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異世剣聖  作者: 鷹武手譲介
第五章 大反乱
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士会の企み

 士会は、フェロンの外に出ていた。外、と言っても、単純に城外というだけではない。フェロンの城壁の外には、いくつもの街道に沿った区域を中心に、まだ人の住む場所が広がっている。そこも、フェロンの一部と扱われることが多い。戦になると、城壁の中にこもることもあるため、有事の時には戦塵に踏み潰される区域でもある。できれば、士会はそうならないようにするつもりだった。


 今も、そうした区域の外で、士会は敗兵を集めている。昨日今日と集め続けて、もう日が暮れる。そろそろ、打ち止めだろう。残りの兵は、自力で戻ってきてもらう他ない。


 第二次討伐軍は、やはり蹴散らされてしまった。まだ詳しい戦況は聞けていないが、一度目ほど酷い負けではなさそうだ。


 バリアレスが騎鴕隊を連れて、駆け戻ってきた。


「牽制、お疲れ様」


 士会が軍の実権を握ってから、何とか間に合うかもしれないと、バリアレスを戦場に急行させた。結局間に合いはしなかったものの、追撃に対して牽制を行うことで、より多くの兵が離脱する時間を稼いでいた。


「おうよ。向こうの騎鴕隊がしつこくてな。振り切るのに手間取った。犠牲も、少し出たな」

「お前の騎鴕隊に食いついてくるとは、相当だな」


 バリアレスの騎鴕隊は、機動力ならこの国でも随一のはずだ。良質な戦鴕を揃え、それを扱う兵の調練も積んでいる。


「向こうは五百と少ないが、速度は互角。特に中心になってた百騎相手だと、負けてるな。深追いを避けてきたから、この程度で済んだとも言える」


 士会はうなった。てっきり敵の騎鴕隊は、街を手に入れてから作った即席の部隊に過ぎないと思っていたのだ。だからこそ、バリアレスを討伐軍の援護にも出した。しかし戦鴕の質や騎鴕隊の動きがそんなに良いのなら、相当前から準備していたことが伺える。


「後で、話は詳しく聞こう。何にせよ、本格的にぶつかる前に、騎鴕隊の練度がわかってよかった」


 一戦目に討伐軍が、騎鴕隊で真っ二つに断ち割られていたという報告を士会は思い出していた。敵の指揮官の思い切りの良さと、討伐軍の陣の脆さのせいかと思っていたが、それだけではなかったようだ。


 斥候隊が戻ってきた。反乱軍は、しばらく離れたところで野営に入ったらしい。もう、目と鼻の先だ。距離からして、明日は決戦だろう。


 兵営に戻り、軍の再編成を行う。討伐軍の指揮官、エルヴィスとプレウロスは、なんとか生き残っていた。不満はあるが、混乱を避けるためにも、彼らに指揮を続けてもらう。他に、フェロンの守兵として残されていたペンタラグア軍は、無傷で残っていた。これに士会、バリアレスの兵を合わせて、総勢四万ほど。依然として増え続けている反乱軍と、大きく変わりはしないだろう。官軍お得意の、兵力に任せて押し潰すという手は取れない。思考停止した戦法に見えるが、自軍は全体として見ると、調練の行き届いていない兵が多い。身動きが取りづらいため、単純な手を打てるならその方が良いのだった。


 もっとも、ほとんどが急激に増えた新兵の反乱軍も、質はどっこいどっこいだろう。体が重いのはお互い様だ。指揮の届きづらい兵をどう扱うか。指揮官としての腕が問われる。


 軍をまとめ直した後、士会はバリアレスからもう一度戦況を聞いた。もっとも、エルヴィスやプレウロスからも話は聞いているため、おおよそのことは把握している。


 最初は街と外で二方向から牽制し合っていたのだが、偽装の退却に釣られて街から兵を出してしまい、そこを騎鴕隊に突かれて崩されたようだ。とはいえ、ぶつかり合いの中で、ある程度相手に損害も与えていた。惨敗というほどでは、なかったようだ。


 兵営の一室で、士会は卓を挟んでバリアレスと向き合っていた。


「俺が着いたのは崩された後だな。もう、追い討ちの段階に入ってた。伏兵がないか斥候も出してやがったから、追い抜いて敵の鼻っ面に一発叩き込んで、後は突っ込む素振りを見せつつ瀬踏みだったな」

「その後、敵の騎鴕隊に突っかけられたわけか」

「そうそう。軽くあしらってやろうと思ったら思いのほか速くてな。ちょっとヤバかった」

「で、交戦した感想はどうよ?」

「騎鴕隊は、さっき言ったように精強だな。歩兵はほぼ弱兵だが、ところどころに動きのいい奴らが混じってた。大体、百とか二百くらいの単位だな」

「麾下の兵ってところか」

「まあ、そうだな。あれは、こっちの軍と比べても遜色ない。何というか、唐揚げみたいだった」

「はあ?」


 バリアレスのたとえは時々、意味が分からなくなる。独特の感性に頼り過ぎているのだ。


「中央の身を、油の衣がまとってるだろ?」

「身、少なすぎだろ。ほぼ衣じゃねーか。食えたもんじゃない」

「意味が伝わればいいんだよ、細かいことを言うな」


 伝わってねえよと思ったが、これ以上言っても仕方がないので士会は黙った。


「とにかく、衣は身に付いて行く、って感じで動いていたな」

「まあ、なんとなくはわかった」


 核となる麾下が動きの上でも中心となるようだ。やはり、新兵を独立させて動かすことはしづらいのだろう。


 兵営を離れた士会の足は、自然と館に向かった。正確には、隣にある亮の館だった。


 ここのところ、士会の頭を悩ませていたことがある。


「うーむ」

「なんだい。人の顔を見るなり、うなり声を上げて」


 悩みが、そのまま声に出た。


 亮の私室に通された士会は、腕を組んで立っていた。当然、それを見る亮の表情は渋い。


 既に、とっぷりと日は暮れている。しかし、明日にもぶつかり合いが始まりそうなことを考えると、今日しか動ける時間はなかった。


「知らせ通りなら、もう決戦が近いんだろう。こんなところでのんびりしていて、いいのかい」

「そっちは問題ない。準備はきちんと済ませてきた」

「なら、いいけど。僕の言うことじゃないけど、不安なの?」

「それも、問題ない。戦の心づもりはできている」


 この大一番で勝てなければ、愛するフィナの行き先は暗い。倒れた国家の皇家など、後顧の憂いを絶つためにも、真っ先に潰されるだろう。上手く逃げおおせたとしても、その後死ぬまで隠れ忍ぶ日々が続く。フィナの治めるこの国を守るために、何が何でも勝たなくてはならない。


「だったらなんだい。昨日僕に発破をかけたのと、同じ人物とはとても思えないねえ」

「まあ、相談するだけはしてみるか。俺も無茶すぎると思うんだが……」

「すみません。機密なら、私は退出します」


 扉の側に控えていたミルメルが、仕方なく、といった様子で口を挟んだ。主人の会話に横入りするのは、彼女としては避けたかったのだろう。既にその手は、扉の取っ手にかかっている。


 そうしてもらってから、士会は亮に相談事を打ち明けた。


 全て聞き終えた亮は、難しい顔をして、始めの士会と同じ声を上げた。


「うーん……何とも言い難い……。効果はありそうだけど、リスクが大きすぎる」

「そういう評価になるよな……」

「ただ、この機を逃したくない、というのもわかる。直に喋ってても思うけど、やっぱりまだまだ自覚が足りてない」


 さらにしばらく亮は、前後に体を揺すりつつうなってから、ぱっと顔を上げた。


「まだ判断材料が足らないな。今から君の館に行こう」

「というと?」

「重要参考人に話を聞きに行く」


 言うが早いが、亮は部屋の扉を開けた。部屋の外で控えていたミルメルに行き先を聞かれ、隣だと返している。すぐだから、付き添いはいらないと断っていた。


 何がしたいのかわからないが、確信を持って行動しているようだ。


「士会、シュシュを呼んでくれ。話は君の部屋でしよう」


 人の家を何だと思っているんだと士会は思ったが、口にはしなかった。家に入ると、呼ぶまでもなく、侍従とともにシュシュが迎えてくれた。


「士会様、もうお帰りですか? お風呂、沸いていますよ」


 まだ、やることがあるかもしれない。そう思って、曖昧な笑みを返してから、士会は部屋に付いてくるように言った。


 亮は我が物顔で、士会の私室の椅子に座った。シュシュは自分に用があると思わなかったのか、扉の横に控えている。士会も椅子を引いて、腰を落ち着けた。


「シュシュ、こっちに座ってくれ」


 そう亮に言われ、シュシュは戸惑いながら士会の方を見てきた。士会がうなずくと、おずおずと近寄ってきて三脚目の椅子に座った。


「さてシュシュ。呼んだのは他でもない。バングルという人物について聞かせてくれ」


 士会は無言で亮を睨んだ。亮はどこ吹く風、という態度でシュシュの返答を待っている。


「言いづらければ、別に言う必要はない」


 士会は言い添えておいた。バングルの件について、あまりシュシュに聞くことは止めようと考えていたのだ。国に弓を引くような兄を持って皇家や自分に仕えることを、ただでさえ引け目に感じていたのだ。これ以上、このことで苦しめたくはない。


 しかしシュシュは、意を決したように、首を縦に振った。


「いえ、士会様。私にできることなら、何でもしたいです」


 そう言うと、亮に向き直って、具体的にどういうことを知りたいのか聞いた。


「特に、性格について聞いておきたいな」

「性格、ですか。私もまだ小さかったので、わかる範囲でしか答えられないのですが」

「それで構わないよ」

「わかりました。兄は家にいた頃から、曲がったことが嫌いで、いつも真っ直ぐでした。私自身にも、何が正しくて何が間違っているか、きちんと見極め続けろ、とよく言っていました。ただ、兄が嫌っていたのは大きな悪で、日常の小さなことは大目に見る、ということが多かったです。よく、親の目を盗んでお菓子を買ってくれたりしました」


 真面目一辺倒というわけではなく、ちょっとした悪さのようなことには目をつぶる度量もあるらしい。少し上を向いたシュシュの瞳には、懐古の念が映っていた。


「良い兄貴だったのか」


 士会がそう言うと、シュシュはちょっとうつむいた。


「私にとっては、そうです。卑怯なことも嫌いで、叱る時は叱ってくれました。ああ、約束を守るのは、人として大切なことだとも、教えられました」

「ふむ。話だけ聞くと、敵に回したことが実に惜しくなる人材だね。実務も優秀みたいだし」


 シュシュの話を聞きながら、なぜ亮がシュシュのところに来たか、士会も納得していた。バングルの人となりは、士会の悩みについて判断する上で、重要な要素になる。


「欠点は、熱くなると手が出てしまうところでしょうか。たまにですけど、喧嘩して帰ってきた日もありました。私も、嘘をついた時に、はたかれたことがあります」


 思い出せるのは、このくらいです、と言ってシュシュは笑った。バングルのことは、彼女の中では、大切な思い出として残っているのだろう。


「さて、士会。どう思った」

「……十分に勝算がある。賭けるべきだと思う」


 今も、こうでいいのか、という迷いはある。それでも、この国とフィナのことを思えば、考えつく中で一番の方法のはずだ。


「なら、早く本丸へ行った方がいい。時間が時間だ」

「ああ。急ぐよ」


 外出と聞いて、シュシュも慌ててついてきた。もう暗いので館で休んでほしかったのだが、聞かないのだから仕方ない。士会も既に、こういう時のシュシュの頑固さには慣れていた。


 士会の行き先は、天守閣の隣の宮殿だった。空には美しい満月が踊っている。警護に当たっていた近衛隊長のラプドに声をかけると、驚かれたものの取り次いでくれた。遅い訪問だったが、フィナは普通に起きていてくれたようだ。


「会君、急にどうしたの? 明日にすればいいのに」

「すまん。でも、どうしても今日でないといけない」


 フィナは応接間で士会を出迎えた。この部屋に入るのは、士会も初めてだ。といっても、既に私室には出入りしたこともあるため、今更ではある。やはり調度はどれも装飾が施され、手を触れるのもためらわれた。


 そんな部屋の椅子に、フィナは何気なく座っている。士会もおっかなびっくり、腰かけた。


「ちょうどよかった。こっちから呼ぼうと思ってたんだよね。遅いから、明日にするつもりだったけど」


 士会は早速本題を切り出そうとしたのだが、フィナに先制された。何の用かと問うと、フィナは嬉しそうに笑った。


「えへへー。実はね、旗を作らせてたの。会君の家の紋章と、旗」

「旗か」


 士会の胸は、少し高鳴っていた。軍を率いる者として、自分の旗というものはやはり心躍(こころおど)るものがある。


「というか、俺に家紋なんてあったのか」

「新しく家を立てる人に、皇から贈ることになってるの。といっても、大体は代わりに直接の上司とかからもらうみたいだけど。会君、あんまりこういうのってこだわらないでしょ? だから、私がデザインも考えたんだけど」


 フィナに渡された箱から旗を出して広げてみた。手触りが心地良い。上質な布を使っているのだろう。


 二色の剣が中央で交差し、その後ろに蓮の花が描かれている。


「これは……皇家を守る剣、ってところか」

「当たり!」


 鷺皇室の蓮月(れんげつ)家の家紋は、蓮に水月だ。蓮は皇家を象徴する花でもあり、その前に士会の代名詞とも言える晴嵐二振りの剣が据えられている。士会とフィナの関係を表したものといえるだろう。


「……ありがとう、受け取るよ」

「うん!」


 戦の時に掲げるため、数も用意してあるらしい。それは、後日届くようだ。


「後日というか、明日の早朝届かないと間に合わないけど」

「え? そうなの?」

「ああ。明日、おそらく決戦になる」

「でも、会君に任せておけば大丈夫なんだよね」


 茶をすするフィナは、こともなげにそう言ってのけた。ただ、その顔に不安の色が差していることを、士会は見逃さなかった。


「それは、確約できない。最善は尽くすけど、反乱軍も強大だ。いや、わずかな時で、強大になったと言うべきか。とにかく、力の差はほとんどない」

「そんな」

「明日は、ギリギリの戦いになる。その上で聞いてほしい」


 士会は簡潔に、腹案を打ち明けた。


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