかかっていた。


「確かに、せっかくなら観光とかも」

「はいストップ」


 フィナと楽しく会話していた士会だったが、後ろから亮に首根っこをつかまれた。喉に物が詰まり、軽くむせる。


「何しやがる!」

「僕らが街でゆっくりするお金、誰が出すと思う?」


 文句とともに亮に突っかかる士会の勢いは、思いがけない亮の言葉に押し止められた。少し考え、答えを出す。


「……フィナ?」

「そだね。でもあんまり気にすることないって。私が呼んだんだから」

「そのフィナの持ち物ってどこから来る?」


 フィナの声に、士会は一瞬振り返る。しかし、また亮の質問に呼び戻された。忙しい。

 フィナは鷺のお姫様だ。ということは。


「国? ……あー、税金なのか」


 ようやく亮の言わんとすることの察しがついた。自分の遊ぶ金は、それすなわち国民の血税なのだ。迂闊(うかつ)に豪遊する訳にもいかない。


「姫とその客人が数日街に滞在したら、相当な額が動くだろうからね。まあ、街にお金を落とすのも、それはそれでいいのかもしれないけどさ。とりあえずは、さっさと都まで行っちゃうのがいいんじゃない?」

「オーケー了解。理解した。確かにその方がいいな」

「だから遠慮しなくたっていいのにー。そのくらい、なんでもないし」


 フィナは不満そうだが、わかった以上諾々と従うわけにはいかない。士会はフィナをいさめた。


「フィナ、なんでもないなんて言っちゃダメだろ。皆から集めたものなんだから、皆の為に使わなきゃ」

「それはそうだけど……」


 まだフィナは少しむくれていたが、結局反論は来なかった。歓迎の意を示したいというのはわかるが、フィナ自身からもう十分に受け取っている。


「ああ、シュシュにミルメル。ありがとう。朝ごはん、おいしかったよ」


 食べ終わったのを見計らって、従者たちが食器を下げに来た。


「あ、えと、私たちが作ったわけでは」

「軍全体で作られたものを、分けていただいているのです。まだ、良い食材を揃えることができず。申し訳ありません」


 一瞬、何を謝られたのかわからなかったが、士会はすぐに理解した。兵と同じものを食べさせた、という点だろう。頭を下げた二人の従者を見て、士会は居心地の悪さを感じた。


「構わない。食べさせてもらっているんだから、むしろ感謝するくらいだ。おいしかったって、伝えておいてくれ」

「はい! わかりました!」


 シュシュは一転、表情を輝かせて、早速主の頼みを果たしに行った。


「ありがとうございます。それでは私たちは、これで」


 走り出すシュシュを止めながら、ミルメルが一礼した。


「士会、士会」

「なんだ」


 亮がこっちに来い、と手招きしている。士会がそれに従うと、亮はちらとフィナの様子を伺っていた。フィナは、自分の従者たちを呼んで、身の周りを整えている。


「一つ、はっきりさせておきたいことがあって」

「言ってくれ」


 亮の眼差しは、真剣だった。いつもの、からかう時のおどけた色はない。無意識の内に、士会も背筋を伸ばしていた。


「士会は、現状のフィナについてどう思ってる?」

「え? いや、その……まあ、可愛いと」

「のろけてるところ申し訳ないけど、そうじゃなくて」

「何? ああ、そういうことか」


 すぐに士会も、亮の言わんとしていることに思い当たった。過剰に怯えていたエルシディアに、慌てていた従者たち、それにこもった砦で不機嫌そうにしていた姿が思い浮かぶ。さらに、さっきの税に対する無頓着さもだ。


 姫としてあるべき姿から、少し離れているのではないか。士会も、薄々思ってはいた。ただ、目を背けていたかもしれない。


「……このままでいい、とは思わないな」

「そうだね。そこで、提案なんだけど。どの道、僕らが帰るまでに、随分時間がかかりそうだから」


「ああ。フィナの意識を少しでも変えられか、やってみようってことだな」

「そうそう。多分これは、フィナの親を除いたら、僕らにしかできないだろうしね」

「兄弟姉妹もいないんだもんな」


 そう言われてみれば、彼女に物申すことができる人は、ほんのひと握りしかいないのだ。それは多分、悲しいことなのだろう。間違いを正せる人間が、ほとんどいない。


「そういうことだから、焦らず頑張っていこう」

「とりあえずの、目標だな」


 そうこうしている間に、周りの人々は忙しく動き回っていた。着々と準備が整っていき、朝食から時間を置かず出発を告げられる。


 以前と違い、今度は幌のついた鴕車の上だ。それでも、常時感じる振動は変わらない。思えばこちらに来てから、船に荷車に鴕鳥と妙な乗り物に揺られてばかりだったなと、士会は振り返る。


 船の揺れを思い起こすと閉塞と絶望しか浮かばないが、荷車の揺れはゆりかごのようで心地良い。激しい情動の中にあった戦鴕の上は、身を斬られるような衝撃と速度感とに満ち溢れていた。


 ここまで進んできたこの街道は、この先も続いていく。きっとこれから良い事も悪い事も多く経験することになるのだろうが、どちらも今までのように自分を形作っていくのだ。


 強くなろう、そう改めて心に決め、士会は空を見上げた。


                      ※


 一日半ぶりに士会が目を覚ました後。


 疲れがまだ残っていたからか、また士会は寝入ってしまったが、亮の目はしっかり開いていた。眠くはある。ただ、先程士会と話すまで、自分を苛むのに忙しくて眠るに眠れなかった。


 そして今は、別のことに気づいて、目が冴えている。


 亮はもう一度、空を見上げた。

 満天の星空。空を埋め尽くすように、無数の光が瞬いている。さやかに光る星明かりを、邪魔する光がほとんどないこの世界では、この夜空が当たり前のものなのだろう。


 この世界に来てから、荷車の中で夜を過ごしていた。ここ数日は、夜空をゆっくりと見上げる心の余裕がなかった。


 だから、そのことに亮が気づいたのも、こちらに渡ってから時間が経った今日のことだ。


 天の川が、空を縦断するように流れている。そして広大な流れは、七夕で有名な織姫のベガと彦星のアルタイルを隔てていた。


 亮の見つめる夜空では、夏の大三角が静かに煌めいていた。


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