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異世剣聖  作者: 鷹武手譲介
第五章 大反乱
106/113

休竜原の戦い 窮地

 百騎の騎鴕隊の突撃を、バリアレスはなんとか自分の隊を分けていなした。


 残る四百騎も、百騎ごとにばらけて突っ込んでくる。バリアレスはさらに隊を細かく分けて対応した。


 とにかく、敵の中核の百騎が速い。バリアレスの騎鴕隊より、さらに一段高い次元で戦鴕の質を揃えている。それでいて、残る四百の質もかなり良い部類なのだ。


 敵の指揮官も、恐ろしいくらいに果断だった。それがまた、騎鴕隊の速度を活かしている。一瞬でも気を抜くと、即座に背後に回られているような感じだ。こちらの予測を超えた動きも、しばしばしていた。


 騎鴕戦の主戦場は、現在士会軍から少し離れたところに移っていた。ブラムストリア、ベルゼルに三百ずつを預け、バリアレス自身は四百騎を率いているが、敵の五百騎に振り回されている。ただ、ここで敵の騎鴕隊を釘付けにするだけでも、大きな意味はあった。こんな騎鴕隊に歩兵が蹂躙されれば、練度の低い兵ではたちまち潰走しかねない。


 だからといって、バリアレスはそれで満足できる性質(たち)ではなかった。


「くそ、嫌になるな」


 以前なら、ここで頭に血を上らせていただろう。しかし、バリアレスも実戦を積む中で、冷静さを保つことができるようになってきた。


 ベルゼルから伝令が来ていた。すれ違うようにして、短い言葉を受け取る。


「構わず歩兵に向かえ、だと」


 すぐにバリアレスは、その意図を察した。ブラムストリアとベルゼルに敵の騎鴕隊を追わせ、自身は士会軍と相対している敵の歩兵の側面へと鴕首を向ける。


 陽動だが、可能ならバリアレスは本当に歩兵を食い破るつもりだった。歩兵のぶつかり合いは、どこか一か所が崩れれば他も連鎖的に崩せる。支えの一つを外せば、そこから側面に回り込めるからだ。


 予想通り、敵騎鴕隊はバリアレスを追ってきた。中核の百騎が猛追してくる。残る四百は、ベルゼルたちを相手取るようだ。


 頃合いを見て、バリアレスは反転した。敵の百騎と、正面からぶつかる。赤い具足に身を包んだ、敵指揮官が出てきていた。こちらを委縮させるような重圧。空を切る音をまとって、赤い槍が突き出されてくる。すんでのところで、棒で弾いた。そのまますれ違う。バリアレスは後続の二人、三人に棒で打ちかかったが、いずれも上手く受けられた。


 そのままバリアレスはまっすぐ駆けた。ちらりと後ろを見る。こちらは何騎か失ったようだ。向かう先は、ベルゼルたちとやり合っている四百騎だった。今、彼らはバリアレスたちに三方から囲まれている。気づいて離脱しようとするが、一拍遅れた。


 離脱途中の敵に、バリアレスの四百騎が雪崩れ込む。棒を振り回し、バリアレスは敵を吹き飛ばしていった。


 急に、ベルゼルが離れて駆けていった。そういえば、背から追ってくる圧力を感じない。


 振り返る。


 敵の百騎が反転せず、そのまま駆けていっていた。


 肌に粟が立った。


 バリアレスが最初に目論んだ歩兵への介入を、敵は企んでいたのだ。バリアレスも急いで鴕首を返す。元々速さで負けているから、今から追いつける道理はない。それでも、好き勝手させるわけにはいかない。


 歩兵の戦場が、いやに遠く感じた。


                   ※


 日が、天頂近くまで昇ってきていた。


 敵は二隊に分かれていて、士会、紐燐紗が片方を、白約、ピオレスタがもう一隊を相手取っている。軽い膠着を挟んだ後、敵が隊の前後を入れ替えようとしたところで、士会側から突っかけた。そこからいくつかの攻防を挟んで、この形になった。


 ビーフックが駆け戻ってきた。敵騎鴕隊を潰走させたのだ。歩兵に付いていた敵の騎鴕隊は戦慣れしていないことが動きでわかったので、ビーフックが引きつけ、孤立させたところを叩いた。元々あまり役に立っていなかったとはいえ、専属の騎鴕隊の脱落は痛いだろう。こちらが一方的に騎鴕隊で攻撃できる。


 早速ビーフックが敵の背後を取りに動いた。敵に遮る動きは見られない。その代わり、後方の陣形をいじっているようだ。


「ちっ」


 ビーフックの回り込みを妨害しようとしたら、即座にその隙を突くつもりだったのだ。目論見が外れてしまった。


 後方からの攻撃に合わせて、士会は紐燐紗と交互に押し込んでみた。しかし、挟み撃ちの効果は見られない。敵の数が多いので、しっかり備えれば二面での戦闘も可能なのだ。


 ビーフックに伝令を出して、後方を脅かすのを止めさせた。どちらかといえば、ぶつかり合いをしている場所に攻撃をかける方が効果があるように思う。


 同時に士会は、ピオレスタと紐燐紗を動かして、側面へと回り込ませた。当然、させじと敵の一部が動く。


「よし、いいぞ」


 敵を釣り出すようにして、ピオレスタと紐燐紗は少しずつ戦場の中心から離れた。敵も四隊に分かれ、士会、白約、紐燐紗、ピオレスタにそれぞれ当たる形になる。この方が戦況を複雑にでき、騎鴕隊が動く隙も生じやすいだろう。


 士会と相対しているバングルの隊が、両翼を広げるようにして士会の隊を囲みにかかってきた。お互いが四分の一になったところで、敵が倍の兵力を有しているのは変わらない。とにかく囲まれてしまえば、一気に殲滅されてしまうだろう。


 しかし、こちらは自由に動ける騎鴕隊がいるのだ。ビーフックが伸びた翼の片方をあっという間に突き破った。


 士会の目が光る。ビーフックの攻撃に対し、敵の防御が追いついていない。騎鴕隊の介入は想定外だったのか、鴕止めの柵を慌てて準備している。


 ビーフックも敵の隙を見逃さなかった。ぐい、と騎鴕隊の進路を曲げ、直接バングルを狙う。


 バングルに至る少し前で、ビーフックは脇にそれていった。将周りは中核の兵が堅固に構えていて、突っ込めなかったのだろう。そこを突き崩すのは、歩兵の役目だ。


 士会もビーフックに遅れていなかった。騎鴕隊が駆け抜けた後に歩兵をねじ込み、押し広げていく。


 血が滾る。手を握りしめる。体温が上昇するのがわかった。不意に見つけた好機だ。逃したくない。


 しかし同時に、どこか落ち着かない気持ちにもなっていた。何かを見落としているような、ぐらついた石に足をかけているような、嫌な感覚。


 しっかりしろ。どう見ても好機なのだ。さっさとバングルを仕留めれば、互いの犠牲も少ないまま戦を終えられる。ここを逃す手はない。


「おおおおおおお!」


 気持ちを奮い立たせ、士会は麾下を引き連れ前に出た。味方を追い越し、敵中に躍り込み、三人を瞬時に斬り伏せる。鋭い槍のようにバングルの隊をえぐり、一直線に貫いていく。


 ――バングル。見えた。堂々たる立ち居振る舞い、一歩も引かぬという姿勢。並々ならぬ気迫で、こちらを圧倒してくる。


 ぞくり。


 不意に、鳥肌が立った。何か、狙っている。相討ちか。いや、感じるのは決死の悲壮さではなく、もっと別な――。


 喚声。背後からだ。味方を鼓舞する(とき)の声ではない。一方的な敵襲を受けたような、驚きの入り混じった声。


 ような、ではなかった。振り返った士会は、愕然とした。降って湧いたように現れた騎鴕隊が、背後の味方を切り裂いている。その向かう先は――自分だ。


 同時に、バングルも動いていた。防御に徹していた、いや徹しているように見せていたところから一転、全力で押してくる。バングルのいる本陣が、せりあがるように前に出てくる。今更ながら、最初に見せた隙が誘いだったと気づいた。


 瞬時に士会は判断した。前後とも敵だが、特に後ろの騎鴕隊の勢いが凄まじい。背中からでは受け切れない。それに、一刻も早くこの窮地から脱する必要がある。


「――反転!」


 かなり無理な命令だが、仕方がなかった。開夜がけたたましい吼え声を上げ、寄せ来る敵を威圧する。その一瞬でできた空間で、士会は新手の騎鴕隊に向き直った。麾下の兵も順次反転しているが、その隙に敵に突き落とされている者も多い。


「頼むぞ!」


 開夜の腹を蹴り、急加速した。もうすぐそこまで、敵の騎鴕隊は迫っている。およそ百騎くらい。先頭を走るのは、燃えるような赤い具足の敵将だ。


「〝当千〟の士会! その首、フレムラギア・クラリオンがもらい受ける!」

「そんな二つ名は知らん!」


 敵の名乗りにやけくそで返事しながら、士会は剣を構えた。長大な槍が空を裂き、心の臓を貫かんと伸びあがってくる。まともに受ければ、おそらく具足越しでも死ぬ。


「――らぁ!」


 士会は剣を交差させ、思い切り槍を跳ね上げた。士会の頭上をわずかに回転する穂先が通り過ぎ、髪を幾筋が断っていく。


 すれ違う間もなく、フレムラギアが反転した。槍の穂先を煌かせながら、反転の勢いを利用して叩きつけてくる。剣を揃え、歯を食いしばって受けた。不利な体勢での防御になる。


「――っ」


 一瞬体が浮いたが、なんとか持ちこたえた。敵兵からの攻撃は、自分の麾下が死に物狂いで止めている。


 もう一撃来たら耐えられないかもしれない、と覚悟したが、フレムラギアは舌打ちして、敵の中に消えていった。入れ替わるようにバングルが出てくるが、なんとか自分の離脱が間に合った。


 味方の後方から騎鴕隊がもう一つ来ている。バリアレスだ。崩れかけの味方が、それでもなんとか通り道を空けている。この騎鴕隊が追ってきていたから、フレムラギアは引き下がったのだろう。


「悪い士会! しくじった!」

「いいから急いで追え! エルヴィスのところまで介入されたらヤバい!」


 すれ違いざま、バリアレスと言葉を交わした。そのままバリアレスの騎鴕隊は少し方向を変え、懸命にフレムラギアを追いかける。


 士会自身は味方の中に戻ったものの、それは窮地を脱したことを意味しない。バングルが自ら剣を振りながら、士会隊千三百ほどに猛攻をかけてくる。半壊していた両翼も持ち直し、既に半包囲の状態だ。


 ビーフックが包囲の片翼を乱しているが、先程のように上手くいってはいない。柵を並べ、騎鴕隊の突撃を弾いている。時間をかければ崩せるだろうが、果たしてそこまで士会が持つか。


 横目で確認すると、士会の麾下は半分に減っていた。それ以外の味方の兵も今次々に削られている。なんとか押し返そうとしてはいるものの、勢いに乗った敵を寡兵で支えるのは厳しい。


 畳みかけるように、バングルが突出してきた。ここで自分の首を取ると、聞こえてきそうな勢いだ。


 そこで気づいた。近くにいた白約が、二百ほどを連れてこちらに急行している。士会軍の他の隊も倍の敵を相手にしており、手の空いている味方はいないと思っていたが、白約はなんとかして兵を捻出したようだ。


 バングルが迫ってくる。狙いが自分なのはわかっているが、それでもここは前に出る場面だろう。荒い息を弾ませながら、士会は麾下を率いてバングルに向かっていった。


 ちらと目をやると、白約が敵の横っ腹に突っ込む寸前だった。こちらに向けて下がってくれと身振りで伝えてきている。


 下がるとも。――一撃入れたらな!


 白約が敵の片翼に攻撃を加えたのと同時に、士会もバングルと接敵した。


「――覚悟!」

「そっちこそ!」


 開夜の高い背から、士会は斬り下ろした。バングルの剣と勢いよく打ち合わされ、金属音が鳴り響く。一合、二合と斬り結ぶ。麾下が合わせるように上がってきたところで、士会は両の剣で思い切りバングルの剣を跳ね上げて、その隙に素早く反転した。


 一度味方の中に戻る。見ると白約が、外から包囲の一部を食い破り、バングルに向かって突っ込んでいくところだった。バングルも自分を追うよりそちらの対処が先だと、少し下がる。


 白約は犠牲を顧みずに、敵中をぐいぐいと進んでいた。一方でビーフックは、もう片側の翼を崩しつつある。包囲を脱しつつある、と見ていい。なんとか、崩れかかった味方を立て直す余裕も出てきた。


 白約が反転に移った。状況が変わったことを感じ取ったのだろう。要領のいい白約は、無駄を極力排する。頑張りどころを間違えないその姿勢は、戦場ではとても頼もしい。


 しかし、逃げるのは許さないとばかりに、バングルが自ら剣を取って白約に襲い掛かった。自分の周りを固める精強な兵を使い、白約を仕留めようというのだろう。白約は反転しきれないと判断したのか、士会のいる方へと逃げ始める。敵の中を突破しながら、追いかけられもする厳しい展開だ。


 白約が何か叫び、周囲の兵が小さく割れた。そこにバングルが突っ込んでいく。逃げ切れないと見て、自分でバングルの相手をするつもりなのだ。


 バングルが白約に追いすがり、斬り合いになった。互いの剣がすれ違い、弾き合う。バングルの猛攻を、白約は必死に凌いでいた。助けに行きたいが、今は白約が作ってくれた隙で兵をまとめきらなければならない。自分の役割を見失ってはいけなかった。


 白約はしぶとかった。自分に対する攻撃も、戦鴕に対する攻撃も、全て反応して防いでいる。バングルも必死の形相だった。ここまで追い詰めて、敵将を一人も仕留められないでは味方に申し訳が立たないのだろう。間断なく剣を振り、執拗に白約を追い回す。


 もう少しで、敵中を突破し、白約を味方の中に収容できる。そう思った時だった。


 バングルが、飛んだ。


 自分の戦鴕に足を掛け、跳躍したのだ。剣が突き出され、白約の首へと伸びる。防ごうと、白約が剣を戻す。


 白約が背中から地面に落ちた。体が邪魔で、どうなったかは見えなかった。すぐに味方の兵が両脇から駆け寄り、落ちた白約の腕をつかむ。バングルも当然地面に落ちているので、追撃はままならなかった。


 白約の救援部隊が、なんとか敵中を突破し士会の隊のところまで辿り着いてきた。ビーフックが敵味方の境を駆け抜け、敵の攻撃を遮った。


 兵が回収してきたのは、生身の白約か、それとも亡骸か。士会は気が気でなかった。


「早く、早く報告に来てくれ」


 時間が引き延ばされたように感じる。汗が頬を伝い、あごから滴った。


 白約が、兵の中から姿を現した。首はきちんと、胴についている。


「白約! 生きていてくれたか!」

「いやー、士会殿。自分でも死んだかと思いましたよ。肩のところ具足の上から斬られたんで、少し上にずれてたら首が落ちてましたね」


 自分の首に手刀を当てながら、白約は笑って言った。どうやら、大事はなさそうだ。安堵感が心臓をくるむ。


「まだ、やれるな?」

「当然! ここで引っ込められちゃあ人知れず泣いてたところですよ」

「お前そんなキャラじゃないだろ」

「まあ、もののたとえです」


 軽口を言い合ってから、白約は損害の報告をした。連れてきた二百の内、五十人ほどが犠牲となっている。士会の率いていた千三百も、二百ほどが討たれていた。大打撃、と言っていい。


「ちょっと減り過ぎたな。合流して動こう」

「そうですね。俺が置いてきた方は……よしよし、なんとかしのいでるな」


 部下が連れてきた戦鴕に、白約は騎乗した。


 目を移すと、ビーフックの騎鴕隊が上げる砂塵が、もうもうと舞っていた。


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