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異世剣聖  作者: 鷹武手譲介
第一部 異国からの脱出
11/113

籠城2

 敵も、石を投げてきていた。

 自分たちが投げたものを、拾って投げ返してくるのが、何となく腹立たしい。


 下から上に投げ上げてくるので、威力はない。しかし、全く無視できるわけでもなかった。当たり所が悪ければ怪我もするし、体勢を崩していれば城壁から落ちたりもする。


 さらに、今は五か所から攻め立てられていた。正面の道以外は急斜面なので、行動しづらい分こちらが有利ではあるが、いかんせん多勢に無勢だった。次第に、城壁の上に取り付かれ始めている。戦況がいいとは、口が裂けても言えなかった。


 正面に回した近衛は、そう多くない。城壁がしっかりしているので、数が少なくてもなんとか凌げるのだ。他は、崩れかけた城壁を抱えており、乗り込まれないよう抑えなければならない。


「上がらせるな! 先に突き落とせ! 中には入れるな、一気に崩れるぞ!」


 叫びながら、イアルは自身も槍を振るい、登ってこようとする袖兵を突き落としていく。突き出された槍をつかもうとする者もいるが、槍をひねってかわし、逆に突き倒した。


「隊長! 出来上がりました! すぐに上がります!」

「よし、来い!」


 建物を崩した時に残った板を、即席の楯のようにした。何人かそれを持たせて立たせ、石よけにする。槍を持った兵は、その下から敵を突くのだ。

 ただ、この楯はそう数があるわけではない。その場凌ぎに近かった。


 門の前に、少し空間ができた。すかさず飛び降り、二人、三人と斬り倒す。飛礫は全て剣で叩き落とした。


 何人か部下も降りてきて、少しの間押し返した。しかし、長く留まると危ない。頃合を見て、砦へと駆け戻る。門から堂々と砦に入り、すぐに閉めた。


 既にこんな突撃を、十度近く行っている。その度に、兵の数も少しずつ減っていた。他の戦線も激戦で、おそらく全体でも二百近くにまで削られているだろう。


 しかし時には、こうして攻撃を入れなければ、敵はさらに攻め手を強めるだろう。それなりの防備があれば、手足を引っ込めた亀のように守りに徹することもできるが、それが許される状況ではなかった。いつでも攻め返すという構えを見せ続けなければ、すぐさま踏み潰されかねない。


 休んでいる暇はない。すぐにイアルは、城壁に登った。


「隊長、少し休まれた方が」

「心配いらん。まだ、行ける」


 そう言いながらも、確かに息は上がっていた。このくらいで、と思う。自分の感覚に、どこかずれがある。これが、老いというものなのか。

 自分を気遣ったのは、まだ年若い兵だった。


「隊長!」

「どうした」


 下から注進が入った。しかし、どこか歯切れが悪い。


「その、士会殿が」

「何?」


 目を上げると、こちらに駆けてくる士会の姿があった。状況を見つつ、イアルは城壁から飛び降りる。

 この場で守らなければならない貴人の一人が、なぜ前線にいるのか。


「どうかされましたか?」


 疑問を押し殺して、聞いた。


「イアル、一つ、頼みがある」


 そう言う士会の(とび)色の瞳は、はっとするほど澄んでいた。思わずイアルは、居住まいを正した。


「失礼な頼みかもしれない。だけど、必要なことなんだ。俺に、戦場を見せてくれ」


 そうか、とイアルは直感した。

 この少年は、まだ戦を目の当たりにしたことがないのだ。

 戦では、命は容易く消える。犠牲のない戦などない。酷く野蛮で、凄惨なものだ。戦を生業にする自分ですら、しなくていいならない方がいい、と思う。


 それを見たい、というのは、命をやり取りしている者たちにとって、確かに失礼なのかもしれない。しかし、イアルは、悪い印象を受けなかった。それだけ真剣なもの、純粋なものを、士会の中に見たのだ。


 若い。痛切にそう思うのは、先ほど自分の老いを突きつけられたからだろうか。


「わかりました。しかし、少しだけです。あなたは我らがお守りするべき存在であり、万が一にも何かあってはいけませんから」

「……ああ。わかった」


 唇を噛み締めてから、士会はうなずいた。両の拳は、固く握られている。

 まずイアルは、自身が先に城壁に登った。楯を持った兵を一人確保してから、士会を手招く。そのまま士会は何も言わず、城壁をよじ登ってきた。体が土に汚れても、気にしていない。


「楯の下に。石が飛んできますから」


 兵が構えた楯の下に入った士会は、食い入るように戦場の光景を見つめていた。

 下から渡された石を兵が投げ、それが袖兵の頭を割った。登ろうと城壁に取り付いた袖兵が、上から槍で突き落とされた。飛礫が、士会のいる楯を打った。


 正面よりやや左に、隙が見えていた。

 先程の突撃から、あまり時間は経っていない。しかしここは、見せておくべきだろう。


「出るぞ!」


 また、イアルは城壁から飛び降りた。その勢いで、一人を両断する。地面に降り立ち、流れるように双剣を操って、三人を瞬く間に斬り伏せた。


 血飛沫が、剣に、具足に、まとわりついてくる。乾いた血と土で、既に全身が薄汚れていた。

 それでも、晴嵐二振りの剣の斬れ味は、少しも落ちることはない。むしろ、血を吸ったように、その鋭さを増していく。


 袖軍も、こちらの突撃に慣れ始めていた。犠牲を嫌い、早々に退いていく。調子に乗って追い討つと、押し囲まれて殲滅されるだろう。


 これでいい。一時的にでも退いてくれれば、兵は一息つけるのだ。城壁の下で石を渡す者と、交代もできる。


 十人も斬っていないというのに、息が切れ始めていた。

 不甲斐ない、と苦々しく思いながら、門から砦の中に戻る。


 士会は、既に城壁を降りていた。表情は重く、少し青い。それでも、何かを受け入れようとしている風に、イアルには見えた。


「そろそろ、戻られた方がいいでしょう。戦場では、何が起きるかわかりません」

「わかった。突撃までしてくれて、ありがとうな」


 そう言って、士会は兵舎の方に戻った。どうやら、見せるために突撃を敢行したことを、見抜かれていたようだった。

 入れ替わるようにして、伝令が一人、駆けてきた。


「アンテロープ殿、戦死」

「指揮は」

「次の者に、引き継がれております」


指揮官が死んだ時、誰がその代わりをするかは、事前に決めてある。


「わかった。行け」


 一瞬、アンテロープの顔が浮かんだ。自分の子供のような年齢だった。彼が二十歳を過ぎた頃から、ともに近衛隊で過ごした。

 しかし、すぐに振り払う。今を切り抜ければ、思い出にふけるのは後でもできるのだ。


 戦は、佳境に入っていた。じわじわと、なぶられるように、締め付けられている。兵の数も、減る一方だった。相手よりかなり多くの数を討っているはずだが、さすがに一人が八人倒す、というわけにはいかない。正面はまだいいが、他の戦線は城壁が崩れているのだ。白兵戦になりやすく、当然犠牲も出るだろう。アンテロープも、おそらく前に出て戦っていたのだ。


 山の上に拠るというのは、甘かったのか。しかし、それ以外で、敵に抗する方法は思いつかなかった。あのまま進み続けていれば、踏み潰されるように、あっさりと制圧されただろう。それよりは、ずっと時を稼げている。


 フィリムレーナの顔色を伺いながら移動するという考え自体が、そもそも間違っていたのかもしれない。およそ、自分のやり方にしては合わないものだった。フィリムレーナを国まで送り届けるまでは、貴人の顔色も見ず、なりふり構わずに山中の間道を抜けていく。それも、余計な人員は置き去りにして、少人数でだ。フィリムレーナの不興は間違いなく買うだろうが、もう後は死ぬしかないほどに生きた。家族がいるわけでもなし、罪に問われれば自裁でも何でもすればよかったのだ。


 結局自分も、命というものにすがりついている。


 それが、イアルの心の内をくすぶらせていた。もう、そう長く生きられる歳ではなく、若い者より先に死のうと思っていたのだ。しかし、アンテロープはあっさりと死んだ。次の近衛隊長に、ちょうどいいと思っていた。

 気付かない内に、ひどく臆病になっていた。


 また、伝令が入った。もう一人の隊長、ラプドの悲鳴のような伝令だった。指揮は上手いが、兵の気持ちを気にし過ぎる。だから、三番手の隊長にしていた。

 確かに、限界が近かった。このまま手をこまねいていたら、そう遠くない内に落とされる。それが分かっても、手の打ちようのないところにまで追い込まれていた。


 また一人、槍を突き出したところで石に当たり、兵が一人、下に引きずり込まれた。楯の下の隙間から、運悪く抜けてきたのだ。


 それを見て、イアルは腹を決めた。考え込んでいる余裕など、ないのだ。そして、こんなままでは終われない。


「今しばらく、ここを頼む」


 イアルは、踵を返し、兵舎の方へ向かった。

 最後まで、足掻き続ける。一瞬でも長く、フィリムレーナを敵の手から守る。それが、自分にできることだ。


                     ※


「ここを出る? 敵を追い払えたの?」


 フィナが、そう聞いていた。

 のんきなものだ、亮は思った。多分自分たちは、とんでもない危急の狭間にいるのだろう。多分、打ち払えるような状態ではないはずだ。士会も、首を傾げていた。


「逆ですね。ここはもう、落ちるでしょう。後は、このまま降伏するか、限界まで時間を稼ぐか」

「それが、どうして外に出ることに」


 今は籠城しているのだ。限界まで耐えるにしても、中に居続けた方がいいのでは、と亮は思った。


「多方向から攻めていることで、袖軍は分散しています。しかも山道は細く、余っている兵も長く伸びざるを得ません。一縷の望みに賭け、逆落としの勢いで、一気に敵陣の突破を図ります」

「それは」


 士会が、口を開いた。無謀だ、と続けようとしたのだろう。亮も、そう思った。


 士会の声を、久々に聞いた気がした。さっきこの兵舎に戻ってきてから、何かを考えている様子で、一言も喋らなかったのだ。亮はおろか、フィナですら、話しかけるのをためらっていた。


「無理がある、それは承知の上です。しかし、このまま待っていれば、間違いなく捕らえられて終わりです。皆様も、ただでは済まないでしょう。鷺という国の、崩壊すらありえます」

「それは言い過ぎじゃ」

「いえ。お二人はご存知ないかもしれませんが、殿下は陛下の血を受けた唯一の方です。他に、陛下の御子はおられません」


 亮は、息を飲んだ。士会は、意味がつかめなかったのか、黙っている。


「後継がいない……」

「まさしく。そして、陛下にもご兄弟はおられず、ご本人は病に伏せっておられます。血が、絶えてしまうのです」

「そんな」


 馬鹿な、と亮は思った。

 世襲制の皇なら、後継のために兄弟姉妹がいるはずだ。皇に複数の妻がいて、十人以上子がいても、全く不自然ではない。


「それが、普通なの?」

「いえ。陛下の愛した女性が、一人しかいなかった、というだけのことです。しかし今は、詳しく話している時はありません」


 今の鷺皇が、一人の女性にしか興味を示さなかったから、子が少ないということか。鷺皇に兄弟がいないのなら、先代の鷺皇もそうだったのかもしれない。

 いずれにせよ、フィナの存在が、こちらが思っていた以上に大きいということがわかった。後継がいなくなれば、国は間違いなく荒れる。


 そして、フィナは最初から次代の皇として育てられてきたのだ。多分、相当に甘やかされてきたのだろう。将来皇になるとわかっていて、厳しく接せられる人はなかなかいないと思う。下手をして恨まれれば、即位した後、復讐を受けることまで考えられるのだ。


「殿下。ここではっきりと申し上げておきますが、今の状況は非常に厳しいです。無事に切り抜けられる可能性など、一割もないでしょう。それでも、最後まで我々は、今ここにいる三名を守り抜きます」

「一割? ……え。だって、何で……どうして」

「私の判断に誤りもありましたし、殿下の強行もまた原因の一つです」


 初めて、フィナはうろたえた姿を見せた。ほとんど希望がないなどという事態は、夢にも思っていなかったのだろう。


 少し、イアルが心配だった。フィナはそれどころではないようだが、イアルはこうなった原因にフィナも絡んでいると明言した。たとえここを切り抜けられても、後で何か罰を受けることになるかもしれない。


 いや、後などない、ということか。


「すぐに、支度を。我らが周囲を固め、一丸となって敵陣に突っ込みます。上手く突き抜けられれば、敵の戦鴕を奪って、逃走もできるでしょう」


 支度といっても、特に何かあるわけではない。ただ、ここから脱出するのならと、思い描いていた考えはあった。


「あの。まだ荷車はあるんだよね」

「ええ。しかし持っていくつもりは」

「あるならよし」


 亮は、一人でうなずいていた。それなら、自分の考えていることは、実行できそうだ。

 砦から出る道は、一本道の急斜面。途中まで、曲がりもない。地形も、申し分のないものだ。


「僕に一つ、策がある。聞いてみるだけ、聞いてもらえないかな」


 少し緊張しながら、亮は腹案を打ち明けた。


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