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異世剣聖  作者: 鷹武手譲介
第五章 大反乱
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終章

 叫び声、喝采、笑い声。様々な類の大きな声が、全方位から響いてくる。


 反乱軍との決戦から五日後。士会は参戦した鷺軍全部を巻き込んだ、大宴会を開催していた。命を懸けて戦った兵への労いである。


 皆思い思いの場所に腰を下ろして、用意された酒と料理に舌鼓を打っている。先ほどまで有力な将軍たちのところを巡って愛想笑いを浮かべてきた士会も、再び腰を落ち着けていた。いや、自分はどっしり構えている側な気もするが、さっさと挨拶を済ませてのんびりしたかったのだ。


 乾杯を繰り返す声がする。喝采を送り合いながら飲み比べる者もいる。上半身裸で踊り出す者もいる。喧騒に包まれながらちびちびと飲むのは、なかなか楽しい。


「しーかいーどのー。それっ、どーん」


 すっかり出来上がった紐燐紗に後ろから絡まれて、士会の上体は大きく前に傾いた。とはいえ、何かわめいている紐燐紗の接近には気付いていたので、不意打ちではない。ただ、何となく避ける気にならなかった。


「酒臭いぞ、燐紗」


 士会も飲んでいたが、程度はわきまえている。自分を失うほどに飲むのは、正直怖い。下手をすると死ぬわけだし。


 どうも紐燐紗はそこのところが不器用なようで、酒の席の度に見事に酔っぱらっていた。顔も紅潮するので、見た目でもわかりやすい。多分、あまり酒に強くないのだろう。


 ぐいと紐燐紗を押しのけると、紐燐紗はわひゃーとよくわからない声を上げた。


「士会殿は水臭いですよう」

「はいはい。おいこら燐紗。俺の酒に手を出すな」

「けちー」

「飲みたいから言ってるんじゃない。これ以上飲ませたくないから言ってるんだ」

「けちなのに変わりないです」


 まーいーですけどねーと言って、紐燐紗は自分の杯に口をつけた。渋い顔でその様子を見た士会は、隙を突いて紐燐紗の杯をひったくる。


「あー! それはないですよ士会殿」

「お前これ以上飲むな。いいか、アルコールってのは恐ろしいものでな……」

「わけわかんないこと言わないでください。酒は万病のもと、ですよ」

「ダメじゃねーか」


 紐燐紗は脈絡なく、士会のあぐらの上にしなだれかかってきた。頭の軌道に合わせて膝を持ち上げる。鈍い音が響き、紐燐紗が起き上がって頭を抱えた。


「ひ、酷いです。士会殿……」

「あー、すまん。ちょっとやり過ぎた」


 しかしあまり紐燐紗にくっつかれるのは、士会としては避けたいところだ。ビーフックとすらあらぬ仲を疑われたのである。フィナの心を乱すような行いは、出来る限り慎んでおきたい。


「と見せかけてー、どーん!」

「な、うわっ」

「すりすりー」


 油断していると、紐燐紗に正面から抱き着かれた。そのまま後ろに押し倒され、頬ずりされる。紐燐紗は起伏に乏しい体型をしているのだが、それでも柔らかさや良い匂いが女の子らしく――


「し、士会殿! それに紐燐紗殿も! 人前で、こ、こんな……」


 この声はビーフックか。まずい、今の自分の姿は物凄く誤解を招く状況だ。思い込むと止まらないビーフックに勘違いをされたら、また面倒なことになる。


「ビーフック! ヘルプ! ヘルプミー!」


 かろうじて自由な手を虚空に差し出して、士会は助けを求めた。やがて、自分の上の柔らかい物体ががばっと引きはがされる。


「紐燐紗殿! 士会殿には殿下というお相手がいるのです! みだりに近づいてはなりません!」


 お前との仲も疑われてたんだよなあと士会は思ったが、黙っていた。そんなことを告げれば、真面目なビーフックは卒倒してしまいそうだ。


「ええー、ちょっとくらいいいじゃないですかー。かじらせてくださいよう」

「ダ・メ・で・す」


 そう言いつつ酒に手を伸ばす紐燐紗を、ビーフックはそのまま引きずっていった。


 入れ替わりに、バリアレスがブラムストリアと白約を伴ってやって来た。ドスン、と思い思いの場所に腰を下ろしていく。


「お前、一人寂しく飲んでるから酔っ払いに絡まれるんだぞ。ほら、注いでやる」

「ああ、ありがとう。お前も十分酔っ払いだと思うけどな」

「俺は呑まれてないからいいんだ」

「はいはい」


 士会がひょいと杯を差し出すと、バリアレスが鷲づかみにしたまま酒瓶を傾ける。


「俺たちの勝利に」

「乾杯」


 四人で杯を合わせ、士会以外は一息に飲み干した。士会は少し口をつけただけだ。


「お前なあ、そこはぐいっと」

「俺は俺のペースで飲むの。飲み始めた時の過ちは犯さない」

「つまんねえ」


 バリアレスはすぐさま自分の杯に酒を注いでいる。こちらでも部下が上司の酒を注ぐという文化があるのだが、バリアレスはあまり気にしていないらしい。


「勝利って言っても、ほんと際どかったけどな。マジで死ぬかと思った」

「俺も士会殿の窮地を見た時は青くなりましたよ。あ、これ終わったかも、って」

「あの時の白約は輝いてたな。助かったよ」

「白約! 生きていてくれたか!」


 急に白約が、変顔をしながら叫んだ。


「合流した時の士会殿の第一声の真似」


 バリアレスが声を上げて笑っていた。ブラムストリアはこちらに気を遣ってか、少し口を歪めただけだ。


「うっせえ。本気で心配したんだぞ」


 士会は足を伸ばし、白約を蹴飛ばした。白約は大げさに避けるふりをする。そうしながらも、士会は気づいていた。多分、白約は照れている。


「今回も、士会殿とバリアレス殿の連携が決まりましたね」

「あそこで反転して挟撃できたのは気持ちよかったな! さんざん振り回されたからスカッとしたぜ」


 バリアレスとブラムストリアが杯を合わせてまた飲んだ。士会は相変わらず、料理を口に入れつつゆっくりと飲んでいる。確か食事をしながら飲むのも体に良かったはずだ。


「フレムラギア……恐ろしい敵だったな」

「ああ。そして、敬うに足る敵でもあった」


 バリアレスの声の音階が一段階落ちた。


 バリアレスはフレムラギアを捕らえたものの、結局自分で首を落としていた。それを伝えてきた時のバリアレスは思いつめたような表情をしていて、何か当人たちにしかわからない会話があったことを匂わせた。返された嵐天剣は綺麗に拭かれていて、逆に何に使われたか想像がついた。


 フレムラギアの指揮下にいた騎鴕隊の一部も、バリアレスは自分の軍に入れると決めていた。元フレムラギアの兵たちとの間にも、深い話し合いを持ったようだ。バリアレスはいわばフレムラギアの仇とも取れるが、それでもバリアレスに付いて行くと決めた兵がそれなりにいた。


「バリアレス殿がそんな風に言うとは、珍しいですね」


 真剣な面持ちのバリアレスを見て、白約が驚いていた。


「おい、白約。お前は勘違いをしている。俺は普段、敬う相手を選んでいるだけだ。ロードライト殿とかな」

「ウィングロー殿は?」

「あれは親父としてクソ」

「あー」


 バリアレスの言い方は酷いが、理解はできた。ビーフックの時の無茶振りの仕方など、自分の娘などどうでもいいと考えていると思われても仕方ない。


「な、何にせよ、士会殿の将軍としての初陣、白星で飾れてよかったですね」


 全員が納得してしまったところで、ブラムストリアが露骨に話題を変えた。まあ、あまり上官の悪口など言いたくはないだろう。バリアレスはその辺気にしなさ過ぎである。


「お、確かにめでたい。もう一丁乾杯しとくか」

「はいはい」

「あ、俺が注ぎますね」


 ブラムストリアが自身以外の三人の杯に酒を注ぎ、白約がブラムストリアの分を注いだ。


「当千将軍の勝利に――乾杯!」

「止めろ!」

「乾杯ー」


 拒否反応を示した士会だったが、手に持った杯はきちんと合わせていた。かつん、と小さな音が鳴る。


「あ」


 皆が杯に口をつけたところで、士会は気づいた。


「俺の初陣、朱会要戦じゃね……?」

「あー……」

「そういえば、確かに……」

「……いや、あれは準備運動だろう。それに、どっちみち勝ってるし」


 バリアレスの案を取り、朱会要戦は計上しないと決められた。いや、あの戦も一人の犠牲も出なかったわけではないので、忘れるつもりはないのだが。その直後の戦があまりにも濃密すぎて、どうしても印象が薄れてしまう。


 酒瓶が空になったところで、バリアレスが席を立った。ブラムストリアはそれについて行き、白約は厠に向かう。


 士会も少し歩いて、兵の間を回ることにした。さすがに五千人の顔と名前は覚え切れないが、それでも兵たちと戦のことでもどうでもいいことでも語り合うことには、意味があると思うのだ。


 兵の輪の中に唐突に入っていき、会話に加わる。驚く者が多いが、ハクロから付いてきた兵が混じっていると当たり前のように笑いかけてくれた。


 しばらくそうしていると、広場の外れに人影が見えた。


「うん……逢引きかな?」

「いえ、違います。ピオレスタ殿とベルゼル殿です」

「……忘れてくれ」

「はい……」


 暗がりで顔が見えなかったのだ。皆から離れて語り合っている二人がいたら、男女の仲なのかなと思うのも仕方ないではないか。


 そういえば、今日はまだピオレスタたちと話していない。戦が終わった時に自害しようとしていたこともあるし、ちょっと会話しておいた方がいいかもしれない。


「よっ」

「ああ、士会殿」


 二人の方へ歩いていき、士会が手を上げて挨拶すると、ピオレスタとベルゼルも同じ仕草を返してきた。


「俺も混ぜてくれよ」

「そうですね、士会殿には聞いていただいてもいいかもしれません」

「うん?」


 何か、自分に関わる話をしていたのだろうか。


「ちょうど、仕儀山にいた頃の話をしていたのですよ」

「ビュートライドで出会った頃か」

「戦闘を出会ったと表現するのは、なかなか面白いですな」

「それ以外、言いようがなかったんだよ」


 柵にもたれかかる二人の正面に、士会は座り込んだ。ピオレスタもベルゼルも、真上を向いている。ならって、士会も夜空を見上げた。白い三日月が煌々と輝いている。


「仕儀山にいた時も、こうして月を肴にしながら、皆で語り合ったものです。街で可愛い子を見つけたとか、この前飲んだ酒はうまかったとか――」

「そして、どんなふうに鷺をやっつけてやろうか、とかですな」


 ピオレスタの言葉を、茶化すような口ぶりでベルゼルが引き継いだ。


「ビュートライドを制圧して、そこを拠点に版図を広げていき、力を蓄えてフェロンに攻め上る。そんなことを、いつか叶えるべき夢として語っていました」

「夢、か」


 士会は、あまり自分の夢というものを持ったことがない。ただ、人生の目標として、フィナとともに胸を張って歩ける国を作る、というものはある。だから、漠然とした感覚なものの、その言葉の意味を心の内でつかんでいた。


「その夢につながる道から、私たちは途中で乗り換えました。その選択に後悔はありません。しかし、どういう経緯であれ、私たちはペリアスを裏切りました」

「俺も、ピオレスタ殿も、そのことはずっと心の片隅に引っかかっていました。まあ、ピオレスタ殿の、ペリアスを見逃したから自害するなんてのは早まり過ぎだと思いますが」

「あれはビビったぞ。しかも理由を聞いてさらにビビった。やってることは俺と変わらなかったからな」

「そのことは、忘れてください。私も始めは、こうなった以上、ペリアスを斬るつもりでした。しかし、戦いの中で、ペリアスはこう言ったのです。『夢を引き継いで、今ここにいる』と」

「………………」

「ペリアスは、仕儀山で語った夢をずっと持ち続けて、まさに叶えようとしたところだったのです」

「そして、その夢を、俺たちが阻んだ」


 皮肉な運命、という言葉を、士会は飲みこんだ。一言で片づけてはいけないような気がしたのだ。


「ビュートライドでは、俺たちから決戦を仕掛けたこと、士会殿も覚えていますよね」

「ああ。兵糧を焼いたんだったよな」


 ビュートライドでは、仕儀山の山腹に築かれた砦を士会たちが攻める側だったのだ。天然の要害に守られた砦は攻めるに難く、守るに易かった。士会たちもどう攻めるか頭をひねり、鏡宵たちに潜入させて兵糧を焼いたのだ。籠城する兵糧がなくなったから決戦を挑んできたのだと、士会たちは思っていた。


「それも原因ではあります。しかしあれは、ペリアスが兵を煽って、決戦をする空気に持っていってしまったのです。そのことをペリアスは悔いていたようですね。そのこともあってか、あの時の敗戦が、ペリアスの戦ぶりも変えていました。どこか無謀だったところが引っ込み、慎重さと冷静さが際立っていました。最初、相手がペリアスの指揮だとは気づきませんでしたよ」

「それは、なんというか……老練になった?」

「ペリアスの若さでその表現はちょっと。大人になった、でいいのではないですかな」


 確かに、ペリアスは自分と同年代か少し上くらいに見えた。彼もまた、後悔や敗北を経て成長したのだろう。


「かつて自分の背を見ていた若者が、精神は変貌させながらも、最後まで皆で抱いた夢を持ち続けていた。私たちが敵として立ってなお、皆の夢として叶えることに邁進していた。そう思うと、どうしても突きつけた槍を動かす気にはなりませんでした」

「それで、いいんじゃないか。俺はそこで、槍を収めたピオレスタが、人間らしくて好きだよ」

「ありがとう、ございます。私も、士会殿の度量の広さとか、そういう気恥ずかしいことを平気で言えるところとか、好きですよ」

「酒、入ってるからな。その分は差し引いてくれよ」


 今更ながら恥ずかしくなって、士会は頬をかいた。


「ペリアスは、ここで止めてくれますかね」

「多分、大丈夫だと思います。戦ぶりを見る限り、以前よりも分別がついていますから。この反乱に先がないことを、肌で感じているでしょう。それでもなお抗う、というのは、今のペリアスでは考えにくい気がします」

「となると、あいつも土を耕して生きる生活ですか。それもいいなあ」

「若い頃から反乱だの戦だのに明け暮れていましたから、そういう穏やかな生活になじむか、ちょっと不安ですね」

「何、心配なら会いに行けばいいんだ。そのくらいの休みは、融通する」


 士会がそう言うと、ピオレスタもベルゼルも一瞬きょとんとした目をした。


「そうか、確かにその通りですね。生きているなら、会いに行けばいい」

「なぜか、今生の別れをした気になっていました。うーん、死ぬ覚悟をしたところで別れたからですかね?」


 少し間が抜けた二人の様子に、士会はくすりと笑った。


 宴の熱気が、離れて伝わってくる。その熱を心地良く感じながら、三人は月夜を更かしていった。


                    ※


 物音が、しない部屋。大きな寝台に横たわって、フィナは天井を見つめていた。

 ただ、見つめていた。


書き溜めた分はこれで最後となります。六章以降は執筆中ですので出来次第また投稿します。

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