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異世界の英雄を育てた私の晩ごはん  作者: 海野三矢子
三章 英雄、別離と再会
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 月日は流れ、私が会社を辞めてもう一年たとうとしている。

 つまりルーク君と出会って一年が過ぎようとしていた。相変わらず晩ごはんを共に食べながらどんな一日だったかを話し、その後は眠りにつくまでの時間をお互い自由に過ごす。ルーク君は勉強をして、私は洗い物をしたりお風呂に入ったり。一緒に食後のスイーツを食べたり、ルーク君が遅くまで勉強する時は軽い夜食を準備する。たまに一緒に筋トレをして、ルーク君の学校が休みの前の日は動画の配信サイトから見たい映画を選んで夜ふかしをして観たりもした。


 すくすくと育ち、成長痛で身体が痛いと笑うルーク君はいつの間にか私の身長を超えていた。




「うーん。今日の晩ごはん何にしようかな。ルーク君もいないし……」


 スーパーの入口で貼り出されていた特売のチラシを見ながらぽつりと独り言を呟くと、同じように隣りでチラシを見ていたおばあさんと視線があう。

 独り言を聞かれたのが気まずくなり、軽く頭を下げて店内へと入った。

 ルーク君は学校の行事で雪山に一泊二日の野営訓練に行ったため明日まで帰らない。久しぶりの一人の晩ごはんになる。


 ふと昨夜のことを思い出す。野営訓練は雪山で一夜を過ごすと前から聞いていたため、こっそり冬キャンプ用の防寒具や便利なキャンプ道具を準備しておいたのである。こんな立派なもの使えないと遠慮するルーク君と雪山を舐めちゃ駄目だと言う私はしばらく口論となった。しかし結局心配だから持って行ってほしいと懇願する私に負け、ルーク君が準備した諸々を持って行ってくれて本当によかった。

 個人で雪山登山の準備が出来ない生徒用に学校から最低限の支給はあったものの、ルークと一緒に支給されたものを確認したところ年季の入った黴臭いボロボロの防寒具はあまりに最低限すぎた。

 夜ご飯の食材は各自準備してくることになっておりルーク君は安い腸詰肉を購入していたのだが、大食漢のルーク君には全然足りないと思う。そのため私は寒い夜にぴったりだろうと袋麺を準備した。これなら水さえ準備出来れば鍋で麺を茹で、スープや具材を入れるだけで簡単に作れるしお腹にもたまるだろう。ゴミの量も少なくすむので持ち帰りも困らないと思う。

 ということで昨夜は通常の晩ご飯プラスお味噌汁代わりに袋麺をルーク君と一緒作ってみた。初めて使う小型ガスバーナーコンロの注意書きをルーク君に読み聞かせながら二人で組み立ててみる。

 思ったよりも簡単にコンロは使用出来た。

 ちょうど良いサイズの小鍋もセットでついていたのでそれを使用してみたのだが、小鍋の中にコンロが収納出来るためコンパクトで持ち運びもしやすい作りになっている。おすすめしてくれたキャンプ用品売場の店員さんに感謝だ。

 色々な味が楽しめるように醤油と味噌と塩の三種類の袋麺をルークくんに持たせたがあれで足りたかな。寒さを少しでも凌げるようにお湯を入れれば飲める即席の味噌汁も持たせたが、雪山でどれくらいの効果があるか……


 今頃ルーク君は何をしているのだろうかと考えながら魚売場へと足を進める。

 普段なら旬の食材や特売品のチェックを念入りにして、何を作るかレシピを思い浮かべながらぐるぐる歩き回るので気が付けば長く店に滞在していたりするが、今晩は自分ひとりだけ。

 適当に魚でも焼いて食べようかな……


「ユイ」


 激安スーパーに似つかわしくない男が正面に立っている。


「……ノア君?」


 サングラスくらいでは隠しきれない美貌。見上げるほど高身長で、顔は小さく手足が長い男は八頭身以上間違いなくある。仕事柄髪の色がよく変わるノアの本日の髪色はプラチナブロンドだ。いつもより少し長めの前髪をかき上げ、ノアはキラキラと眩い笑みを浮かべて私の名を呼ぶ。

 幻覚を見ている?

 手に持っていた広告の塩さばが入ったパックをぽとりと落としてしまった。




「えっと……久しぶりだね」

「そうだな。仕事が立て込んでいて」

「あ、ネットニュースで見たよ。映画の撮影に参加してたんでしょ? もう終わったの?」


 ノアの本業はモデルだが、映画監督がノアの大ファンで熱烈にオファーしたことにより実現したとニュースになっているのを見た。

 映画監督も有名な人物で日本でも話題になっている。


「僕は主演じゃないからね。自分が出る撮影シーンは終わったからしばらくは日本でゆっくり出来そうだ。ユイに会うのも、もう少しで二ヶ月ぶりになるところだった……前回は突然呼び出して悪かった。日本を出る前にユイに会っておきたくてワガママを言ってしまった」

「わー、もうそんなに経つんだ。前に会った時は桜の開花前だったよね……ほら、あそこの公園の前でもう少しで桜咲くねって話したの覚えてる?」

「もちろん」


 ノアがスーパーで購入したものが入ったエコバッグを当たり前のように持ってくれた。

 話がしたいと言うノアと並んでスーパーからアパートへと向かう途中の公園に立ち寄ったのだが、前回会った場所もこの公園だったことを思い出す。あの時は忙しいノアの仕事の隙間時間に呼び出されて少し話をしたのだ。あれは暖かくなってきた三月後半のこと。


「でもよく私があのスーパーにいるの分かったね。急に現れたからびっくりしちゃった」

「ちょうどユイのアパートに行くところだったんだが、タクシーで向かっている時に偶然ユイがスーパーに入って行くところを見つけて追いかけたんだ」

「そうだったんだ! もう少しで危うくすれ違うところだったね」

「……まぁ、その時は外でユイを待っていたかも」

「連絡くれればよかったのに」

「ユイを驚かせたくて」


 驚いただろうと悪戯を楽しむ少年のように笑うノアにつられて私も笑ってしまう。


「ところで明日の夜ユイを食事に誘いたいのだけど……どうかな?」

「……食事?」


 プロポーズをお断りした後もノアは『友人』として誘ってくれる。最初はいろいろ気まずくて誘いを受けるか迷ったのだが、まずは『友人』としてと自分を知ってほしいと言われれば拒否するのは難しい。

 私は友人が少なく、今は働いていないので忙しいノアのスケジュールと合えば一緒に食事にも行った。

 でも明日の夜にはルーク君が帰ってくる。

 野営訓練の話も聞きたいし、温かいごはんを準備して疲れて帰ってくるだろうルーク君を待っていたい。


「それかランチならどう?」


 私が一瞬考え込んだのを見逃さなかったノアが代案を出してくれた。

 ランチならばルーク君が帰って来る前に家に帰れる。


 「それならば」と返事をしようとした時、消防車がサイレンを鳴らしながら公園の横の道を通っていった。すぐ後にもう一台が追いかける。


「火事かな?」

「そうみたいだな……」

「消防車、私のアパート方向に走っていった……よね。いや、まさかね」


 公園を出て消防車が走って行った方向を見ると私が住んでいるアパートに入る細い路地の辺りに、消防車が停車しその周りに人だかりができていた。


「うそ、もしかして……」


 嫌な予感に身体が固まってしまう。

 そんな私の手をノアが掴んだ。


「大丈夫か?」

「……う、うん」

「行こう」


 ノアに手を引いてもらいながら人だかりに近寄る。

 嫌な予感は当たってしまった。轟々と燃えているのは私が住んでいるアパートだ。そこからは黒煙が立ち上っている。

 絶望で膝から崩れ落ちそうになるのをノアが支えてくれた。なんでこんなことに……火の勢いが強く消火活動が間に合っていない。


「あー! 工藤さん、よかった無事だったか」


 人混みをかきわけて背の高いおじいさんが駆け寄ってきた。アパートの大家さんだ。


「とんでもないことになった。まさか火事だなんて……」


 年のわりにふさふさな髪を掻き毟り、真っ青な顔になっている大家さんは今にも倒れてしまいそうだ。

 自分のことよりも今度は大家さんが心配になる。


「顔色が悪いですよ。少し座った方が……」


 大家さんの腕に手を添え、道の端の方に誘導しようとした時に「ゆいちゃん」と名前を呼ばれた。

 声がした方を見ると夏希が立っていた。いつもおしゃれな格好をしていた夏希の面影はいっさいない。髪はボサボサで、部屋着のような格好をした夏希は生気のない表情で私を見ている。しかし私の背後に立つノアの姿に気がついた夏希はみるみるうちに鬼の形相に変化し、恨みのこもった血走った目でぎょろりと私を睨んだ。


「なんで! なんで生きているのよ……せっかく火をつけたのにっ!」

「なっちゃん?」

「ナイフで刺しても死なない、火をつけても死なない……しかも私のノアと何で一緒にいるのよ! 何で、なんで? あんた、いったいなんなのよっ」


 甲高い悲鳴を上げながら夏希が私に向かって飛びかかってきた。

 突然のことで避けることも出来ない。瞳を閉じて、身体を竦めて衝撃に備える。


 もう手が届くというすんでのところでノアにより夏希は地面におさえつけられた。

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