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異世剣聖  作者: 鷹武手譲介
第一部 異国からの脱出
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猛進

 振り下ろされた剣を、手にした剣で受け止めた。むき出しの敵意と刃を直接向けられただけで、肌に粟が立ち、背筋が凍る思いがする。しかし、それで固まっているわけにはいかない。ここは戦場なのだ。士会は自身を叱咤(しった)しながら、受け止めた剣を相手の腕ごと跳ね上げた。


 がら空きの体。隙だらけ。止まりかける腕を無理やり動かし、士会は剣を一閃させた。

 喉笛をかき切り、血が噴き出る。敵の死体は、イアルの骸に折り重なるように倒れた。


 心臓が縮こまるような自分に、大丈夫だと言い聞かせる。特段血が苦手というわけではないが、自らの手で敵を殺すというのは、精神的な摩耗があった。しかし、ここで立ち止まっては、何のために剣を取ったかわからない。戦い続けなければ、敵を突破しなければ、フィナを守れないのだ。


 三人、敵が並んで向かってきた。士会の隣からも、隊長の死から立ち直った近衛兵が出てくる。

 敵の剣をかわし、士会は具足の間から敵の腹に剣を突き入れた。生温かく、粘性のある血の感触。剣が抜けず、士会はそのまま敵を蹴っ飛ばした。


 すぐに落ちていた剣を拾った。少し短いが、不思議と手に馴染む剣だった。


 さすが近衛の勇士なだけあって、左右の二人も瞬く間に敵を突き倒していた。


 士会は剣を振り上げ、叫んだ。


「おおおおおおおおおお!」


 言葉にもならない、絶叫。しかしそれは、間違いなく味方を鼓舞していた。応えるように、近衛たちも叫び声を上げる。


 敵も、イアルの死で活気づいていた。次から次へと斬りかかってくる。剣を力ずくで外にそらし、そのまま体ごとぶつかって敵を吹っ飛ばす。次。また、次。間近に敵意と死を感じつつも、あしらった。


 大丈夫だ。敵の動きまで、きちんと見えている。対処もできる。


 士会の右側の近衛が、つんのめって後ろに取り残された。好機とばかりに、今度は二人、敵が士会に向かってくる。対応しようと身構えたところで、士会の左から人影が飛び出した。拾い上げた剣を敵方の内の一人に叩きつけ、受けに出された敵の剣を力で弾き飛ばす。


「亮!」


 呼びかけつつもう一人の足を払い、体勢が崩れたところを斬り払った。


 亮は、返事をする余裕もないようだった。徒手になった敵が後ずさりするのを、震える手で見ている。


「大丈夫か!」

「……ああ。次こそは」


 亮も、自分と同じように、血への拒否反応と戦っているのだろう。自分が特別弱いわけではない、という事実は、士会を少し安心させた。


 士会は剣の柄を握り締め、駆けた。後ろから、味方もついてくる。進むんだ。進み、フィナの活路を開く。

 接近した敵の剣を叩き落とし、そこから振り上げて敵兵の腕を斬り落とした。悲鳴を上げながら、敵兵は道脇に転がろうとする。しかし、隣の近衛兵が止めを刺していた。


 亮も何人か敵を倒していた。ただ、多分とどめは刺せていない。武器を落とし、道脇に蹴り出しただけだった。それを、後ろから続く近衛が苦も無く仕留めていた。


「亮! 出過ぎるな!」

「わかってる!」


 遂に亮が、士会を追い越して前に出た。そして接近した敵の首を横薙ぎに刈り取る。


 血が、舞うように噴き上がった。


 士会の前の背中が、急に低くなった。膝をついたのだ。様子がおかしい。


「危ない、下がれ!」


 寄せてきていた敵を、士会は前に出て斬り倒した。さらにそのまま先頭で敵に突っ込んでいき、立て続けに三人の首をはねる。


 亮はこれ以上、剣を振れないようだった。多分、それが正常なのだろう。士会は、気づけばためらいなく剣を動かし続けられるようになっていた。そちらの方が、多分どこか壊れている。

 別に壊れていて、構わなかった。フィナを窮地から逃すためなら、いくらでも壊れてくれる。


 息が切れてきた。だが、まだまだ体は動く。


「進め! 押し進めえええええ!」


 士会は再び叫び声を上げながら、ひたすら前に突き進んだ。


 既に士会は、実質的な近衛隊の指揮官になっていた。鬼気迫る戦い振りに、一度崩れかけた士気も回復を見せている。(とき)の声を上げ、近衛兵たちが前線を押し上げる。


 士会は敵の攻撃を、全て皮一枚のところでかわしていた。誰に教わるわけでもなく、自然と体がそう動く。そして出来た隙を突いて、敵の急所を斬る。


 つづら折りの山道を折り返し、まるで旗を持っているように、士会は一団を先導した。


 血の味。軋む手足。心が先立つように前を向き、体がそれに無理やりついてきている。脳裏に浮かぶのは、イアルの死に様だった。あの壮絶な死に方を見て、こんなところで止まれるか。

 まだ、敵の海は途切れることがない。気にしなかった。絶望もない。この足が動く限り、前に進む。それだけだ。


 敵が、少し違う動きをした。少し引き気味に待って、イアルの時と同じように、槍を一斉に投げてくる。


「士会殿!」


 払わなければ。そう思った瞬間、左右から味方の近衛兵たちが飛び出して、槍を払っていた。一本飛んできたのは、士会が余裕を持って払った。


「すみません、払い損ねました」

「いいや、ありがとう」


 次を投げる準備を、敵がしているのが見えた。距離を取っていると、同じ手を使われる。

 怯ませようと思い、士会は足元に落ちていた剣を拾い、思い切り投げつけた。おや、と思うくらい、その感触はしっくりきた。


 もう一本、拾ってみる。イアルの背中を、思い出した。


「行くぞ!」


 再び、槍が投げつけられてくる。走りながら、士会たちは全て払い落とした。


 剣は、見かけよりも軽く、二本持っても十分扱えた。敵の剣を片方で叩き落とし、もう片方で首を刈る。次の敵は、頭から両断する。愚直な使い方だが、確かにこちらの方が戦いやすかった。


 いつしか、血反吐が出そうな苦しさも、四肢の痛みも消えていた。そのことに、士会は気づいていなかった。ただ一つの思い、フィナを守るということだけを胸に抱いて、腕を振る。足を前に出す。


 見える世界も、知らない内に広がっていた。敵の一挙手一投足がわかる。敵の隊長が、慌てて後方に下がっている。道の両側から現れた敵を、他の近衛が応戦している。少し上では、殿が後方からの敵を決死の覚悟で食い止めている。


 獣のような雄叫びを上げながら、士会は敵に突進していった。隣の近衛たちも、声にならない叫びとともに士会と肩を並べる。近衛たちも、既に何人もやられて、後ろと入れ替わっていた。


 守る。進む。活路を開く。単純化された思考は、しかしやるべきことを明確に示していた。


三人を立て続けに斬り倒し、山道の曲がりに降り立った。さらに、隙を見せた敵を道脇に蹴り飛ばす。そこは小さな崖になっており、袖兵が転げ落ちていった。


 その時士会は、鋭敏になった感覚で、わずかな活路を感じ取っていた。歩兵のものとは違う、怒涛のような足音。かすかにだが、それを聞いた気がした。


 士会はさらに速度を上げた。剣が絶え間なく動き、敵を討ち果たしている。近衛兵たちは、士会を左右から押し上げていた。


 多分、限界などとうの昔に越えている。それでも体は動き続ける。


 自分は、安寧の中で生きてきた、ただの高校生だ。受験に(あえ)ぐくらいしか、辛いことも厳しいことも経験していない。

 それでも自分は、フィナを守ると決めたのだ。


 普通の人間が、それを果たすには。

 限界を越えるしか、ないではないか。


 後ろから、皆が続いてきているのを感じる。自分が剣で斬り開いた道を、押し広げ、全員でなぞっている。シュシュやミルメル、エルシディアですら、武器を取っている。少しずつ減ってきて、最初の頃からすると目も当てられないような状態だろう。今も、削れるように減っている。それでも、前に進んでいる。


 まるで隕石だ、と士会は思った。自らをすり減らしながら、燃えていく。このまま消えれば、流れ星だ。死んで星になる、ということに、どこか士会はおかしさを感じた。


 光を求め、士会は血の海をかき分け続ける。意識の全てが戦いに向き、ただフィナを守り、ここから連れ出すという使命が体を突き動かしていた。


 体が軽い。敵が遅く見える。剣が手の延長のように感じる。


 敵が少し、強くなった気がした。それでも、構わず進む。具足の間から急所を切り裂き、また一人、首が飛んだ。次の一人は、戟を握る手を肩から斬り落とす。槍。かわす。かすったが、具足の上だ。すれ違いざま、首を斬り飛ばした。切断面から血が吹き上がる。


 見えた。敵の指揮官。慌てふためいている。その先。光明。


「はああああああああああ!」


 果て無き深淵から手を伸ばし、士会はその光へと手を伸ばした。怯えて道脇に逃げようとした敵の指揮官、彼の心の臓を背中から正確に刺し貫いた。深々と、たった今死体と成り果てた体に鈍色の刃が飲み込まれる。士会は返り血を全身で浴びた。


 その先には。


 戦鴕に騎乗した若き将校が、背後に鷺の灰旗を靡かせ走り込んできていた。


 たどり着いた―――――――――。


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