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異世剣聖  作者: 鷹武手譲介
第一部 異国からの脱出
19/113

継承

「よかったあああ! 本当によかったですううう! 士会様ああああ!」


 翌朝。士会はシュシュに号泣され、上体だけ起こしたまま抱きつかれていた。体がまだ回復していないこともあり、再び寝ていたのだが、いち早く起き出したシュシュの気配で、目が覚めたのだ。


 まだ日の出からそう時間は経っていない。朝露が山際からのぞいた朝日に照らされ、静かに光をはね返している。

 早起きだなあと思いつつ、士会は泣きつくシュシュの背中をさすった。


「心配してくれてありがとう。もう大丈夫だから、泣き止んでくれよ」


 そうやって笑いかけると、シュシュは潤んだ目で士会を見上げた。くすん、と鼻をすする仕草がまた愛らしい。そして士会の目にも、主に言われた通り必死で涙をこらえているのが見て取れた。


「士会様は……怒っておられないんですか?」

「怒る? 何を?」


 思う存分泣かせてあげた方が良かったかな、と士会が考えていたところで、予期せぬ言葉がシュシュの口から出てきた。

 記憶を探るが、特に何かされた覚えはない。士会は首を傾げた。


「その、あのっ……。士会様をお守り出来なかったことです……」

「え?」


 シュシュに守られるような場面があっただろうか。

 またも士会は思い返してみるが、やはり当たるものはない。士会はそのままシュシュの言葉を待った。


「本当なら、私が士会様をお守りして戦わなければならなかったのに、士会様の盾にならなければならなかったのに、私は……そのっ、怖くて……。ひうっ、逆に守られてしまって、私は……、従者として恥ずかしいです……」


 確かに、前線で剣を握っていたのは士会だ。守られていたと思うのも無理はない。

 だが、士会の脳裏には、武器を手に、フィナの前で立ち上がっていたシュシュの姿が思い浮かんでいた。あれは、ひたすらに斬り進み、敵の指揮官に接近していた時のことだ。必死だったためおぼろげにしか覚えていないが、確かにシュシュは戦っていた。


 うつむくシュシュの頭に手を置き、優しく撫でてやる。


「それでも、お前は立派にフィナを守ってたじゃないか。十分役目を果たしてくれたよ」

「う、ううっ……」


 収まりだしていた涙が、また溢れてくる。

 こんな小さい頃から自分の仕事を持って、しっかりしているように見えるけれど、やっぱりまだ子供なのだろう。


 自身の従者の年相応の振る舞いを見て、士会はほのかな安堵を覚えた。似合わない微笑みを浮かべ、さらに言葉を続ける。


「それに、正直なところを言えば、俺は戦ったりしてほしくない。お前はまだ小さいし、女の子なんだから。な?」

「あう……ふあ……ああ……ああああああああああああ!」


 遂に(せき)が決壊したらしい。再び少女は号泣を始めた。士会はその頭をかき抱き、胸を貸してやる。


 もし、自分があの時前に出なかったら。自分を守るため、この子は命を落としていたかもしれない。だとすれば、やはり自分は正しいことをしたのだ。士会は小さな従者を胸に抱きながら、そんなことを考えていた。


「士会、女の子泣かすなよ」

「あ、いや、これは……って亮、起きたのか」


 目をこする亮が起き上がってきた。


「隣でそんなに騒がれたらそりゃ起きるよ。よくフィナは起きないね」

「ひう、ああっ、ご、ごめんなさいっ」


 皮肉めいた亮の物言いに、シュシュが怯えたように謝罪する。その反応を見て、亮も少し慌てた。


「おっとごめんね。どの道そろそろ起きる時間だし、全然大丈夫だよ」

「シュシュ、こいつは口が悪いんだ。特に怒ってるわけじゃない」

「何かと口調の荒い君には言われたくないね」

「皮肉やからかいが次々飛んでくるよりましだろう。さんざん受験ネタで弄り倒しやがって」

「あれは、君が急変し過ぎるのが悪い」

「いやだってそれくらい成績やばかったし」

「結局悪いのは君じゃないか」

「ぐっ」


 言い負かされ、言葉に詰まった士会は顔を背けた。そこで初めて、シュシュが泣き止んでいることに気付く。


 フィリムレーナ様にお聞きした通り、お二人は仲が良いのですねと言われ、士会は少し照れた。


                      ※


「本っ当に! 申し訳ありませんでしたああああああ!」


 しばらく三人で会話していると、バリアレスがやってきて、土下座した。その後ろには、見届けるつもりなのか、二人の武人が並んでいた。


 人生で初めて見る、見事な土下座だった。


 士会は少し面食らいながらなだめた。


「よ、よくわからないが、とりあえず立ってくれ」


 記憶を掘り返すが、助けてもらった覚えはあれど、謝罪を受けるような出来事には出会っていなかったはずだ。

 というか、むしろこちら側がまだ礼を言っていない。


「ところで何に謝られているんだ? さっぱりわからないんだが」


 まだ額を地から離さないバリアレスに、気になったことを尋ねてみた。


「崑霊郷からの御使者様とは露知らず! 幾度となく失礼な口をきき続けてしまいました! ましてや目などと! 万死に値する無礼の極み、弁解のしようもございません! 我が命で贖えるのであれば、即刻この首、使者殿に捧げさせていただきたく存じます!」


 その内容もさることながら、この時士会は、バリアレスがこんな口調で話せたことに驚いていた。

 粗暴な印象を受けたが、丁寧な言葉遣いも出来るらしい。見習わなければならない。


「鷺軍元帥を務めさせていただいております、ウィングロー・ファルセリアと申します。この度の愚息の大変な無礼、私からも謝罪させていただきたく、参上致しました。使者殿の地位を貶めるような度重なる荒言雑言、本当に申し開きもありません。とはいえ、愚息が使者殿のご随行を存じ上げなかった、ということも事実。この度はどうかご寛恕(かんじょ)(たまわ)ることはできないでしょうか」


 さらに後ろで控えていた、老境に差し掛かろうかという戦人にまで、至極丁寧な挨拶を受け、頭を下げられた。どうやら、バリアレスの父親のようだ。この丁寧な言葉遣いは、きっと厳格そうな父に叩き込まれたのだろうな、と士会は納得していた。


「いやいや、そもそも俺みたいなのが傅かれるのもおかしい話ですし、全然気にしてないですから! その、お願いだから顔を上げてください!」


 士会が頼み込むと、親は渋々、子は安心したように、二人して顔を上げた。


(おそ)れ多くも申し上げますと、もう少し自らのご身分を自覚なされた方がよろしいかと存じます。慎みは美徳の一つではありますが、殿下と対等に話すことの許された御方がそのようでは、殿下の格も下がるというものです」


 ウィングローの言葉は堅苦しく、士会には少し難解だったが、何となく意味は理解できた。……どうやら、いきなりいさめられているらしい。


「つまり、フィナと立場的に近い俺がへりくだったりすると、同時にこの国の皇子を貶めてしまっている――ってことです……ことか」


 そういえば、同じことをミルメルにも言われていた。しかし、自分より幼い従者たちと老境に入りかけた軍人では、また感じ方が違う。敬語を止めるのに、かなり抵抗があった。


「はい。国の頂点が揺らぐことは、国そのものの揺らぎにつながりかねません。些細なことですが、ご賢察くださいますよう」

「わかりまし――――わかった。気をつけよう」

「あ、これからも気づいたことがあったら、遠慮なく言っていただけると助かるから」


 傍でおかしそうにやり取りを見ていた亮が、ひらひらと手を振りながら口を挟んできた。

 士会もうなずいて相槌を打つ。ウィングローは、少し驚いたようだった。


「承りました。できる限りのことはさせていただきます」


 ウィングローの一礼には、先ほど息子の件で頭を下げた時よりも、ずっと敬意がこもっているように見えた。つられて士会も頭を下げそうになり、慌てて思いとどまり、頭を振る。


 自分は、容易く頭を下げてはいけないのだ。


「さて。実は、お二人にお渡しするものがありまして」


 そう言って、ウィングローは後ろでずっと控えていた、最後の一人に合図した。ファルセリア父子に比べると、穏やかそうな見かけの人だ。


「ロードライト」

「はい」


 ロードライトと呼ばれた武人が、手にした包みの内の片方をウィングローに渡す。

 そして、事態をつかみきれていない士会と亮の方に向き直った。


「どうぞ、こちらをお納めください」


 細長い布の包みが、捧げるようにウィングローから差し出された。予想したよりも軽い。士会は落とさないよう、しっかりとつかんで包みを受け取った。隣で亮も、ロードライトから同じ包みを手渡されていた。


 ここで開けても良いのか聞くと、是非と返されたため、士会は早速開封にかかった。紐を解き、細長い中身を滑り出させる。


「これって……」


 中から出てきたのは、鞘に納まった剣だった。引き抜くと、鈍い輝きを放つ、見事な刃が現れる。今の晴天には似合わない、荒れ狂う嵐の日のような、じっとりとした空の色だ。どことなく見覚えがあり、士会は剣の刃をまじまじと見つめていた。

 刃に見入る士会に、ウィングローが説明を始めた。


「近衛隊長のイアルが使っていたものです。お二人がここまでお持ちしていたものでもあります。鞘は、せめてものと兵たちが拾っておりました。どうするか皆と話し合い、遺品として墓に入れることも考えたのですが、やはりあやつの遺志を継いで戦われたお二人に使っていただくのが相応しかろう、という所に落ち着きまして」


 見覚えがあるはずだった。戦場での立ち回りを共にした剣だったのだ。意図したわけではなかったが、知らぬ間にイアルの遺物に手を伸ばしていたらしい。何か運命めいたものを、士会は感じた。


 剣を太陽にかざしてみる。その柄は既にしっかりと手に馴染んでいた。磨かれて光を放つその刃は、鮮血に塗れた姿しか見ていなかった士会には、少々不慣れな装いだった。


「またとない、名剣です。お気に召したようであれば、どうか受け取ってください」


 自分とともに多くの命を奪った刃だ。これを受け取るということは、その行為を肯定することに他ならない。なんとなく、士会はそう感じた。

 だとすれば、迷うことはない。自分がどうするかは、既に決しているのだ。


「――ありがとうございます。謹んで、使わせていただきます」


 今回は無意識ではなく、意図的に敬語を選んでいた。これは、自分たちを守って死んだイアルに向けた言葉だ。その含みをウィングローも感じ取ったらしく、今度は何も言わなかった。


 ひとしきり自分の事柄が終わってから、ふと気になり士会は隣の亮に目を向けた。どうやらまだ返事をしていないらしい。しきりに両手に乗せた白銀の剣を睨み、考えを巡らせている。声をかけようか士会が迷ったところで、亮はおもむろに剣を鞘に納めた。それからようやく口を開く。


「僕は、ほとんど戦っていないから」


 どうやら亮は、受け取るのを断るつもりのようだった。


「……いいのか?」


 士会が聞くと、亮は短くうなずいた。


「戦場の模様については、ある程度聞きました。確かに、使者殿が戦った時間は短いです。しかし、剣を取って立ち上がったこともまた、確か。その剣を受け取る資格は、あるかと思います」

「………………」


 ウィングローの説得に、亮は心を揺らしているようだった。亮は、自分が役に立たなかったことを自分で責めていた。だが、最後には、前を向くと決めたはずだ。


「……よし。それじゃ、僕も預からせていただきます」


 一礼して、亮は刃を隠した剣を腕の中に抱いた。

 少し安心したように、ウィングローは息を吐く。


「それでは、我々は失礼させていただきます。良き旅を」


 そう言い置いて、ウィングローは立ち去ろうとした。後の二人もそれにならう。しかし去り際、バリアレスがためらいがちに口を開いた。


「……なあ、いや、あのですね。これからも戦場に出るおつもりでしょうか」


 少し期待のこもった眼差しだった。ウィングローも足を止めた。ロードライトは振り返る。


 答えは既に決まっていた。


 だから士会は、迷うことなく剣を上げる。


「ああ。必要とあらば」


 聞いたバリアレスは、露骨に嬉しそうな顔をした。ロードライトが微笑む。ウィングローも少しだけ、口元をほころばせた。

 そのまま士会は、立ち去る三人を見送った。


 結局亮は、バリアレスの問いには答えなかった。


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