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異世剣聖  作者: 鷹武手譲介
序章
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序章

 世間は、どこか浮ついていた。


 クリスマスが近いのだ。あと、十日。イブも本番と言っていいので、あと九日かもしれない。電飾に彩られた庭が、士会の家の近所にもいくつかある。


 しかし、受験生の武宮(たけみや)士会(しかい)に、そんなことを気にする余裕はなかった。


 目の前には、丸の数を圧倒するバツ印が並んだ解答用紙が広がっている。もちろん、点数は半分もない。


「ああああああー! くそっ」


 シャープペンシルや赤ペン、英語のリスニングに使っていたイヤホンを払いのけ、士会は机に突っ伏し、頭をかきむしった。


「どうした士会。とち狂ったような声出して」


 勉強にいそしむ士会の背中に、能天気な声が降りかかってきた。


 振り向かずとも、士会にはその声の主がわかっている。士会の部屋で、悠々と読書を楽しんでいるのは、友人の十文字(じゅうもんじ)(りょう)だ。家が隣で、小さい頃から付き合いがある。


「うるさい。本なら自分の部屋で読め」

「何度も言ったろ、家に帰ったら勉強しろとうるさいんだよ。もうちょっと、自分の息子を信じてほしいねえ」

「俺だって言うぞ、勉強しやがれ受験生」

「必要な分はしたからセーフセーフ」


 実際、亮はこの時期にのんびりをしていても全く問題ない。頭も要領も良いので、実力維持さえできていれば、今更必死で勉強する必要はないのだ。一応、日に数時間ほどは勉強していると亮は主張しているが、士会はあまり信じていなかった。


 とはいえ、亮は士会の専属家庭教師のようなこともやっているので、本当はそうそう文句も言えない立場ではある。


「ていうか、リスニングなんか雰囲気とノリで何とかなるでしょ」

「この天才め。凡人には言語にすら聞こえないんだよ」

「いや、それは君がサボりすぎ」

「言うな。わかってる」

「だよね」


 ここ何年も、士会は勉強そっちのけで遊び呆けていた。ゲームと山遊びが主で、ちょくちょく小旅行にも行った。アウトドア寄りだが、インドアな趣味も嫌いではない。


「やっほー(かい)くーん。勉強はかどってる?」


 男二人しかいない部屋に、女の子の声が響いた。


 小学六年生の冬、士会が帰省した時、山の中の寂れた神社で首飾りを見つけた。一体どこから受信しているのか皆目見当がつかないが、その大部分を占める鏡で、フィリムレーナと名乗った少女とテレビ電話のように会話できる。愛称はフィナ。


 彼女との出会いからもうじき六年。フィナはいまだ、出会ったころのあどけなさを見かけにも中身にも残していた。見かけのほうは、あれで結構気にしているらしい。


 以前、自分は姫であるなどとのたまっていたが、いつしか士会は気にするのを止めていた。割と面白いやつだし、何より可愛いやつだし、それでいい。そう思いながら、士会は机の上、定位置に斜めに立てかけられた鏡に映るフィナの顔を眺める。


 六年という歳月は、互いに互いを意識させるには十分だった。


 届かない、鏡の向こう。だからこそ、惹かれるのかもしれない。


 なんとも珍しい、薄桃色の髪をしているのも、フィナの大きな特徴だ。人間の髪の色にしては不自然なはずなのだが、それが驚くほど似合っている。というより、あるはずの違和感がまったくない。瞳の色も髪と同じだ。聞いたこともない色なので、インターネットで探せばおそらくフィナの出自もあっさりわかってしまいそうだが、士会はやはり気にしないことにしていた。なんだか事情がありそうだったので、あまりその辺りのことは立ち入らないようにしていたのだ。そこにいてくれるだけで、いい。


 フィナはとにかく色々な場所を見たいと言っていたので、士会は何度も何度も亮とともに首飾りを身に着け、ちょっとした旅行に出かけた。昔は首飾りの重みに肩が凝ったりしていたが、今はもうすっかり慣れてしまい、外出時は必ず首に提げている。


 RPGにも随分とご執心だったので、六年間、やりこんでは新しいゲームを買い、やることがなくなればまた次を買い、の繰り返しだった。


 これがなければもっと成績よかったんだろうなあ、と時々思う。しかし、それならそれでやっぱりサボっているような気もするのだった。上手くいかないものだ。


「まあ、ぼちぼち。今はちょっと一服中」

「じゃあゲームしよう!」

「そのままどっぷりはまるから却下」

「えー」


 フィナが口を尖らせた。


「何度も言うが、ゲーム見たいなら亮のとこに行けばいいだろ」

「だからそれはやだってば。もー」

「いつもながら、傷つくことを言ってくれるねえ」


 特に気にした風もなく、亮が言った。


 フィナは、士会以外の人間が首飾りを持つのを極端に嫌がっていた。それは、フィナのことを知っている亮も例外ではない。


「あ、それでね。会君、予定空けておいてほしいんだけど」

「どうしたんだ、急に。旅行なら行かないぞ」

「もっと重要なこと! 十日後の午後、サプライズをします。場所はそこ、会君の部屋」

「クリスマスか。まあ、いいけど」

「あ、亮も来てね!」

「忘れられてなかったのね。了解ー」


 亮がひらひらと手を振っていた。士会を名指ししていたので、自分は関係ないと思っていたらしい。


「それじゃあ当日、楽しみにしててね。まあ、クリスマスプレゼントみたいなものだから。絶対に空けといてね。絶対だよ」


 思わせぶりな言葉を残し、フィナの顔が鏡から消えた。首飾りはただの鏡に戻り、映るのは士会自身の顔になる。また、音量を抑えてもらったために、向こうから音が聞こえてくることもない。

映像も音量の調節も、向こう側からしか操作できなかった。常に音を出していると、周りに聞かれる危険性が高まるので、用のない時は切ってもらっている。


「思わせぶりだねえ……。さて、きりもいいし、僕もそろそろ帰るとするかな」


 亮は文庫本を閉じると、慣れた手つきでベランダから外に出て、屋根伝いに自室に戻った。空いたベランダを閉めるため、士会が窓に近づくと、煌々と輝く三日月が空に浮かび、淡い光を地上に投げかけていた。


 夕飯を告げる母の声で、士会は階下へ降りて行った。


 待ちに待った十二月二十五日。現在、午後三時三十分。フィナからの連絡は、まだ来ていない。


 士会はなんとなく勉強が手につかず、ぼうっと考え事をしていた。心の中では、これは逃避ではない、必要な休息だと言い聞かせている。


 クリスマスプレゼントとはなんだろう。歌でも歌ってくれるのかな。


 何かお返しを、とも士会は考えた。しかし思いつかなかったので亮に聞くと、「たまには遊んでやったら」との答えが返ってきた。そんなことでいいのかと士会が返すと、全然問題ないと亮は断言した。


「来ないな、フィナ」


 普段は通信がオフになっており、こちらがそれをいじることはできないので、こちらからの連絡手段は一切ない。


 士会は手元の首飾りをいじりながら、思う。

この首飾りは、一体何なのだろうか。何となく、単なる通信機とは思えなかった。


 これが士会とフィナを引き合わせ、そしてこれの存在によってのみつながっていられる。この先も、こいつは今までと何の違いもなく、俺たちの間を埋めていくのだろうか。


 考えたところで、自分に向かって問い続けたところで、上手くはまりそうな答えは出てこない。しかし士会は、亮に聞く気にもなれなかった。


「そうだね。まあ、気長に待つのがいいんじゃない? 今日の午後とは本人も言ってたし」


 そう言う亮の手には、今日も文庫本があった。さすがに遠慮しているのか、士会が勉強している時に後ろでゲームすることはない。やっていたら部屋から蹴り出す。


「会君、亮、二人とも、いる? いるよね!」


 いきなり、手に持っていた首飾りから勢いよくフィナの言葉が飛び出してきた。


「何だ!?」

「え?」


 しかし、士会も亮も、その言葉に反応することは出来なかった。


 フィナが話しかけてきたのとほぼ同時に、首飾りが白銀の光を放ち始めた。驚いた士会は首飾りを取り落しそうになるが、すんでのところで手の中に収める。見る間に光はその強さを増し、目も眩むような輝きに部屋が包まれた。幸い、熱は感じない。


「会君、亮、準備はいい? ……え? え? ……うん、わかった。えっとね、とりあえず、今すぐ二人をこっちに連れてくるから、いいよね?」

「え、今すぐ?」


 光の奔流に、まったく目が開けられない中で、フィナの声だけが聞こえてきていた。あまりにも急すぎる展開に、頭がついて行かない。


 さらに、光に合わせ、耳を刺すような音まで発し始めた。もはや、士会には何が何だかわからない。


「十、九……」

「……そうか」


 フィナがカウントダウンを始めた側で、首飾りが光りだしてからずっと黙っていた亮が、何事かを呟いた。しかし、どちらも首飾りの発する音に妨害され、士会の耳にはほとんど入らなかった。


「八、七、六、五……」


 亮が立ち上がり、士会の方に寄ってきた。


 ますます光は強く、音は大きくなり、それらだけでこの部屋を染め上げていく。


「四、三、二、一……」


 ええいどうにでもなれと思いながら、集中すればかすかに聞こえるフィナの声に耳を澄ませ、士会も心の中で数を数え始めた。


 そして。


「零」


 数えた瞬間、首飾りが最高潮の閃光と叫声(きょうせい)を放った。同時に、大きな白い輪が首飾りを中心に据えて広がるように幾つも生じ、球を描くように回転する。士会も亮も、光の輪が作り出す球にすっぽりと包まれてしまっていた。


 さらに士会は、首飾りのほうに吸いよせられるような感覚を感じた。とっさに近くにあるものを掴み、しかし何の抵抗にもならずそのまま吸い込まれていく。


「うわあああああああああああああああああああ」


 真っ白に染め上げられた視界が何度も回転しながら、士会は宙に投げ出された。


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