休竜原の戦い 因縁
一連の戦闘の結果が、バングルから伝令で伝えられた。
士会を引きつけて突出させたところで、フレムラギアと挟撃の形に持ち込んだ。士会は討てなかったものの、一時的に敵を包囲し、兵数をかなり減らせたようだ。わかっていたことだが、やはり敵は神などではない。人並みに隙を見せるのだ。
戦が優勢で進んでいることに、ペリアスは抑えきれない興奮が自分の中に伸び上がってくるのを自覚していた。勝ちの目が、見えている。もちろん、元より勝つつもりでここまでやってきたし、勝算はあると踏んでいた。しかし、夢が実際に手の届く位置まで来たとなると、どうしても逸る心を抑えられなくなる。
しっかりしろ。まだ、勝ったわけではない。今自分にできることを、しっかり、確実にこなすのだ。すなわち、相対する敵を最低限釘付けにし、可能なら崩すこと。
ペリアスは二千を率いて、千くらいのピオレスタと向かい合っていた。敵将に思うところは、もちろんある。恨み言もあるにはあるが、募っているのはなぜ同じ陣営で肩を並べていられていないのかという悲しみだ。あんな裏切り者、と思っていたことがあっても、やはり根底にあるのは敬意だった。
だから手を抜くとか、戦えないとか、そういうことはない。自分が認めた人物と直接対決することに、不思議な昂りを感じている。ピオレスタの道と、自分の道。どちらが正しかったのか、証明する好機でもある。
ピオレスタの隊が、三百、四百、三百と、三つに分かれた。左右の三百が小さく固まって、ぐいぐいと押してくる。しかし押し返そうとすると、さっと離れるのだ。鍛えられた兵だからこそできる動きだった。こちらは鮮やかに隊形を変えることも、細かく隊を分けることもできない。というか兵として志願してきたくせに、戦闘を忌避しているような兵すらいる。多分、ただ飯が目当ての連中だ。そういう奴が一定数混じるのはわかっていたとはいえ、兵を動かす立場としては邪魔で仕方ない。
四百を押し包んでしまおうと隊を広げようとしたが、左右の三百が後方へと回り込みをかけてきた。舌打ちしながら、そうはさせじとこちらも下がる。下がりながら後方にも備えられるように、陣形を変えていった。ただ、備える方向が多いと、どうしても防御寄りの構えになる。敵を崩す方向には至らない。
結局回り込まれ、前後に敵を抱える形になった。こちらの隙を作り出そうと、間断なく押してくる。しかしこちらも、きちんと防御を整えていた。そう簡単に崩れはしない。
土煙が、こちらに向かってくるのが見えた。
騎鴕隊の標的になっている。フレムラギアの騎鴕隊はバリアレスを相手にしており、バングル軍に付いていた騎鴕隊は壊滅していた。そのせいで、士会軍の騎鴕隊に好き放題動かれている。
手早く柵を用意させた。戦鴕を止めるための柵は、組み立て式のものを持ち込んで、前線の少し後ろに寝かせてある。必要な時は、急いでそれを前線に運び、組み上げる。
しかし何やらもたついている。騎鴕隊が迫ってきていた。手際の悪い兵を叱咤している暇はない。急ぎ次善の手を打たねばならない。
騎鴕隊が姿を現した。用意した柵にはところどころ穴がある。迷わず、柵のない場所を選んで突っ込んできた。横っ腹を殴られる形になる。これは止められないだろう。
ただ、自分の手持ちにも百ほどの精強な兵がいた。ほとんどが、ビュートライドから付いてきてくれた兵だ。中でも長物を武器にした兵を固め、敵騎鴕隊を待ち構える。狙っているのは、自分の首だろう。不用心に突っ込んできたら、相応の犠牲を払わせてくれる。
味方を蹂躙しながら、敵騎鴕隊が斬り込んできた。槍を持った女の将が先頭に立っている。ペリアスは焦って指示を出しているような素振りをした。もちろん、敵将に見せるためだ。
しかし敵の騎鴕隊は、ペリアスの動作に誘われず、頃合いを見計らって反転しようとした。良い判断だが、一瞬遅い。危険域に一歩、踏み込んでいる。
「長物隊、払え!」
寸前まで迫った騎鴕隊を前に、ペリアスは号令をかけた。長刀や戟を持った兵が、一斉に戦鴕の足を刈る。二足歩行の戦鴕は、低い攻撃に弱い。バタバタと何騎もの騎鴕が倒れていく。
仕留めたのは二十騎ほどだった。敵指揮官は取り逃がしていた。真っ向から突っ込んできてくれれば、倍は討てたはずだ。微妙に遅かったとはいえ、反転の決断が良かったからだろう。自分の首を前にして、取って返すのはそうそうできることではない。
ゆっくり考えている余裕はなかった。追い返したものの、騎鴕隊に荒らされ、防御がガタガタになっている。既に前線の一部分がピオレスタ隊に突破され、押しに押しまくられていた。
焦燥感が胸に広がってくる。それを押し殺しながら、ペリアスは残った冷静さで周囲を見渡した。敵騎鴕隊の上げる砂塵は既に遠く、代わりに近づいてくるものがある。
バングル隊。というか、バングルと士会の争う戦線そのものが、こちらに移動してきていた。ペリアスの隊の救援のため、バングルが上手く移動してくれているのだろう。ここを凌げば、別の局面に持ち込める。
前後の敵はどちらも押してきていたが、特に前の隊は一部が突出してきていた。後ろの隊が兵を減らそうと押してきているのに対し、前の隊は兵を倒すより自分の首目掛けて突き進んでいるのだ。おそらく、ピオレスタがいる。
ペリアスは中核の百を小さくまとめた。あれはここまで達する。だが初撃を凌げばバングルと合流できる。ピオレスタもバングルたちが近づいていることには気づいているだろう。敵中に長居はするまい。
突っ込んできている敵に向け、ペリアスは精兵たちとともに前に出た。自分と同じ、紅の髪の将。ピオレスタが先頭で進んできている。
目が合った。同じ、血のような紅の瞳。そこに映るのは、どこか小気味良く感じる戦意。認めた相手と刃を交えることに、ある種の喜びすら感じている。
ピオレスタの槍が、勢いよく振り下ろされた。しっかりと剣で受け止める。剣と槍で押し合いをしながら、ぐるりと半回転したところで、両者分かれた。ピオレスタはそのまま反転し、引き上げるようだ。
背後にいた敵は、押すのを止めて脇に避難していた。バングル隊が近づいているのを見て、下がったのだ。
バングル隊と合流した。ピオレスタも、士会の部隊と一緒になっている。
「大丈夫か、ペリアス」
バングルが近づいてきて、声をかけてきた。
「すみません、押し切られかけました」
「いや、いい。騎鴕隊が脱落したのは痛いな」
「敵の騎鴕隊の指揮官、なかなかの判断の良さでした」
「そうだな。意表を突いた動きはしてこないが、着実に追い詰めてくる」
「同じ敵でも、バリアレスとはまた違っていますね。あれは、直感のようなものを使っているように思います。こちらが相手にしている騎鴕隊は、その辺ちょっとぬるいような」
反転が一瞬遅れたの思い出しながら、ペリアスは言った。
「頭に入れておこう」
そう言って、バングルは離れていった。
ピオレスタと武器を合わせた時の感触が、まだ手に残っている。体内の炉が暴走しているかのように、体が熱い。仕儀山の砦にいた頃のことを思い出す。ピオレスタがいて、ベルゼルがいて、リロウがいた。皆で描いた、夢があった。リロウは死んで、残る二人は今敵となって立ちはだかっている。夢はまだ、自分の中で続いている。
さっきの激突は、単なる挨拶代わりだった。きっと、まだ直接干戈を交える機会はある。そんな予感がした。