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異世剣聖  作者: 鷹武手譲介
第五章 大反乱
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幕間 決戦の朝

 純白の雲が、朝の陽ざしを受けている。まだ薄明るいが、今が夏だと誇示しているような、天井を感じない空だ。


 バングルは、夜明けとともに目覚めた。意識はすっきりとしている。よく休めた証拠だ。どんなに大事な日の前日でも、バングルが眠れないということはなかった。


 もっとも、今日以上に重要な日は、バングルの人生で一度もない。


 これから、反乱軍は鷺軍の主力に決戦を挑む。勝てば鷺の首都、フェロンは落ち、そのまま残敵を掃討しながら鷺全土に手を伸ばすことができる。負ければ、そこでこの反乱は終わりだろう。勢いに任せるところの多いこの反乱は、一度の負けが決定的なものになる。残った街で多少の抵抗はできても、国を変えるような奔流にはならない。


 さっと具足に着替え、陣内を見て回る。護衛が、何も言わず二十名ほどついてきた。これだけ無理に兵を増やした以上、陣中にも確実に敵の間者が入り込んでいると、班陽やペリアスがうるさい。仕方ないので、言われるまま護衛をつけていた。官軍のお偉方のようだと、少し自嘲する。


 不要になった篝の火を消している兵がいる。あくびを噛み殺し、こちらに挨拶をする兵がいる。武具の手入れをし直している兵がいる。朝食の準備に取り掛かる兵がいる。


「良い、眺めだな」


 皆、思い思いに決戦前の時を過ごしていた。誰も彼も、この国を打倒しようと立ち上がり、力を合わせている同志だ。目に見える範囲だけではない、この原野一帯にいる人々が皆、同じ目的のために剣を取っている。


 自身の寝床に戻ると、護衛の一人が朝食をもらってきてくれた。干し飯を湯でふやかして、野草とともに煮て、味噌を加えてある。陣中の食事としては、美味しい方だろう。干し飯すら食べられない時も、当然ある。


 睡眠時に温度が下がった体が、内側から温められていく。安心するような、温かさだ。


 自分の中に浮かんだ気持ちに、バングルはおかしさを感じた。決戦の日に、安心するも何もない。


 日が昇ってきた。夜露に濡れた原野を、陽光が斜めから照らしていく。


 バングルの下に、諸将が集ってきた。軍議を招集していたのだ。兵の手によって簡素な卓が用意されている。椅子もないので、立ったまま軍議を行う。


 ペリアスとフレムラギアが、何やら言い合いをしながら現れた。内容は、些細なことだ。間に入ることもない。二人なりの、会話なのだろう。


 既にフェロン守備軍は、城外に出てきて陣を敷いていた。士会を総大将として、指揮下にエルヴィス、プレウロス、ペンタラグアが並んでいる。合わせて四万に達していた。他に、水軍が近くの川を遡上しており、こちらの水軍とぶつかることになる。精兵を揃えた鷺水軍に対し、こちらは鹵獲した船に兵を乗せただけの即席水軍だ。早めに陸上の決着をつけないと、背後に回られる可能性もある。


 軍議で特に上がったことが、騎鴕隊の数の差だった。兵力においてはそれなりに拮抗しているものの、騎鴕の数は絶対的に不足している。特に一度姿を見せたバリアレスの騎鴕隊は、大きな脅威だった。


「あれは、俺が抑える」


 フレムラギアが言い切った。というか、引き受けられるのが彼しかいない。フレムラギアの騎鴕隊は、数では劣るもののバリアレスの騎鴕隊を練度で圧倒できるはずだ。


 他の騎鴕隊に対しては、各自鴕止めの柵などであしらうしかない。


 士会率いる五千の軍は堅い。まずは、脇を固める他の将軍の陣から崩すのが、手っ取り早い攻略法だった。ただ、こちらも精兵を揃えているわけではない。相手も同じようにこちらを崩しにかかってくるだろう。


 士会は、自分が抑えなければならない。


 急に伝令が入ってきた。


「何事だ?」

「それが……使者が来ています。敵将の、士会から」

「何だと」


 さっと考えを巡らせたが、何のための使者なのかは見当がつかなかった。開戦直前に話すことなどない。そう突っぱねてもいいが、使者の話を聞くのは最低限の礼でもある。これから打倒すべき相手であっても、その礼は守られるべきだった。


 会議の場に、使者が引見された。書を手ずから受け取り、読み上げる。会議の場は、次第に静まっていった。皆、唖然としているのだ。


 使者を退けてからも、しばらく声を発する者はいなかった。やがて、何を考えているのだ、という声が上がった。


 書の内容は、士会の『頼み』というべきものだった。だから、断るのは容易い。言葉以上の何かしらの意図が含まれている可能性がある以上、そうするのが自然である。


 それでもバングルがなお頭を悩ませているのは、鷺姫に対する士会の感情が透けて見えるからだ。


 会議の場は、使者を追い返すべきだ、という方向に向かっていた。ただ、近くにいたペリアスは、何か言いたそうな目をバングルに向けていた。


「ペリアス、言ってくれ」


 小さく、ペリアスはうなずいた。


「ビュートライドで、敵将の士会から誘いを受けたことがあります。この国を変えるために、力を貸してくれと。その言と今回の行いは、矛盾しません。皇太子の意識を変える。ただそのために、士会は行動していると思われます」

「だからといって、むざむざ敵に手を貸すのか」


 誰かが言った。追随するように、いくつか声が飛ぶ。


 難しい表情を、ペリアスは浮かべていた。


「手を貸す、というほどのことではない、と思う。時間を稼ぐわけでもなし、戦に影響することでもない」

「罠かもしれない」

「何の? 罠の仕掛けようがない。むしろ、危険を背負うのはあちら側だ」


 他に、話に乗ったふりをする案も出た。騙し討ちのようなもので、反乱軍としてそれはやらないとバングルは言い切った。たとえ憎き相手であれ、約定を守ることは必要だ。一度それをやれば、どこからも相手にされなくなってしまう。


 会議が止まっていた。感情的に、賛成はしたくない。しかし、切って捨てるだけの材料もない。それで、議論にならなくなっている。話は出尽くした、と見ていいだろう。


「おおよその、話は分かった。その上で言いたい。私は、反乱軍の総大将として、負けた時のことも考えなければならない」


 全員が、黙りこくった。


「今のところ、士会の話を蹴る明確な理由はない。そして、乗った場合、負けたとしても残るものがある。敗北の想定などと思うかもしれないが、絶対に勝てるという保証がない以上、次につなぐことも考えるべきだと私は思う」


 ペリアスが、賛同の声を上げた。フレムラギアも、ほぼ同時に賛成と言った。それからは、バングルの意見に賛成する声が多数を占めるようになった。


 班陽だけ、少し違った意見を出していた。もう少し踏み込んで、士会とバングルの対談を戦の前に行えないか、と提案したのだ。士会を説得できるかもしれない、とバングルには少し魅力的に思えたが、危険すぎると周囲に切って捨てられた。無理に反対する場面でもないので、その意見はそのまま流れた。


 士会の『頼み』を受け入れた本当の理由は、鷺姫をなんとかするために、敵まで利用しようという士会に敬意を表したかったからだった。負けた時のことなどは、ただの理屈と言ってもいい。


 外で控えていた使者に、諾、と伝えた。


「妙なことになりましたね」


 軍議が終わってから、ペリアスに声をかけられた。


「何、やることは変わらないさ。戦って、勝って、新しい国を作る。それだけだ」

「そうですね。何も、難しいことはない」

「ペリアス。お前、鷺の士会のことを、認めているのか?」


 そう聞くと、ペリアスは素直にうなずいた。軍議の時から、気になっていたことだ。


「ある部分は。今も、倒すべき相手だとは思っています。仲間を持っていかれた恨みも。しかし、国を思って行動しているという点については、自分と同じだ、と思います」

「国を思って、か。しかし、敵味方に分かれている」

「ええ。ですから、倒すべき敵ではあります。でも、打倒した後、こちらに引き入れることができるとも考えられます」


 確かに国を立て直そうという志は、そのまま国を立ち上げようという方向に持っていくこともできそうだ。自分たちと、重なり合う部分がある。戦上手は重宝するし、神の使者という象徴がいれば、国内をまとめ上げる時に役立つだろう。


「それにしても、意外だった。てっきり士会に対しては、悪感情しか持っていないものかと思っていた」

「以前は、そうでした。しかし、時間とともに、見えてきたものもあります」


 神の使者の真偽については、バングルは否定的な立場だった。ただ、最近は両者を本物と見なす声も多い。特に士会の方が勝利を重ねていることで、噂に肉をつけている。その存在の価値も、上がってきているということだ。


「旗を」


 全軍が整列したところで、バングルは指示を出した。巡る日月の紋章旗が、それぞれの隊で掲げられる。風になびくいくつもの紋章たちは、バングルの胸に熱いものを起こさせた。


 決戦への進軍が、始まった。


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