休竜原の戦い 旧知の仲
槍が剣に弾かれた。
その勢いで前のめりになった体を、引き戻す。振り下ろされるペリアスの剣を、ピオレスタは槍の柄で受けた。
「ペリアス! 投降してください! これ以上は無駄です!」
「投降したところで、結局晒し首だろう! それこそ無駄なことだ!」
既に大勢は決していた。バリアレスが敵騎鴕隊を殲滅し、士会軍と向き合っていたバングル軍を蹴散らしている。混戦状態だったせいで、防御を整える余裕もなく、敵は騎鴕隊に突き崩されていた。半分近くの兵が潰走し、残りもまとまりを保っている部分は少数だ。
反乱を起こした者の罪は、もれなく死罪、というのが普通だ。主だった者ともなれば、見せしめに晒し者にされることもしばしばだった。
「士会殿なら、良く取り計らってくれるはずです! 耳を貸してください、ペリアス!」
「俺は!」
剣と槍が弾き合い、一瞬の空白が生まれた。ペリアスはほとんど泣きかけながら、言葉を紡ぐ。
「俺には夢があった。あんたと、ベルゼルとリロウと一緒に見た夢だ。その夢を引き継いで、今、俺はここにいる! 一度は、一度はつかみかけたんだ! 俺は、まだ、諦めない!」
夢と言われ、ピオレスタは一瞬たじろいだ。ペリアスの剣を防ぎながら、必死に呼びかける。
「終わりです、ペリアス! 周りを見てください。もう、あなたの夢は終わったのです!」
「嫌だ、前は俺のせいで失敗した! 今度は、今度こそは、俺が夢を支えてみせる!」
「ペリアス……」
失敗した、という言葉に、ピオレスタは言葉を失った。ビュートライドでペリアスは、兵を煽って決戦に持ち込み、そして敗れた。他の指揮官の意向を無視して決戦を選んだことを、後悔していたのか。
それだけでも、今ここで晴らしてやりたい。
ピオレスタは、手にした槍をぐっと握りしめた。
「ペリアス……あの時のことは気に病まないように。我々は負けるべくして負けた。それだけです。砦にこもっていたら、中で分裂し、いがみ合ったまま終わっていたかもしれません。負けたとしても、最後に一戦、きっちり戦って終われたのはペリアス、あなたのおかげです」
「それでも……それでも、俺は!」
「ここは戦場。言葉より、剣で語ります」
ピオレスタは心気を研ぎ澄ませた。深く、沈む。周囲の音が遠く感じる。自分と、ペリアス。二人だけの世界。
ペリアスの剣。もはや型もなく、がむしゃらに振っているだけだ。心がいっぱいいっぱいになって、もう周りが見えていないのだろう。
一度、避ける。もう一度、避ける。三度目の剣閃で、ピオレスタは目を見開いた。
たった一度、槍をまっすぐ突き出す。穂先は正確に剣を捉え、高く弾き飛ばした。
「ああ……終わり……か……」
ペリアスが戦鴕から落ちる。背中から地面に叩きつけられ、小さなうめき声を上げた。
ピオレスタは鴕上から槍をペリアスの喉元に突き付けた。ペリアスは観念したように、安らかに目を閉じる。
「………………」
ピオレスタはぐっと槍を握る手に力を込めた。しかし、槍は動かない。微動だにしないまま、数秒が経つ。
「……行って、ください」
ピオレスタは手の力を抜き、踵を返した。周囲にいた敵兵に視線をやり、連れて行くように頼む。
一度自分は、ペリアスを裏切った。そこには信念があり、決して卑怯ではなかったと思っているが、それでも裏切った。しかしペリアスは、今の今まで皆の夢を抱き続けていた。その事実が、ピオレスタの手を引き止めていた。
敵は既に、ほとんど総崩れになっている。ピオレスタは呟くような声で、追撃を命じた。
これで、良かったのだろう。ペリアスに残していた借りは、これで消えた。あとは戦が終わった後、敵将を見逃した罪を、自決して償えばいい。
死を覚悟したピオレスタの顔は、不思議と晴れやかだった。