合流
捉えた。敵の騎鴕隊。音で気づいた者がこちらに向かってくるが、ほとんどの注意は山の方に向いている。戦鴕がまとめられているところを見ると、敵の多くは下鴕しているようだ。
接敵した。馳せ違いざま肩を砕く。続いて二人目、三人目。
やはり、弱い。一段目の林天詞軍とは比にならない。先程の袖本隊といい、この騎鴕隊といい、練度において大きく劣っている。数だけは御立派だが、烏合の衆と言っていい。
躊躇うことなく、バリアレスは敵中へ躍り込んだ。ほぼ無抵抗で突破できるが、今回は罠ではないだろう。まさか背後から敵襲があるとは思わず、浮き足立っているのだ。そもそも敵かどうかすら判断がついていない者もいるようで、軍全体にまとまりが感じられない。万超えの本隊が後ろに控えていたのだから、当然ではある。
袖兵の塊は、街道から脇に入った間道へと続いていた。荷車一台が通れるほどの道だ。迷わず、バリアレスはそちらに進路を取った。
敵は皆戦鴕から降りている上、完全に不意を打っている。しかも、陣を組んでいるわけでもなく、山道に細長く軍が伸びていた。その上こんな弱兵で、騎鴕隊の圧力にこらえられるはずがなかった。湧いて現れたような騎鴕隊を前に、敵は算を乱して逃げ惑っている。こうなれば、無人と大差ない。
――見つけた!
心臓が高鳴った。つづら折りの山道をいくらか登った先。鷺の近衛兵と思わしき一団が、上から下りてきている。林内が明るいおかげで、見通しが効いていた。
ここは山道で、しかも曲がりくねっている。騎鴕隊も全開の速度を出すわけにはいかない。それが、酷くもどかしかった。二つ、三つと、道の曲がりを越える。
見ている間にも、一人、また一人と、近衛兵は討たれていた。それでも、構わず前へ進んでくる。
最後の曲がり。焦りを覚えながらも、バリアレスは切り返した。その視界に、残りわずかとなった袖兵と、もういくらも残っていない鷺の一団が映る。護衛三百と聞いていたが、侍従を含めても五十を下回っているのではないか。
その先頭に立った若武者は、不思議な服装をしていた。具足を着てはいるが、その下は上下ともに丈が短い。服だけ見ればおよそ戦場に立つ者とは思えないが、鬼気迫る様相で敵を突き破っている。返り血で、全身が真紅に染まっていた。
「なぜだ! なぜ……」
彼我の間の敵は一人。この軍の指揮官だろう。前後に敵を抱え、完全に錯乱しているようだった。
さすがに、指揮官の周囲を固めている、麾下の兵は立ち向かってきた。それを棒で叩き伏せる。瞬時に四人が、道脇に吹き飛んでいった。それを見て、他の兵も怯えを見せた。
蹴散らす。
言葉そのままに、あっけなく袖兵は散っていった。指揮官も逃げようとしたが、背後から若武者に貫かれた。
バリアレスは、そこに走り込む。若武者に貫かれた袖の指揮官を、棒で突き上げた。
「ウィングロー軍上級将校、バリアレス・ファルセリア、参上! 殿下をお迎えに上がりました!」
歓声が上がった。バリアレスの背後では、鷺の一字を書いた国旗と、ファルセリア家の紋章旗がはためいている。
バリアレスは隊を二つに割り、半分を残してフィリムレーナの一行の奥へと向かった。まだ、山の上から交戦の気配を感じる。
「全員を騎鴕に乗せろ! 百騎は俺について来い!」
その時、血衣の若武者とも交錯した。
その瞬間、バリアレスは凄まじい圧力を感じた。思わず振り返る。
これは。
父から聞いたことがあった。稀なことではあるが、戦の中で限界を突破し、凄まじい力を発揮する者がいると。そしてそういった者は、止まらない限り――遠からぬ先に、死ぬ。
まずい。だが、同時に敬意の念も湧いていた。若武者の覚悟が、直に伝わってきたのだ。
残った者たちは、幼い侍従や学者も含め、皆武器を手にしていた。例外はフィリムレーナくらいだろう。本当に、総力戦になっていたようだ。
一団の裏に出た。そのまま坂を駆け上がる。
すぐに、眼前に敵兵の群れが現れた。それを、近衛兵の一団が止めようとしている。一団と言っても、既に十人ほどだ。崩れ落ちるように後退しながら、それでも敵を遮り続けていた。
バリアレスは、手綱でハルパゴルナに命じた。疾駆する。
今ここに限って言えば、直線だ。全力を出せる。
山を下り、残敵を殲滅しようと走り込む袖軍に、バリアレスは突っ込んだ。間合いに入った瞬間棒を振るい、敵兵を弾き飛ばしていく。敵も勢いはあったが、騎鴕隊には遠く及ばない。すぐに散り始めた。
頃合を見て反転し、残った者たちを後ろに乗せるよう、何人かに命じる。
その間に、二人倒れた。彼らも、全力を越えた力を発揮していたのだろう。
それにしても、イアルの姿が見当たらない。はぐれたか。それとも、もしくは。
しかし今は戦中だ。感傷に浸るのは早い。最優先事項は姫の護送だ。
手早くフィリムレーナの一団まで戻った。既に、一人を除いて、生存者の収容は終えていた。
最前列にいた、ここまで道を斬り開いてきた若武者は、今にも倒れそうだった。役目を果たした、という達成感に満ち溢れていた。それでも、目に入る者全てを斬り伏せる、とでも言いたげな威圧感も放っている。不思議な状態だった。それに圧され、後ろに乗せるどころか、誰も近づけなかったのだろう。
「おい、まだ寝るには早いぞ!」
バリアレスは迷わず若武者に駆け寄り、鴕上から手を伸ばした。
「まだここからいくつもの軍を突破して、国に帰らねばならん。さっさと乗れ!」
彼の目に光が灯った。まだ、終わってはいないと呟く。剣を持っていない左手が、バリアレスの手へと伸ばされた。
間近で見ると分かった。彼の持つ、鈍色の剣。見覚えがある。
「………………。お前、名前は?」
鴕上へと引き上げ、後ろに座らせた。見渡すと、他の面々の用意は整っている。
「……士会」
「よし、士会! 行くぜ、しっかり捕まってろよ!」
バリアレスは、再び駆け出した。