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異世剣聖  作者: 鷹武手譲介
第五章 大反乱
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亮の揺らぎ

 鷺皇の了承を得て、亮は忙しく動き回っていた。


 まず、朝廷を開き、フィナの名の下で士会に全軍を預けた。結局新しい位は作らず、反乱軍との一連の戦における総大将として位置づけることにした。その方が、反発が少なくて済むからだ。士会たちの前では、少し先走りし過ぎたと自省した。


 一息つきがてら、今は溜まった報告の類を読み漁っている。主に、朝廷の指示で止められていたものだ。既に慣れっこになったこちらの文字に目を走らせていると、少し気持ちも落ち着いてくる。どこか、ざわめいたような心地に陥っていたのだ。


「うーん、朝廷のお歴々はなかなか丸めこまれてくれないね」

「向こうからすれば、若造の独断専行に見えるでしょうから」


 そう言いながらも、リムレットはまた一つ、書物の封を解いていた。


「実家の方はどうだった?」

「概ね、亮殿の予想通りですね。父上は怒りを露わにしていました。今からでも亮殿を言いくるめてこい、とも」

「まあそうなるか。他も大方、そんなところだろうねえ。それで、いいのかい? 君はこちら側にいて」


 リムレットはメルキュールが送り込んできた者で、亮に取り入るよう指令を受けていた。若く美人であるため、たらしこむことも視野に入れていたのだろう。ただ、彼女自身はあまり実家の方針に従う気はなく、むしろ亮に肩入れしているようだった。今の政のありように疑問を抱いており、亮を通じて新しい風が吹きこむのを期待しているらしい。始めは知識を当てにするだけだったが、この一年で信用するに値すると見定めた。


「今更のことです。ここに来て、足を引っ張る真似はいたしません」


 実家でどう扱われているか心配だったが、鏡暮の調べでは、迫害されたりはしていないようだ。家を維持する上で、亮の側に立つ人間がいてもいいと考えられているのかもしれない。何か鷺を揺るがすような大事があり、メルキュールが失脚するようなことになっても、一門の者が神の使者である亮の近くにいれば、名門・クラウリシカの家は保たれる可能性が高い。


「わかっていたことを聞いちゃったか。悪いね」

「いえ。心配していただいて、ありがとうございます。反乱の首魁、バングル・アドルムの報告書がありますが。読みますか?」

「一通りは知ってるからいいや。目に留まったものを聞かせてくれる? あ、士会の従者と兄妹ってのは知ってる」


 鏡兄弟を通じて、亮のところにも報告は上がっていた。別視点から見ることで、何か発見はあるかもしれないが、リムレットを通してで十分だろう。


「わかりました。七年前、家主と口論になり、アドルム家を放逐。表向きの理由はただの旅行とされていましたが、侍従から反権力的な物言いを始めたことが漏れ、それを隠していたことも含めてアドルム家への攻撃材料にされています。当時の友人の話では、真面目で物静かで、とてもそんなことを言うようには見えなかったそうです」

「なんて典型的な犯罪者の友人の語り口……」

「何か?」

「いや、なんでも」


 どうでもいいことで話を遮ってしまい、亮はちょっと後悔した。


「続けますね。当時、齢二十にして学問、武術、軍指揮に通じ、ウィングロー元帥からも目をかけられていたそうです。このことから、元帥を訴追する動きもありましたが、結局立ち消えになっています」

「当時の一大スキャンダルだったわけか」

「ええ。今はともかく、七年前は大臣の家主、将来を期待された息子、次代の皇の従者である娘と、アドルム家は隆盛を誇っていましたから。当然、政敵も多くいました」

「何にせよ、能力的には実に厄介な人が敵に回ってるんだね。ここまでの動きを見た限り、頂点に立ってもしっかり力を発揮できるタイプみたいだし」


 反乱軍に占拠された街がどうなっているかも、既に報告が上がっていた。分析した限り、混乱はしているものの、付け入る隙というほどではない。つまり、一気にいくつもの街を飲み込んだ割に、上手く治めているということだ。軍の方は、先頭に立って討伐軍を打ち砕いている。


「そうだ。第二次討伐軍はどうなったかな」

「まだ、報告は上がっていないと思います」

「ふむ、いくつか用を済ませるついでに、士会のところに寄ってこようかな。ここは任せても?」

「今からですか。わかりました」


 少し怪訝な表情をリムレットは浮かべていたが、亮は気にしなかった。


 亮はその足で天守閣に向かい、フィナの居室を訪ねた。主が疑心暗鬼になっているせいか、どことなく肌を刺すような緊張感が漂っている。


「フィナ。ちょっと話があるんだけど」

「いいけど、何?」


 少し声に棘があった。


「ピリピリしてるね」

「仕方ないでしょ。どうしてこんなことになってるのか、さっぱりわからないし……」


 それをわかってくれるとこの国の改革への端緒になり得るのだが、いかんせん今はそれどころではなかった。この国の未来も大事だが、国家存亡の危機の時に余計なことをしていると、本当に滅亡しかねない。


「用件は簡単。北方戦線への水軍の派遣を、許可してほしい」


 朝廷が握り潰していたものの中にあったのが、ウィングローからの水軍の派遣要請だった。このままでも押し返すことはできるが、速やかに事をなすなら援軍が欲しいという。今、鷺の水軍は、閲兵のためにほとんど全軍がフェロン周辺に集結している。反乱軍も支配下に収めた街の水軍を持っているから、迎撃のために都にも水軍が必要ではある。しかし、ウィングローの援軍に一部の派遣もできないほどの状況ではないはずだ。話に聞いている限りでは、鷺の水軍は精強で通っている。一方で反乱軍の水軍は、出来たばかりの素人集団である。


 それでも都に水軍を留めておく理由として考えられるのが、もしフェロンが落とされた時のための脱出用だった。皇家を何が何でも生かすためとも取れるし、高官たちが逃げるための保険とも取れる。肝心の皇家に話が伝わっていないところを見るに、後者だろうか。ちょっと判断材料が少なく、決めつけることはできない。


「いいけど、軍のことは会君に一任したよ?」

「それだと、ちょっと角が立つんだよね」


 水軍は半ば独立しているところがあり、士会の名前で指示を出すには微妙に苦しいところがあった。そこらの力関係は難しく、亮も完全につかんでいるわけではない。


「まあいいや。なんか書類ある? 判子押せば良いんだよね」

「皇の名代で勅命(ちょくめい)として出すんだから、もうちょい慎重になっても……まあ、今はいいか」


 話が早く進むに越したことはない。亮は書類を取り出し、机に置いた。重要書類なので、貴重な紙が使われている。言われるがままに名前を書き、印を押すフィナを見て、これではほとんど傀儡(かいらい)政権だな、とか、事が収まったら改善させないとな、とか亮は考えていた。


「それで、なんで水軍がいるの?」

「そういうことはサインする前に聞いてね」


 不用心にも程がある。亮は手短に、ウィングローが水軍を欲しがっていることを伝えた。


「ふーむ。じゃあ、すぐに北もなんとかなるんだね」

「いや、すぐかどうかは微妙。水路の関係で、一気に多くの兵を送り込めるわけじゃないみたいで」


 今水軍がいるフェロンを通る川は、ウィングローの戦線の近くを通る川と細い水路でしかつながっていない。そのため、大型船が通れず、全軍をすぐに送ることはできないのだ。大型船は、海を経由して移動することになる。どうしても、時がかかる。


 向こうの川で動いている隊も一応はいるのだが、数が少ないようだ。


「とはいえ、膠着(こうちゃく)している北方戦線を動かす力はあるかもね」

「うーん。まあ、私は会君を信じてるから。大丈夫」


 何が大丈夫かあまりわからなかったが、亮はつつくのを止めておいた。今、彼女にはしっかり気を持っておいてもらわなくてはならない。


 いくつか他の場所で用を済ませてから、亮は士会の下へ向かった。


「士会ー。どうだった、討伐軍は」


 亮は軍営にいる士会の下を訪れていた。士会は兵の掌握のため、今いる全軍を一か所に集めていた。全体を動かす調練もやるつもりらしい。といっても、士会軍五千含めて二万しか、フェロンには残っていなかった。


「あれ、伝令送っといたが、届かなかったか」

「ちょっと動き回ってたから、捕捉できなかったのかも」

「そうか。結論から言うと、ダメだな。かなり反乱軍との距離が近かった。今頃は多分、ぶつかってるだろう。こっちから撤退なんて下手に命じたら、無意味に追撃を受けかねない。一応入れ知恵して、街にこもる軍と遊軍とで二手に分かれるように言ってはおいたけど」

「それ、こもるだけの兵糧あるの?」

「ない、多分。でも、時をかけられないのは反乱軍も同じだろう。ウィングロー殿がいつまで釘付けになってるかもわからないし。だから街と外とで、絶えず挟撃の形を取り続ければ、有利な状態で戦に入れるはずだ」

「なるほど」


 最悪、こちらはウィングローの膠着が解けるまで待ってしまってもいい。そう考えると、時間稼ぎをする動きを見せつつ優位を取りにいくのは、かなり効果的だろう。周到なところを見るに、士会はもっと前からこのやり方で反乱軍に当たることを考えていたのかもしれない。


「本当は、あまり外野から戦のやり方まで口を出すのは良くないんだけどな。非常事態だし、仕方ない」

「文官が戦の指示を出すのも、実際のところ良くはないのかな?」

「細かいところは、そうだな。武官任せの方が良い。でも、戦の目的とか大枠は、政とも絡み合ってくるし、文官が決めればいいんじゃないか。というか鷺って、そういう仕組みで成り立つ国だろう」

「そうなんだけど、文官がどれだけ口出しするかは、線引きが微妙だからね」

「それで、何の用だ。遊んでられるほど暇じゃないだろ」


 士会が少し、険のある声で言った。


「知らせたいことがあって。二つの街から、守将が寝返った」


 ここに来る途中で、受け取った報だった。


「……手勢と一緒に?」

「いや、どうも百人足らずを連れただけらしい。街は、多少浮足立っているにせよ、保たれたままだ」

「かえって嫌だな、それは。街を土産にせず、律義に自身と仲間内だけで反乱に加わったか」


 言われて気づいた。それだけ義理に厚い人物まで、反乱に押しやってしまっているようだ。


「どのくらい、打撃があるかな?」

「ざっくりとしか言えないが。数だけ爆発的に増えている反乱軍に、指揮官が加入することでより組織的になる。流れを見て、他の街でも反乱軍に(くだ)る可能性が出てくる」

「流れか」

「今、反乱軍は波に乗っている。打ち破れば脆いものの、そういう軍は強い。討伐軍が、なんとか勢いを削いでくれるといいんだが」

「その口調だと、厳しそうだね」

「まあな。ある程度善戦したらいい方かなってのが、分析の結果だ。既に敗兵受け入れの準備は整えた」

「用意良いね」


 それだけ、敗色濃厚ということだろう。そして敗残兵はそのまま、決戦のための兵力となる。


 士会がじっと胡乱(うろん)な視線を向けてきていた。何か、気になることでもあったのだろうか。


「お前、さては不安だな」

「え?」

「忙しいだろうに、適当に伝令飛ばしとけばいいことを、わざわざ言いに来ている」


 そう言われて、図星を突かれたということに、自分で驚いていた。確かに守将が反乱に加わったことくらい、伝令で知らせておけば済む話だ。評価を聞きたいなら、その旨も一緒に伝えればいい。どこか一か所に留まっていれば、士会からの伝令も受け取れただろう。


「その様子、さては気づいてすらいなかったな」


 言葉もない亮の様子を見て、士会がさらに言ってきた。


「いや、その……」


 漠然とした不安感は、確かにあった。それが、思っていたよりもずっと自分に影響していたということだろうか。


「そうやって、物言いがはっきりしていない。いつものお前じゃないのは、確かだろう」


 何も、言い返せなかった。士会の言うことには筋が通っている。認めたくはない。しかし、認めざるを得ない。目を背けようとする自分を叱咤しながら、自分の奥底をのぞきこむ。


「……そうか。僕はビビってたのか」

「ざっくり言えば、そうなのかもな」


 いつの間にか、自分も体制の上にあぐらをかいていたらしい。安全なところにいて、覆されることを恐れる。自分の立ち位置に、安定を求める。これで自分の地位のために政敵を蹴落とし始めれば、腐った文官の第一歩をスタートだ。しばらくしたら、何の気なしに賄賂を受け取っているかもしれない。


「……初心に、戻らないとな」


 血路を開くため、剣を取った時のことを思い出す。より良き国を作ると、心に誓った時のことを思い出す。自分が歩くのは、茨の道だ。決して、楽な道ではない。


 用は済んだか、とでも言いたげに、士会が背を向けていた。


 心の中で礼を言いながら、亮も踵を返した。


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