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異世剣聖  作者: 鷹武手譲介
第五章 大反乱
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拝謁

 時間の惜しい今、すぐにでも朝廷に招集をかけたかったが、あいにくまだその段階に進めていなかった。


 必ず、味方につけておかなければならない人物がいるためだ。


 すなわち、鷺皇である。


 普段はフィナが朝廷でこくこくとうなずいており、士会も忘れそうになるが、フィナはあくまで鷺皇の代理である。鷺の最高権力者は、依然としてフィナの父なのだ。フィナに全権を握らせる以上、鷺皇の後ろ盾は絶対に必要なものである。


「うーん。こんな形で、お父さんに会君を紹介することになるとは」


 忙しさにかまけて、士会は鷺皇に顔を見せていなかった。今更ながら、これはまずいのではないか、と心配になる。本来ならば、真っ先に挨拶に行くべき相手ではなかろうか。君主的な意味でも、お義父(とう)さん的な意味でも。


 亮は以前から面識があるらしい。話に聞いていた通り、病で衰弱しているようだ。


「そういえば、陛下の病気って何なんだ?」

「それすら、わからない」


 知られざる難病、ということらしい。確実なのは、鷺皇が立ち上がれないほどに弱り切っており、治る見込みもないということだった。徐々に眠っている時間が長くなっており、やがては死に至るという。


 鷺皇は天守の隣にある、広大な宮殿の奥で臥せっている。同じ屋根の下にフィナも暮らしているが、病がうつらないように、接触は最小限に控えていた。


 鷺皇の侍従たちに話を通し、すぐに士会たちは鷺皇の休む部屋に案内された。幸い、鷺皇は起きていたらしい。普通なら、何かと煩雑な手続きが必要なのだろうが、一人娘の存在でとんとん拍子に話が進んだ。


「お父さん。具合はどうですか」

「……フィリムレーナか」


 鷺皇の部屋は、装飾こそあれど、あまり物のない部屋だった。庭に面しており、風通しはいい。畳の上に敷かれた布団に、鷺皇は寝かされていた。


「良くは、ない。毎日、一歩ずつ、死に近づいているようだ」


 鷺皇は、見るからに弱り果てていた。布団に覆われて体は見えないが、顔は目を覆いたくなるくらいやせて、頬がこけている。それでも、一国の主としての威厳はひしひしと感じられた。特に、不自然なほどの目の光の強さが、印象的だった。


「……よく、来た」


 声も、か細く響いていた。言葉を短く区切りながら、娘へと話しかけている。


「あと何度、お前の顔を、見られるか、わからん」

「そんな! 弱気にならないでください」

「わかるだろう、お前も。私の顔には、死相が、出ている。長くはあるまい」


 それから鷺皇は、士会たちの方に目をやった。やはり、瞳の中には、まだ力が宿っている。


「フィリムレーナ。何か、話があるのだろう」

「あ! うん。ええと、反乱が大変らしくて、朝廷は嘘ついてて、会君がいて、あ、会君の話は前に……」

「………………」


 要領を得ないフィナの語り口に閉口したのか、鷺皇は黙って亮に視線を投げた。それに促され、亮が一礼してからフィナに代わって説明し始める。


「国難です、陛下。反乱が西で起き、アルディアを中心として複数の街が占拠されました。フェロンから大規模な討伐軍を出すも敗退。このままフェロンまで攻め上ってくる見通しです。北からは垓軍が同盟を破って南下しており、これにウィングロー元帥が当たっています。南から袖軍も侵攻してきていましたが、ここにいる士会が打ち払いました」


 鷺皇は目を閉じ、亮の説明に聞き入っていた。士会の名に、一度だけ眉を動かしている。


「朝廷は討伐軍が敗退したことを殿下に隠し、再び討伐軍を出撃させています。殿下の意向を無視して事を動かしており、朝廷を信用できない状態です。そのため、一時的に殿下主導で国政を動かし、士会にフェロンの全兵力を指揮させる予定です」

「かつてない、規模だな」


 鷺皇の治世は長い。それだけに、かつてない、という言葉には重みがあった。


 それから、鷺皇は士会をじっくりと見据えた。士会はたじろがず、ほとんど睨むように視線を返す。


「お主が、士会か。フィリムレーナから、話は聞いている」

「挨拶が遅れてしまい、申し訳ありません。武宮士会と申します。今は将軍として、鷺に仕えています」

「異世界からの、来訪者だな」


 崑霊郷ではなく、異世界という言葉を使った。そこに含みを感じ取った士会は、目を瞬かせた。


「わかるのですか?」

「私は、死の病に、侵されている」


 何の関係があるのだろうと、士会は少し考えた。そこで、鷺の皇室が命神の子孫とされていることに思い当たった。


「命を司る神の子孫なのに、病にかかったということは、神など存在しないのではないか、ということですか?」


 そう言うと、鷺皇は小さくうなずいた。


「病床で、することは、考えることしか、ない。その中で、私は、神などいない、と結論づけた」

「それは、その通りだと思います。文明の違いはあれど、俺たちの世界も、大して変わりません」

「そうか。皮肉なことに、病を得てから、色々なことがわかるようになった。この国の、ことも」


 それから鷺皇は、フィナに目を向けた。


「フィリムレーナ」

「はい」

「お前は、この二人が、信ずるに足る人物だと、考えている、のだな」

「もちろんです。私に危機が迫った時、命を(かえり)みず戦ってくれたのですから」


 フィナが言っているのは、フィナとともに袖国内から脱出した時のことだろう。あの時は、短い時間とはいえ、亮も剣を取って戦った。


 鷺皇はその答えに満足したのか、うなずいて、再び士会の方に視線を向けた。そこから送られてくる力は、鋭く、強い。


「士会、亮よ。お主たちは、誰に忠誠を、誓っている?」


 士会は押し黙った。質問には、鷺皇と答えるのが正しいのだろう。そのことより、士会は鷺皇の発する空気に息を飲んでいた。威圧感。死を前にしたからこそ放つことのできる、重圧。それを、士会は敏感に感じ取っていた。


「それは、もちろん――」


 やや上ずった声で言いかけた亮を、士会は手で制した。


「フィリムレーナ殿下です」


 きっぱりと、士会は鷺皇に告げた。フィナが息を呑んでいる。亮が慌てるのがわかる。今士会は、鷺という国に仕えながら、皇そのものには忠誠を誓っていないと、皇に伝えたのだ。


 しかし、士会を見つめる鷺皇の瞳には、失望や怒りのような色は映っていなかった。少し、口元を歪めているだけだ。


「まあ、そうよな」


 そう言う鷺皇の表情は、少し安らいだように見えた。


「それで、よい。鷺は、次代を、考えねばならん。今から、フィリムレーナに、忠臣がいる、ならば、死後を案ずる、こともない」


 そして、鷺皇は目を閉じた。任せる、好きにせよ、と言い置いて、士会たちに向けた顔も戻した。話は終わりだ、と言いたげなようだった。


 話すだけでも、今の鷺皇には体力の要ることだろう。士会たちは大人しく、病床から立ち去った。


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